表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
20/76

20,

 工場や牧場に似た部屋はいくつも見つかった。それぞれの部屋に30人程度の赤ん坊がいて、それらは機械に入っていた。そして全ての部屋に重力反応があった。停電による生命維持の停止によって緩やかな死に向かう赤子たち。耳を突き破ろうとするそれらの鳴き声。

 全てが奇妙であるけど、まずひとつ。どうやって赤ん坊を集めたのだろう?ここは病院ではなく、ただの研究所だ。それだけの母親たちはここには来ない。妊娠したのなら、人が暮らす生活圏であるコロニーの病院に行って検診を受ける。そうして産むかどうかを選ぶだろう。誰もこんな辺鄙な基地に来て赤子を産みたいとは思わない。

 もうひとつ。なぜ全ての赤子は新生児であるのか。保育器に入っているのは生まれて間もない赤ん坊だけだ。母親の体から出て来たばかりの赤子はいても、立てるようになった赤子はいない。ピーターパンが大人になろうとする子供を殺したみたいに、ここには生まれたばかりの赤ん坊しかいない。成長した赤ん坊は何処へ行ったのだろう?

 その部屋に立つとブロイラーのことを思い出す。ブロイラーは鶏の一種だ。巨大な体と素早い生育卒度を持つ。肉をより多く採ることができるように改良された結果、心臓麻痺や歩行困難、何種類もの苦痛を与える症状のレパートリーを持つことになった鶏。

 卵が均等に並べられた棚のひとつで目覚め、立派な冠と爪を切られ、16~22羽/平方メートルの鶏舎の中に閉じ込められる。そして急速な発育に伴う症状によって死ぬか、それでも生き残ったら屠殺されて僕たちに届けられる。苦痛を軽減するためのナノマシンが飲み水に添加されたことぐらいしか変わりのない、古風なやり方。だけども効率はいい。

 それを善悪で区別することは出来ない。ただ求められていたことだったということだけだなのだから。僕たちはタンパク質を欲していて、そのニーズを畜産業者は満たすことが出来た。

 ぎゅうぎゅう詰めになった保育器。赤子の声たちが大きくなり、そして小さくなっていく。地下4階の最後の部屋にももちろんその赤ん坊だけの場所があって、 そしてまだ停電は続いていた。部屋に入ると鳴き声は聞こえなかった。赤ん坊の胸が上下する。その呼吸がだんだんと小さくなっていくのを僕は見ていた。隊員の1人がガラスに拳を当てた。

 何にせよ、これらの赤ん坊を集める理由があった。それだけは事実で、それは善悪で語れるような事ではない。

 湧き出てくる疑問と微かな恐怖とをデーモンが塗りつぶしていく。セロトニンの放出。冷静さをクーラントを補充するかのように詰め込まれて、熱を帯びていた頭がだんだんと冷えてくる。何でこんなに僕は考え込むのだろう?

 そう、僕たちには関係のないことだ。今の目的は?この基地の制圧。それ以外の事柄は考えなくていい。通信をつなぐ。

「第3部隊より。地下4階西を制圧」

『中央了解。伝達が有るまで待機せよ』

 砂嵐のようなノイズ混じりの返答が帰ってくる。僕は隊員を見る。顔ぐらいは知っているが、名前までと言われると難しい。何回かの訓練だとそんなものだ。そのうちの1人は拳をアクリルガラスに突き立てたままで、残りの2人も赤ん坊がいた部屋を見ている。まあ、こんなところで警戒を解いたことを咎めても無駄だろう。

「通信は聞いたな?待機だ。階段は襲撃の可能性がある。この部屋で待つぞ」

「隊長は……」

「何か?」

「隊長はあれを見て、何も思わないのですか。あの赤ん坊たち……」

「ああ。多分、もうすぐ死ぬだろう」

 僕は迂遠な言い方をした。泣き声は完全に聞こえなくなっていた。薔薇色の小さな頬が白くなっていくのが見えた。ちゃんとした救命行動を行えば生き返る事もあるだろうけど、そういうことをする暇はないように思った。

 またそいつが拳を突き立てた。ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが作られた。拳の骨が皮膚を突き破っていなければ良いな、と僕は考えた。あれは思ったより痛いし、グリップを握るのに支障をきたす。

「おれの子供よりもずっと小さいんです。なのに何で、死ななければいけないのですか。助けてやれないんですか」

「そういう事はしない。僕たちの仕事じゃないからだ。赤ん坊を生かすかどうかは、制圧が終わった後に司令官が判断する」

 僕は努めて冷静に言う。この言葉は事実として正しい。僕たちがこの研究所を制圧して、できるだけの物資をヒドラオテス基地に戻す。それがこの作戦の意義であり、それ以上の目的や倫理は存在しない。命そのものではなく、それが生み出すものに限って言えば、赤ん坊たちの命は僕たちよりも軽い。

「そんな……もうすぐ死んでしまうのですよ。隊長には分かったでしょう、段々息が消えていくのが。何の罪も無いのに死んでいくことの残酷さが分からないのですか……」

 それはそうだ。赤ん坊がいた部屋に入ったのは僕だけだった。その息が消えて行くところを、弱々しい呼吸を僕は感じていた。ブロイラーの死。生命が終わる時に出る、形容し難い香り。僕がミートソースよりも嗅いできた香り。

 彼の言い分は理解はできる。僕だって好き好んで虐殺を行いたいとは思わない。しかし、どうやって助けるのだろうと思う。じゃあ今日僕たちが殺した奴らには罪があったのか、とも思ったけど関係無いことだ。彼も悲しいのだろうし、そういったことは人を逆上させかねない。だとしても言わなければならないから嫌になる。

「いいか。火星の赤ん坊を助けて育てるってのか?今戦っている奴らの子を。邪魔だし、敵を増やすだけだ」

「関係ないです」

 また別の隊員が言った。カービンのフォアグリップを握った左手が震えていた。

「かもしれない。でも事実として言える。僕は火星戦争の時に生まれた。地球同盟が僕の親を殺したかどうかは知らないけど、今でもあいつらは憎い。そういうことだ」

 嘘をついた。本当は憎くも何ともない。教室の中で飽き足りるほど聞いたストーリーだから、リアリティがあると思った。僕が興味があるのは父親のことだけだ。

「しかし……」

「僕たちがやるべき事は、こいつらを抱えてトンネルに帰ることではなくて、この研究所の脅威を全て撃ち殺すことだ。分かったな」

 返事は返ってこない。理解はしてくれると良いのだが。みんなが恋しい。少しだけでも論理的に考えてくれたなら、こんなふうな事考えなくて済むのに。

「マスターは他人への言い方を学ぶべきですね。あの隊員は……少しストレスを感じているようです」

「デーモンが洗い流してくれるさ」

 作戦上話す事は最小限にしたいので、ジルは黙っていてくれる。喋るのは何か注意を向けるべきものがある時と、僕に何かしらの文句を言う時だ。

『中央より全部隊へ。地下4階の制圧終了。地下5階の制圧を開始せよ』

「第3部隊了解」

 僕は通信を切る。そしてドアを開ける。生ぬるい空気に満ちたこの部屋から早く出たかった。


 陰鬱な空気がまだ滞っているのと同じように、停電はいまだ続いている。地下4階から地下5階へと降りて通信をつなぐ。

「こちら第3部隊。地下5階に到達」

『中央了解。第5部隊が既に西通路に到達している。合流し作戦を進めよ』

「了解」

 通路の角に照準を合わせ、何かが顔を出さないか見張る。それが完了したら次の角へ。後ろの隊員たちもおぼつかないながらバックアップに準ずる。何度と繰り返した室内戦闘の動きをなぞる。角から角へ、物陰から物陰へ。指をトリガーガードの中に突っ込んだままで、ひたすら脅威が存在しないか確認する。

 それを何度か繰り返したあと、やがて1つの通路に着く。ベンチの後ろに何もないことを確認したあと、角からその通路を見る。エレベーターに通じている通路らしく、幅が広く奥行きも長い。これが最後の通路だ。

 通路の奥に僕たちと同じ真っ黒いデーモンが4機、警戒しながら立っている。サブノックが2機、イポスが2機。こちらには気づいていない。僕は通信を第5部隊に合わせて言う。

「こちら第3部隊隊長リュラ、貴隊と合流したい。簡易信号を確認せよ」

『第5部隊……確認完了。その通路の角だな?』

 友軍を表す暗号を出して、第5部隊がそれを確認するのを待つ。帰ってきた声はノイズだらけだった。

「ああ!その通りだ!」

 通信を外して大声で言う。すると通路の奥のデーモンたちが気付き、こちらに手を振る。こんなにまだるっこしいことをする理由は、ヒドラオテス基地にあるデーモンが少しづつ違うことに由来する。

 今基地の傭兵が使っているデーモンは主に3種類。コンスタント社のサブノック、イポス。それとヴァリアブル社のハルファス。例外として、僕が乗っているマルファスとオフュークスのアザエルを除外する。

 ここまでなら特に問題はない。問題はその中身にあった。ソフトウェアだ。OSやAIはその傭兵が行う業務によって異なる。もしその傭兵が警備しか行わないのであれば、高度な計算や処理は必要ない。タイムカードと事前に登録された情報を守る程度の機能があれば十分になる。もし別々のソフトウェアを持つ傭兵と組んだとしても、その機能を共有する必要はないということになる。誰が敵で、誰が味方かなんて分かりきっている事だから。しかしながら、警備以外の仕事であるなら?

 もし敵も味方もサラダボウルの中に入って、もみくちゃになりながら銃を突きつけ合うことがあるなら。僕たちが高い(サブスクライブ)(料金)を支払っているのは、こういう時のためだ。誰が敵か、誰が味方か一瞬で判断するために。

 もし近代的に組織された軍隊であったなら、こんな悩みなんて存在しないだろう。だから僕たちは古風な判断方法に頼らなければいけない。

 一機のデーモンが小走りで近づいてきた。カービンを持っているが、その銃口は下げられたままだ。

「申し訳ない、少し確認に手間取った。隊長のディアスだ」

「リュラだ。改めてよろしく。一緒に行動する形で良いか?」

「ああ。指揮は俺がとる」

 にべもなく決められたけど、僕はそれに従うことにした。あの雰囲気の中で指揮を飛ばしたくはないと思った。

 そして再び制圧が始まった。音を立てないように、しかし素早くドアの前に8機のデーモンが集まる。重力センサーを見る。微弱な反応が少し遠くに見られる。それはディアスも分かっているようで、ランチャーの用意をさせる。

「突入開始!」

 彼が大声を張り上げると同時に閃光弾が部屋の中で爆発する。滂沱のごとき閃光と爆音が通路にこぼれる。僕たちの影を一瞬だけ暗闇の中に作る。

 残響が残る部屋に雪崩れ込み、照準を合わせる。暗視モードのデーモンの視界に映ったのは、ガレージに似た部屋だった。打ちっぱなしのコンクリートの壁と床。何かを吊るしたり、上空に固定するためのリフト。ジャッキやプレス機、ラップトップパソコン。燃料やリキベントを保管するための缶類。

 僕は立ちすくんだ人間が照準内に入ったのを見ると、反射的に引き金を引いた。12.7×99mm弾頭がやわらかい首筋に食い込み、筋繊維を破壊しながら意図しない方向へと飛んでいく。その途中でどこかの血管を壊したのか、そいつは大量の血液をぼたぼた流しながらよろける。

 油断なくもう2度引き金を引いて、倒れた男に止めを刺す。再び前に進みながら脅威を探す。他の隊員が何度か発砲する音が聞こえる。やがて角に行き着き、僕は「クリア」と叫ぶ。

 中央のリフトには巨大なデーモンが立っていた。まさしく整備中とでもいった形で、子供の腕ほどあるケーブルが何本も突き刺さったままだ。装甲は所々外されていて、内側に存在する人工筋肉がぬらぬらと光を反射している。発砲音も聞こえていた筈なのに、まだ整備を行っていたのだろうか。

 巨大なデーモン。おそらく火星軍が反旗を翻す材料になったであろう兵器。重力反応はこれから出ている。マクスウェル機関が取り除かれていないのだろう。取り敢えずは動いていなくて安心した。こんなのが室内戦で襲ってきたら悪夢でしかないと僕は思った。人工筋肉がデーモンに残った電気に反応して痙攣するのを見ると、眠っている象を見ている気分になった。

 何度か確認を終えて、この部屋に脅威が存在しないことを確認すると僕たちは次の部屋の前に向かった。その途中で奇妙な音がした。

 僕にはずっと砂嵐が騒ぐ音が聞こえていた。砂嵐が建物を叩く音。火星の谷を走るトラックの中で散々聞いた音。それが定期的に大きくなったり小さくなったりして、僕の邪魔をしていた。しかしながら、火星では定期的に激しい砂嵐が起こる。40時間に1つの砂嵐が生まれる火星ではあまり気にすることでもないと思っていた。

 その部屋に近づくとざりざりと鳴る音がより強くなっていくのが分かった。ようやく僕はそれが砂嵐ではないと気が付いた。耳をそば立てて聞くと声のように聞こえる。何人もの人間ががなり合うような声、または赤子の鳴き声を束ねたような声。通信のノイズも、この音と同じように聞こえた。

 ディアスがまた合図を出す。また重力反応が検出されたからだ。ランチャーを構えるのを見て、彼がドアノブに手を掛ける。それよりも速くドアが吹き飛ぶのが見えた。

 爆発音と銃声が響いている。何が起きたのかを脳みそが考える前に僕は反射的に動き出す。爆風によって倒れていた体を起こし、カービンのレバーを引く。剥き出しになった鉄骨が見える瓦礫に取り付き、遮蔽に身を隠しながら慎重にホロサイトを爆発の中心に向かわせる。

 暗視モードに設定したデーモンの視界のなかで、グリア粒子が蛍のように舞っている。何が起きた?また爆発音がけたたましく響き、コンクリートの塵が天井から落ちる。標的は見当たらないが、爆発はさっき突入しようとした部屋で起きている。考えられるのはブービートラップ、もしくはデーモンの襲撃。

「各員状況を知らせろ」

 僕は通信をオープンにして言う。だけど返答をする者はいない。その疑問はすぐに解けた。損傷度を表すメーターのうち、RCNが赤く輝いている。あの爆発で無線通信がやられてしまった。つまりこの状況を隊員や他の部隊に知らせることは出来ない。

「第3部隊安否を答えろ!」

 僕は出来る限りの大声で叫ぶ。答えは返ってこない。爆発によってできた瓦礫や塵が視界を塞いでいて、周りを見回しても他のデーモンは見当たらない。僕は判断する。戦闘は部屋の中で続いている。ここで無理に隊員を集めるよりも、その戦闘に参加した方がいい。

「通信が可能な者はいますぐ非常事態を中央に伝えろ!」

 大声で叫ぶ。これが聞こえているかどうかは分からないけど、やらないよりかはずっと良い。

 カービンを構えながら部屋の中へと跳躍する。人工筋肉によって増幅された脚力が容易に僕をその部屋の中に運ぶ。その空間にはあの巨大なデーモン、それと片手が吹き飛んだデーモンが1機と無事なデーモンが2機。床にはデーモンを着ていた筈の腕が転がっていた。

 巨大なデーモンが右腕にある砲を構える。ロイヤル・オードナンスL7。戦車に搭載されるために作られた巨大な砲。その銃身は通常よりも短く、ドッグファイトに備えた結果であるように見える。口径は105mm。あれが直撃してどういう状態になったのか、想像に難くない。

 引き金が引かれ、そして榴弾が着弾する。爆発が起きて片腕のデーモンが弾け飛ぶ。残りの2機は既に銃身を焼き尽くさんばかりに撃っているけど、銃弾は分厚いアウター・シールドに阻まれている。どうにかしてあのシールドを無くすか、突破しなければいけない。

 僕は以前の戦闘のことを思い出す。トリチェリはハクロビアでシールドに穴を開けて、そこを攻撃した。ここにそんな大口径の武器はない。となると、取る手はひとつだ。躊躇いを消して、僕は再び跳躍の準備を始める。そして古代の狂戦士が行ったように、無様に大口になって叫ぶ。

「あのアウターシールドは生半可な攻撃を通さない!アウターシールドを纏って突撃しろ!」

 アウターシールドをオートからマニュアルに変更。規範を示さなくてはならない。

 僕は1つの弾丸になる。僕の腿の筋肉が1つ目の爆発、人工筋肉が2つ目の爆発。僕自身が弾頭で、アウターシールドはその上に着込んだ鋼鉄のジャケット。それから0.2秒後にまばゆい光が部屋を包む。グリア粒子が擦れ合って生まれる甲高い音。目眩しでかまわない。

 引き金を乱暴におろす。大口径の対デーモン小銃が火を吹き、アウターシールドに傷を作る。すると巨大なデーモンがゆっくりとこちらを向く。まずい。

 咄嗟に突撃をやめて虚空を蹴る。グリア粒子の塊が足先に当たり、僕の体がねじれる。長大な砲身がこちらを向くと同時に火を吹いた。轟音が響く。莫大な量の燃焼ガスが火の玉となって表面装甲を焦がす。思考する暇もなく、衝撃で肺から空気が漏れ出す。

 体験したことの無い感覚に思考が止まる。痛みは無い。しかしながら本能に訴えかける様な苦痛だ。落下数秒前になって咄嗟に重力偏向を駆使して手から落ち、そのまま前転の要領でデーモンから距離を取る。深く息をして、再びの攻撃に備える。

 何が起きたのか。恐らくは避けた榴弾が天井にぶつかり、爆発がつくった破片が僕へとぶつかって来た。その破片は背中を強打し、僕は散弾銃で撃たれた水鳥のように落下した。本来ならリキベントシステムが防いでくれる酸欠から回復するのに数秒かかり、そして目覚めた。

 デーモンを見る。視認出来るほど分厚いアウターシールドの一部分に窪みが出来ている。効果がある。なら倒せる。

 円形を作るように走る。ぎこちない運動を続けながら照準を窪みに合わせて、SARカービンの引き金を引く。あまり狙う必要は無い。再びグリア粒子が織られないように、乱雑に。

 再びデーモンが緩慢に、しかし確実に僕に照準を合わせる。僕が跳躍の動作を始めるとそいつは体を前に傾けた。

 グリップを握っていた左手が顔を覆った。半ば本能的な仕草だった。視界が前方へと流れていくさなか、緑色の粒子が光芒のように見えた。遅れて自分の体に巡る衝撃に気がついた。まるで指一本動かせないし、思考はどん詰まりになる。リキベントが無いとこういうことが体に起こるのか、となぜか冷静に感じた。

 巨大なデーモンの左腕が僕を掴んでいた。抵抗する暇も無く僕の体は音速へと飛び立ち、そしてゴールに向かう。コンクリートのゴールテープを切る。僕の体は打ち付けられ、とても人工筋肉では受け流せないダメージが体を襲う。僕は致命的な隙を晒している。彼がもう一回腕を振り回しても防御さえできない。運よく生きているだけの屍になった。

 だけど彼は間違いを犯した。

 背後から着弾する2つの砲弾。デーモンの質量をもち、なおかつ銃弾を発射する機構を有した人間の弾頭。それが2

つ。アウターシールドをがりがり削り、その体へと銃弾を届かせようと迫ってくる。

 僕は巨大なデーモンの手首を掴む。力が入らないのか、手はふらつき両手でその左手を捕まえるのが精一杯だった。巨大なデーモンは戦車砲を握っていた手で僕の首根っこを掴み、縊り殺そうと力を込める。身体中の感覚が消えようとしているのがわかる。だけどもしこのまま死んだとしても、まあ勝つだろう。

 やがてそれは終わる。2機の悪魔がアウターシールドを食べきり、巨大なデーモンの装甲へと肉薄する。それを感じ取ったのだろうか、そいつは長大な砲身をデーモンたちへと向けて引き金を引こうとした。

 必要なのは思い切りだ。狙いを定めて、僕は頭を振り下ろした。金属どうしが衝突する鈍い音が響く。人工筋肉が増幅した原始的な一撃は、僕と巨大なデーモンに致命的な隙をもたらす。

 瞼の外側で猛烈な叫び声が聞こえる。赤ん坊の鳴き声に似た、音のような何か。僕はこの巨大なデーモンが倒されるのを間近で見ていたことがあった。あの時も同じような空間を飛び越えた音が鳴った。

 瞼を開けると、そこには巨大なデーモンの動かなくなった体があった。過剰なまでに撃ち込まれた銃弾がその体を突き破り、血液やオイルが混ざった液体を垂れ流していた。

 体は悲鳴を上げているのだろうけど、痛みはない。肋骨やら数本の骨が折れていて、内臓出血が起こっていることの警告がディスプレイに表示された。床に転がったカービンを拾いあげてコッキングレバーを引く。薬莢が付いたままの弾丸が落ちる。

「無事か?」自分の声が掠れている。

「お前の方が無事かよ」

 名前の知らない誰かがそう返す。それはそうだ。

「第3部隊隊長のリュラだ。通信機器がやられたから識別は後にしてくれ。損害状況はどうなってる」

「へえ。俺の知る限りでは、隊長のディアスは最初の攻撃のあとすぐに殴られて死んじまった。俺たちの部隊と、お前の部隊の奴らが一緒になって戦ったが、損害はいちいち数えてねえ。俺ら3人が残ってるだけだ」

「そちらは?」

「私も同じです」

 思っていたより被害は甚大だ。彼の言葉に依るなら、僕はずっと戦闘に参加するのが遅かった。僕たちがあのデーモンを殺せたのも他の隊員たちが戦っていてくれたからだろう。

「しかし、都合が良くなりましたね」

 なにが、と聞こうとした。銃声が幾度も響く。飽きるほど聞いたSARのフルオートの乱射音。そのうちのひとつが僕の膝の裏を突き破っていく。銃弾が体を食い破る感触が脳に情報として伝わる。振り返ろうとする暇もなく何度もヘルメットを殴られる。

 倒れた視界の隅でもう1機のデーモンが倒れ込むのが見える。何が起こった? 拳が再び僕の頭を叩く。出血量が1400mlを超す。意識が手放されていく。

「何で助けようとしなかったんだ?どうしてだ。分かってただろ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ