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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
2/64

2,

 油と塩が付いた手を再びポテトの山の中に入れた。うず高いその内の幾つか、ポテトをつまんで口に入れる。見た目通りの塩だらけでジャンキーな味だった。ジャガイモは味を第一に考えていないエクソダス品種だし、何らかの水分を吸っていてしなびて柔らかい。そんなものでも僕にとっては美味な類に入るので、黙々と消費を続けていた。

 切って、揚げて、塩を振る。それだけの事をミランはやろうとしない。僕の舌を貧しくさせた元凶に抗議の目線を送ると、彼は店員と話をしていた。店員は若い女で、二言三言話すとミランの皿にポテトを少量盛りつけた。

「儲けたな」

「思うんだけど、ミランが守銭奴になれたのって顔の良さが原因じゃ無いのか」

「好き好んでこの顔になった訳じゃないんだがな」

「お前全人類敵に回したぞ」

 トラヒコが恨みがましく言った。小さい椅子に巨体がちょこんと収まっているさまは見ていて面白い。

 警備任務が終わった後、僕達はA&A社の直ぐ近くにあるこのファストフード店に来るのが習わしだった。万が一連勤になったとしても出向できるし、食費もセット割引で多少浮く。

 僕はポテトを片付けて、ハンバーガーに手を付けた。相変わらず美味くもないし、不味くもない。Cワームやら何やら訳の分からないものたちを混ぜ込んだパティ。牛と呼ぶには気後れする動物から精製したチーズ。

 普遍的な味だ。人間がゆりかごから飛び立ってからでもこの味は変わらない。ハンバーガーが作られてからずっと、何億人かの名も知れぬ人々が食べて来たこの味は変わらない。

 帝国主義的に広がり続ける資本主義が、未だ僕達の基本理念だ。

 人間は変わらない。デリバリーピザは健在だし、ファストフードは変わらず人を太らせ続けている。紙の本は今でも現役で、ビデオショップも有る。そして兵士が無用の長物になる事も無かったので、僕達はありがたくその恩寵を受けている。

 ……という言い訳を考えておけば片付けられるのだろうか?そんな訳が無かった。僕の目の前には、まだハンバーガーが半分程残っていた。思考は実存に影響しない。

 僕はどうにか食事を終えて、無気力にコーラをちびちび飲んでいた。取り敢えず隊長の指示を待つしか出来ないからだ。トリチェリはまだ社に居るらしい。仕事が連続しないと良いけれど。

 僕の生体端末が静かに揺れる。左腕を二回叩いて携帯端末へ情報を送ると、隊長からのメールが届いていた。「仕事は一週間後。それまで自由行動とする。各自弾薬の補充を行うこと」次いで警備任務の報酬が生体端末に送られた。弾薬代を差し引いて4000セル。大体一ヶ月1000セル、ボーナスを含めれば妥当な所だ。

 顔を見上げると、トラヒコとミランも同じ様に端末を覗いていた。正しく報酬は送られて来たらしい。

「どうやらボーナスは振り込まれたらしい。有難いことだ」

「全くだ。二人共、何処へ行くか予定は有るか?」

「弾買って商人街だな」

「大体同じ」

「じゃ、一緒に行こう。私が一人で行くと舐められる」

「この顔で良かったぜ」

 トラヒコは半ば嘲るような笑みを浮かべた。髭ダルマはそういう時にしか役に立たないけど良いのだろうか。かく言う僕だって童顔のせいでバドワイザーを貰えないことも有る。素直に虎の威を借りておくことにしよう。


 弾薬の購入と言っても役所仕事みたいなものだ。デーモンのIDログから弾薬消費をプリントして、補充を社の窓口に頼むだけ。そういう事務仕事をケチるのがA&Aの中小企業さを物語っている。AIすら導入しないから、いつまで経っても僕達ぐらいしか純正のデーモン部隊が居ないのだ。

 ひどく味気の無い作業を終えて、僕達は商人街に向かった。僕達が居たA&A社よりもコロニーの中心に有る商業街はケプラー442bで最も栄えている場所であり、活気と退廃と悪辣と福祉を一緒くたに煮たような街だ。

 あちこちであぶれた失業者が炊き出しに群がっているし、笑みを浮かべた商人が露店の店頭に立っていたりする。惑星政府の役人が仕事をする隣にはアル中の死体が有る。政府は大体の貧困対策を近くで行えるのだから楽と言えば楽なのだろうか。

 円状に作られたコロニーは、おおむね交通網がケーキを切り分けるような形で作られる。それが一手に集まる中心は何処の星でもこんな感じだろう。

 真っ白い制服を着た役人がそこかしこの扉へ赴いて、住民の戸籍を登録して回る。AIがお役所仕事を軒並み潰してくれたおかげで僕達は面倒な手続きを大体省けている。ただ、ああいう現場の仕事には相も変わらず生身の人間が立っている事の方が多い。あんな職業にわざわざ自分から志願したのだろうか?お人好しは今も絶えてないのか、金払いが良いのか。どっちにしても、何とも殊勝な事だ。

 心の中で役人たちにまばらな拍手を送りながら、僕達は少し通りから外れた武器街へと足を運んだ。ミランの目当ては狙撃銃のアタッチメントらしい。

「拝金主義のくせして、装備の強化には金を惜しまないよな」

「ケチったせいで更に損害が出るのはごめんだからな……それでも、出来れば出費なんて無い方が良いよ。ああ、他人の金が手違いで振り込まれないものか」

「他人の金で新しいデーモンを買いたい」

「他人の金で焼き肉が食いたい」

「焼肉……高いな」

「高いなあ」

 焼肉は高い。ちょっとだけミランの気持ちが分かったような気がした。

 脊髄で話していると武器街に着いた。バラック小屋やテントの中に、もしくは茣蓙の上に人間用とデーモン用の銃器が並ぶ通り。商人街でもあぶれた人間たちは大体ここへ来る。武器商人から薬物中毒者まで、アンダーグラウンド的職業はよりどりみどりだ。

 僕達はその内の一つ、それなりに立派な店の中に入った。少し値段は張るかもしれないけど、部品が戦闘中に勝手に脱落するよりは良いと思った。丸々とした顔をした店主は机に寄りかかりながら僕達を一瞥した。何処を見るでもなく、見ようとした方向に偶然僕達が来たとでも言いたげだった。

 私服を着た僕達を自衛火器を買いに来た市民とでも思っていたのだろうか。ミランがA&A社の社員証を見せると明らかに目の色を変えて店内を案内しだした。

「お客様、何かお使いの銃器は有りますか」

「ハクロビア23×115mmDMRを使っている。フラッシュサプレッサーは無いか」

「デーモン乗りですか」店主の顔がほころぶ。

「でしたらリンネ社のものが有ります。こちら大変好評でございまして、消音効果と発射炎の大幅な減衰が見込めます。反動が上方にだけ逃げるので素早い射撃が可能ですよ。後は少し性能が落ちますが、シャットン社のものが」

「ふむ。じゃ、リンネの方にしようか」

「スコープも有ります。1×9倍です。トリチウム式なので電力が要りません」

 ミランが買い物をしている間に僕は店内を見て回った。特に何が欲しいという訳では無くて、普通に暇だった。ピカティニーレールにおもちゃのように取り付けられるアタッチメントたちがそこかしこに並んでいる。値段は大体300~500セルぐらいだ。普通に高いな。

 武器の方を見ると2,000~6,000セル程度。どうもこれは割高の商人に引っ掛かったみたいだ。どうせ出るだろうし、僕はさっさと店から出た。口論はカウンセリングと同じぐらい嫌いだ。

「1,000セル?値札の価格よりずっと高いぞ」

「こちら人気の品でして、値段が高騰しております。何分特注で作らせたもので、この店舗からしか買えないのです。これでもお買い得でして」

「端末で調べりゃ直ぐに分かる。他の所じゃ300セルで売ってるぜ。ミラン」

「勉強か」

「これは勉強だぜ」

「……」

 がなり声や同僚の恫喝現場を見てしまう前に、僕はナイーブだから店を出ておこう。決して社に報告されないように客を入れないようにしている訳では無い。決して。

「……ありがとうございました」店主が震える声で言う。

「おう。頭が切れてくれて何よりだ」

「とても良い取引だった。また来るとも」

「ご来店、お待ちしております……」

 紙袋を持った二人が店から出て来た。店主の顔には脂汗が滲んでいて、背を曲げてうつむき気味に僕達を見送っていた。店内には居なかった筈の大男が二人床にのされていた。

 ミランが喜んでいる所を見る限り、確信犯だったのだろう。僕は見張りを止めて彼らを迎えた。

「ミラン、分かっててやったろ」

「ああ。あそこ、詐欺まがいの値段交渉をしてるから役所に睨まれてるんだ。支援者のストリートギャングからも疎まれてる。その内潰れるだろうさ」

「悪い奴だな」

「私は悪い奴だ」


 ミランの用事は終わったらしく、トラヒコは彼を連れて電子街に赴いていった。ちゃんとした店ならば彼の顔の方が良いだろうことを知っていてだろうか。僕はというと二人と別れて武器街をうろうろしていた。武器街で欲しいものが無いという訳では無いけど、やる気が湧かなかった。

 今のデーモンではそのうち付けが来ることは目に見えていた。型落ちでもそこそこ使える家電と違って、デーモンは命を預ける兵器だ。戦場で急に動かなくなってしまうまでは行かないだろうが、単純性能差によって一対一以上の場合負ける可能性があるし、作戦の幅だって利かなくなる。

 ただ、例によってデーモンは高い。イポスですら20万セル、サブノックに至っては60万セル。なけなしの貯金を切り崩しても全く足りはしない。

 そういう訳で出来るのは武装の強化やら内部機器のアップグレードだけ。で、やるべき事が有るのにどうも僕は食指が動かない。選択肢が多くて何をやれば良いのか分からないのと、セルがそれなり程度しか無いのが面倒くささを引き立てている。冷静に自分を分析できるならどうしてやらないのか。

 そういう訳で僕は当て所なく街をさまよっている。一応義理程度に商品たちを眺めながら、一週間の内に買わなければならないもののアタリを付ける。今日の内に買う気は無いけど、やはり本命はヴァシミールスラスターだろうか。

 裏通りに入って僕は露店を覗いていた。陰気ここに極まれりという通りだ。生物的に浄化された筈の空気が人々の陰鬱さによって汚されているような一種の世界だ。AI的計算によってコロニー全体に均等に降り注ぐ筈の日光は、大企業のビルによって遮られていた。

 治安なんて悪いに決まってるけど、健康的な成人男性を襲う気はそこまで無いのだろう。僕はこれまで2、3回ぐらいしか強盗に襲われたことが無い。

 顔も見えない娼婦たちの引く手を躱しながら、僕はその通りを歩いていた。まばらに並ぶテントたち、目に留まった真新しいそれに入る。『C.K商店』という簡素な看板が提げられていた。敷かれた茣蓙に並んでいたのはデーモンや情報端末に使う為のチップだった。そういえばAIの強化っていう選択肢も有るのか。考えても居なかった。

 店主は目深にフードを被っていてどういう顔をしているのか分からないが、そういうものは中々売れにくいのだろう。あぐらをかいていたのを、収まりが悪くて座り方を変えた。

「これは幾らぐらいです」

「2,000セルかな」

「もう少しどうにかなりませんか」

「えぇ?じゃあ1,000セル」

 彼は音声変換器で変えた声で値段を大幅に下げた。ひどく雑だな。

 僕はチップの一つを摘まむ。プラスチックの値札にはデーモン用新皮質カラムAIと書かれている。聞いた事の無い単語だ。

 裸電球で商品が照らされている。チップ自体は見たことが有る。整備士達も使っていたブルーブレイン20TB、その高速モデル。裏通りの商品にしては上物だ。

「これは普通のAIと何が違うんです」

「人間の脳をモデルにして作られてる。他のより高性能で、容量も食わないよ」

 怪しすぎる。僕はその言葉を飲み込んで、どうにか出さずにした。これは文句を言ったら黒いスーツを着た男たちが現れて身ぐるみを剥がすタイプの店では無いのだろうか。密かに端末の録音機能を起動した。

「……疑ってるね?これでも私はケプラー452b工科大学出身だよ」

「おお」

「研究が認められなくて除籍されたけど」

「ダメじゃないですか」

「まあ聞きたまえよ。デーモンを操れるのはヒトだけだろう?私はAIが操れるようにしたかったんだ。そうすれば人間が死ぬってことも無くなるだろう」

「そりゃまた、冒涜的な」

 僕はどちらについて冒涜的と言ったのだろうか。デーモンを操るのがAIになるのが?AIが人を殺すようになることが?それとも、僕の食いぶちが減る事が?

 何にせよ僕はこの店から立ち去りたかった。今日は買う気分では無かったし、第一チップに入ったプログラムが何であるかも分からなかった。こういう手合いは散々見て来た。舌先三寸で客を騙して値を上げる商人たち。それを知ってやって来た僕も僕だけど。

「何故デーモンがヒトにしか操れないのか、はもっと金に余裕がある人間に任せて私はAIを作った。デーモン乗りの培養脳の脳波をぶち込んでね。それがその一号だ」

「そんな金にならない研究をしたから除籍されたんじゃないですか」

「天才は理解されないものさ」

 僅かに声を震わせながら彼は言った。恒常的な諦めと不安が襲っているようだった。こういう所を見る限り彼は本当の事を言っているように思えた。

 自分の中から疑心が失せるような感覚がした。きっと良いことまがいをしたいだけだと付け加えた。

「ついでに言うと脳を解析してる金も機材も無かったから、極一部のデータを入れただけだ」

「信用させる気有るんですか」

「アルゴリズム学習でない、そのままの脳のデータを入れてるから容量がね。例えるなら脳に電極挿して液に浸してるやつだ。それを無理矢理データ内でやってる」

「いや、脳のデータを入れたからって動く訳無いでしょう」

「実際に動いたんだからどうしようもない。見るかい?」

 そう言って彼はノートパソコンを取り出した。旧世代形式の端末を使っている辺り財政は逼迫しているらしい。彼には残念だけど、僕にはその画面を見る気が起きなかった。

 やはりここから去る事が僕にとって最善だと思った。訳の分からない怪しい何かにも、AIにも金を払いたくは無かった。AIの人権を叫ぶ輩によって隊長よりも社会的地位を手に入れていることが気に食わない。

「いえ、見なくても結構です。買う気も無いので」

「それは困るな。もう直ぐ貯金が無くなる」

「知りませんよ」

「じゃあこうしよう。君はデーモン乗りだろう?」

「違いますよ」

「最初に手に取ったのはデーモン用のやつだったろ。デーモン乗り以外がそんなことするかい。それに」

 極めて得意げに彼は言った。逃げられそうに無いな、と思った。

「心配しないでくれ、どちらにも利が有る提案だよ。デーモンのデータを私にくれないか」

「どういう意味です」

「そのままさ。治験みたいなものだよ。データを寄越してくれたなら……そうだな、程度によるが月300セル程渡そう。それを買うのが条件だがね」彼はチップを指した。

 僕は少しだけ面食らった。言えた事じゃ無いが、どんぶり勘定なのは彼が研究者だからだろうか。2,000セルを買って、おおよそ月300セル戻って来る。約半月有れば元は取れる計算になる。

 最近それなりに仕事が忙しくなっている事を考えれば、良い提案に思えた。問題はそれを守ってくれるか……まあ、ミランに頼めばどうにかしてくれるだろう。

「良いでしょう。契約書は後で信頼できる人間に頼みますが」

「即金で大丈夫かい?」

「ええ」

 情報端末を彼の手のひらにかざして、セルを送り込んだ。通帳からげっそりする量のセルが消えてしまって、若干後悔した。後に残ったのはちっぽけなチップ一つ。

「データ用の機器は後日送るよ。何処に勤めてるんだ?」

A(アルマ)&A(アウクシリア)

「ああ、知ってる所だ」

「一応言いますけど、ウイルスとかカメラとか仕込まないでしょうね」

「安心したまえ。君の個人情報やらに興味は無い。興味が有るのは脳波だけだ」

 出来れば一週間以内に来てください、と言った。僕はそこで録音機能を切った。全体的に怠惰な行政機関も証拠を出せばそれなりに動くらしく、僕はミランからそうした方が良いと教わっていた。

 ただ、僕は一体何がしたかったのだろう。騙される事もしなければ、脅迫もしなかった。まして会話を楽しもうとした訳でも無い。無気力極まりない一日だ。

 背を向けてさっさと立ち去ろうとした僕を店主が引き留めた。何の用かと訊ねると、名前を聞いていないと言われた。そういえばそうだ。

「リュラと言います。第9部隊に所属しているので、受付にそう言って下さい。話は通しておきます」

「そうしてくれ……一応私の名も教えておく。ソフィア・コワレフスカヤだ。良い関係になる事を願うよ」

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