19,
悪魔が僕を包む。今日はリキベントはなく、羊水の中にいるような感覚は無い。ショートバレルに変更したSAR-70のコッキングレバーを動かす。ホロサイトの電源を入れて覗く。セーフティを解除して銃の引き金を引くと、ボルトが動いて薬室の中へと押し込まれる。マガジンを入れてもう一度。弾薬が薬室へと入場。セーフティを解除する。
オバゾアも同じようにしてスライドを動かして、弾薬を薬室へと送り込んでおく。太腿にあるホルスターに銃を収めて、四角いボックスを背中につけたデーモンたちを眺める。
僕の背中にも同じようなものが付けられている。EMP爆弾が起こす大規模なサージ電流からデーモンのシステムを守るためのアルミの箱だ。バックアップを取った上で、ジルもそこで眠りについている。
即席の階段の側に青白い顔をしたアダムが見えた。暗視状態で彼の顔は白く変わっていた。それでも陰影の濃さぐらいは分かる。能面のような顔の下には不安や恐怖や責任感の身を捩りたくなるような感情が渦巻いている。
作戦がもうすぐに始まる。資材を運ぶためのトラック、数々の電子機器と被せられたアルミニウム。トンネルの上部へとデーモンが駆け上がれるようにコンクリートブロックで作られた階段。中世の城砦を崩すときにも、こんな不格好なことはしないんじゃないかな、と僕は思う。
暗闇の中で合図が降る時を待つ。心臓の音が遠ざかっていくのを感じながら。
手が静かに挙げられる。作戦開始の合図はとても控えめだった。さりとて、地上にいるこれから殺す人間たちに名乗りを上げる訳にもいかない。
6本の太いケーブルを通って、EMP爆弾に電気が蓄えられていく。それぞれのケーブルにはマクスウェル機関が接続され、それを6人のデーモンを着た兵士たちが持っている。僕たちは黙ってジェネレーターが掻き立てる甲高い音を聞いていた。もしフリーメイソンが現代まで生き残っていたら、こんな儀式を行うのだろうかと僕は思った。
やがて充電が終わり、慎ましやかな爆発音と共にサージ電流が四方へと飛び立つ。夜襲が始まる。
先頭のデーモンが天井にあるハッチを開けて上階への進入を促す。デーモンたちが濁流となって流れ行く。僕はその一雫だ。
ハッチの先にはヒドラオテス基地の地下と同じように、格納庫みたいに飾り気のないコンクリートの壁面が並ぶ巨大な空間があった。ただ、天井には裸電球が吊るされていて、ダンボールの箱や釘打ちされた木箱がそこらに転がっていた。この基地が使われているのは明らかだった。
開かれた鉄扉の中には既に死体が転がっていた。薄い暗褐色のシャツを着込んだ二人。エレベーターの中で頭と胸に銃弾を打ち込まれて死んでいる。顔には黒っぽくなった内出血の痕がある。開いた瞬間に誰かに殴られたのだ。傍らには血に濡れた書類を留めたままのクリップボード。倉庫の確認をしに来た職員だったのだろう。アンラッキーだった。その上を乱暴な悪魔たちが踊り、踏み越えて天井へと昇る。
あとはひたすら上へ、上へ。点検口の上には夜の海のような暗闇が広がっている。訓練通りに重力偏向を上に設定して、猿みたいに所々の突起を掴みながら登る。速く、出来れば静かに。流石に1週間程度の訓練じゃどうしようもなく誰かがカツン、という金属同士が当たる音を出す。すると下手な奴が次々と音を出し始めるのだから、笑いを堪えるのに必死になった。
そうしてカツカツ鳴る音がエレベーターを満たすようになった頃、誰かが暗闇の中に光をもたらした。創世記に書かれた天地創造のように、暗視モードだったデーモンの視界いっぱいにそれが広がった。
光に向かって僕は暗闇の中を登り続けた。やがてそれに飛び込んだ。誰かが伸ばしていた手を掴み取り、エレベーターの外にまろび出た。眩しくなって、右目だけを開けて周囲を見渡した。クリーム色の壁紙、塩化ビニルでできた白い床。天井ではLEDが白く力強い光を注いでいる。遠くにウォーターサーバーが見える。まるで小さい頃に行った病院のような場所だった。
数十人のデーモンが乗り上げた床には、土埃と血の跡が付けられていた。エレベーターの内部にあった死体を踏んだせいでついたのだろうと思った。丁寧に掃除がされたこの室内に、野蛮な香りを漂わせた僕たちは不似合いなように思えた。
誰も居ないし、誰も通ろうとしない。使われているのは分かるけど、まさかもう気づかれているのだろうか?
2つ目の爆弾が呻き声をあげ始める。6人のデーモンが持った6つのマクスウェル機関が稼働し、6本のケーブルを通って電力がコンデンサーへと供給される。
また爆発が起こる。サージ電流が四方へと飛んでいき、半径150mの電子機器を使用不能にする。電灯がパシッという音を立てて消える。通路に暗闇が降りていく。僕たちは素早くそれぞれの隊に別れ、制圧を始めていく。
この基地を制圧していくのは1階ずつ、5つの小隊に別れて行う。小隊はそれぞれ独立して動き、定期的に報告をし合う。最後に、何かが起こったら報告して助けを待つようにする。この「何か」とは小隊規模ではどうにもならない脅威、またはインシデントのことだ。
そういうものは基本、頭数が揃っても手の打ちようが無い。デーモン4機が対処出来なければ相手するだけ無駄だ、というのが僕たちの総意だ。少しでも後続のために情報を残しておくことが、不幸な人間の責務だった。
「作戦の第2段階が終了。第3段階へ移行します」
ジルが目覚める。残念なことにアルミニウムの箱は機能してくれたようだ。不安な気分が吹き荒んでいく。幌を無線通信のアンテナから外して、僕は通信をオープンに繋げる。
「第3部隊、作戦を開始する」
僕はドアを横目で捉え、開口部の側へポジションを取る。重力レーダーに反応は無い。後ろの兵隊たちに手で合図を送る。静かに「ドアを開けろ」と言う。そのうちの顔も分からない1人がドアノブに手を掛け、一気に引く。僕の知り合いは部隊の中には居ない。
すぐに僕たちはなだれ込み、銃口を部屋の四方に向ける。何かの書類が舞った。ライムグリーンの仕切りと、キャスター付きの椅子が沢山並んでいた。事務室のようだった。砂嵐が舞っているのか、建物が揺れるような音がした。
僕は慎重に先頭を歩いた。4人分の足音が一斉に動き始めた。ワードローブが半分開いて書類が外にはみ出していた。本当に機密である場合、デジタル文書を作らずにアナログな紙文書のみに残すというは本当なのだろうか、と僕は唐突に思い出した。
ガサッ、という音がした。首をそちらに向けたくなる欲求を抑えて、僕は合図を出す。”確認する”という合図を。2人は周りの警戒に当たり、残りの1人が僕のバックアップに立つ。僕は慎重になるように努力しながら、音が出た方向へと向かう。
「レーダーや工作の痕跡から推察しても脅威の可能性は低いですが、警戒してください」
「分かってる」
低い声で僕は言う。独り言を言う変な隊長と思わないでくれると良いのだが。いくつかのパーテーションを抜けて、僕はようやくその音を出したものへと近づく。
そいつは机の下でブルブル震えていた。顔は青ざめ、もうすぐ訪れるであろう運命の想像に怯えていた。黒い丸縁のメガネを掛け、茶髪の髪をナチュラルなワックスでセットし、適度に容姿を整えられる経済的な余裕と精神的な余裕がある男。ホワイトカラーの全く武器を握らなかったであろう男。
そいつを見た時の印象は銃声でかき消されていった。僕の手の中で起こる2つの小さな爆発。ボルトがプライマーを叩き、小さな爆発を起こす。爆発は火薬へと到達してまた爆発が起きる。その爆発によって弾頭が押し出され、発砲が完了する。
弾丸は素早く彼の命を奪った。引き金は3回引いた。大口径の弾頭が彼の肌を貫き、内部組織を無惨に切り裂いていく。銃口から放出された燃焼ガスが服の繊維を焦がす。どんなに小さな目標であっても、銃弾を受けて死んでいない確率は存在する。2回と3回はその確率が大きく違う。
彼が動かなくなったのを確認したあと、僕は慎重に倒れ伏した体を仰向けになるように転がす。黒いジャケット、白いシャツ。手榴弾やIEDは持っていない。即席の爆発物だったら、僕たちがEMPを比較的簡単に作れたように誰でも作れる。塩化ビニルのパイプと火薬、もしくは大容量のバッテリー、大量の脂肪。こういう物があれば誰だってビルを破壊出来るし、デーモンひとつ壊すことができる。
可能性の話だ。いつでも爆発物を作ることが可能だからと言って、いつでも爆弾テロが起きているという事にはならない。ただ、実際脅威として考えられるのはその方向だけだった。爆発物、そしてデーモン。それが今日注意を払うべき対象だ。
この慎ましやかな事実は、僕の引き金を軽くさせた。安心はしない。不安感をデーモンは払い、一種の果断さを与えてくれる。
部屋から砂嵐が建物を打つ音が聞こえた。僕たちは地下4階へと降りた。基地は2階は無く、代わりに下へ下へと建てられている。予定では地下150m地点で爆弾を起爆させ、制圧を早急に終わらせる事になっている。EMPが引き起こす電子機器の損傷は永久的なこともあるが、一時的なこともある。その機器がどれだけの放出された電流に耐えられるかなんてテストして無くても良いことだから、誰にも分からない。
いつか緊急用の発電機が動き出して、基地の設備は一部だけでも元に戻るだろう。もしそれが通信機だったなら増援によって取り囲まれる。僕たちだけか、基地ごと攻撃されて終わる。それが僕たちのタイムリミット。よってより素早くこの基地を制圧する必要があった。
階段を降り切ってスコープを覗く。通路の角に向けて、ベンチやウォーターサーバーの後ろに人が居ないか逐一確認しながら通路を進む。やがてもう一つの階段に着き、4人の奇妙な行進は終わる。何の脅威も無いことを確認したら、僕は通信を開く。
「第3部隊より。地下4階の西方通路を制圧。内部の脅威排除を開始する」
「了解した」
ノイズ混じりの返事を聞いた後、通信を閉じる。僕は合図を出して、再び突入の準備を始めさせる。後ろに控えていた1人が僕の前に立ち、ドアノブを掴む。
「微弱ですが重力反応が見受けられます。十分に注意して下さい」
「ランチャーを準備しろ。発砲は自由だ。誰かいたら、迷わず撃て」
「了解」
「了解しました」
隊員の一人が背中に担いでいたランチャーを構えて前に出る。閃光弾はデーモンにも有効だ。視界と聴覚を一時的にも封じ、絶対的な隙を作る。
ドアノブを捻り、扉を開けようとするが開かない。部屋に向かって扉を押し込もうとしても何かに阻まれてしまう。バリケードが敷かれている。扉を開けようとしているのがバレたなら、もはや迷っている暇はない。
僕は扉の前に立ち、肩を押しつけるように突進を始める。人工筋肉が僕の力を増幅し、装甲と電子部品によってぶくぶく肥えた牛程度になった体重が威力を高める。1回。内臓と頭に衝撃が走り、眩暈が起きる。2回。デーモンのシステムが衝撃に対応して楽にさせる。3回。自己と他者の破壊のプロセスが終了したあと、僕はラックに掛けていたカービンを構える。
高そうな機械で出来た箪笥のようなものを踏み越えて、先頭の隊員がランチャーの引き金を引く。デーモンがそれを感知してシャッターを展開する。マグネシウムと硝酸アンモニウムがつくる猛烈な閃光と爆音は僕たちには届かなくなる。
銃声がいくつか響く。僕の指示に忠実に、どんな人間でさえ撃ったのだろう。
「クリア」
「クリア」
「デーモンは?」
「見当たりません」
部屋の中には白衣を着た人間が何人か転がっていた。出血がそれを汚していたので、形状以外からはそれが白衣であると分からなかった。そのうちの1人を仰向けに転がし、胸元から名札を取った。爆発物は持っていない。
「クリュセ研究所 研究員 ニコライ・ユージン」研究所。改めて周りを見回すと、何だかよく分からない機械類がそこら中に転がっている。
電灯が消えて、さっきの騒乱のせいで所々砕けている。真っ白い部屋の中で一際異常に見えたのは、赤ん坊がたくさん並んだ部屋だった。そこはアクリルガラスを隔てて繋がっているもう一つの部屋で、ガラスで出来た揺籠みたいなものの中に沢山の赤ん坊が並んでいた。
5×6、つまり30人の赤ん坊が並んでいる。それぞれの箱から黒いケーブルが伸び、何かの機械に繋がれている。異様な光景に少し驚き、直ぐに感情が無くなっていく。何故こんなことを?
「重力反応はその部屋から出ています」
「これは一体何だ?」
「生後1週間程度までの子供に見えます。安置されている保育器はNICUに似ています。何を理由にこんなことをしているかまでは分かりませんが、直接の脅威ではないようです」
隊員の1人が答える。彼もこの異様な空気を感じ取ったようで、その声色は少し震えていた。僕は唯一繋がっているドアを開けて、その部屋に入った。
砂嵐の音が聞こえる。眠っていた子が僕に気づいて、金切り声を出して泣き始めた。聴覚を切ろうとも思うほどの音だった。歩くたびにその一歩が重くなっていく。この子たちはどうなるのだろうか?このまま電気が切れたままだと間違いなく生命維持が出来なくなって死ぬ。たとえ僕たちが占拠に成功したとしても、生かす訳にはいかない。
まあ、どうでも良いことだと感じて僕は直ぐにその部屋を出た。頭が割れそうだった。泣いている声がしばらく頭にこびり付いて、ずっと聞こえたままでいた。
「次の部屋だ」




