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目覚まし時計  作者: nacare
1:落下
17/75

17,

 エレベーターが軋む音を立てながら動き始める。段々と速度が上がり、同時に体に感じるGも強くなる。コンクリートを詰め込んだような静寂の中、黄色いハロゲン灯の光が僕たちを照らしている。エレベーターはさらに深くまで僕たちを運ぶ。

 やがてエレベーターが止まる。扉が開き、冷えた空気が顔にかかる。アダムが先導する様に出る。されるがままに僕たちはついていく。廊下は薄暗く、非常用の誘導灯がほのかに灯っているだけだった。この基地には所々に区域番号が割り当てられているはずだけど、それも見当たらない。

 閉ざされたドアを開けて、さらに階段で降っていく。そもそもエレベーターで降っていったのに、さらに下があるのか?

「別のエレベーターは無いのですか?」僕は彼に尋ねた。前を歩いていたオフュークスが変な顔をしてこちらを見た。

「ケーブルが切られてる。一方通行でいいなら使えるが」

「地下へ?」

「いや、宇宙のもっと上に。ここからさらに暗くなるぞ」

 珍しくユーモアを出したのか、脊髄で喋っただけか。とてつもなく疲れていそうだから、後者だろうか。

 階段を4,5階分程度降るとようやく底に着いた。灯は無い。暗闇だけが続いている。アダムが懐中電灯をつけて辺りを照らす。天井が高く、居室のような雰囲気は無い。どちらかというと、何らかの格納庫やトンネルの様だった。

 さらに進むと、大きな空間に突き当たった。脇ではワードローブが倒され、キャビネットの引き出しからボロボロの紙がのぞく。指でつまむと暗褐色の紙が破片になって落ちていく。劣化の少ない地下でこうなるとは考えにくい。ただの使われない区域だとしたら、風化ナノマシンは使わない。

 ようやく、アダムが一つの壁の前で止まる。よく見るとそれは扉だった。灰色の塗装が施されているが、中央に小さな継ぎ目がある。何らかの合金であるらしく、錆は出ていない。触ってみると底冷えするような冷たさが手に伝わった。

 一体、何用の扉だろう?車一つどころか、ともすれば巡洋艦が一つ通り抜けられる程度の扉だ。何かを運ぶためのものだろうか。だとしても地上に道を作ったほうが圧倒的に楽だろう。たとえ攻撃を受けないと言うデメリットがあったとしても、この巨大な空間を作る労力には叶わない。

「現在約地下1500mの地点に私たちはいます。深さとして当てはまるのは鉱山ですが」小型の機械から機械音声が作られる。

「さあ、よく分からないな」

 彼はとてつもなく巨大な扉の前に立ち、天井まで続く長い取手を掴んで動かそうとする。両足をちゃんと使っている。兵士としてはまだ鈍っていなさそうだ。そういえば最初の時は下士官だったっけ。

 数分後、扉は全く動いていなかった。僕は地べたに座って、オフュークスは壁にもたれかかっている。コワレフスカヤはしゃがんで機器を弄っている。地面の冷たさが尻に伝わる。

「……ここで本当に合ってるのか」

「そうらしい。空間がこの先にある……開けばだけど」

「空間?」

「その前に手伝ってくれ」

 それもそうだ、と取手を掴む。全身を使って思いきり横へ引く。アダムも同じようにしてくれているけど、動く気配は無い。合金だから鉄よりかは軽いはずだが、その巨躯によって扉は静止状態を続けている。デーモンを持ってくるべきだった。というか、引き返して持ってきた方がいいと言いかけた。

 オフュークスが僕の後ろから取手に手をかけて、一気に扉を引く。まさか一人でやれるわけが無いだろうと思っていた。少しづつ、金属同士が擦れる音を出す。慌てて僕たちも力をかけ始める。

 やがて、扉が動き出す。扉が軋む音を立てるにつれて暗く黒い、タールのような暗黒が僕達がいる空間を押し潰していく。扉が完全に開くと、さらに巨大な空間が露わになった。

 まさしくトンネルだ。しかし扉と同じだけの巨大さがある。アダムが懐中電灯を持って奥側を照らしてみても、全く突き当たりのある気配がない。

「そろそろ、ここへ来た理由を教えてもらってもいいか」オフュークスが整然とした態度で言う。

「……今の基地の状況は知っているだろう。先週の襲撃によって、基地の位置が敵軍に知られた。爆撃によって数人が亡くなり、崩落が起きた。ここはそれによって偶然発見された地下通路だ」

「こんな大規模なものを火星戦争時に?」

「いや、もっと前、おそらく緑化計画が実行された当初のものだろう。この真下からマクスウェル機関の反応がするから、それを埋め込むためのものじゃないかな」

 コワレフスカヤが言う。確かに、それなら辻褄が合う。火星のマクスウェル機関は地下50km付近に設置されている。しかしながら、そんなところまで届くドリルなんてあろうはずも無い。重機を地殻に近づけるための苦肉の策、とすれば納得がいく。もしかすると、この基地も重機を運ぶための施設ありきで、後になって建設されたものなのだろうか。

「ジル、正しいか」

「コワレフスカヤ氏の説明の通りだと思います。もっとも、ここはまだ一段目でさらに下に連なっているとは思いますが」

「略奪によって喫緊の問題だった食糧は確保したが、電力や燃料、弾薬については解決していない。早急に次の策を練る必要がある」

「だから、ここへ?始末するって訳じゃなさそうだが」

「指令でしょうか」

「個人的な話だから、敬語はいい。歩きながら話そう」

 そう言って、彼は通路を歩き出した。オフュークスが僕を追い抜かして先に行った。ほのかに笑っているのを見て、やはり変わってしまったんだな、と思った。

 ちょうど一ヶ月前、コワレフスカヤの協力によってオフュークスのナノマシンの治療が開始された。ナノマシンは脳の7割程度に根を張っていて、想定よりもずっと重度だった。それでも刺激を緩和するナノマシンを投与しただけで、ここまで変わるとは思っていなかった。

 今の彼女は、ちょっと怒りっぽいだけの普通の人間に近い。手が出る頻度が圧倒的に減ったのだ。5分の5が5分の3程度に変わった。以前が以前のために感覚が麻痺しているだけかもしれないが、進歩は進歩だ。

 そもそも、かなり手加減してくれていたようだ。あんな大きい金属の扉を一人で動かしかける程度の力を振るっていたなら、一人二人死人が出ていた。しかしながら、彼女との喧嘩で負傷をしたものはいても死んだ人間はいない。おそらく、意識的にかブレーキを掛けていたのだろう。

 彼女は彼女なりに抗っていた。そんな気高い人間からして見れば、僕はおおよそ怠惰に見えるだろう。それなら嫌ったままで良かったのに、どうして助けてしまったのだろう?疑問は尽きない。

「エレベーターは電線が切られているが、修理すれば使えないほどじゃない。あとはこの上に何があるかだが……」

「深すぎて普通のレーダーは使えないし、超音波探知機を使って地道に調べるしかないね」

「そうか。順を追って説明する。例の襲撃前から、このコロニーは問題を抱えていた。物資を運ぶための補給線が繋がっていないためだ。そこで偽装襲撃作戦……襲撃でも作戦でも無いが、それを行っていた」

「それなら知ってる。ファインマンが買い取ってたんだろ」

「ということは、リュラも……」

「まあね」

 懐中電灯を持った人影が少しだけ肩を落とす。

「いや、どうせ知らないふりをしてくれていたんだろう。それはそうだ。なら説明は要らないな。早急に対処する必要がある」

 彼は極めて平静を装って、淡々と話すことに注意を向けていた。彼が顔をこちらに向けていれば、極めて憔悴した表情を見ることが出来るだろう。リーダーというのは碌でもない職種だ。

「もはや、私たちから打って出る他の道は無い。もし襲撃をするとしたらどうする?寡兵である我々が行うべきは、当然奇襲だ。しかもそれで終わりだったら良いものを、わざわざ敵陣に居座って略奪を行わなければならない」

「無理では?」

「無理だ、とは言えない。この基地を預かるものとして。一縷の望みはこの通路だ」

「超音波発射……マップを生成します」ジルのボディとレーダーが繋がり、微かな音を奏でる。

「うーん、この辺りにはないか。もっと先に行ってみよう」

 ようやく通路が曲がり道に差し掛かる。4人の影だけがコンクリートの壁に映る。もしかしたら誰かがいるかも知れない、という想像をしてしまう。

 底が擦ったレーダーを受け取って道を進む。なぜこの人選なのか、とは思わない。僕とオフュークスはあの時現場にいた人物だったし、コワレフスカヤはファインマンの後継と考えても悪くない。彼は内緒話をするつもりなのだ。

「あー、軽くなった。じゃ、この先300mぐらいで下ろしてくれ」

 コワレフスカヤ眼前で紫色の顔文字がうごめく。彼はフードを被ったままだが、自己主張するために発光ナノマシンを薄くベールのように被っている。

「それ、わざわざ作ったのか」

「いや、このパーカーの機能なんだ。普段はチカチカするから切ってあるけど、この状況だとちょうど良いだろ。パリピもたまには役に立つ」

「いつも使ってくれたら分かりやすいのに」

「私は率直だけど。君が着けるべきじゃないかな」

「同感です」

 ご機嫌なパーカーを被った自分を想像する。2人からはちゃめちゃに弄られそうだ。確かに分かりやすくなるとは思うけど、それなら顔の模様を変える術を学ぶべきだろう。ようやく自分の感情を素直に受け取れるようになったのに、自分の表情をうまく変化できるわけがない。

「エレベーターの真上にヒドラオテス基地が作られたように、それと同じようにして作られた基地がある筈だ。実際、地球同盟は放っておく訳にもいかないだろうからな。そこを叩く」

「で、こうやってレーダーを使って調べてるわけ」

「そうだ。君たちに聞きたいのは、これが成功するかどうかだ」

 まあ、何となく想像はついていた。彼は友人として見れば少しも不自然では無いが、指揮官としてはひどく倒錯している。こんな質問をするくせして、実際に判断としては殆ど間違うこともない。冷静な判断力と市民的な価値観が同居している。

 とはいえ、彼の負担が激しいことは僕も知っている。地球同盟が”指揮権はその場にいる地球同盟に正式に任官された、もっとも階級が高い者にある”とされている以上、僕たちには手の打ちようがない。トリチェリを含む幾人かが副官の仕事をしているけど、それも本質的な問題の解決には至らない。

 リーダーに一番必要なのは決断だ。それは最も重要で痛みを伴うものだが、絶対に行わなければならない。そして、それを行えるのは一人だけだ。

 想像力が働きすぎて、この基地が火星軍に見つかり完膚なきまでに破壊されて敗北する未来が見えているのだろうか。悩まないで、とか言っても悩むのが仕事だし、気休めを言うしか無いのだろう。

「色々あるけど、どれから言おうか。まず基地が見つかって、襲撃を行うことを前提とする。増援を呼ばれたらどうする。僕たち以外に味方は居ないから、まず助からない」

「EMP攻撃を使う。宇宙船を解体してマクスウェル機関を取り出せば、電力はどうにか確保できるだろう」

 EMP(電磁パルス)。確かにそれであれば、短期的だが通信を妨害出来る。混乱に陥れれば、襲撃もスムーズになる。

「じゃあ、どうやって物資をこっちへ運び出すんだ。少なくとも500mは歩かないといけない」

「トラックを分解、再構築してこちらに持ってくる」

「ここにいることがバレたら?」

「そうなれば、どうしようも無い。出来るだけ早く前準備を終わらせるしか無い」

 僕の疑問はそこで尽きた。ジルはおおむね同じことを言うということを知っているのか、意見を述べることは無かった。アダムはオフュークスにも意見を求めたが、概ね似たようなものだった。根本的に無理やりな作戦ではあるが、状況が状況のために仕方がない。

「それで、どうなると思う」

「どう言ってもらいたいんだ。成功する、と言われたいのか、失敗する、と言われたいのか」

 どちらとも言える。敵陣の真下に近づけることを利用してEMPを押しつけるのは賢い戦術だと思う。それと同時に、漠然とした規模しか分からない陣地に突っ込むのは無謀だ。その程度の問題でしかない。

「何にせよ、行うべき作戦である事は確かだ。ここでその作戦についてとやかく言うより、何が何でも実行する方向へ持って行くべきじゃないのか」オフュークスがまともそうに言う。

 彼は俯いたまま頷いた。損な役回りだ。彼からすれば、地獄とも分からない方へと先導する気分だろう。トラヒコみたいな、後先考えない性分の人間だったらこんな事にならなかったかな。いや、それはそれで嫌だな。

「……そうだな。そうすべきだ。これが正しいのか分からなかった。相談するべき相手も居ないからな。その点、君たちは脛に傷持つ身だ。密告はしないだろう」

「失敬な。ちょっと大学を追われたぐらいで」

「親と戸籍がないだけだが」

「ナノマシンが入ってないだけだ」

「そんな人間の事を、誰が信用すると思う。火星軍も身元調査ぐらいするさ」

 そう言って、彼は安心したように仄かに笑う。ジルが不服そうに地団駄を叩く。お前は裏切らないだろ、と言ったら静かになった。

 火星軍のスパイか。居ないとも限らないのか。基地にいる人員、そのうちの幾らかは火星で生まれたのだから。火星のメディアでは地球同盟の経済的支配について散々と糾弾されているし、何なら自分で味わっているだろう。十分にあっちに肩入れするだけの理由はある。

「疲れていますね」

「いや」アダムは言う。

「最初に気休めだと言っておくけど、誰かに相談したほうがいい。問題が解決する事はないけど、望み通りのことを言って貰えるだけでストレスは緩和される」

「そうかな」

「僕がそうだった」

 柄でもない事を言ったかな、と僕は少し後悔する。事実として、彼は何ともつかないような微妙な顔をしていた。やろうとしても出来ない、の顔じゃなければ良いのだけど。


「随分良い感性になったじゃないか。心境の変化でもあったのか」

「さあ。あんたは脳の中身が変わったけど、それこそ普通の人間らしくなった」

「むう」

 そう返すと、彼女は困ったような音を作った。本当に普通の人間みたいだ。

 かつかつとした、靴底が金属に当たる音が下からする。暗い階段に僕たちの声が交わって、遠くへ向かって飛んでいく。3人は体力と体格の問題でまだ下の方だ。

 地下通路は広すぎるので、調査は一回じゃ終わらない。やはりアダムは内緒話をするのが目的だったようだ。

「でも実際、この前のおまえだったら気遣いなんて見せなかっただろ」失礼な。僕だって上司に嫌われない程度の事はやってきた。

「どうかな」

「確かに私はナノマシンで楽になったが、お前は何もやってない。誤魔化してくれるなよ」

「単純だよ。あんたが言ったような、ちょっとした心境の変化さ。悩むぐらいだったら、誰かに打ち明けて楽になった方が良いって思えただけだ」

 僕は真実に近い事を言った。全てが真実でないのは、半分くらい他人に迷惑をかけるぐらいなら、という気持ちもあったからだ。経験上、そういうことを言うとさらに迷惑をかける事になるので黙っておいた方がいい。

 どうしてそんなに他人のことが気になるのだろう、と僕は思う。気に掛けてくれる友達や、人間に囲まれている。ありがたいことだ。それと同時に、どうして他人を思いやれるだけの余裕があるのだろうと思ってしまう。そういう人間が周りにいるたびに、自分の不完全さが浮き彫りになる。

 まあ、そういうことも含めて総合的には話した方が良いとは思っている、というだけだ。

「ふうん。じゃあ、次の質問だ」

「何だよ、尋問か」

「いや。答えたくないなら答えなくていいが、そうはしないだろう」

 ラポールみたいなことを言ったので、僕は黙ろうかと思った。

「おまえの父親についてだ」

「トリチェリのことか?本人に聞けばいいだろ」

「違う。おまえは何故彼を避ける?」

 そうか。そう見えるなら、まだ取り繕いきれてないのだろう。

「ちょっと気まずいだけさ。義理の父親ならそうもなるだろ。何でそんなこと……」

「理由が必要なら、いくらでも。私がおまえを嫌ってることは知ってるだろ」

 まあ、彼女は大体の人間を嫌っているから特に傷つきはしない。

「トラックの中にいた時に言った理由は嘘だ。忘れろ。本当の理由は、羨ましかったからだ」

「どういう……」

「そのままだよ。私とおまえ、子供のときの境遇はほとんど変わらない。おまえの仲間から聞いたよ。なのにどうしてこう違う?」

「運としかいえないけど」

「おまえには家族がいるのに、どうして自分からそれを遠ざける?それが許せないんだ」

 オフュークスが深いため息をつく。数瞬動きを止めたあと内に溜まった何かを発散させるように僕の横を通り抜け、一気に上階へと向かう。

 僕には、あの時のことが嘘だとは思えない。その時の”気分”が本音を隠すかどうかを決めただけで、どちらも真実だと思う。ちょっと前の暴力的な彼女、トラックの時の常識的な彼女、ナノマシンによって比較的常識的になった彼女。全てオフュークスだ。全てを見ていると、人間は脳髄の奴隷だということを知らしめられる。ぞっとする気分だ。もれなく僕もそうである事を知っているから、どうしようもない。

 今の僕はデーモンと繋がってしまったからおかしい。

 全ての行動に対して、それで説明がつければ免罪符になるのかな、と考える。そうはならないだろう。結局自分のことは責任を取らなければいけない。だから、僕は僕がしたことに向き合うべきだ。少なくとも、僕がそう思っているうちは。

「いいか。せめてもう少しマシな理由を考えてこい。じゃなきゃ殺す」

 殺されないためにも。


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