15,
「砂塵嵐は20000kmに渡って発生しています。しかし、どうして突然に……」
「出撃する」
素早く武器を取り、トラックの扉を乱暴に開ける。砂塵を含んだ暴風が荷台の中に吹き込んで荷物をいくつか吹き飛ばす。今は気にしてはいられない。
グリア粒子が砂塵とぶつかって火花を散らす。視界は殆ど効かない。どうやってこの中で襲撃を仕掛けると言うのだろう?デーモンが遭難しただけじゃないのか。
どう考えてもレーザー照射なんて起こりそうもなく、そもそも射撃補助機能も効きそうにない。数m先すら分からない状態だ。
「ジル……あっちか」
ジルのプログラムはトラックの中にいる。単純なプログラムであれば両方にインストールすれば良いだけの話ではあるが、ジルはそこそこ複雑だ。記憶の混濁はいずれエラーとなって僕を襲うかもしれない。
尋ねるべき相手はいない。この嵐の中で何をどうすれば良いのだろう。戻ろうとも考えたけど、ならどうやってジルは襲撃を感知したのかという話にもなる。
雷鳴のような光が瞬いた。なるほど、カメラか。僕は重力偏向を一瞬切って、抗っていた暴風に身を任せる。飛ばされていく方向に再度重力を向けさせ、エンジンを点火する。
嵐を切り裂いて爆音が響く。僕がいた場所に銃弾が突き刺さり、トラックが爆散する。別のトラックに移ってくれていたら良いのだけれど。
僕はデーモンが過ぎ去った方向を見る。ジェットエンジンの後に残る炎が今も残っている。一体どれだけの量の酸素を吹きつけるとああなるのだろうか。完全にエンジンの限界を超えている。可笑しいくらいの重力反応がレーダーから確認できる。
暴風が絶え間なく吹き付けているおかげで、飛行はまともに出来ない。どういう訳か相手は僕を認識しているようなので、迎撃を選択する。僕の武装ではあのデーモンを倒しようがないけど、オフュークスが来るまでの時間を稼げればいい。
炎が再び近づいて来る。風に吹かれるように移動しながらSARを乱射する。弾丸は全てアウターシールドによって阻まれ、ただ緑色の燐光を発する。巨大なデーモンは無造作に両手を伸ばしながら僕へ突進する。
咄嗟に腕を組み、防御する。直後、車が衝突したような衝撃が僕を襲う。否応無しに嗚咽が漏れ、骨が折れる感覚が伝う。
エンジンが破壊され、移動に使っていた重力が衝撃を殺すために使われる。僕は身動きがとれなくなる。デーモンが目前に迫って来る。長大な砲身、M61バルカン砲2門が回転している。砂塵に身を取られて僕は思うように動けないが、あのデーモンには関係ない。
咄嗟に身をよじる。弾丸が僕の体を突き抜けていく。自分の体を何かが進んでいく感覚というのはいつでも気持ちが悪い。
おそらく、後数秒もすればバルカンが銃弾を本格的に吐き出すようになる。僕は挽き肉のように擦り潰されて死ぬ。そのことを考えると、むしろ安堵するような感情が湧いてくる。
突然爆発が辺りを覆う。爆炎の真っ赤な光によって渓谷が一瞬だけ照らされる。デーモンが怯んだ隙に重力偏向を一方向に向け、一気に離脱する。ミサイルが何発も乱暴に着弾し、辺りを戦場に変えていく。相手も増援が来たと判断したのか、炎の軌跡が遠ざかっていくのが見えた。
砂嵐が段々と収まっていく。僕は自分の体を見るのは後回しにして、FCSが使えるようになるまで待った。
やがてレーダーが使えるようになった。まあ、もう目視で十分見えるぐらいには治っていたのだけど。砂嵐というのはこうして過ぎ去るものなのか。トラックは風に流されて数10m先にあった。
「帰還した。治療用のナノマシンは?」
「ありません。やはり、オフュークス様が申した通りだったようです」
「やっぱり。そうだと思ってた」
荷台の奥から彼女が現れた。横に佇むデーモンには砂の跡ひとつない。
「ナノマシンどころか麻酔もない。近代的な治療はできない」
彼女はダンボールを一つ開けて、梱包を裂いて織り始めた。まさか包帯の代わりだろうか。
「ちょっと楽しいぞ。やるか?」
「怪我人にやらせる気か」
僕はデーモンを脱ぐ。排出される僕の体、リキベント、血と漿液。遮断されていた痛覚が体に帰り、押さえ付けられていた傷口が開かれる。
痛みで立っていられないというわけではなく、ぼんやりとした痛みが感じられる。まだアドレナリンが出ている。それほど危機感なく考えても、このまま放置したなら間違いなく死ぬだろう。
「正直言って、怪我が無かったら殴りつけたいよ」
「随分剣呑じゃないか」
「出撃してないだろ。あんたが出てたら殺せてた。僕がこんなに死にかけることもなかった」
「まあ、そうだな」
彼女は全く悪びれもせずに言った。どうせ彼女なのだからそこまで変わりはしないだろうとは思っていた。
あの時、僕を助けたのはドローンのミサイルだ。1機か2機ほど、余剰分の機体が残っていたのだろう。
「私はもうデーモンに乗らないよ。死を目の前にしてもね。それはそうと、目の前で死ぬのは嫌だから手当てはするけど」
「?」
ジルがよく分からない音声を出力する。僕もよく分からない。彼女は人が死ぬのが嫌なのか好きなのかどちらなのだろう。
彼女は言葉の通りに僕の治療を始めた。強い酒で患部を消毒して、織られた梱包材で傷口を縛って止血した。ヤブ医者もこんな治療しないだろうけど、ここには食料品さえない。動脈を傷つけていないことを願っておく。
僕は彼女が居たトラックで過ごす事にした。これだけ負傷したなら、他のトラックへは行けそうもない。
少しトラックが揺れると、その度に痛みが襲ってくる。傷口が1日程度で塞がるわけでもないし、いくつか銃弾は体の中に残ったままだった。僕はそれが襲ってくるたびオフュークスを見た。
まるで何もなかったように振る舞う彼女を見ていると、悪意を高々と掲げてくれた方がまだ良いのではないかと思うほど怒りが湧いてくる。もちろん、発散できる対象もないので、ただ吹き溜まりになるだけだ。
「どうして死にたいんだ?」僕は素直に彼女に疑問をぶつけることにした。
「聞きたい?またつまらない、ありふれた話になるよ」
「暇だからね」
いつかGJ1214-bのコロニーにいた時のように、僕は半分以上寝たまま過ごしていた。起きていた時は梱包材を織っているか、彼女を眺めていた。
オフュークスは全く出撃のそぶりを見せなかった。多分、彼女が見張りをしていたとしてもデーモンに乗りはしなかったのだろう。まるで無いもののようにデーモンを扱っていた。拒否し、恐怖しているように思えた。
それを確かめるためでもあり、言葉の通りただ暇なだけでもあった。
「この前の続きになる。私は脳の一部を切り落とされて、ナノマシンを埋め込まれた。そして暴力性を強められたと言った」
「まあ、ひどいことだったんだな」自殺に付き合わされている身らしく、僕は他人事のように言う。
「だからだよ。死にたくなっても不思議じゃないだろ」
「そうだね。付き合わせてほしくないとは思ってるけど。死ぬなら一人でやってくれないか」
「一応、理由はある。普段の私はナノマシンによって暴力性を引き出されているが、それは失われた脳機能の代わりをしていると言うことでもある。そして今はナノマシンの供給がなく減少している」
「つまり、このままだと脳機能が無くなって……」
「死に至るだろうね。あのデーモンが来るのとどっちが早いかは分からないけど」
ナノマシンは彼女の脳に埋め込まれて機能的に代替されている。それは暴力性を引き出すという目的によって行われたものではあるが、同時に失われた脳機能を補うという役割もある。もしそれが減少したなら暴力性も無くなるし、同時に脳の機能も無くなる。
彼女がこのままで居たならば、数日以内に植物状態になって死ぬだろう。生きる為にはデーモンに乗って、非常用のナノマシンを目覚めさせるしかない。
良くできた仕組みだ。生きている限り、彼女は暴力性から逃れられない。
それを知っていて、緩やかな自殺を遂げようとしている。
「私はもう暴力だけの人間にはなりたくない。君が一番よく分かってるだろ」
その通りだ。今までずっと殴られたり蹴られたりしてきたから、それはとてもよく分かっている。死んでくれたら助かるとは思っているけど、それとこれとは別だ。
「悪いけど、私はこのまま死ぬよ」
それからまた数日が経った。彼女は気丈に振る舞っているように見えたけど、徐々に症状が見られるようになった。見た所頭痛か何かのようだが、僕はそこまで名のマシンの影響について詳しくない。
それはどうでも良いのだけれど、問題はデーモンが断続的に襲撃を仕掛けて来ることだ。常に砂嵐が発生している時間帯に奴は現れ、無差別に銃弾をばら撒いた。
僕は先の戦闘で重体、オフュークスはデーモンに乗ろうとしない。ドローンはもう使い切っているか破壊された。対抗出来る手段は無く、僕たちはただトラックの中で縮こまるだけだった。
風が吹き付ける音を貫いて、銃声がトラックの中に響く。精度は全く良くないらしく、トラックは僕たちが居るものを加えて4,5台ほど生き残っている。とは言え、いつ銃弾が機関部を通って爆発を引き起こし、僕たちを飲み込むかは知れたものじゃない。
じわじわと死んでいくのを僕たちは感じていた。荷台の薄ぼんやりとした暗闇が爪の間から入ってくるような感覚がした。出血死と、脳機能障害。ここではどうしようもない。
そう言えば、この襲撃の時間に気づいたことがあった。あのデーモンは砂嵐と共に来る。砂嵐の時間を見計らって来ているのか、それともあのデーモンが砂嵐を巻き起こしているのか。彼女の説明を聞いた後だと妙に納得してしまう。
ついに、彼女は全く喋らなかった。罪悪感があるようには思えない。恐らく、脳に障害が起こり始めている。
そして砂塵がトラックを叩きはじめる。あのデーモンが来る前兆。やるならここらが潮時だろう。いよいよ決断しなければならない。
「そろそろデーモンに乗りたくなったか?」皮肉のようにオフュークスに言う。彼女は頭を抑えながら口を開く。
「……全く。それなら死を選ぶと私は言ったんだ」
「無理はしない方がいい。頭痛か?ずっとうずくまっている。それに手にも震えが来ているだろう?」
「気持ち悪いな。その通りだよ」彼女は立ちあがろうとして、その場に倒れ込んだ。
「平衡感覚にまで来ているのかな。もっと切り落とされていたのか、それともナノマシンが他の脳機能まで侵食してたのか。とにかく、これで死にかけが二人って訳だ」
「そうさ。もうすぐ死ぬ。それでいいんだ」
僕はそうは思わない。根源的に立ち湧くそれの証明なんて放っておいておく。
「でも、死ぬのは嫌だろ。生き残ればお前の脳を回復する手段が見つかるかもしれない」
「見つからない。幹細胞培養技術でも脳を複製して置換するのは無理なんだよ」
彼女は語気を強める。
「何度もやったさ。何度も。でも無理だった。私が稼いだ金を何に使っているか知ってるか?人体実験だよ。脳を損傷した人間と契約して、培養した脳の一部を埋め込むんだ」
「上手くいかなかったのでしょうね」ジルが言う。
「ああ。全員廃人みたいになったよ。ペトリ皿の上の脳ですら動作するというのに、脳に組み込むとダメだ」
どうしようも無いのだろうけど、何とか言いくるめられないだろうか。僕はそれほど口が達者ではない。
「それでも可能性はある。生き残れば、いつか新技術が発明されるかもしれない」
「そのいつかはいつ来るんだ?もう無理だ。私は私の罪を償いきれない。人を傷つけたこと、殺したこと……どうやって……もう嫌なんだ。私が違う人間になるのは……」
彼女の目端から涙が溢れて床に落ちていった。涙はどこかへ流れていった。
泣きたいのはこっちだよ、と言ってやりたかった。死にかける過程であそこまで痩せ我慢できる精神力を褒めるべきなのか、それほどまでに抑圧してしまうことを迷惑がるべきか。
「お前に一体何が分かるんだ?自分が自分でなくなって、思い通りに動かせなくて、悪を行うことの何が分かるんだ?」
分かるよ、と言おうとした。彼女は僕の未来かもしれない。僕は暴力性に囚われるかもしれない。僕は脳にマクスウェル機関を繋げた。彼女を暴力性だけの人間にした原因の一端、それによる作用なんて分かったものじゃない。
オフュークスのように暴力性に囚われる未来は全くもって不思議ではない、と思う。彼女の話を信じるにしろしないにしろ、碌なことをしたとは思っていない。
その時、僕は彼女のように死を選べるのだろうか。自信はない。僕は生き汚いから、それでも生きようとするのか。
「分からないに決まってるだろ。自殺に付き合わせられる人間の気持ちがわからないようにさ」
「お前は何を奪われたんだ。それなら動けばいいものを、どうしてそのままでいる。だから私はお前が嫌いなんだ」
「お前が言うのか?そうしても解決法なんてなかったんだろ。なら、同じことだ」
「うるさい。私はもう子供だって産めないんだ。もう普通の人間にはなれない。甘えはもう許されない」
話にならない、と思った。谷の底に呟いた言葉が、たまたま返す言葉になっただけだ。
僕は這って荷台の奥に向かった。梱包材が床に擦れて傷口を抉った。血がダンボールと床にべったりとついた。後で物資を取り出す時に大変そうだな、と思った。
入ってきた入り口近く、デーモンはまだそこにある。そして、その銃も。
数分か、数時間掛けたのか分からない。床に血の波線ができていた。冷たい外殻に指を縋り付けて、ロックを解錠する。デーモンは使う本人でしかロックを解除できない。
銃を確認する。SARは破壊されている。肩部のラックに掛けていたからだ。僕は腿部のホルスターを開ける。オバゾア.40拳銃。スライドを力一杯引いて、グリップを強く握る。トリガーセーフティごと引き金を引けるだけの力が僕に残っているなら、弾は出る。
「……一体、何をするつもりですか」ジルが罪悪感を掻き立てるような音を出す。何処でそんなことを覚えたのだろうか。
「オフュークスを殺す」
「そんなことをしても何にもならないでしょう」
「なるよ。彼女を殺して、アザエルのロックを解除する。死んだ直後なら、脈も少しだけ残ってる。彼女のデーモンなら、あいつを倒せる可能性もある」
「その前にマスターが死亡します」
「なら、基地に向かって飛び立つさ。僕のデーモンなら辿り着く前にショック死でも、あれなら出来る」
「他に方法がある筈です。オフュークス様を説得しましょう」
「どうやって?何を言ったって無駄だろう。もう僕の言葉だって聞こえなくなっているよ。言葉の通じないやつに何を言ったって無駄だ」
「それでも……」
「自分で尽くせるだけの手を尽くして、それでも駄目だったんだ。そして、あいつは死にたがってる。ならそれを行なっても、問題はないだろ」
「……駄目です」
「どうして」
「人が死ぬのは悲しいでしょう」
「……フフ、ハハハハハハ……」
おかしくなって笑いが漏れた。食い込んだままの銃弾が暴れて血が服に滲んだ。僕は何処を見ていいのか分からなくなって、マルファスを見上げた。
デーモンはただそこにあるだけだ。頭部のカメラが荷台の中を照らすライトを反射した。カーキ色の装甲はまるで休日のトリチェリのようだった。
涙なんて出なかったけど、僕は顔を腕で隠した。そこに這いつくばったまま笑った。
「何がそんなに可笑しいんですか」
「……そりゃ、そうだろ。今まで散々殺してきたのに、何であいつだけ助けなきゃいけない」
「私たちなら、助けることが出来ます」
「どうやって」
「オフュークス様の脳にマクスウェル機関、そして私を繋ぎます。マスターに行なわれた手法ならば、脳機能を回復させることが可能です」
「仮定の話だろ。もし施術が可能だったとしても、設備や費用は誰が払う。それに問題なのはどうして助ける必要がある、ということだ」
「あなたはかつての小隊の人々を助ける道を選びました」
「ずっと過ごしてきたんだ。そうしても不思議じゃない」
「宙域で地球同盟軍を助けました」
「あれは命令だった。そしてたまたま目についたのが彼だったというだけだ」
「それに、あなたは何度もオフュークス様と一緒に戦った」
「たまたま成り行きだ」
「あれほど反目していたのに、ですか。それなら別の人と組めば良いだけの話だったのです。しかし、あなたは言わなかった」
「傭兵として文句を言える立場か?」
「それこそ、死なないために人員を変えるように進言すればいいことです。それに、コワレフスカヤ女史から私を購入した。普通の製品を購入すればいいのに」
ジルは諭すような音色を僕に出す。頼んだ訳でもないのに説教をしてくるのはラポールにとても似ていて、壊したくなってくる。
「そんな訳が無い。ただ、何も考えてなかっただけなんだ。ジル、君の勝手な勘違いでしかない」
「あなたは優しい人です。ただ、その情動を感情に出力することが出来ないだけです。私は貴方を残酷な人間にしたくない」
「そんなもの、気まぐれで虫を踏まなかったことと同じだ。余裕が無いなら、そんなことしない」
「それと……」
「一体何だよ」
「……私のわがままです」
ため息を飲み込んで、僕はオフュークスを見た。彼女は床に倒れ込んで、獣のような目をこちらに向けている。息も絶え絶えで、もう長くは無い。
「馬鹿言うなよ。たかが一時の迷いでそんなことをする必要はない。これは虫を殺さない事と同じじゃない。捨て犬を拾うことだ。それには責任が伴う」
「責任は私が負います。失敗したら私も消えます。それに、一時の迷いで行動することの何が悪いのですか。人が死なない方がいいと決まっています。貴方もそう思っている」
「そりゃそうだけどさ。あんな奴生きて居たって何になるんだ」
「貴方の健康に良いです。貴方は人を殺すたび悲しんでいる。いえ、正確に言えば自分がそれについて何も感じないことを悲しんでいる」
僕は拳銃を構えていた。照星からはマルファスが見えた。
拳銃を下ろして、出来るだけ冷静に努めようとした。言いようのない感情は、あえて形取るのはやめておいた。それだけれど、ジルが言ったことは紛れもなく本心だった。
あまりに醜いから捨てておいた、僕の本心。だってそうだろう、人を殺したことを悲しまないで、自分自身の方が愛おしいのだから。自己愛性にも程がある。
死人に罰は与えられない。しかし、生者に罰は与えられる。
死者から許しをもらう事はできない。
なのに、自分自身に罰を与えようとしないことが何よりも嫌だった。結局のところ死にたくないのだから、適当に忘れておいて生きていくしかないのだろう。
「ずっと悩み続けてそのままでいるより、断ち切るか逃げ出したほうが健康的です。私は、そう思います」
「随分人間的になったな」
「人間です。貴方から生まれたのですから」
「なら、そうしてやる」
砂嵐が強くトラックを揺らす。どう言う訳か、あのデーモンは砂嵐と共に来るらしい。先ほどからトラックの警報が鳴り止まない。
ずるずると引きずって、オフュークスをデーモンまで運んでいく。急かせるような風の音、服が床に擦れる音。力がほとんど出ないのでこうするしかない。ついでに言うと彼女はひどく重いし、先ほどから身じろぎもしない。
彼女を苦労してデーモンの前まで運んだ。手を掴み、表面の凹凸に触らせる。デーモンの装甲の下から駆動音が静かに響いていく。ピンク色の人工筋肉が装甲の間から飛び出し、彼女を悪魔の元へと連れ去っていく。それにしても本当に重かった。ホルモンの関係で常人よりも筋肉量が多いのだろう。
デーモンが彼女を完全に包み込んだ。僕が殺される可能性も十分あるけど、それならそれ。殺される程度の事はした。
「……はぁ。結局のところ逃げられないのか」
「敵はすぐ上にいる」
「座標を送ります。砂嵐と前戦闘の情報から通常のパルスレーダー、重力波レーダーによる索敵は推奨できません。アフターバーナーを目視で確認するしか方法は無さそうです」
「了解」
「……殺されると思っていた」
「そうしたいよ。でも、お前も殺さなかったんだろ。なら、殺さない。そうしたら今までに戻ってしまうから……」
「これから人を殺すんだぞ」
「考えないようにするしかないさ。結局私も生きたいのだから」
オフュークスは扉を開けた。風が砂塵を運んで、ダンボールの山と僕に吹き付けた。ここには撃つべき銃なんてものは無い。僕は座って、扉が閉じるのを待った。
間違ったことだったのか、正しいことだったのか今でも分かっていない。それはそれ、これはこれで片付けられれば良いけど、僕にはどっちも同じことののようにしか思えない。
人を助けたことに対する喜びはなく、ただこれで良かったのかと言う迷いだけがある。
まあ、もうやってしまったのだから祈るしかない。銃声が聞こえ始める。いよいよ始まったようだ。
「これで良かったのかな」
「分かりません。オフュークス様が戦闘に勝利できるかは不明です。更に申しますと、トラックがマスターが失血死する前に到着することも」
「お前が言うなよ」
「それでも、考えないようにするしかありません」
はあ、とため息をついた。結局の所、考えないようにするしかない。答えはないのだから問う必要も無い。ある意味合理的だ。
ジルと僕は考え方が似通っていて嫌になる。僕の脳信号を元に生まれたのだから、彼女が考えていることは僕が考えていることだ。自己嫌悪に浸る暇もなく、自分自身と向き合わなければならない。
だからジルの考えを受け入れたのか、僕はそもそもそうしたかったのか、それともそれが合理的だと感じたのか。いまだに分からない。複雑な感情だった。その何処かにはきっと善意があると信じたかった。
僕は兵士だ。目の前に銃を持った人間が居たのなら殺さないといけない。結局は殺さないといけない。それに罪悪感も躊躇いもないけど、償うことは出来ない。
だから結局、どうしようもない。殺すこと、僕の頭のこと、オフュークスの暴力性、僕たちが生き残れるかどうか。全部だ。ようやく答えが出てこれなのか、と僕は辟易した。
僕は待つ。彼女が勝つかどうかも分からない。それでもそうするしかない。




