11.
青い点が3つに増えて、赤い点と交わり始めた。それが本当なのかどうか、僕には分からなかった。システムのうちAIに判断を委ねられている部分で感知出来たのなら、僕に確かめる術はない。とにかく素早い判断が必要だった。
火星へのタッチダウンまで秒読み段階だ、もしそれを生のデータのまま提出させることが出来るとしても間に合うかどうか。僕はそんなにデータを吟味する性格でもなかったので、その方法なんか知らない。
そうすると、この報告の真偽すらも分からないことになる。虚偽だとするなら、もちろん行かなくていい。真実だとするなら隊長だけでも救出した方がいい。身内の贔屓目すらなく、彼は最高峰の技術を持ったデーモン乗りだ。僕と換わる形でもあっちに行ってくれた方がいい。
ついでに言うのなら作戦はほとんど成功したようなものだ。一人失ったとしてもどうにかなるだろうし、失敗したらそれで全て終わりだ。
心情的な意味も付け加えるとすると、みんなを助けたい。随分鈍くなった脳みそで考えるなら、1人よりも3人の方がいいと思う。いや、個人的な感傷だけで事を進めようとしてないか。僕が彼らとそれなりに過ごしていたから愛着を持ってるだけじゃないのか。それにしたって打算的に思える……どうも思考がまとまらない。浅はかな僕ならそんなものだろう。
他人の言葉を借りてしまうなら、トラヒコは常々僕に「後悔するな」とか「楽しめ」とか言っていた。「楽しめ」の方は分からないけど「後悔するな」の方なら理解できる。なら、そうするべきだ。僕の選択でも誰の選択でもどうだっていいだろう。もしかしたら、それぐらい助けたいのかもしれない。
火星の座標を教えたら、そこに行くだけだ。大気への突入は緩衝となるグリア粒子……艦船レベルのアウターシールドがあれば可能だ。最悪数機のデーモンが束になればどうにかなるだろうか。
「伝達。デーモンと交戦する。作戦時間までに帰投しなかった場合、収容の用なし」
僕はスラスターに火をつけた。どうせ僕の情報を伝えるナノマシンはない。なら好き勝手やらせてもらおう。銀色の装甲に星々や戦場の色が映ったのが潰れて線に変わっていく。きっとそう時間はかからない。
反応がある場所は比較的ノアに近い宙域だった。未だに爆発やグリア粒子の光が飛び交うなかで、懐かしいものが見えた。宇宙風を受けるための帆。ごく一部の両生類が持っているような、飛び出たえらに似ている。サーモピレーだ。
それは宙域に掴まったまま動きもしなかった。僕はサーモピレーを追い越して、光のある方向へ向かった。僕たちが乗っていた船。戦闘用ではなく、ついでに言うと数世代か型落ちだけどA&A社にはそんな船しか無かったのだ。ともかく、それがあるのなら近くに彼らが居るということになる。
ただ、声をかけて探し回るには騒がしすぎる。僕は引き金を引き、半分だけ残っていたマガジンの中身を吐き出した。IFFには概ねの友軍と敵軍が描かれている。これが間違っていたら、と考えたけどもはや確かめようもない。
味方に取り付こうとしていたデーモンたちの背部へと銃弾が吸い込まれていく。一機はアウターシールドが割れた勢いそのままに撃破できたが、もう一機の方は途中で気づいてすぐに射線から外れた。そして、攻撃しようとしていた味方の射線に捕まって動きを止めた。
味方へ手を振り返すのもほどほどにして、僕はレーダーに従って飛んでいく。遠くの方で数秒で爆発するよう設定されたミサイルがかろうじて保っていた陣形の中で起爆し、できた陣形の穴へデーモンが突っ込んでいくのが見えた。そして骸が入ったデーモンが流れてくる。ヘルメットの中の顔を確認して安心するべきか分からなかった。顔は爆発を間近で受けたことでずれていた。
死の暗示のように思えてきたそれを見逃して、僕は銃を構えた。正面に2体。向かってくる銃弾に対して体を捻りながらスラスターを吹かす。するとバレルロールの要領で回転しながら急激に加速が行われる。銃弾が回転したアウターシールドに分散して当たることで一時的にでもそれを耐えられている。そうしなければ死ぬ。
前から横についたところで相手の腹に集中してSARを撃つ。アウターシールドを突き破り、生の体に弾頭が突き刺さるとそいつは動かなくなった。横から銃弾がやってきた。もう一人の射撃。
振り向いた直後に引き金を引く。狙いはつけてられない。ほとんどランダムなそれは不規則に動き回っていた敵機に数発当たった。
最大出力でスラスターを吹かす。内臓を糸で引っ張られるような感覚がした。弾倉に弾薬はもうない。となると、僕がやることは一つだ。慣性に任せて拳を突き出す。構えていた銃口をすり抜けて、それは敵機の顔面へ届いた。
左手で首を掴み、右腕でひたすら頭を殴り続ける。何度も、何度も。出来るだけそれ以外のことは考えないようにした。馬鹿になってもいいから、この場を切り抜けなければならなかった。
手のひらの中には果物みたいに割れた頭があった。右手には違和感。中手骨が折れたのだろう。こっちはまだ大丈夫な方だ。腰部には銃弾が幾つか通ったか入っているかで、左脚は動かない。腹から赤色や黄色の体液が出ている。回転や急加速で内臓にダメージが入ったからだ。アウターシールドはまだあるとは言え、紙みたいに薄い。
それでも進むしかない。止まってどうにかなるならそれでいいけど、何にもならないなら動くしかない。
掴んでいた頭を放した。青い点には着実に近づいている。あと少し、という所で妙に大きい影が爆炎に照らされた。良く見かけるデーモンにしては巨大で、艦船にしては動きが機敏だ。それが2つ。僕は空になった弾倉を押し出し、ゆっくりと新しいものをつけた。
「リベンジといこうか」
ようやく一人きりは終わるのだろうか。さっき遭遇した巨大なデーモンたちと、陣形を保ちつつ抗戦している奴らがいる。
迷うことなく、僕は火星のデーモンの背に向けて銃弾を放った。火薬によって押し出された金属はアウターシールドに阻まれて内側にある装甲に当たることなく潰れた。それによって減衰した電荷グリア粒子も、すぐに元通りになってしまう。注意を引ければそれでいい。
そいつがこちらを注意を向けた瞬間に、素早く取り出されたランチャーがほのかに火を吐いた。隊長の戦闘スタイルに合わせたスマートボムでは破壊効果は期待できない。だが一瞬の間、数機の目を塞いだ。
その隙に3機は僕がいた方向へと飛び、編隊を組む。ダイヤモンド。僕はその一番後ろだ。もうサブノックの速度に気兼ねはしなくていい。一つの生き物になったように暗黒の中を飛び、完璧な四角形の頂点に立った隊長が指揮者のように腕を振る。指の形が一定ごとに変わり、それを繰り返している。手で表現する原始的なサイン。それに従って僕たちは動き出す。
火星のデーモンがスラスターに火をつけた。彗星の尾のように長くなった炎があがり、強烈な加速度で動き始める。1機じゃないからあっちも本気だ。油断はしてくれないだろう。ここには盾にすべき死体もないし、そんな動きができるかも怪しい。
デーモンより戦闘機に近い軌道を描いて、2機はつがいの鳥のように飛んでいく。推力に対して旋回力がないからそんな軌道になっているようだ。バルカンが唸りをあげる。雨あられと降る銃弾が尽きると、後衛と交代して再び弾幕を張る。火力とスピードで押し潰すつもりだ。
デーモンを倒すには近寄るしかない。今のところ万全な状態のアウターシールドごと兵士の体を貫いてしまう兵器はない。ミサイルは当たる方が難しい。無重力という主戦場も相まって、ハクロビアDMRがデーモンで使えるギリギリの威力を持った火器だ。だからおおよその戦術は近づいて撃ち合う、という事になる。
しかし、あれにどうやって近づけと言うのだろう。僕たちを目掛けて飛んでくる銃弾に捕まれば1秒もかからずバラバラにされてしまう。それを生む砲が4門。ひどく単純に計算できる。
やるしかない。目の前から世界の果てまで伸びる暗黒に飲まれるよりかは、もがいた果てに消えていく方が残るものがあると僕は思った。いや、それだって今考えたことかもしれない。
星々がだんだんとぼやけていくのを尻目に、僕は引き金を引いた。同時にトラヒコも撃ち始める。巨体ゆえに移動しながらでも狙う時間をかけなくて済むのはありがたい。アウターシールドが毛羽立ったところを見計らって、2機の間へ隊長がフラッシュバンを投下する。
AIがピンを外した時点で認識して自動的に頭部のシャッターを下ろしたため、僕はその閃光を見ることがなかった。突発的でない、そういう予測できるものならデーモンが防いでくれる。それは敵にとっても同じことだけど、隊長にとっては十分な隙になる。
隊長は後ろにいたデーモンに一気に接近し、タックルのような形で押し出した。一瞬の間足を止めていたそいつは1人目と引き離された形になった。抵抗を試みる敵機の眼前に23×115mm弾頭が突き刺さると同時、僕たちは前衛を牽制する。隊長は後衛を剥がし、僕たちは前衛を引きつける。ミランと隊長、トラヒコと僕。2対1が2つという構図になった。
仕留めるのはおそらくあっちの仕事だ。ミランが削り、隊長が詰める。なら、僕たちの役割は。足止めだ。
銃弾の流れに接触しないように、大きく軌道をとった。牽制のための発砲もそこそこにしておく。回避行動をやめたらすぐ死ぬだろう。やけに客観的な考えをしているな、と自分を顧みる。
それをトラヒコも知っているのだろう。ミサイルを早々に宙域に向かって発射し、発射機も切り離した。簡単に避けられて爆発だけが遠くでおこる。分隊支援用にカスタムされた旨味を無くしてでも、格闘戦に持ち込まなくてはならなかった。
薙ぎ払うように飛来する弾丸が左足を抉り取った。さっきから動いていないので、それはどうでもいい。問題は右腕の感覚がなくなりかけていることだ。力も入らない。手はかろうじてグリップを握ったままだけど、指先の感覚がない。血が巡らなくなっている。
この場合、問題なのは出血だ。銃を握れなくなるのは人工筋肉がどうとでもしてくれる。およそ1200ml、僕の体重の20%程度が体から抜けている。出血性ショックがおこる。
意識は感情抑制のおかげでむしろクリアだ。バレルロールをして敵機の射線上から遠のきながら銃弾を放つ。アウターシールドに到達しただけで終わる。僕の体にはおそらく銃弾は当たっていない。当たっている、という信号にすら気づけていないのかもしれない。何だっていい。もうすぐ終わる。
赤子の叫び声が響き渡った。それはおそらく音でないけど、それ以上適切な表現がなかった。引き裂くような鳴き声だった。全ての感情の表現が泣くことだとしても、それが死ぬ間際に発する悲痛な叫びだと分かった。
なぜだか悲しい気分になった。横目でそれが来た方向を見ると、巨大なデーモンが横たわっていた。間違いなくあれから聞こえた。それ以上は分からなかった。足止めしていたデーモンが大きく体を震わせて、身を捩ったかと思ったら、すぐにどこかへ離脱していった。
戦闘は終わった。あとは僕は眠るように、そのうち意識を手放すことだろう。それがいつかは分からない。血液が抜けすぎたのだ。抑制と反応の均衡が破られるのを僕は知らないまま、意識を投げ出すだろう。
僕はどうなるのだろう。せっかく嵐の中を抜けられたというのに、ここで間抜けにも出血で死ぬのか。いや、僕にしてはとてもよくやった方だろう。少しだけでも、僕がいられるところにいれただけでよかったんだ。
「どうやったんですか」
「DMRで出来たクレーターに銃身を突っ込んだ。それよりリュラだ。運ぶぞ」
「了解」
「死んでねえだろうな」
「ほとんどそんなものだが、生きてはいる」
「ったく、いきなり現れたかと思ったらどういうことだよ」
「失礼だが、手を動かして貰えるか」
「すいません」
「ちくしょう、死ぬんじゃねえぞ」
「そっちを抑えてくれ、動かす」
『パイロットの意識消失を確認、自己保全プログラムを開始……エラー』
「デーモンから出すと出血性ショックがおこる。デーモンを付けたまま電源ケーブルとリキベント循環器を繋いでくれ。外傷は医療用ナノマシンを投与したあとプラスチックで塞ぐ」
「量は?」
「200ml……いや、300ml」
「了解」
「隊長、これからどうしますか」
「行く当てはあるが……とにかく、ここから離脱しなければならん」
『リコードを開始……エラー』
「デーモンを脱ぐ暇はないようだ。飛ばすぞ」
「ただでさえ冷凍人間どもで過剰積載気味だってのによ」
『リコードを開始……エラー。不明なソフトウェアを確認。リコードを開始……完了。自己保全プログラムを再開します』
「誰かデーモンを黙らせろ」
「待て、何か言うぞ。リュラからかもしれない」
『3.27 ,-1.26 ,328.02 ,321』
「パスワード?いや、座標か」
『1.12 ,324.71』
「壊れちまったか」
「隠し財産がある場所かもしれない」
「そりゃお前が死ぬときは残すかもしれねえけどよ」
『3.27 ,-1.26 ,328.02 ,321』
「火星の座標だ」
「そこに行けってことですかね」
「戦争してる相手のところに?無理でしょう」
「いや、やるしかない。母艦に戻って勤めを果たしたとしても、また戦いに駆り出されるだけだろう。低い石垣は腰掛けにされるだけだ。もちろん、火星へ降下することは危険で未知数だと言える。じりじりと死んでいくか、大きな危険を犯して生き延びるかだ……これは命令ではない。選択は諸君たちの自由だ」
「その上で、ここに残る望みはないと?」
「ああ。宙域では地球からは遠すぎる。補給の望みはあるまい。火星でもないだろうが、掠奪や自由都市での購買の隙がある。種が足りるかだが、栽培の望みも……何より、ある程度は自由に動ける」
「そこに何があるってんですか」
「基地だ。第一次火星戦争に使われていた、今は廃棄されている基地がある。主要部からは遠く離れ、要害であるが故に輸送のコストがかかっていた」
「それじゃあ逆に攻められにくい、ということですか」
「ああ。再度言うが、これは命令ではない。選び取るものは諸君の自由だ」
「……やるしかないか。ああ。燃えてきた」
「隊長が言うなら、そうなんでしょう。やります」
「……すまない」
「謝らないでくださいよ」
「ま、助けられたからな。今度は助ける番だぜ、リュラ」




