07.〈過去〉幼女の挑発
「カゼリーアは、魔人族です!」
賢者ノーサ・スシイの思わぬ発言に、国王ルファーザを守る二人の近衛兵は、脊髄反射的に身構えた。しかし、身構えてみたものの、どう対処すればいいのか分からず困惑していた。
だいたい、賢者たちを除いて、この場にいる全員が――ルファーザを含め、魔人族と対面するのは初めての経験なのだ。
もし、ノーサが幼い従者の正体を明かしていなければ、誰一人として、彼女が魔人族だとは露にも思わなかっただろう。頭に生えた二本の角を目にしても、亜人族に属する辺境の有角族くらいにしか思わなかったに違いない。
貴族の一人が立ち上がると、ここぞとばかりにノーサに噛みついた。先刻、ノーサに反発し、国王にたしなめられた男だ。
「ノーサ様!幼い子供とは言え、王城に魔人族を連れてくるなど、以ての外ですぞ」
ノーサが口を開く前に、カゼリーアが答えた。
「文句があるなら、お前のその微々たる魔法力で、わたしをここから追い出してみたらどうだ。できるものならな」
「何だと、このクソガキが!調子に乗ひひゃや……!?」
突然、貴族は呂律が廻らなくなり、両手で口を押さえて苦しみ出した。
「アハハハ……。人間の貴族は、舌を凍らせると面白さが倍増するのだな。興味深い発見をした」
数名の貴族が激怒して立ち上がった。しかし、カゼリーアは負けていなかった。
「次は、どの貴族で試してみるかな。そうだ!舌ではなく、下についているものをカチンコチンに凍らせてやろう。まずは…………お前からだ!」
貴族たちは震え上がった。慌てて席を離れ、我先に扉の方へ駆け込んだ。
「アハハハ…………」
カゼリーアの無邪気な笑い声が響き渡った。
賢者アーカインは、顔には出さないものの、この状況を大いに楽しんでいた。狼狽する貴族たちの無様な姿を見て、彼らに対する鬱憤をようやく晴らすことができたのだ。
だが、このまま放置するわけにはいかない。彼は腰を上げた。
「皆さん、落ち着いて下さい。カゼリーアさんも、お止めなさい」
「承知しました。アーカイン様」
カゼリーアは意外なほど素直に応じた。
ノーサも立ち上がり、カゼリーアの非礼を謝罪した。
カゼリーアは、賢者たちが深々と頭を下げているのを見ると、それを真似てペコリと頭を下げた。
「まぁ、良い。気に病む必要はないぞ」
ルファーザは冷静だった。その表情から、怒りや苛立ちは感じられなかった。少なくとも、カゼリーアを罰する気など皆無であることが見て取れた。一国の主なら当然の判断である。国王の勅令で、魔人族の幼い子供を処罰するなんて、人類に攻め入る大義名分を魔人族に与えるようなものだ。そんな選択は有り得ない。二人の近衛兵は、ルフィーザの言葉を聞いて胸を撫で下ろした。
結局、貴族の三分の二は、席に戻ることはなかった。
それでも会議は継続され、ノーサによって、カゼリーアの魔法を攻撃の要とした戦略について語られた。その間、貴族たちの反発はなかった。午後九時半を回ったところで、ようやく会議は終了した。
賢者たちは、王城の客室で一夜を過ごすことになった。カゼリーアは、豪華な食事と、ふかふかのベッドに大層ご満悦だった。
翌朝、王城を後にした賢者一行は、城下町でアーカインと別れ、帰途に就いた。一方、アーカインは、町外れにある『ギガスタイヴ』調査隊長ルグスンの自宅へと向かった。見舞いがてら、次の任務に参加可能か見極めるのが目的だった。彼の症状も気になるところだ。単なる腰痛とは到底思えない。
前方の空には分厚い雨雲が広がっている。アーカインは、ポケットから手書きの地図を取り出し、改めて彼の家の場所を確認すると、早足で歩き出した。




