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燃えるような刻の中で、青竜の歌を詠む  作者: 夜さらば
物語の始まり
6/12

06.〈現在〉一抹の不安

 軽い足取りで一歩先を行くサラ・キイスは、突然、後ろを振り向くと、並んで歩くフィーナ・コハクとリョウ・アーキリムの両名に言った。


「二人とも、前を見て。ミス高の勇者像が見えてきたよ。何だか緊張してきたねぇ」

 サラは嬉しそうな笑みを浮かべる。その素振(そぶ)りから、口で言うほど緊張していないことは明白だ。


「サラ、そんなことはいいから、ちゃんと前を向いて歩きなさい!」

「はぁ~い。フィーナお母さん!」


 リョウは、二人のやりとりを聞いて顔をほころばせると、前方を指差しながら、フィーナに尋ねた。

「勇者像って、あれのことかい?」

 リョウが指を差した先には、ミスリルリバー呼舞高等学園の構内に建てられた大きな銅像が、顔を覗かせていた。


 フィーナは、怪訝(けげん)そうに返した。

「あなた、勇者ノーサ像も知らないの?ということは地元の人間じゃないのね。出身はどこ?」

「ソダルーム北部のソテラノだよ。ここデュラレには一週間前に越してきたばかりなんだ。ところで、どうして、ノーサ・スシイの銅像が、学園の構内に建っているんだ?」

「ノーサ様の何代目かの子孫が、ミス高の創立に深く関わっているみたいよ」

 と、フィーナは答えた。が、その知識は、学園の入学希望者向けパンフレットからの受け売りに過ぎず、しかもうろ覚えだった。

「全然知らなかったよ。スシイ家の連中、手広くやっているなぁ」


 サラも、話の輪に入りたくなったのだろうか。先導するのを止めて、リョウのすぐ隣についた。これでリョウは両手に花の状態となったが、当の本人から、それを意識している素振(そぶ)りは見られなかった。

 早速、サラはリョウに切り出した。

「ソテラノと言えば、魔王の根城(ねじろ)だった大洞窟が有名だよね」

「『ギガスタイバーグ大洞窟』ね。いつも観光客でいっぱいだよ。大洞窟の上層は、一般人にも解放されているからね」

「最深部には行けないの?勇者たちが魔王『ギガスタイバーグ』との死闘を繰り広げた場所よね?」

 サラの問いかけに、リョウは申し訳なさそうな顔で返した。

「残念ながら、一般人は立ち入り禁止なんだ。あの辺りは、土壌(どじょう)から強い放射線が出ていて危険らしくてね」


 フィーナは、二人のやりとりを聞いているうちに、自分もここで一つ、勇者ノーサ・スシイに関する蘊蓄(うんちく)を傾けたい衝動に()られてしまう。

「あなた、ノーサ様と一緒に魔王と戦った魔法使いのことは知ってる?」

「もちろん知ってるよ。魔人族のカゼリーアだろ」

「それじゃ、ガゼリーア様が、今もご存命(ぞんめい)だって知ってた?」

 それを聞いたリョウは、驚いた様子で答えた。

「本当に?魔王討伐から六百年は経っているよ!魔人族は、本当に長寿なんだね」

「しかも、カゼリーア様は、デュラレのどこかに住んでいるって噂なの。一度でいいからお会いしてみたいなぁ」


 突然、リョウは顔を(くも)らせる。フィーナは、前方に視線を移すと、ちょうど校門がある辺りに、人だかりが出来ていることに気が付いた。入学式当日なので、ある程度の混雑は予想していたが、それにしても様子が変だ。何より人の数が尋常(じんじょう)ではない。


「急いだほうが良さそうね」


 校門の前は、人で溢れ返っていた。

 そこにいるのは生徒だけではなかった。生徒よりも、見るからに学園とは関係なさそうな大人の方が圧倒的に多い。彼らは騒ぎ立て、何かを要求しているように見えた。人混みによって、校門は完全に塞がれた状態だった。


 フィーナは、周囲を見渡しながら言った。

「何かの抗議運動かな?」

「そんな雰囲気だな。まったく、何が不満なのか知らないが、朝っぱらから勘弁して欲しいぜ」


 その姿は確認できなかったが、学校関係者と思われる男性の声が響き渡る。

「生徒たちの通学の(さまた)げになりますから、道を開けて下さい」


 サラは、それまでの明るい表情とは打って変わって、不安の色を隠せない様子だ。

「フィーナちゃん、わたしたち、このままじゃ遅刻確定だよ。人混みの中を進むしかないのかな?」

 小柄なサラにとって、大人たちが犇めく人混みの中にその身を投じる行為は、恐怖以外の何ものでもないのだろう。

(へい)をよじ上ろうにも、この高さじゃ無理よね……」


 すると、リョウは、二人に向かって不敵(ふてき)の笑みを浮かべると、

「二人とも、ちょっと待っていてくれ」

 と言い残し、近くで足止めを食らっている青章の女子生徒のところへ駆け寄っていった。

 

「リョウ君、きっと、打開策を見出したのかもしれないね」

 サラは前向きだった。しかし、フィーナはサラとは違って、一抹(いちまつ)の不安を感じていた。


 リョウは、女子生徒に身振り手振りを交えて何やら説明すると、彼女は大きく(うなず)き、リョウと一緒にフィーナたちのところへやって来た。


「あなたたち、リョウさんと同じ火系呼舞科の新入生ね。わたし、氷系呼舞科二年のノルムよ」

「わたしは……」

 リョウは、フィーナの言葉を(さえぎ)る。

「ごめん……。みんな、自己紹介は後にしよう。今から、強行突破するぞ」

 フィーナは耳を疑った。

「あ……あなたねぇ。強行突破するって、本当にあの人混みの中に突入する気なの?」

「大丈夫だ。人混みは俺が何とかしてみせる」

 リョウは、ノルムの方を向く。

「ノルムさん、もし、人混みに少しでも被害が出そうだと感じた時は、吹雪の呼舞をお願いします」

「わたしに任せて」


 リョウとノルムは、呼舞の詠唱(えいしょう)を開始した。

 

 リョウは、右腕を天に(かか)げると、その(てのひら)から巨大な火柱を浮かび上がらせた。一方、ノルムは、両手に冷気を纏い、人混みに向かっていつでも吹雪を放てる体勢を整えた。

 リョウは、大声で叫んだ。


「おい!おっさんども、こっちを見ろ。こっちだ!」


 人混みは一瞬、静まり返る。大人たちは、一斉に後ろを振り返ると、リョウの巨大な火柱を目の当たりにして、恐れおののいた。

「黒焦げにされたくなかったら、今すぐそこをどきやがれぇ!」

 リョウは叫び終えるや否や、人混みに向かって火柱を投げつけたのである!


 火柱は、横倒しになった状態で宙を舞う。そして、人混みの上空二、三メートルくらいの高さでピタリと停止した。

 突然の出来事に、慌てふためく大人たち。さらにリョウは、右手をゆっくりと捻り、宙に浮く火柱をぐるぐると回転させた。火の粉が人混みに降り注ぐと、大人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 すかさずリョウは叫んだ。

「今だ!皆、走れぇ!」


(いくら何でも、やり過ぎだよぉ~!)

 フィーナは校門を目指して、無我夢中で走った。


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