05.〈過去〉賢者の切り札
会議は、十分間の休憩を挟んで再開された。
再開後の会議では、賢者ノーサ・スシイによって、『ギガスタイヴ』破壊任務のメンバー編成に関する、より具体的な提案がなされた。
「今回の任務で、大洞窟の最深部に向かうメンバーは、総勢十六名とします。その中には、前回の調査隊員八名も含まれます」
(つまり、メンバーの半数は、魔法力の無い少数派が占めることになる)
賢者アーカイン・ミスイールは、ノーサの第一声に対する貴族席の反応を窺う。案の定、不満の色を隠し切れない者が、数名ほど見て取れた。
(やれやれだ……)
今回の任務において、魔法力を有することは、ハンディキャップにしかなり得ない。どうして、この者たちは、それが理解できないのだろうか。高度な魔法を操ってきたプライドがそうさせるのか?
魔封じの道具の影響で、どの道、魔法は使えない。そればかりか、変質したマナの濃度が上がれば、たちまち身動きさえ取れなくなる。
そのような者たちを、メンバーに選出するわけがないだろう。
ノーサもまた、一部の貴族が抱いている反発心を感じ取ってはいた。だが、ノーサにとって、それは想定済みだった。貴族たちの、魔法力を持たない少数派に対する差別意識の根強さや、強い魔法を扱える選民意識の強さは、前回の会議で目の当たりにしていたからだ。
ノーサは貴族のことなど気に留める様子もなく、粛々と話を続ける。
「――ただし、調査隊長のルグスン氏が、病により訓練に参加できない場合、その代わりとして一名、魔法力の無い少数派から補充することとします」
貴族の一人が反論した。
「賢者様。それで、どうやって装置を破壊すると言うのです?少数派の連中に、戦槌でも持たせるおつもりですか?強力な攻撃魔法を使わずに、装置を破壊できるとは到底思えません」
ノーサは冷静に答える。
「基本的に、少数派の八名には、『ギガスタイヴ』の攻撃に加わってもらうつもりはありません。ある者の護衛に徹してもらいます」
ノーサは一息つくと、テーブルの上の調査報告書を見つめながら、話を続けた。
「『ギガスタイヴ』を中心に、半径約十メートルは、黒い液状物質が堆積しています。その中では、足を取られ、敏捷さは損なわれます。そのような状況下では、近接攻撃は避けるべきでしょう」
今一つ的を得ないノーサの返答に、貴族の口調は荒々しさを増した。
「賢者様。いいですか。魔法は使えない。近接攻撃も駄目。それじゃ、一体誰が装置を攻撃すると言うんですか?いっそ、爆弾でも仕掛けて、大洞窟ごと破壊した方がいいんじゃないですか?」
国王ルファーザが割って入る。
「それで『ギガスタイヴ』が停止してくれればいいんだがな。だが、恐らくはそうならんだろうし、そうならなかった時が最悪だ。大洞窟を崩してしまったら、『ギガスタイヴ』に近づく手段を失ってしまうんだぞ」
貴族はぐうの音も出ない様子で、頭を下げた。
ノーサは、ゆっくりと立ち上がった。
「『ギガスタイヴ』は、魔法で攻撃します」
貴族席がどよめいた。
貴族の一人は、すぐに疑問を投げかけた。
「魔法でって……。人類は皆、魔法が使えないんじゃなかったんですか?賢者様、一体どういうことですか?」
「まず、残りのメンバー八名のうち七名は、亜人街で暮らすハーフエルフたちの中から選出したいと考えております」
「ハーフエルフだと!」
貴族たちのどよめきは、より一層高まった。
「ハーフエルフたちは、二体のマナ供給装置から魔法力を得ています。『ギガスタイヴ』と、亜人専用のマナ供給装置『ブーバ』です。もちろん、ハーフエルフたちも、『ギガスタイヴ』の変質したマナの影響を受けており、魔封じの道具は必要不可欠です。しかし、変質したマナの影響さえ受けなければ、『ブーバ』から得られるマナによって、魔法の使用が可能です」
アーカインが付け加える。
「現在、ハーフエルフ用に、『ギガスタイヴ』の影響だけを阻害する魔封じの道具を製作しています」
ルファーザはノーサに尋ねた。
「それでノーサよ。残りの一名は誰だ」
「……アーカインさん。呼んできて下さい」
応接間の扉の前で、ノーサの従者カゼリーアは、あれから微動だにせず、その名が呼ばれるのを待ち続けている。扉の両脇に立つ二人の近衛兵は、この小さな従者に違和感を覚えていた。
(この子、まだ幼いのに、この落ち着きようは一体何なんだ?)
近衛兵の一人は、もう一方の近衛兵に囁いた。
「女の子だな」
「やはりそうだよな……」
「俺にも、同じ年頃の娘がいるが、腕白盛りでな。いつも母親に叱られてるよ」
「それなら、娘さんを賢者たちに預けてみたらどうだ」
「それにしても、どうして賢者たちは、こんな幼女をここに連れてきたんだ」
「俺に聞くなよ。とにかく、トラブルだけはごめんだぞ」
沈黙が続く…………。
居心地の悪さに堪りかねた近衛兵の一人が、カゼリーアにそっと話しかけた。
「お嬢ちゃん。緊張しているのかい。もう少しリラックスしてもいいんだよ」
「……」
しかし、反応は無かった。
それでも近衛兵は、諦めずに会話を試みる。
「何なら、椅子を持ってこようか?」
「…………」
やはり、反応は無かった。
再び沈黙が続く。ますます気まずい空気が流れる。
近衛兵の一人が、意を決してカゼリーアに近づく。そして、腰を落として、フードの下に隠された顔を覗き込もうとした、その時である。
「下がれ。愚か者!」
カゼリーアの威厳に満ちた声が、近衛兵の脳裏に響き渡った。
「ひっ!」
底知れぬ恐怖が、近衛兵の全身を駆け巡った。彼は思わず尻もちをついてしまった。もう一人の近衛兵が慌てて駆け寄る。
「な……何やってるんだよ!トラブルはごめんだと言っただろう」
「あ……ああ。すまない」
彼は、もう一人の近衛兵の手を貸りて立ち上がると、すぐに視線をカゼリーアに向けた。彼女は微動だにしていなかった。
その時である。応接間の扉が開き、そこに、賢者アーカインの姿が現れた。
扉から漏れ出た光が、薄暗い通路で佇むカゼリーアを照らし出した。
「カゼリーアさん。お待たせしました。出番ですよ」
「承知しました。アーカイン様」
カゼリーアは、まるで何事も無かったかのように、二人の近衛兵の間を素通りし、応接間の中に消えていった。
扉が閉まると、近衛兵は、もう一人の近衛兵に向かって、顔を強張らせながら呟いた。
「あれは、人間じゃなかった……」
アーカインに連れられて、カゼリーアが応接間に現れた。カゼリーアは、ルファーザに一礼すると、ノーサのところへ歩み寄った。
ルファーザは少々驚いた様子だった。
「ノーサよ。このような幼い子供を、今回の危険な任務に就かせると申すか?」
「その通りでございます。この者こそ、残りのメンバーの一人、私の弟子カゼリーアです」
カゼリーアはローブを脱ぎ捨て、顔を上げる。
褐色の肌に深紅の瞳。美しい金髪。そして、その頭部には、二本の小さな角があった。
「カゼリーアは、魔人族です!」