09 領地(2)
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ここに来るのも久しぶりだ。
何年ぶりだろうか?
王都にあるよりも更に大きな屋敷を見上げていると、玄関の扉が開かれ、中から初老の男性が姿を現した。
領地の屋敷で家令をしているウォーレンだ。
「おかえりなさいませ、ソフィア様」
「ただいま」
数年ぶりに会うにもかかわらず、ウォーレンはほとんど変わっていない。
変わったところといえば、オールバックにしている髪に混ざる白い物が少し増えたくらいだろうか。
相変わらず厳格な雰囲気を纏い、できる執事といった感じだ。
ウォーレンの横から、数人の使用人たちも出てきた。
庭先に積まれた荷物を屋敷の中へと運んでくれるのだろう。
使用人たちは私の姿を認めると、一礼してから荷物へと向かう。
彼らを横目に、私とマギーはウォーレンの待つ玄関へと足を向けた。
ウォーレンに導かれて屋敷の中に入ると、玄関ホールには侍女や従僕などの使用人たちが列を作って、並んでいた。
近くにいた者たちが集まってくれたようだ。
「「「おかえりなさいませ、ソフィア様」」」
「ただいま。暫く滞在するから、よろしくお願いね」
使用人たちの揃ったお辞儀に挨拶を返すと、使用人を代表してウォーレンが「もちろんでございます」と返してくれる。
ここまでのやり取りで、いるはずの人物がいないことに気付いた。
現在のこの屋敷の主人である叔父様の姿が見えないのだ。
ウォーレンに尋ねると、所用により生憎と留守にしていると言われた。
明日には帰ってくるらしいので、戻ってきたら挨拶をしよう。
使用人たちは仕事があるため、挨拶の後はすぐ解散となった。
私もいつまでも玄関ホールにいるわけにもいかない。
そこで、用意されていた私の部屋へと向かおうとしたところ、ウォーレンから待ったがかかった。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、ソフィア様にお客様がいらしております」
「お客様? どなたかしら?」
「クローネ様が居間でお待ちでございます」
ウォーレンから伝えられた名前に、思わず目を見張る。
クローネは古くからの友人だ。
ヘンリー殿下と婚約し、王都に行くまでは、よくこの屋敷で一緒に遊んでいた。
遊んでいたというのは語弊があるか。
正確には我が家の食事を目当てに、クローネが屋敷に入り浸っていたというのが正しい。
私が王都へと行ってしまってからは屋敷に来る回数も少なくなったらしいが、それでも偶に屋敷に来ていると、お父様へ報告があったのを覚えている。
どうやら、今日はその「偶に」に当たったらしい。
来ているのならば、挨拶くらいはするか。
ウォーレンに居間へと向かうことを伝え、そのまま足を向けた。
王都からは転移魔法で来たから、特に着替えも必要ないしね。
マギーは王都から運んできた荷物を整理するために、用意されていた私の部屋へと向かった。
片付けが終わり次第、居間へと来てくれるらしい。
居間へと入ると、大きなソファーに長い足を組んで座っていた男性がこちらを見て、片眉を上げた。
「おぅ、帰ってきたんか」
「ただいま、クローネ」
王都では耳にすることがなかった口調が懐かしい。
久しぶりに会う友人に笑顔で挨拶を返すと、クローネは口の片端を上げ、満足そうにニヤリと笑った。
彼の正面へと座ると、表情を意地の悪そうなものに変えてクローネが口を開いた。
「婚約が解消されたそうやな」
「随分と耳が早いわね」
「風の精霊どもは噂好きやからな」
「なるほどね」
ヘンリー殿下との婚約が解消されたのは昨日の話だ。
それにもかかわらず、クローネが話を知っているのは、我が家の人間が彼に漏らしたからというわけではない。
恐らく、昨日のうちに屋敷へと届けられた伝言の内容を、偶々風の精霊が聞いて、クローネに伝えたのだろう。
そう、精霊。
この世界には、精霊と呼ばれるものが存在している。
力の弱い低位の精霊ほど多く存在し、力の強い高位の精霊は数が少ない。
世間一般では、精霊といえば低位のものを指し、そこら中にいるにもかかわらず目にすることができない存在として認知されている。
そして、低位の精霊を見ることができたり、声を聞くことができたりするのは、精霊に関する【称号】を持っている者だけだ。
では、クローネは精霊に関する【称号】を持っているのかというと、そうではない。
クローネが精霊を認識できるのは、ひとえに彼が人外だからである。
自称、光の精霊だ。
クローネが精霊なのは確かだ。
しかも、【称号】を持たない者にも認識できるくらい、力の強い精霊だ。
どうして確かなのかは置いておくが、『光』の精霊であるかどうかは定かではない。
なにせ見た目から言うと、全く光の精霊らしくないのだ。
クローネは少し癖のある黒髪に、黒い瞳、それに黒いスーツとネクタイという黒尽くめの格好で、眼鏡をかけている。
そして、顔立ちは整っているのに、非常に目つきが悪い。
一見して、前世で言うところの、インテリヤクザと呼ばれる人たちのようだ。
そんな見た目をしているので、『闇』の精霊だと言われた方がしっくりくる。
見るからに怪しい風貌をしているのだけど、我が家の者たちは彼のことをよく知っているので、クローネの私に対する態度を咎めることはない。
なにせクローネとは、私が幼い頃からの付き合いだ。
最初に出会ったのは森の中だった。
幼い頃に領地の森で迷子になった私を、たまたま通りがかったクローネが保護してくれたのだ。
当時、胡散臭い姿をした男が領主の娘を抱えてやって来たことで、それなりの騒ぎになったのは、私とクローネ双方にとっての黒歴史かもしれない。
ともあれ、それ以来付き合いは続き、今に至る。
こんなに付き合いが長くなったのは、私がうっかりクローネを餌付けしてしまったせいだ。
家まで送ってくれたお礼にと、料理を振る舞ったところ、クローネが我が家の料理を気に入ってしまったのだ。
なんでお礼が料理かというのは簡単な話で、それ以外にお礼になりそうな物がなかったからだ。
人間にとってはお礼になりそうな地位も名誉もお金も、精霊にとっては不要な物だった。
何にするか悩んで、思い付いたのが料理。
前世の記憶にあった、この国にはない料理を提供すれば、お礼に値するのではないかと考えたのだ。
あまり先進的な物を提供するのは問題だろうと考え、選んだのは卵焼き。
屋敷にあった材料で作ったため、覚えている完成形とは違った物ができあがったのだが、クローネは殊の外気に入ってくれた。
もちろん、お礼が卵焼きだけというのも寂しいので、他にも色々な料理を提供した。
とはいえ、幼女が料理人も知らぬ料理を色々と提案するのも周囲から不審に思われる。
そこで、後の料理は屋敷の料理人が作れる物を提供した。
それでも、クローネからは高評価を貰えた。
そして、クローネが料理を食べに、度々我が家に出入りするようになったというわけだ。