04 婚約破棄(3)
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「師団長と聖女様が婚約の解消に向けて動いていると聞いたんだ」
「そこまで知っているのね」
シリルの言葉に、思わず溜め息をつく。
師団長とは父、聖女様とは母のことだ。
どうやら、両親が動いていることも耳に入っているらしい。
どれだけ両親は大っぴらに動いているのだろうか。
それとも、単純にシリルが噂を聞きつけるのが早いだけだろうか?
私としては呆れたような笑みを浮かべるしかできない。
まぁ、シリルの情報収集能力が高いだけなのかもしれないわね。
他国の貴族だと言うのに、今回だけでなく、以前からこの国で流れている様々な噂についてもよく知っていたし。
一体どんな情報網を持っているのかしら?
考えると、ちょっと怖い。
ここまでバレているなら、もう全部言ってしまってもいいだろうか?
誤魔化すのにも限度があるし。
いくら私が【賢者】の【称号】を持っているとはいえ、頭の回転は普通の人と変わらない。
そんな私が誤魔化そうとしても、人よりも優秀な頭脳を持つシリルはすぐに看破してしまうだろう。
よし! もう諦めて話してしまおう。
そう腹を括って、私はヘンリー様に呼ばれたときのことを話し出した。
「なるほどな。そのうち言い出すだろうとは言われていたが、まさか本当に言い出すとは。思った以上に、あの男は考えが足りない人間だったようだな」
「私には何とも言えないわね」
「まぁ、いい。あの男にソフィアはもったいないと思っていたからな。婚約解消はむしろ喜ばしい話だ」
ヘンリー殿下に呼び出されたときの様子を一通り話し終わると、シリルは片方の口角を上げて、皮肉げに笑った。
けれども、纏うオーラは穏当なものではない。
他国の王子を捕まえて「あの男」呼ばわりするのも含めて、少々どころではなく怒っているようだ。
私の代わりに怒ってくれているのだろうか?
もしそうだと思うと、何だか胸が擽ったい。
けれども、王族への不敬発言を嬉しく思うのは問題だろう。
だから、困ったように笑みを返すのみに留めて、静かにティーカップに口を付けた。
「それにしても、わからないな」
「何がかしら?」
「普通、婚約解消の話し合いの席に浮気相手を同席なんてさせないだろう」
「私もそう思うわ」
「呆れて物も言えないな」
シリルと全く同意見だ。
あの場にはヘンリー殿下と側近の四人に加えて、ゴードン男爵令嬢までいた。
しかも、ヘンリー殿下の腕にぶら下がった状態で。
側近を連れて来るまでは、まだ理解できたけど、流石にアレは理解できなかったわね。
シリルには、そんな二人の状態までは話さなかったのだけど、それでも思うところがあったようだ。
憤懣遣る方ないといった風に話すと、気分を落ち着かせるためか、紅茶を一口飲んだ。
「大丈夫だったのか?」
「何がかしら?」
「向こうは勢揃いだった訳だが、ソフィアは一人だったんだろう?」
ヘンリー殿下のことを悪様に言っていたときとは打って変わって、シリルは心配そうな表情を浮かべた。
けれども、心配には及ばない。
「問題はなかったわ。言ったでしょ? すぐに退席したって」
「それは聞いたが……」
「元々、将来家族になる人って程度の情しかなかったし。その情も、ここ最近の出来事でほぼなくなっていたから、悲しくもないわ」
「なら、構わないが……」
シリルとは社交場でしか会うことがなかったこともあり、私がヘンリー殿下にどういった感情を持っていたかを詳しく話したことはない。
そのため、心配を掛けてしまったのだろう。
いい機会なので、シリルの心配を解消するためにと説明すると、渋々ではあるけど納得してくれたようだ。
「そういえば、向こうからの弁解はなかったのか?」
「なかったわね。というより、さっきも言った通り、婚約破棄したいって言われた後は、わかりましたって頷いて、すぐに帰ったもの」
ふと思い付いたように、シリルは疑問を口にした。
ヘンリー殿下が婚約破棄を申し出た理由について何も説明がなかったのが気になったらしい。
とはいえ、なかったと言うより他はない。
むしろ、弁解させなかったという方が正しい。
まともな回答が返ってくるとは思えなかったから、聞く価値なしと判断して、さっさと退室したしね。
何故聞かなかったかの理由まで説明すると、シリルは目を見張った。
そういえば、あまりにもスムーズに話が進んだからか、ヘンリー殿下も呆気に取られていたわね。
追加情報として、あのときの周りの様子を伝えると、シリルは堪えきれないというように声を殺して、笑い出した。
「そ、それは見ものだったろうな」
「そう?」
一頻り笑った後、シリルは絞り出すように言葉を発した。
見ものって、ヘンリー殿下達の様子のことよね?
でも、それが一体何だというのかしら?
言われた内容が理解できずに首を傾げると、漸く笑いの波が収まったシリルが教えてくれた。
「あの男は自分に都合の良いように考える癖があったからな」
「どういうこと?」
「アレは、多分お前が自分のことを好きだと勘違いしていたぞ」
「そんな、まさか」
今度はこっちが驚かされる番だった。
あり得ないと思える内容に、思わず否定する。
しかし、シリルは実際に社交の場で見聞きした情報を教えてくれた。
話を聞くと、確かにヘンリー殿下が勘違いしていたと思えることばかりだった。
「信じられない」
「俺もお前から色々と話を聞いていたからな。初めて耳にしたときは驚いた」
「どうして、そんな勘違いをしたのかしら?」
「さあな。もしかしたら、誰か変なことを吹き込んでいた奴でもいたのかもしれないな」
一体、誰がそんな奇特なことをするというのか。
さっぱりわからなかったけど、考えても仕方がないので、その話はそこで終わることとなった。
「ところで、両親の話なんだけど」
「あぁ。かなり精力的に動いていらっしゃるようだな」
続いて話題になったのは、両親の話だ。
両親が婚約破棄に向けて動いていることが、シリルの耳に入っていることが気になったので話を向けると、こちらの意図を汲んだような回答が返ってきた。
ニヤリと笑みを浮かべるシリルの表情から、結構派手に動いていることが想像できる。
頭を過った光景に、心の中で盛大に溜め息をついた。
本当に大変だったのだ。
ヘンリー殿下が婚約破棄を申し出たことを知った両親を宥めるのは。





