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賢者は探し物が得意です  作者: 橘由華


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35 職人(5)

ブクマ&いいね&評価&誤字報告ありがとうございます!

 お兄様から件の職人さんを紹介してもらうため、久しぶりにお兄様の領地に足を運んだ。

 職人さんは、お兄様のところの領都に住んでいるらしい。

 数年前に王都から領都へと引っ越してきたそうだ。


 かつては王都でも指折りの職人だったらしい。

 お弟子さんも何人か抱えていて、王都では中程度の大きさの工房を構えていたそうだ。

 あの気難しさがなければ、もっと大きな工房になっていただろうとは、お兄様の言だ。

 職人さんの性格故に、弟子にしても客にしても、人を選ぶみたいね。

 それでも、お客さんが途切れなかったらしいから、腕は相当良いようだ。


 そんな職人さんは、とある問題のせいで職人を続けることができなくなったため、一年前に惜しまれながら工房を閉めた。

 工房を閉めた後は、田舎で野良作業でもやろうかと考えていたそうだ。

 それを聞いて、お得意様の一人でもあったお兄様が、領地に来ないかと誘ったのだとか。

 幸いなことに、客の中でもお兄様は職人さんに気に入られている方だったらしく、職人さんはお兄様からの提案を受けた。

 本人が作業できなくても、今まで培った技術を後進の育成に役立てることはできる。

 お兄様が言った、その言葉も、職人さんの心を動かしたようだ。

 そして、現在はお兄様のところで新たに取った弟子たちを鍛えていた。


 既にそういった役に就いている職人さんを引き抜いてしまってもいいのだろうか?

 引き抜いてしまったら、お兄様が困るのでは?

 そう思ったので尋ねたけど、お兄様は職人さんが私のところで働くことを強く推した。

 その方が、職人さんのためにもなるからと。

 ただ、後進の育成は可能なら続けて欲しいという話だったので、こちらの作業に問題ない範囲で続けてもらうことに同意した。

 機密情報が関わらなければ問題はないと思う。

 もっとも、職人さんが私の依頼を受けてくれないと、話は始まらないんだけどね。


 お兄様の案内で、職人さんがいる工房へと向かった。

 町中にある工房としては少し大きいかなといったくらいの規模の工房だ。

 入り口を潜ってすぐのところにいた、弟子の一人と思われる男性にお兄様が声を掛けると、お弟子さんは大きな声で呼びかけながら、工房の奥へと入っていった。

 暫くすると、奥から背は低いけどがっしりとした体型の、毛むくじゃらの男性がやって来た。



「やぁ、ドルフ。元気そうだね」

「あんがとよ。(ぼん)も元気そうで何よりだ。そういや、久しぶりだったな。留学に行ってたんだったか?」

「そうそう。この間、帰って来たところだよ」



 話に聞いていたように、気難しげな顰めっ面で出てきた男性だったけど、お兄様の顔を見ると、すぐに表情が緩んだ。

 話している感じから、お互いに気安い仲なのが見て取れる。

 お兄様が留学から帰って来てからは初めて会うらしく、少しだけ留学の話をしていた。


 そして、立ち話も何だからと、工房の応接室へと案内された。

 この規模の工房であれば、客の要望を聞くのも店先ですることも多い。

 そのため、応接室がないことが多いのだけど、この工房には珍しくあるようだ。



「それで、今日はどうした?」

「今日はドルフに紹介した人がいてね。それで、来たんだ」



 応接室に腰を落ち着けると、少ししてお茶が運ばれてきた。

 お茶を飲んで一息ついたところで、職人さんが口火を切った。



「ソフィア、彼が話していた職人で、ドルフだ」

「初めまして、ソフィア・アシュレーです」



 職人さんはドルフさんと言うらしい。

 お兄様の紹介に合わせて名乗ると、何か気付くことがあったのか、職人さんの右眉が僅かに上がった。



「ドルフ、彼女は私の幼馴染で、隣の領の御令嬢だ」

「初めまして。この工房を預かっとるドルフといいます」



 お兄様が私を紹介すると、ドルフさんは丁寧な言葉遣いで話しかけてくれた。

 初めて会ったからということもあるけど、私が貴族でもあるからだろう。

 流石に、誰にでもお兄様に対するような態度で接するというわけではないようだ。



「実はソフィアがドルフの力を借りたいらしくてね。良かったら、貸してもらえないかと思ったんだ」

「力?」

「魔道具を作って欲しいらしいんだよ」

「ワシにですか?」



 魔道具を作ると聞いて、ドルフさんは顔を顰めた。

 一瞬、私の方へ視線だけを向けてから、再びお兄様へと戻す様子は、事情を話していないのかと言っているかのように見える。

 お兄様もドルフさんの視線に込められた意味を正しく受け取ったようだけど、お兄様から話すつもりはないようで、穏やかな笑みを浮かべたまま、口は開かなかった。

 ドルフさんはそんなお兄様の様子を見て、諦めたように溜息を吐くと、私に顔を向けた。



「お嬢様には申し訳ないんだが、ワシはもう魔道具を作ることはできないんだ」

「そうなんですか?」

「見た目はこの通り、何ともないように見えるが、利き手の指が動かなくてな」

「指が」

「あぁ。この傷が原因でな」



 ドルフさんはそう言うと、右腕を私の方へと差し出した。

 確かに、前腕部分に大きな傷跡があり、指は同じ形のままピクリとも動かない。

 この怪我が元でドルフさんは利き手の指が動かなくなってしまったようだ。

 お兄様から聞いていた前情報通りだ。

 これこそが、ドルフさんが抱える問題だった。



「怪我をされたのは最近ですか?」

「一年ほど前だな。ワシは自分でも材料を採りに行くことがあったんだが、これもそのときに負った傷だ」

「魔物にですか?」

「そうだ。普段はこんなヘマはしないんだが……。あのときは運が悪かった」



 詳しいことは口にしなかったけど、ドルフさんは悔しそうな顔をした。

 普段から魔道具の材料を自分で確保しに行っていたくらいだから、魔物を倒す腕にも自信があったのだろう。

 運が悪いと言っているように、普段であれば問題なく対処できる魔物だったけど、そのときは対処できずに怪我を負ってしまったということか。

 元々、魔道具作りの腕も良かったのだ。

 それが作れなくなったこともあって、ドルフさんが感じる悔しさは並大抵のものではなさそうだ。



「まぁ、そういうわけで、お嬢様に協力するのは難しいと思う。簡単な魔道具の図面くらいなら引けるだろうが」

「難しい物になると、魔道具に刻む魔法陣も細かくなりますしね」

「よく知ってるな。そういうこった」



 怪我をして時間が経っているからか、ドルフさんの口振りでは、左手でも簡単な図面なら引けるようだ。

 しかし、貴族である私が態々足を運んだことから、依頼は簡単な物ではないと推測したのだろう。

 最初にお願いするつもりの、コッコの卵や雛の保温器であれば、もしかしたら作れるかもしれない。

 けれども、今後依頼するかもしれない魔道具はその限りではないので、ドルフさんの言う通り、作ってもらうのは難しそうだ。

 もっとも、それは今のままならの話である。


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