34 職人(4)
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「それはそうと、領地に戻ってからは楽しそうなことをしているみたいだね」
「もう、お兄様のお耳に入ったのですか?」
「うちの商売柄、耳は早い方なんだ」
「お兄様の場合、早いどころではないと思いますけど」
お兄様の言葉に、思わず目を丸くする。
領地に戻って来てから、それなりの時間は経っているけど、ついこの間まで外国にいたお兄様の耳に噂が届くほどとは思えない。
実家に戻られてから、伯爵様にでも話を聞いたのかもしれない。
少し考えて、その可能性に思い当たる。
まさか、外国にいたときから知っていたわけではないだろう。
一体、どこまで詳しく知ってるのだろうか?
領地では好き勝手に動いていた自覚はある。
貴族の令嬢としては考えられないようなことをしている自覚も、もちろんある。
お兄様に知られて困ることなんてないけど、少し気になるわね。
「まったく。どこまで、ご存知なのかしら?」
「この近くの村で新しい作物を育て始めたって話は聞いているよ。あと、その作物を使った新しい料理が広まってるって話も」
「えぇ。そうですわ」
「ジャガイモだったかな? 前から平民の間では非常食として食べられていたみたいだけど。新しい料理の話を聞く限り、飢饉対策で育て始めたってわけではないんだよね?」
「仰る通りですわ。育て始めたのは、あくまで新しい料理のためですわね」
「ふーん。新しい商売に繋がりそうだね。フライドポテトだっけ? 露店で売るのも良さそうだ。アシュレー領の特産品になるんじゃない?」
最初は我が家と実験場である村だけで食べられていたフライドポテトだが、今では屋敷のある領都の食堂でも提供されている。
ジャガイモの普及を狙って、使用人や村の人を使ってフライドポテトのレシピを広めた結果だ。
油を多く使うことから、実験場以外の村での普及は難しそうだが、評判が上々なこともあり、領都以外の町にも徐々に広まりつつあった。
お兄様の口振りでは、一足飛びに、伯爵領の領都でも提供が始まりそうだ。
すぐに商売の話に繋げるあたり、流石お兄様といったところか。
「そう言えば、新しく人も雇ったようだね。魔物を飼育できるようになったんだって?」
「そちらも、ご存知だったんですか?」
「ソフィアのところの領でしか募集はしていなかったみたいだけど、うちの父が興味津々でね。態々、ダニエルさんに話を聞きに行ったらしいよ」
「そうだったんですね」
お兄様が笑みを深くして、さも今思い付いたように新たな話題を口にした。
まさか、知っているとは思わなかった。
しかし、よくよく考えてみれば、知っていてもおかしくない。
我が家に勤めている者は魔法で治療を施してもらえるという話は、今回の件でかなり多くの人に広まったらしいからね。
高位貴族の家といえども中々ある待遇ではないので、日頃から幅広く情報を集めている伯爵様の興味を引いたのだろう。
叔父からは何も聞いていないけど、伯爵様は父や叔父とも幼馴染らしいので、きっと気軽に聞きに来たに違いない。
伯爵様もお兄様と同じようにフットワークが軽いのよね。
「今飼育しているのは馬とコッコなんですけど、コッコの卵を使った料理も開発していますから、近いうちに、食事にご招待いたしますね」
「それは嬉しいな。となると、コッコを飼いだしたのは、やはり卵が目当てなのかい?」
そして、諸々の料理のお披露目に招待すると伝えると、お兄様は嬉しそうに笑った。
料理の話をしたところで、お兄様は私がコッコを飼いだした理由に思い当たったのだろう。
お兄様はピタリと理由を当てて見せた。
まぁ、これほどわかりやすい理由はない。
「えぇ、そうですわ」
「そうか……。どんな卵料理が出てくるのか、楽しみにしているよ」
お兄様は少し考え込んだ後、ふんわりと微笑んで卵料理への期待を述べるだけに留めた。
恐らく、聞きたいことは色々とあると思う。
それでも聞かなかったのは、私が話せないことを理解していたからだと思う。
例えば、ノアが持つ【ブリーダー】という【称号】についてとかね。
「何だか、僕ばかり良い思いをしてしまうね。新作料理のお礼は何がいいかな? もし何か力になれることがあったら、力になるけど」
「あっ、それなら……」
私とお兄様の仲なので、別に気にしなくても良いのに、お兄様は力添えを申し出てくれた。
普段であれば断るところだけど、ふと、先日ノアと話した魔道具のことが頭を過った。
新しい間道具――保温器の開発にはまだ着手していない。
というのも、開発を任せる職人がまだ見つかっていないからだ。
保温器の開発については、既に父と叔父にも相談済みだ。
相談してから日が経っていないというのも、職人が見つかっていない理由の一つではあるけど、他にも理由があった。
今後も私が積極的に動くならば、保温器以外にも新しい魔道具の開発をお願いすることになるだろうというのが、父と叔父の一致した見解だった。
ならば、情報漏洩のリスクを下げるためにも、いっそ実験場に専属の職人を抱えた方がいいという話になったのだ。
ただ、そうなると希望する職人のランクがぐんと上がる。
今回お願いする予定の保温器はそれほど難しい物ではないけど、今後開発を依頼する魔道具が簡単な物とは限らないからだ。
腕が良くて、口が堅くて、ずっと領地に住んでくれる人。
条件が一つずつであれば合致する人は多いけど、三つも満たす人物となると中々いない。
父と叔父も頑張って探してくれているけど、見つかるまで時間がかかりそうだ。
しかし、お兄様が協力してくれるなら、もう少し早く見つかるかもしれない。
そう思って、条件に合致しそうな職人を知らないか尋ねてみた。
「その条件を全て満たすとなると難しいね」
「そうですか」
「でも、一人だけ心当たりはある」
「えっ? 本当ですか!?」
流石、お兄様!
難しいと言われて一瞬気を落としたものの、心当たりがあるという言葉が続き、すぐに気分は上昇した。
喜び勇んで、貴族の令嬢としてははしたない大きさの声で問い掛けると、お兄様は苦笑いした後に眉を八の字に下げた。
「うん。ただ、受けてもらえるかはわからないんだけどね。気難しい人だし、少し問題があってね……」
「問題ですか?」
どういった問題だろうか?
私に解決できることなら、手助けするのもやぶさかではないのだけど。
気難しいって言ってたけど、もしかしてその言葉以上に性格に難があるとかか?
それとも、気難しいのが災いして、人間関係の問題でも抱えているとか?
そういった問題だと、ちょっと解決するのは難しそうね。
少しだけ不安になりながら訪ねれば、お兄様はその問題について教えてくれた。
問題というくらいだから、悪い内容ではあった。
けれども、予想に反して、その問題はとても簡単に解決できる内容だった。