30 人材発掘(7)
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卵が孵ってからまた暫くして、ノアに呼ばれて作業場へと向かった。
実験は予定通り、恙なく進み、今日は研究の成果を発表するという話だった。
ノアの成果が気になる人は多いようで、作業場にはノアと私以外にも手隙の使用人たちの中から沢山の人が集まった。
「それでは始めます」
緊張した面持ちでノアが開始を宣言した。
それを合図に、鶏小屋の側に立っていた庭師の一人が、小屋の扉を開けた。
ノアが「集合」と声を上げると、前に見たときよりも大きくなった雛たちが、鶏小屋の中からワラワラと出てきて、ノアの前に整列した。
この時点でもう、研究成果は出ているようなものだと思う。
しかし、更に続きがあった。
ノアの「右!」、「左!」という掛け声と手振りに合わせて、整列した雛たちは指示された方向を向いたのだ。
「これは見事だな」
「そうですね。ここまでとは思いませんでした」
隣に立つ叔父が感心したように声を出すのに、頷き返した。
もちろん、周りで見ている者たちも、同様だ。
雛を刺激しないよう、声量を落としていたけど、興奮のあまり、徐々に声は大きくなっている。
皆口々に、「すごい!」とか「信じられない!」なんて感想を隣の人と言い合っていた。
「以上です」
一通りの芸が終わると、雛たちは最初と同じようにノアの前に整列した。
ノアの声掛けで成果発表が締め括られると、周りから盛大な拍手が送られる。
次々に上がる使用人たちからの賛辞に、ノアは照れ臭そうに笑った。
そんなノアの下に、叔父と一緒に歩み寄った。
「素晴らしい成果だった」
「えぇ、期待以上でしたわ」
「ありがとうございます」
叔父と私の賞賛に、ノアははにかみながら答えた。
照れてはいても、堂々としているノアの様子に、叔父が嬉しそうに言葉を続けた。
「これなら、軍馬も増やせそうだな」
「叔父様、気が早過ぎますわ。軍馬も飼い慣らせるかは不明ですもの。どれくらいの数まで飼い慣らせるかもわかりませんのに」
「それも、そうか……」
私にとって、この研究の主目的はコッコの大量飼育の可否だったのだけど、叔父にとっては軍馬の増産の前段階という扱いのようだ。
それにしても、気が早い。
軍馬を増産するにしても、検証しなければいけない事柄はまだある。
具体例を挙げながら諌めれば、叔父は見てわかるほど肩を落とした。
普段の頼りになる領主代行とは掛け離れた姿に、私だけではなく、周りにいた使用人たちも仕方がないなあという風に苦笑いを浮かべた。
「ソフィア様」
「どうしたの?」
「あの……、僕、いえ、私のことを見つけてくださり、ありがとうございます」
叔父を生暖かい目で見ていたところ、不意にノアから声を掛けられた。
今更のお礼に首を傾げると、ノアは屋敷に来てから感じたことを辿々しく語り出した。
ノアが話したことをまとめると、私が彼を屋敷の使用人として取り立てたことに、とても恩義を感じているようだ。
屋敷に来てからというもの、ノアの生活は一変した。
領主の屋敷ということもあり、村と比べると待遇は大きく向上した。
何よりも、ここにはノアを蔑む人がいないということが、ノアの精神的な負担を大きく減らした。
【称号】とは関係のない雑事をこなしても、村の人たちと屋敷の使用人たちとでは態度が異なる。
村では当然だというように誰からも感謝されることはなかったが、屋敷では皆がお礼を言ってくれた。
誰かに感謝されるのは嬉しいことだけど、【称号】が判明してからこれまで感謝されることがほとんどなかったノアにとっては、より強く感じられたようだ。
更に、今までわからなかった【称号】の効果が判明し、人の役に立てることがわかった。
それも多くの人の役に立てる見込みだ。
ハズレの【称号】持ちだというだけで、役立たずの烙印を押されてしまったノアにとって、それもまた嬉しかったらしい。
そして、研究を通して、自分が人の役に立てる実感を得られたことで、ノアは自信を付けることができた。
「本当にありがとうございます」
「大袈裟ね。私はただ誘っただけ。結果を出したのはノア自身なんだから、お礼を言われるようなことではないわ」
口から出た言葉は本心からのものだ。
けれども、薄らと涙を浮かべながら笑うノアの言葉に、照れ臭く思いながらも、嬉しさを感じたのも事実だ。
そして、このとき抱いた感情は、後の私に大きく影響を与えたのであった。