29 人材発掘(6)
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ノアが屋敷に来て約一ヶ月経った。
うち一週間は村から屋敷までの移動時間だったけどね。
雇用契約を結ぶ前だったこともあり、屋敷まで普通に馬車で移動したので少し時間が掛かったのよね。
初めて領主の屋敷を見たノアはとても驚いていた。
村に建つ、どの建物よりも大きかったからだろう。
そして、雇用契約、もう一つ言うなら、守秘義務契約を結んだ後に、仕事内容を聞いて再び驚いていた。
それはそうよね。
てっきり、ノアの持つ【称号】の効果について調べるんだと思っていたら、効果は既に判明していたんだから。
【称号】については王都で読んだ本で知っていたのだと話すと、「流石、王都ですね」とノアは感慨深そうに零していた。
それから、与えられた自室に案内されてノアは三度驚いた。
想像していたよりも部屋が豪華だったらしい。
しきりに「こんな良い部屋をもらって、いいんですか?」と案内した従僕に確認していたらしい。
もちろん、ノアの部屋は特別豪華な物ではなく、うちの屋敷の使用人の部屋としては一般的な物だ。
屋敷に着いた翌日からは、使用人に必要な教育が始まった。
内容は読み書きと簡単な計算、それからマナーだ。
村では必要とされる場面がなかったこともあり、ノアが読み書きできるのは自分と家族の名前くらいだった。
計算は目の前にある物を数えるくらいで、足したり引いたりの四則演算はできなかった。
マナーは辛うじて丁寧に話せるくらいだろうか。
一般的な農民としては十分だけど、我が家の使用人としては足りない。
これから始まるコッコの飼育に従事してもらう際には、報告書を書いてもらおうと思っている。
その時点で読み書きは必須で、報告書に記載する内容を考えれば四則演算程度はできて欲しい。
できるようになった方が、ノアとしても今後の仕事が楽になると思う。
その辺りの考えをウォルターに伝えると、後はウォルターがいい感じに調整してくれたようだ。
ノアが勉強している間、私は別の準備をしていた。
コッコを飼育するための鶏小屋や作業場の建築を手配した。
そして、研究に必要な環境が整った後に、一番大事な物を用意したのだ。
一番大事な物というのは、コッコの卵だ。
コッコの飼育研究を始めるためには、コッコの卵か雛が必要になる。
これが用意できなければ、次の段階には進めない。
ただ、野生の魔物の卵や雛は、そう簡単に手に入れられる物ではない。
一般的には、然るべきプロにお願いして、捜索してもらうのだけど、プロに依頼しても数ヶ月は待つ必要がある。
もちろん、見つからない場合もある。
しかし、こちらには強力な助っ人がいた。
クローネだ。
当初は検索機能を使って探そうと思っていた。
しかし、完成した鶏小屋を見上げながら、「次は卵ね」と呟いたところ、一緒に見ていたクローネが「探してくるわ」と一言残して、フラッといなくなったのだ。
止める間もなくいなくなってしまったのもあるけど、クローネが珍しくやる気を見せたので、そのままマルっとお任せしてしまった。
流石、精霊とでも言うべきか、いなくなった三日後に、クローネは屋敷に卵を持って現れた。
しかも、持って来た卵は三日以内に孵るだろう代物だ。
コッコの卵を使った料理への期待値の表れだろうか?
至れり尽くせりよね。
これは私も頑張らないといけないなと、気を引き締めた。
「お嬢様、そろそろ孵りそうとのことです」
「ありがとう。私も今から向かうわ」
執務室で書き物をしていると、部屋に従僕が訪れ、取り次ぎに出たマギーに何事かを話した。
振り返ったマギーから伝言の内容を聞いて、立ち上がる。
向かうのは、作業場だ。
こちらは研究用に用意した小屋で、ノアが報告書を書くための机や本棚以外に、卵や雛のための飼育箱が置いてある。
飼育箱は成人男性が両腕で抱えるくらいの大きさの四角い鉄製の籠で、底には湯たんぽが数個置かれ、その上に藁を敷き詰めていた。
卵もだけど、コッコの雛も産まれてから暫くは温かい環境で飼育する必要があるため、このような物を用意した。
日に何度かお湯を換える必要はあるけど、急拵えなので仕方ない。
求める飼育箱を作れる人が領地にはいなかったのよね。
王都にある工房に注文して取り寄せるには、少々時間が足りなかったのだ。
今回の実験が上手くいったら、もっとちゃんとした飼育箱を用意したいと思う。
作業場の中に入ると、こちらに背を向けた状態で、ノアが飼育箱の前に立っていた。
どうやら卵は既に孵化した後のようで、かわいらしい雛の声も聞こえる。
万が一のときのために控えていた護衛二人も、ノアの両脇から飼育箱を覗き込み、微笑んでいた。
周りが心配していたように、雛がノアに懐かずに暴れてしまうなんてことは起きなかったらしい。
「ノア」
「あっ! お嬢様!」
声を掛けると、ノアは振り返り、弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
あれ? ちょっと明るくなった?
ふと、ノアの変化に気付く。
村にいたときは、自信がなさそうにオドオドしていたけど、今日はそういう風には感じない。
新しい環境に慣れたのもあるかもしれないけど、屋敷に来ることによって、いい影響を受けたのかもしれない。
ノアが良い方向に変われたのだとしたら、誘った方としても嬉しい。
ほっこりとしながら歩を進めると、場所を譲るように、護衛二人は壁際へと移動した。
「無事に孵ったようね」
「はい! 懐かなかったらどうしようかと思ってましたけど、心配いらなかったみたいです」
飼育箱の中を見ると、孵ったばかりの雛たちが、ノアを見上げて元気に声を上げていた。
焦茶色のふわふわとした塊が大きな口を開けて鳴いているのは、とてもかわいい。
雛は成人男性の掌と同じくらいの大きさで、前世の記憶にあるヒヨコよりも大きかった。
前世では、生まれたばかりの鳥の雛は最初に見た動く物を親だと認識する習性があったけど、今世のコッコにも同じような習性があるのだろうか?
それとも、単純に【ブリーダー】の【称号】によるものなのか?
少し気になるけど、確認するには新たな卵が必要だ。
後回しにしてもいいだろう。
「このまま、順調にノアの言うことを聞いてくれるようになるといいわね」
「はい。ウォルターさんとも相談したんですけど、芸を仕込んでみようかと考えています」
「芸を?」
「簡単なものですけど、何種類か覚えさせることができたら、【称号】の能力の証明になるんじゃないかって話になりまして」
「いい考えだと思うわ」
「では、雛の面倒を見ながら、色々と試してみますね」
「お願いね」
「はい!」
威勢のいい答えに笑顔を返す。
雛の様子も見られたし、今後の予定についても話せた。
丁度、話の切りも良かったので、ここらで屋敷へと戻ることにした。