28 人材発掘(5)
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村長が歩き始めると、再び人垣が割れた。
村の人たちの視線を集めながら、私たちも村長の後へと続く。
村長に連れられて来たのは彼の家だ。
ノアを連れてくるので、それまでここで待って欲しいと客間に案内された。
村で客が来たとき用の部屋があるのは、村長の家だけらしい。
今世の農村では、これが一般的だ。
客間には木でできた簡素なテーブルと椅子が六脚置いてあった。
そのうちの一つに座ると、マギーが鞄からティーセットを取り出し、紅茶を淹れてくれる。
椅子に座るのは私だけで、他の人たちは立ったままだ。
一応、ウォルターには座るよう勧めたのだけど、主人と使用人という立場のため、同じ席には座れないと固辞されてしまった。
屋敷ならともかく、他所では体裁が悪いと言うので仕方ない。
暫くすると、部屋のドアがノックされた。
ノアが来たようだ。
マギーが応答すると村長の声が聞こえたので、部屋の中に招き入れる。
入って来たのは三人の男性だ。
一人は少年と言ってもいいかもしれない。
「こちらがノアと、父親のジョンになります」
一人は村長、もう一人はノアで、最後の一人はノアの父親だった。
村長の紹介で、それぞれがこちらにお辞儀をする。
二人とも微妙にオドオドとしているのは、私の後ろに立っている護衛たちの威圧感がたっぷりだからだろう。
「こちらは領主様のお屋敷の執事様と……」
「御領主のお嬢様のソフィア様です」
自己紹介がまだだったこともあり、私を紹介しようとしたところで、村長が言い淀んだ。
すかさず、私の横に立っているウォルターが言葉を引き取って私を紹介したので、それに合わせてニッコリと微笑む。
しかし、悲しいかな。
領主の娘という言葉の方が強く印象に残ったようで、ノアとその父親が浮かべたのは驚愕の表情だった。
決して、私の笑顔が威圧的だったから、そんな表情を浮かべられたわけではないと思いたい。
「領主様のお嬢様でございましたか……。そんな方がノアにどのような御用件で? あっ! いや! 悪い意味ではなくてですねっ!」
代表して村長が問い掛けた途中、制するようにウォルターがギロリと村長を睨んだ。
途端に、村長は慌てたように弁解する。
「それをこれから話すところです。貴方がノアで間違いありませんか?」
「はっ、はい!」
ノアは肩に付かない程度の長さの茶髪に、茶色の目をしていた。
鼻の辺りにはソバカスが散っていて、想像していたよりも容貌は幼い。
袖から見えている手首も細いので、あまりいい食生活を送れていなさそうだ。
そんなノアは、ウォルターに話し掛けられて、ビクッと背を伸ばした。
「貴方は珍しい【称号】持ちだとも聞いています。【称号】は【ブリーダー】というものだそうですが、それも間違いありませんね?」
「はい……」
ウォルターが【称号】について話し始めると、ノアはサッと顔色を悪くし、おずおずと頷いた。
検索機能で調べた通り、普段から周りに【称号】について色々と言われているからだろう。
「よろしい。うちのお嬢様が貴方の【称号】について聞き及び、是非研究したいと仰せです」
「えっ?」
「屋敷に来て、研究に協力するように」
「お屋敷にですか?」
「そうです。生活に必要な物はこちらで用意しますので、この後すぐに我々と一緒に屋敷に移動してもらいます」
決定事項であるかのように、ウォルターがこちらの要望を淀みなく伝えると、ノアは目を瞬かせた。
ノアが信じられないと呆然としていると、横から慌てたように村長が口を挟んだ。
「お、お待ちください! 今日いきなりというのは」
「何か問題がありますか?」
「も、もちろんです! その、準備もありますし……」
「生活に必要な物はこちらで用意すると伝えましたが?」
「あっ、その、ノアが今まで行っていた仕事の引き継ぎもありますし……」
「ふむ……。猶予期間を設けてもいいですが、その間、お嬢様の研究が滞ってしまいますね」
やはり、いきなり一人の労働者がいなくなるのは、村としても痛手なのだろう。
しかも、ハズレの【称号】持ちであることを理由に、ノアの家族も、村の人間も、かなり多くの仕事をノアに割り振っていたしね。
村長が渋るのは想定内だ。
とはいえ、ノアが引き受けていたのは細々としていた雑務ばかり。
村長が言うような引き継ぎが必要なものなどないことは、ウォルターの方でも把握している。
だから、答えは用意してある。
村長の言葉に、ウォルターが考え込むような振りをした。
「こちらとしても働き手を一人貰うことになるので、代わりに税の軽減などを考えていましたが、お嬢様の時間を取ってしまうのであれば、少し考えないといけませんね」
「税の軽減でございますか?」
「えぇ。働き手が減りますから、その分を暫くの間、税の軽減という形で補償しようと考えていたのです。しかし、引き継ぎをするのであれば、その間に働き手も補充できるでしょうから、それほど多くの減免は必要ありませんね? 何より、引き継ぎの間はお嬢様の研究が滞ってしまいますし」
ウォルターの言葉に村長の顔色が変わる。
よくよく聞けば、おかしな話だとわかるのだけど、目先の利益に目を奪われている村長は、そのおかしさに気付かなかったようだ。
即座に翻意し、ノアが今日中に移動することを了承した。
ただ、村は潤うかもしれないけど、一家にとってのメリットを提示されていないジョンは抗議の声を上げた。
しかし、村長はジョンに小声で何かを言って黙らし、意見を変えることはなかった。
「ノア、貴方はいかがですか?」
「ぼ、僕ですか?」
「えぇ。お嬢様の研究に協力する気はありますか?」
村長と話していたときよりも幾分柔らかな声で、ウォルターがノアに問い掛けた。
事前に決めていた通り、ノアの意思が最優先だ。
けれども、こちらも勧誘する側として、ある程度の策は弄する。
先に村長の目の前に餌をぶら下げたこともそうだが、ノアに対しても屋敷に来やすいように配慮を見せた。
例えば、研究に協力している間は屋敷に勤める者として必要な教育を施すので、研究が終わった後の再就職もしやすいだろうとか、終わった後に村に戻りたいと思うのならば戻ってもいいように取り計らうとか。
ノアにとってメリットとなるだろうことを話した。
もっとも、研究の内容については話していない。
聞かれても、研究内容の漏洩が困るので今は話せないと突っぱねるつもりだった。
村への税の軽減にしても、研究にしても、はっきりとした期間は示していないので、肝心な所はかなりグレーだ。
そういう不都合な部分を隠して、相手をその気にさせることをサラリとやって退けてしまうのは、ウォルターの長年の経験によるものだと思う。
「研究が終われば、村に戻れるんだ。お前が研究に協力するなら、村も助かる」
考え込むノアに、村長が猫撫で声で話し掛ける。
ウォルターが嗅がせた鼻薬は、かなり効いたみたいね。
そんな村長の後押しがあったからか、ノアは心を決めたようだ。
スッと表情が引き締まったものに変わり、屋敷に来ることを了承してくれた。
話が決まれば、後は早い。
ノアが一度家に戻り、私物を取って来たのを待って、私たちは屋敷へと戻った。