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03 婚約破棄(2)

ブクマ&評価&誤字報告ありがとうございます!


 王宮に呼び出された二日後。


 王都の屋敷に友人から手紙が届いた。

 時候の挨拶から始まった手紙は、気心しれた仲だからか、貴族同士の物にしては簡潔に書かれている。

 手紙の内容を簡単に言うと、訪問伺いだ。


 送り主は親しい友人なのだけど、こうして手紙が来るのは珍しい。

 そもそも、この友人が我が家を訪れるのは初めてのことだ。

 一体どういう風の吹き回しかしら?

 差出人の名前を見ながら考えを巡らす。


 友人の名はシリル・ホートン。

 黒髪に、切れ長の赤い瞳が印象的な、隣国の伯爵家の子息だ。

 整った容貌とスラリとした体格を持ち、社交の場に出れば、ご婦人方の視線を一身に集める。


 素晴らしいのは外見だけではない。

 外面も大変素晴らしく、大半の人はその外面に騙されている。

 大事なことなので二度言おう。

 そう、騙されているのだ。


 シリルと一定以上仲のいい人間は、彼がただ見目麗しい貴公子ではないことを知っている。

 仲のいい人間の前では、柔らかに微笑みながら、表情とは裏腹の鋭い言葉を吐き出すのよね。

 所謂、毒舌というやつだ。


 そんな彼と知り合ったのは五年前。

 とある侯爵家で行われたお茶会で、偶々隣り合った際に言葉を交わしたのが出会いだ。

 同じくらいの年齢で、見たことのない顔だったので、何となく気が向いて話し掛けた。

 そのときに、この国の文化を学ぶために隣国から来ていると聞いた。


 政治については疎くても、ドレスに使う生地や宝石については詳しいのが一般的な貴族の令嬢だ。

 隣国から来たと言うので、普通の令嬢らしく、隣国で採れると有名な宝石の話題を振った。


 話しているうちに興が乗ったらしい。

 最初は貼り付けたような笑みを浮かべていたのに、別れる頃には随分と雰囲気が変わっていた。

 それからだろうか。

 社交の場で会う度に、話すようになった。


 もっとも、こちらは婚約者がいた身だ。

 良からぬ噂が立たぬよう、お互いに節度を守った態度で接していた。

 会う場所も公の場のみで、立ち話をする程度だった。


 それでも、ヘンリー様が社交場でもゴードン男爵令嬢と人目も憚らず共にいるようになってからは、他の友人と共に、それとなく側にいてくれた。

 婚約者に放置され、周囲が憐憫や嘲笑の視線を向ける中、それらを遮るように盾になってくれた友人達の存在がどれだけ精神的な支えとなったかは、言葉に言い尽くせない。

 今思い返しても、胸が温かくなる。


 そこまで思い返して、はたと気付く。

 もしかして、もうヘンリー様との話を聞き及んだのかしら?

 手紙には訪問の理由は書かれていないけど、シリルの耳聡さを思えば、有り得る話だ。


 口は悪くとも、さり気なく優しい彼のことだ。

 話を聞いて心配してくれたとしても、おかしくはない。

 なら、会わないという選択肢はない。

 ここで会わなかったら、余計に心配を掛けてしまいそうだもの。

 そう思って、訪問を受ける旨を手紙に記し、侍女に言って、シリルへと届けてもらった。






 翌日。

 到着の報せを受け、シリルが待っているという応接間へと入ると、気付いた彼が立ち上がった。



「よく来てくれたわね」

「あぁ。突然訪問して、すまない」

「構わないわ」



 形式的な挨拶の後、いつも話すときと同じように言葉を崩せば、シリルの態度も砕けたものへと変わる。

 突然の訪問と言っても、訪問伺いの手紙を貰い、到着前には先触れも来ていた。

 準備をする時間はあったので、全く問題はない。


 シリルに座るように勧め、自分もソファーへと腰を下ろすと、目の前に紅茶の入ったティーカップが置かれた。

 シリルと挨拶をしている間に、優秀な侍女達がお茶の準備をしてくれたらしい。

 部屋の中にはいつの間にか、ティーセットを乗せたワゴンがあった。

 タイミングの良さに、思わず笑みが浮かぶ。

 紅茶を運んでくれた侍女に称賛の気持ちを込めてお礼を言うと、笑顔と共に一礼が返ってきた。


 侍女が壁際へと移動したのを見て、シリルへと紅茶を勧める。

 ソーサーからティーカップを持ち上げながら、そっとシリルを盗み見て思うことは以前と変わらない。

 相変わらず、無駄に仕草が洗練されている。

 足を組み、背もたれへと体重を預けることは、決して褒められた態度ではない。

 傲慢さが滲み出る姿勢にもかかわらず、ティーカップを口元に運ぶ所作は王族にも引けを取らない優雅さだ。

 顔か、それともスタイルか。

 はたまた、育ちの良さ故か。

 ともあれ、考えられる要素が全て良いのだから、持ってる者は違うなとしか言いようがない。



「それよりも、今日はどうしたの?」

「先日、王宮にいたようだな」



 シリルが一口飲むのを待って、早速聞きたかったことを訊ねてみた。

 けれども、返ってきたのははっきりとしない回答だ。

 これはどっちだろうか?

 私が王宮にいたことを誰からから聞いたのか。

 それとも、ヘンリー様に婚約を破棄したいと言われたことまで耳にしたのか。


 手続きの関係で、未だ婚約は続いている状態だ。

 王家が関係する話でもあるし、仲のいいシリルが相手といえども、迂闊なことは言えない。

 ここは当たり障りのない答えを返した方がいいわね。



「えぇ。ヘンリー様に呼び出されたのよ」

「用件は何だったんだ? 婚約を解消しろとでも言ってきたのか?」



 敢えてボカしたんだけど、そんなことはお構いなしに、シリルはぶっ込んで来た。

 浮かべる表情は世間話をするような、何てことはないものだ。

 けれども、こちらに向ける視線には、どこか気遣わしげなものが浮かんでいるようにも感じる。


 さて、どうしようか。

 ここまではっきり聞かれた上に、心配もされている。

 シリルの心配を解消するためにも、正直に話してしまいたい方に気持ちは傾いているんだけど……。

 どう答えたものかと悩んでいると、シリルはさらに言葉を重ねた。


お陰様で、「異世界転生/転移」の恋愛ジャンルで日間1位となりました!

お読みいただき、ありがとうございます!

暫くは、なるべく毎日更新を続けられたらと思っていますので、引き続き楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

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