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ジャガイモの植え付けが終わってからも、精力的に動いた。
今まで植えていた作物に関しても、何かできることはないかと調べながら、村の人たちの生活を向上させるものについても、合わせて調査を行った。
そうして忙しくしているところに、嬉しい手紙が届いた。
王都で仲良くなった友人の一人が、領地に来たいという訪問伺いの手紙だった。
「嬉しそうやな。いい報せか?」
「そうね。友達が遊びに来るみたい」
手紙を読みながら笑みを浮かべていたせいか、側にいたクローネが話しかけてきた。
本来であれば神出鬼没な存在であるはずなのに、私が領地に戻ってからというもの、ほぼ毎日屋敷へと現れるようになった。
目的はもちろん、酒と肴だ。
今もエールとフライドポテトを前に、応接セットのソファーで寛いでいる。
ここは私の執務室なんだけどね。
執務室は叔父様が新たに用意してくれた部屋だ。
元は小さな応接室だったのだけど、これから実験場で色々行うなら必要だろうと、叔父様が改装してくれたのだ。
もっとも、すぐに使いたかったので、改装といっても家具を執務室に相応しい物に入れ替えるくらいのことしかしていない。
カーテンやカーペットについては、そのうち変えればいいと思っている。
「ふーん。どんな奴なんだ?」
「王都で仲良くなった子なの。とても歌が上手な女性よ」
問われたので答えたが、クローネはすぐに興味を失ったらしく、「ふーん」と言うと、再びエールへと向き直った。
それに苦笑しつつ、私は本日の叔父様の予定を思い浮かべる。
今日は午後からなら屋敷にいるはずだ。
ならば、午後に時間を設けてもらい、友人の滞在許可を貰おう。
予定が決まったところで、家令のウォーレンを呼び、午後から叔父様に少し時間を取ってもらえるよう託けた。
叔父様から許可を貰い、王都へ返事を送ってから二週間後。
友人が馬車に乗ってやって来た。
先触れが来たこともあり、玄関ホールで到着を待っていると、玄関の前に馬車が止まる音がした。
ウォーレンが扉を開けて出迎えると、小柄な女性が馬車から降り、ウォーレンに挨拶するのが見える。
腰まで流れるふわふわとしたミルクティー色の髪に、ペリドットのような明るく透き通った瞳。
久しぶりに見る友人の姿に、自然と口元が弧を描いた。
そして彼女は玄関に入って、私の姿を見た瞬間に、パッと花が咲いたように破顔した。
「ソフィアちゃん!」
「ホリー!」
お互いに両腕を広げて、駆け寄り、ギュッと抱きしめ合う。
はしたない行動ではあるが、ここは我が家。
社交の場ではないから、問題はない。
「久しぶり、元気にしてた?」
「うんうん、ソフィアちゃんこそ元気だった?」
「えぇ、元気にしてたわ」
「そっか、なら良かった」
にっこりと微笑む彼女は天使のようだ。
お互いに再会を喜び、一息ついたところで後ろへと振り返る。
背後では、叔父様が穏やかな表情で私たちを見ていた。
玄関ホールで一緒に待っていてくれた叔父様に、ホリーを紹介する。
「叔父様、お待たせしてごめんなさい。こちらは私の友人でホリー・ガーランドです。ホリー、こちらはこの屋敷を預かっている私の叔父でダニエル・アシュリーよ」
「初めまして。この度は滞在をお許しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。歌姫として名高いガーランド伯爵令嬢にお越しいただき、とても光栄です」
友人のホリーはガーランド伯爵家の長女だ。
そんな彼女は王族の婚約者だった私よりも王都では有名な存在だった。
最近では隣国にまで、その名が届いているという噂も聞く。
そこまでホリーが有名なのは、彼女が持つ【称号】が関係していた。
ホリーは【歌姫】の【称号】を持っているのだ。
その名の通り、【歌姫】の【称号】を持つ者には歌に関する補正がかかる。
まるで天上の調べのように美しい歌声は天性のものかもしれないが、ホリーもとんでもなく歌が上手だ。
ホリーの歌声を聞くと、日々の生活に疲れた心が癒やされ、体調まで良くなるという噂があるほどに。
その噂は真実だ。
実際に、ホリーの歌声は人々を精神的にも肉体的にも回復させる。
ホリー曰く、【称号】の影響らしい。
ホリーがその歌声を最初に披露したのは、神殿で洗礼を受け【称号】が判明した後に自家で行われたお茶会だった。
王都にあるガーランド邸で開催されたお茶会は、今や伝説のお茶会として有名だ。
そのお茶会の参加者がホリーの歌声について口々に噂し、参加者や噂を聞いた者たちがホリーを自身のサロンに呼ぶようになった。
サロンとは文学や音楽などの芸術に関することや、政治について議論する社交場のことを指す。
ホリーが招かれるのは音楽について議論するサロンで、そこでは各々が楽器を演奏したり、歌ったりすることもあった。
幼かったホリーは招かれた先で請われるままに歌った。
ホリーの歌声を耳にした人たちは、至る所でホリーのことを称賛した。
噂は噂を呼び、今ではホリーを自分のサロンに招き、歌声を披露してもらうのが貴族の間ではステータスとなっている。
「ホリー嬢も王都からの移動で疲れたでしょう。続きは落ち着いた後にしたらどうだい?」
「そうします。ごめんね、ホリー」
「大丈夫! アシュリー様もありがとうございます」
叔父様の言う通りだ。
ホリーは王都から到着したばかり。
疲れを微塵も感じさせない笑みを浮かべていても、疲れているのは間違いない。
話を切り上げ、まずはホリーを部屋へと案内することにした。
暫くして、屋敷の部屋の一つで旅装を解いたホリーと合流した。
部屋はいくつかある応接間の中でも小さな物で、午後の柔らかな日差しがよく入り、明るい。
気の置けない友人とお茶をするのには丁度いい場所だ。
「それにしても、結構長いこと王都を離れるみたいだけど、サロンの方は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。元々、少しお休みしようと思ってたから。最近、呼ばれることが多くて、少し疲れてたの」
「ホリーの人気は止まるところを知らないものね。ここで休めるなら、好きなだけいてくれていいわよ」
「ありがとう! でも、迷惑じゃない?」
「全然! むしろ、いつまでもいて欲しいくらい」
お茶と小菓子を摘みながら、たわいもない世間話をする。
同世代の同性、しかも信頼できる友人と話をするのは楽しい。
予め手紙で報されていたホリーの滞在期間は一週間ほどだったけど、私としてはずっといてくれてもいいくらいだ。
とはいえ、ホリーは今をときめく歌姫。
彼方此方のサロンで引っ張りだこの彼女を、いつまでも領地に留め置くことはできない。
一週間という滞在期間も、往復の移動にかかる日数を考えれば、ギリギリだと考えていた。
けれども、ホリー曰く問題ないらしい。
ここに来る前に参加したサロンを最後に、暫く領地に戻るということで、以降のサロンの参加を断り、予定を白紙にしてきたと言うのだ。
領地は領地でも、ホリーの実家のある領地じゃなくて、我が家の領地だけど、そこはいいのだろうか?
「最初はうちの領地に戻る予定だったんだけどね、シリルくんの話を聞いて、面白そうだったから、こっちに来ちゃった」
「シリルが?」
「うんうん。招待されたサロンに偶々シリルくんもいたみたいでね……」
ふと疑問に思ったので聞いたところ、元々は自分のところの領地に戻る予定だったらしい。
しかし、教えた覚えはないのだけど、シリルから私が領地で色々な作物を育てるつもりだという話を聞き、興味を惹かれたため予定を変更したのだとか。
そこには、シリルの強力な後押しがあったようだ。
いくら興味を惹かれたとはいえ、他家の領地を訪問することにホリーは後ろ向きだった。
王都の屋敷へと滞在するのならばともかく、領地への訪問となると移動にも時間がかかるため、自然と滞在も長期となるからだ。
けれども、シリルに自身の能力が私の役に立ちそうだからと言われ、ホリーは来てくれる気になったらしい。
「ホリーの能力?」
「うん。私、植物の栽培も得意なの!」
思わぬ発言に、私は目をパチクリとさせた。