20 実験場(5)
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塀の強化と、村の現状確認が終わった次の日。
朝からトムさんたちと一緒に、新しく畑を作る場所へと向かった。
昨日の帰り際に今日の予定を伝えていたからか、場所についてはトムさんが予め目星を付けてくれていた。
仕事が速い!
お父様と叔父様が実験場として選んだ村の村長さんだけあって、トムさんはとても優秀な人のようだ。
「こちらが予定地となります」
「いい場所ね」
トムさんが案内してくれたのは、既存の小麦畑の隣にある荒地だ。
かなり開けた場所なので、畑を拡張することも容易そうである。
「この辺りは好きに耕していいのかしら?」
「はい。お好きになさってくださって構いません」
「ありがとう。じゃあ、早速」
念のためにトムさんに断ってから、早速土属性魔法を発動させる。
私の足元から遠くへと向かって、土属性特有の茶色い魔力光が海の波のように地面を走った。
光が移動するのに合わせて、私に近いところからボコボコと土が捲れ上がり、耕されていく。
その様子をトムさんは目を丸くして見ていた。
まるで、昨日のテッドさんのようだ。
「ふぅ……。こんな感じでいいかしら?」
「は、はい。倅から話は聞いておりましたが、本当に詠唱されないのですね。それに、このような魔法は初めて目にしました」
「そうね。畑を耕すための詠唱ってのは存在しないから」
「存在しない魔法なのですか? しかし……」
感心したように話すトムさんに返事をすると、隣で聞いていたテッドさんが怪訝な表情で問いかけてきた。
誤解があったようなので、訂正をする。
「詠唱が存在しないだけよ。魔法で耕せないというわけではないわ」
「えーっと、ということは……」
「無詠唱なら魔法で土を耕せるってだけの話よ」
無詠唱で魔法を発動する場合、魔法を行使した結果を思い浮かべる。
思い浮かべる内容には、特に制限はない。
ただ、内容によって、発動させるために必要となる技術や魔力が変わるだけだ。
そして、技術と魔力が足りていれば、魔法が発動した後に想像した通りの結果がもたらされる。
詠唱がある場合は、そうはいかない。
詠唱には、魔法を行使した結果が紐付けられているからだ。
そのため、無詠唱で魔法を発動させるよりも自由度がない。
「な、なるほど? と、ところで、ここにはジャガイモだけを植えるのですか?」
「そうしたいのは、山々なんだけど、そうもいかないのよね」
あまりよく理解できなかったのか、テッドさんは露骨に話を逸らした。
まぁ、魔法については必要になったときに教えればいいだろう。
問題は、新たな話題の方だ。
テッドさんが言う通り、今日耕した畑はジャガイモ用の畑だ。
けれども、この畑全てにジャガイモを植えることはできない。
「と言いますと?」
「種芋が足りないのよ」
トムさんが理由を尋ねてきたので、簡潔に答える。
そう、畑の広さに対して用意できる種芋の量が少ないのだ。
恐らく、今ある種芋を全て植えても、畑の半分も使わないだろう。
本当はもっと畑を広げたいんだけどね。
クローネがフライドポテトとポテトチップスを気に入っているから、これからジャガイモの消費が激しくなりそうだし。
新しい食材の開発をクローネも手伝ってくれるって言うから、できれば要望には応えてあげたいのよね。
「すぐに使う畑は、半分だけになると思うわ。残りの半分は、そのうち別の野菜を植えるつもりよ」
「そのうち、ということは、すぐにではないということでしょうか?」
「えぇ。次に何を植えるかは少し考えさせて」
「かしこまりました」
「取り敢えず、この後の作業だけど……」
折角耕したので、そのまま放置するつもりはない。
トムさんが言う通り、すぐにではないけど、耕した畑が荒野に戻る前に別の作物を植えることになると思う。
しかし、何を植えるかも決まっていないので、今は一旦脇に置いておくことにした。
そして、トムさんたちと今後の作業について話をしたのだった。
それから数日後。
トムさんからジャガイモの植え付けが終わったと連絡を受けた。
丁度屋敷を訪れていたクローネが見てみたいと言うので、朝食を食べた後に村へと向かった。
「おー、綺麗にできたやんけ」
「これだけの広さを耕すのは、流石に少し疲れたわ。頑張ったんだから、クローネもちゃんと手伝ってね」
「わかっとる、わかっとる。頼まれたもんを探してくれば、ええんやろ?」
呑気に感心するクローネに、少しだけ愚痴を零す。
いくら魔法で耕せるといっても、この広さの畑を作るのは少々骨が折れた。
見返りとして依頼したことを、きちんと果たしてもらわないと割に合わない。
クローネにお願いしたのは、新しく栽培する植物の種や苗の調達だ。
自力で手に入れようとした場合、検索機能を使って種や苗がある場所を調べて、伝手を通じて入手することになる。
しかし、この方法では種や苗を入手するまでに時間がかかる。
植えてから育つまでも時間がかかるので、なるべくなら時間をかけずに入手したい。
そこで時間短縮のために、クローネにお願いすることにしたのだ。
クローネは転移魔法も使えるし、案外物知りだ。
依頼すれば、大体の物は一日で持ってきてくれるだろう。
どういう方法で入手してくるかはクローネにお任せだ。
光の精霊というのだから、そうそう後ろ暗い手口で入手してくることはないと思う。
「芋はもう植えてあるんやったな?」
「えぇ。この後の面倒は村の人たちが見てくれるから、後は育つのを待つだけね」
「育ったら漸くフライドポテトか。まだまだ時間がかかるな」
「次に植える種芋を残さないといけないから、毎日気兼ねなくフライドポテトを食べられる量が収穫できるようになるのは当分先になるわよ」
望むような未来が来るのは、まだ先になることを知り、クローネはがっくりと肩を落とす。
仕方ないわよね。
今は畑の広さに対して種芋の量が少なくて、耕した半分弱の畑しか使っていないもの。
更に畑を広げるつもりなら、この後一、二回は種芋の収穫を優先した方が良さそうだし。
「こうなんか、パパッと芋が育つ魔法とかないんか?」
「うーん、そうねぇ。なくはないんだけど……」
「あるんか!?」
「あることは、あるのよ。ただ、問題があるのよね」
「なんや、問題って」
「魔法を使って育てた野菜って、美味しくないのよね」
現世にはないけど、前世には植物の成長を促進する魔法があった。
この世界でも使えるかどうか試してみないことにはわからないけど、使えたとしても問題がある。
クローネに言った通り、この魔法を使って育てた野菜は美味しくないのだ。
種芋を育てるだけであれば、この魔法で育ててしまっても問題はないと思う。
しかし、その種芋から採れるジャガイモの味は保証されていなかったはずだ。
どうやったら美味しい野菜を育てられるかなんて、前世でも解明されていなかったことだけど、研究するべきかしら?
魔法で育てた種芋から、普通の美味しいジャガイモが収穫できるようになることを確認するだけでも、メリットはありそうだ。
久しぶりに魔法の開発に手を出すか。
そう考えていたところに、救いの手が差し伸べられたのは、更に一週間後のことだった。