12 領地(5)
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厨房の前に移動すると、丁度厨房から出てこようとしていた料理人と鉢合わせてしまった。
突然目の前に現れた私たちに驚いたらしく、彼は「うわっ!」と大きな声を上げて仰け反った。
「驚かせてしまって、ごめんなさい。料理長はいるかしら?」
「お嬢様!? 少々お待ちください!」
驚かせてしまったことを申し訳なく思いつつも用件を伝えると、料理人は踵を返し、料理長を呼びに行く。
暫くして厨房の奥から現れたのは、縦にも横にも大きいが柔和な表情を浮かべる男性だ。
彼の名はジェフリー。
私が領地にいた頃から、この屋敷の厨房で働いている料理人だ。
私が王都に行ってからは会っていなかったけど、パッと見、変わったようには見えない。
焦げ茶色の髪と瞳と相まって、相変わらず熊のようだなと思う。
もっとも、熊は熊でも、ほのぼのとした感じだ。
初めて会ったとき、前世の世界で多くの人に親しまれていた黄色い熊のキャラクターを思い出したのよね。
「久しぶりね、ジェフリー」
「お久しぶりでございます、ソフィア様。何か御用でしょうか?」
「えぇ。端でいいから、ちょっと厨房を使わせてもらえないかしら?」
「料理をお作りになるのであれば、我々がやりますが……」
「ありがとう。でも、今日は魔法でパパッと終わらせようと思うから、場所だけ貸してくれればいいわ」
厨房は料理長の城だ。
主人の娘であっても、料理長の許可なしに厨房を使うことは気が引けた。
だから、許可を貰おうとしたのだけど、予想通り難色を示された。
貴族令嬢は料理をしないのが一般常識でもあるので、致し方ない。
とはいえ、今日作るのは新しい料理。
横で手順を説明しながら、料理人たちに作ってもらってもいいけど、少し面倒くさい。
なので、魔法を使うことを理由に押し切ることにした。
「魔法を使って、でございますか?」
「えぇ。包丁や鍋を扱うのは貴方たちの方が得意でしょうけど、魔法を使えば私でも何とかなるわ」
「お側で拝見させていただいても、よろしいでしょうか?」
「別に構わないわよ」
「それでしたら」
懐疑的な表情を浮かべつつも、ジェフリーは厨房を使うことを許可してくれた。
側で見たいというのは、私を心配してのことだと思う。
ジェフリーの表情がそう物語っていた。
もし途中で何か問題が発生したら、手助けをしてくれるつもりなのだろう。
「それで、どのような物をお作りになる予定で?」
「野菜の揚げ物を作ろうと思うの」
作る予定の物を簡単に説明すると、ジェフリーは作るのに丁度いい場所へと案内してくれた。
水場にも竈門にも近い場所だ。
端っこでいいって言ったのに……。
でも、効率を考えると非常にありがたい。
ふと周りを見回すと、厨房は昼食の準備中だったようで、私たちが現れる直前まで戦場だった様子が窺える。
もう少し時間を選べば良かった。
あまり邪魔をするのは申し訳ないので、なるべく早く終わらせよう。
快く場所を貸してくれたジェフリーに感謝しつつ、早速料理へと取りかかった。
作業台の前に立つと、マギーがどこかからか取り出したエプロンを着付けてくれる。
すっかり失念していたけど、私はドレス姿だ。
もし汚れても魔法でどうにかすればいいだけなのだけど、マギーはそれを良しとしなかったようだ。
マギーの心遣いに、一言「ありがとう」とだけ伝えると、彼女は満足そうな笑みを返してくれた。
「これは、ジャガイモでございますか?」
「えぇ、そうよ」
「こちらを、お嬢様が召し上がるので?」
「クローネも、だけどね。美味しいのよ?」
マギーから麻袋を受け取り、中からジャガイモを取り出すと、それを見たジェフリーが怪訝な顔で問いかけてきた。
見た目の悪さから平民でも口にしない物を、貴族である私が食べると言うのだ。
納得がいかなそうな表情をされるのも仕方がない。
「鍋に油を入れて熱しておいてくれるかしら?」
「かしこまりました。どれくらいの油を入れればよろしいですか?」
「そうね……。使うのはあの鍋で。油は鍋の半分まで入れてちょうだい」
魔法を使うのならば、下拵えにはあまり時間がかからない。
今のうちに、並行して油を用意してもらおう。
誰とはなしに、油の準備をお願いすれば、ジェフリーが答えてくれた。
けれども、私がこれから作る料理の工程を見逃すつもりはないようで、ジェフリーは他の料理人に再度指示を出した。
別に構わない。
お願いしたことをきちんとしてもらえるのであれば、誰がするかは問題ではないもの。
では、下拵えを始めよう。