10 領地(3)
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「それで? なんで婚約解消になったんや?」
「相手に好きな人ができたからよ」
勝手知ったる仲だからか、クローネは明け透けに婚約解消の理由を尋ねてきた。
こちらも隠すような相手ではないので、簡単に解消に至るまでの経緯を説明する。
けれども、尋ねてきたくせに、聞き終わったクローネは興味のなさそうな返事をするのみだった。
ついでとばかりに、続けて領地へと来た理由も説明すると、そちらには興味があったようだ。
社交界にいる噂好きの雀の話をすれば、風の精霊と変わらないなという感想をくれた。
確かに、そのとおりだ。
「王都にはもう戻らんのか?」
「現時点では、わからないわね。一応、こっちには半年くらい、いようかと思うの」
「なんや、半年か」
前世では、人の噂も一季節経てば消えるという言葉があった。
半年も経てば、一季節過ぎる。
半年で社交界の噂が塗り替えられるか定かではないが、取り敢えず留守にする期間としては妥当なところだろう。
しかし、クローネにとっては短く感じるようだ。
残念そうに言うクローネに対して苦笑いしながら、場合によってはもっと滞在が延びるかもしれないことを伝えた。
「そうか。まぁ、今までは忙しかったんやろうし、暫くはゆっくりしたらええんやないか?」
「そうね……」
ゆっくりか……。
確かに、それもいいだろう。
読書をしたり、刺繍をしたりして、のんびり一日を過ごすのも悪くない。
けれども、王族の婚約者という柵がなくなった今、これまでどおり過ごすのではなく、もっと違った風に過ごしてもいいような気がした。
例えば、普通の貴族の御令嬢はやらないようなことをしてみるとか。
「どうした?」
「何が?」
「なんか、面白いこと考えとるやろ?」
ニヤニヤと笑いながらのクローネの指摘に、思わず頬に手を当てる。
特に面白いことを考えていたわけではないが、そんな表情を浮かべていたのだろうか?
淑女教育の賜物で、感情を表に出すことはほとんどなくなっていたはずだけど。
領地に来て、気が緩んだのかしら?
「特に面白いことを考えていたわけではないのよ。ただ、今までと同じように過ごす必要はないのかなと思って……」
「ほぉ? じゃあ、どんなことをするんや?」
どんな?
そう言われても、すぐには思い浮かばない。
顎に指を当てて考え込んでいると、居間のドアがノックされた。
答えを返すと、マギーがティーセットを載せたワゴンを押しながら入ってきた。
いつもどおりの優雅な仕草で、マギーが紅茶を淹れてくれる。
紅茶が注がれたティーカップがクローネと私の前に置かれたのを見計って、カップを持ち上げた。
カップを口元に寄せると、フワリといい香りが鼻先を掠める。
「紅茶も悪くないが、酒の方がもっとええな」
「相変わらずね」
先に口を付けたクローネの言葉に、苦笑いが浮かぶ。
精霊が総じてそうなのかは知らないが、クローネはお酒が好きだ。
紅茶よりもワイン、ワインよりもエールを好む。
そういえば、ここに来るたびにエールを飲んでいるという報告もあったような気がする。
私はというと、前世ではかなり好きだったのだが、今はあまり好きではない。
この世界のお酒は未だ発展途上で、私が好きだったお酒はこの世界に存在していないというのが理由だ。
考えてみると、お酒だけでなく料理も然り。
かつての生で美食の都に住んでいたこともある私には、この世界で食べられる料理は味も種類も物足りない。
今までは王族の婚約者ということもあり、貴族の御令嬢の枠からはみ出ないように気を付けていたので、前世の知識を利用するのには消極的だった。
けれども、婚約はなくなった。
もっと積極的になってもいいのかもしれない。
なら、前世の記憶にある料理を再現してみようか?
「新しい料理でも開発しようかしら?」
「何がや?」
「領地にいる間にやることよ」
「ええんやないか。どうせ作るなら、酒の肴にしてくれ」
「いいわよ」
笑いながら快諾すると、クローネもニヤリと笑みを浮かべた。
さて、まずは何を作ろうか?
すぐに手に入る食材から作れそうな物はあっただろうか?
そんなことを考えながら、条件に一致する料理を前世の記憶から思い浮かべた。