01 私のこと
私の名前は、ソフィア・アシュリー。
ラクサローム王国、アシュリー侯爵家の一人娘。
前世の記憶がある、十七歳の女の子だ。
前世を思い出したのは五歳くらいのころ。
病気で高熱を出したことが、きっかけとなった。
この前世、思い出したのは一つだけではない。
遥か昔のこの世界で生きた記憶もあれば、別の世界で生きた記憶もあった。
ただ、いくつもの前世を一度に思い出した弊害か、記憶は飛び飛びで、覚えていないことも多い。
前世で生きた世界は、科学が発達した世界もあれば、魔法が発達した世界もあった。
それらで言うと、現世は魔法が発達している世界である。
剣と魔法の世界と言えばいいのだろうか?
そんな感じだ。
その現世の特徴の一つに、【称号】というものがある。
宗教関係者曰く、神より与えられるものだそうだ。
神様は平等ではないらしい。
この【称号】、誰にでも与えられるものではなく、持っている人は少ない。
そんな貴重な【称号】だが、ありがたいことに現世の私は持っている。
しかも、与えられたのは【賢者】という、【称号】の中でも珍しいものだ。
どれくらい珍しいかというと、世界でただ一人、私しか持っていないと言えば、おわかりいただけるだろうか?
【賢者】という称号は珍しいというだけではない。
その【称号】に付随する特典も、他の【称号】より豪華だ。
【称号】には、その種類に応じた特典がある。
例えば、【大魔道師】の称号を持つ者は攻撃魔法に関して、【大神官】の称号を持つ者は回復魔法や支援魔法に関して、能力が底上げされるという特典がある。
持っていない人と比べて、使う魔法の威力が高かったり、難しい魔法を簡単に扱えたりといった感じだ。
【賢者】の称号の場合は、全ての魔法に関する能力が底上げされる。
また、底上げされる高さも、他の【称号】よりも高い。
そして、一般的な【称号】であれば、特典は一つだけなのだけど、何故か【賢者】にはもう一つ特典がある。
その特典とは、検索機能だ。
検索したい事柄を思い浮かべると、目の前に私だけが見ることができる半透明のウィンドウが現れ、そこに検索結果が表示される。
この特典、使いようによっては非常に危険なものだと思う。
脳内に数多いる前世の私たちが満場一致で公開するのは止めておけと止めたくらいだ。
なので、検索機能については誰にも話していない。
まぁ、検索機能を抜いても、【賢者】の特典は垂涎ものらしい。
【賢者】よりも持つ人が多い【大魔道師】や【大神官】といった【称号】持ちですら、国が囲おうと躍起になるのだ。
私の【称号】が発覚した後のことは、言うに及ばないだろう。
【称号】の有無や種類は、神殿に置いてある、神から与えられたという魔道具で調べることができる。
神殿というのは、この世界で一番大きな宗教組織の通称だ。
私がいる国――ラクサローム王国では、十歳になったときに神殿で洗礼を受ける。
その際に、【称号】も調べられるのだ。
私の【称号】が明らかになったときは、今でも語り草となるくらい大騒ぎとなった。
何と言っても、【賢者】という【称号】は、神殿の奥深くに保管されている、【称号】について書かれた本の中にしか存在しなかった代物だ。
その場に立ち会った神官たちも、驚きやら何やらで、色々な表情をしていた。
そして、貴重な【称号】持ちが高位貴族の家に生まれたのだ。
この国の王家が黙って見過ごすわけがない。
洗礼の翌日には、我が家に王子の一人との婚約の打診が来た。
両親は揃って難色を示したが、貴族である以上、王家からの要請を断ることは難しい。
結局、私は王子と婚約を結ぶことになった。
私の婚約者となったのは、第二王子のヘンリー・ラクサローム殿下。
金色の髪に、青い瞳、幼いころから整った顔は、今も健在だ。
初めて会ったときは同じくらいだった身長も、成長と共に伸びて、今では見上げるほどの高さになった。
体型も程よく筋肉が付いた引き締まったもので、とても良い。
どこからどう見ても紛うことなき王子様で、この世界ではイケメンの部類に入るのは間違いない。
地位も高く、外見も良い、立派な王子様と婚約ができるなんて、普通の貴族の御令嬢なら大喜びするところだ。
しかし、両親と同じように、私も喜べなかった。
思い出してしまった前世の記憶が影響して、私の価値観は世間一般的なものから大きくずれてしまっていたからだ。
そのせいで、王族と結婚だなんて色々面倒そうだという意識の方が先に立ってしまった。
それでも、ヘンリー様との初めての顔合わせは終始和やかに済ませることができたと思う。
どうせ結婚しなければいけないのなら、できるだけ良好な関係でいたい。
そう思ったので、顔合わせの際には前世で培った営業スマイルを駆使したのだ。
もちろん、顔合わせ以降も関係を維持できるよう努力した。
王族に嫁ぐにあたって必要な勉強も頑張ったし、ヘンリー様ともこまめに連絡を取ったり、会ったりするよう心掛けた。
その甲斐あって、ヘンリー様との関係も最初は良かった。
けれども、成長するにつれて、ヘンリー様は徐々に私を厭うようになった。
どうしてそうなったのかは、よくわからない。
検索機能を使って調べれば、理由がわかったかもしれない。
でも、それはしてはいけないことだと思った。
倫理的に問題があるというのが一つ。
それから、一度そういうことをしてしまえば、際限がなくなりそうで怖かったからというのがもう一つの理由だ。
そうやって、尻込みしていたのがいけなかったのか。
気付けば、避けられるようになっていた。
このときにはもう遅くて、何とか関係を改善しようと努力したけど、改善できなかった。
会う約束をしようとしても、予定があると断られ、取り付く島もなし。
お手上げだった。
流石に王宮に突撃をすることはできなかったしね。
途方に暮れていたところで、ある噂が耳に入った。
ヘンリー様がある男爵令嬢と非常に懇意にしているという噂だった。
最初は朧気だった内容も、時が経つにつれ詳細なものへと変わっていった。
それも、良くない方向に。
この国の一般的な御令嬢であれば、婚約者の心変わりを嘆いたり、恥をかかされたと憤ったり、はたまた相手の女性に嫉妬したりしたのかもしれない。
しかし、私はそういう気持ちを抱かなかった。
ヘンリー様とは少なくない年月を共に過ごしたが、いつか家族になる者としての情は育めても、恋情を育むには至らなかったからだ。
だからこそ、耳に入ってくる噂に取り乱すこともなかった。
ただ、噂通りの光景を目にしたとき、冷めたというか、それなりにあったはずのヘンリー様への情というか、関心がスンと消え去っただけだった。
後に残ったのは、面倒だなという思いだけだ。
それからは、ヘンリー様と交流を持とうとすることを止めた。
お互いに干渉しなくなって、どれくらい経っただろうか?
ある日、ヘンリー様から王宮に来て欲しいとお呼びがかかった。