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鉄血勇者の忘却録  作者: 鹿嶋臣治
序章 辺境農夫と光の聖印
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第四話 日常の違和感

 狩場に遅れて到着したクレスは、文句を垂れる父に謝罪を述べながら合流する。

 一口残していた羊肉の塩漬けを渡すと、彼はご機嫌で咀嚼しながら鼻歌を歌っていた。

 子供かとクレスは内心で苦笑を漏らすと、内心を見透かした様にグスタフがクレスも同じ様なところがある事を指摘する。

 お互いに喧嘩腰に何口か言葉を交わし、しかし無駄だと肩をすくめて各々準備に入る。もっとも準備をするのは遅れてきたクレスだけだ。

 弓の弦の調子を調べ張り直す傍らで、グスタフが矢尻や羽の調子を見てゆく。


「問題ないな。勝負するか?」

「狩りすぎると他の領民の迷惑になるから……」

「随分と大きく出ますなぁ、クレス殿は」

 

 狩すぎると、と茶化す父親にクレスはじっとりとした視線を向けた。

 

「そう言って以前、持ち帰れない量の獲物を獲った挙句に、猟友会からありがたーいお言葉をもらいましたよね」

「二人でっての忘れてるぞ。確かに俺も悪かったが、熱くなったお前も悪い」


 去年辺りの話だが、売り言葉に買い言葉の応酬の結果、グスタフとクレスは狩猟勝負をすることになった。

 どちらが立派な獲物を狩ってこれるか、と言う単純なものだが、白黒はっきりさせるには丁度良い。

 足にハンデを抱えつつも経験豊富なグスタフと、持ち前のセンスと機動力と体力を持つクレス。

 結果はお互いに引き分けとなったが、その結果は相当なもので、持って帰るには多すぎる獲物の量。

 

 放置しても野犬や狼が血の匂いを嗅ぎつけて厄介だ、と言う事で、村の狩猟が余り得意でない家庭を持つ青年達に、無償で分け与えることとなった。

 手放しで喜んだ青年達だが、人の口に戸は立てられない。乱獲とも言える狩猟結果のお陰で、後ほど領地の猟友会から二人揃って呼び出しをくらい、生態系がどうとか分布環境がどうとかのありがたいお小言をネチネチと聞かされたと言う訳だ。

 クレスとしても、できればそんな失態は二度も犯したくはない。


「競争も面白いけど、手堅くが良いかな。鹿一頭にして残りの小物は売る」

「了解。手堅くて良いと思うぜ、出来た小遣いで土産でも買うか」

「うん、そうしよう」

 

 互いに弓を手に持ち、腰のベルトから矢の入ったケースを下げて立ち上がる。

 道具類を入れた皮鞄をクレスが背負う。


「そういえばお前、左手どうしたんだ?」

「これ? うーんなんか、起きた時に床で引っ掛けたみたいで……傷が出来てた」

「そうか……悪いことしたな」


 バツが悪そうに頭をかくグスタフに、クレスは肩をすくめた。


「別に、擦り傷だから大したことないよ。狩りの結果でよろしく」

「生意気な」


 グスタフとクレスはお互いに小突きあいながら森の中へ歩いて行く。 




◆□◆□◆□





 勘が良い、とクレスは弓を引き絞りながら思う。

 片膝立ちの姿勢のまま深く息を吸い、吐き出すことなく止める。

 膝を立てている側の足裏で、上体を揺らさない程度の動きで小さくリズムをとる。

 一度、二度、三度と地面を叩き、微かな揺れと共に草陰から鹿が顔を出したところで指を離す。

 弓に振動が生まれ口笛の様な風切り音と共に矢が奔る。 

 こめかみに矢が吸い込まれる様に刺さり、小さな悲鳴と共に雌鹿が絶命した。

 四肢を崩れる様に折って地面に倒れる獲物の姿を見ながら、クレスは止めていた息をゆっくりと吐き出す。

 

「お前……なんか変じゃないか、今日?」

「なんか凄く冴えてる」


 怪訝そうに声をかけてくるグスタフに弓を下ろしながらクレスは同意する。

 非常に冴えているのだ。

 確かに、とグスタフは倒れた獲物へ近づきながら、


「お前はセンスの塊みたいなところはあったが……今日は異常だな」

「一発も外してないしね」

 

 グスタフは雌鹿のこめかみから矢を引き抜く。

 羽は弦と擦れてやや毛羽立っているが、矢尻が欠けたり変な力が加わって芯が曲がっていることもない。

 気持ち悪い、とグスタフは矢尻についた血を払いながら、それをクレスに渡す。


「今のままなら、まだ何度か使えるだろ」

「家計大助かりだ……」

「道具屋のタガロには嫌味言われるだろうよ」

 

 唖然とするクレスにグスタフは鼻を鳴らした。

 

「しっかしまぁ……これ以上狩ってもなぁ」

「畑にでも行く?」

「魅力的な提案だが、今日は狩りと決めている。中途半端に畑に手を加えるなら、いっそ休んだ方が体の為だ」

 

 グスタフは絶命した雌鹿を担ぎ上げる。

 穿たれた穴から流れる血で服を汚さない様に気をつけながら歩き出す。


「適当に開けた場所で、戦利品の手入れでもしますかね」

「少し歩けば小川があるみたいだから、そこで昼にしない?」

「おぉー良いな……」


 歩き出した父親の背中を呼び止め、今いる位置から西側を指差す。

 グスタフは頷くとクレスの先導のもと目的地に歩き出す。


「あるみたいってお前……誰から聞いたんだよ。ここ来たことないだろ」

「え? いや、それっぽい空気出てるよ」

「出てたまるかよ。まぁ……別に良いが」


 茂みをかき分けて幾分か進むと、確かに小川がある。

 丁度腰を落ち着けられる広さも獲物を解体する場所も確保できそうだ。

 不思議なものだな、とグスタフは小さく言うと、雌鹿を下て血抜きを始める。


「お前も、そっち側の袋で出来そうなのは頼む」

「わかった」


 鼻歌混じりに鹿の解体を始めたグスタフを尻目に、クレスも袋から獲物を引きずり出す。

 兎が数羽と大きめの鴨が二羽。

 獣独特の匂いに顔をしかめてから、小さく祈りを捧げて首を落としてゆく。

 

「一匹、昼がわりに食べるでしょ?」

「一匹と言わずに二匹といけ。今日の調子ならすぐに集まるだろ」

 

 レクスは血抜きもそこそこに二匹の兎の皮を剥ぎ、臓物を取り除く。

 皮についた血を何度か布で拭うと、汚れがつかない様に布を敷き、残った血があり程度乾くまで放置。 

 取り除いた内臓は穴を掘り、落とした頭と一緒に軽く埋める。

 

 辺りをうろつけば火を起こす燃料はすぐに見つかる。

 枯れ枝と乾いた木の皮、長く燃やすための太めの枝を集め、ベースキャンプ代わりの場所に戻ると父が鴨の羽を毟っていた。


「火、頼むわ」

「香辛料って何か持ってきた?」

「臭み取りと塩」

「うん……まぁ、別に良いけどさ」


 もっとも素材の味を活かす組み合わせだが、面白みにかける。

 無難だがもう少し何か欲しいな、と思ったところで薬草の類も見当たらないので、クレスは我慢することにした。

 バラした兎に臭みとりと塩をまぶし、鉄串に刺して火で炙る。

 獲物の解体を一通り終えた父を焚き木に迎え入れ、焼き上がりを待つ。


「で、一体どうした? アルメノギーニ様の加護でも貰ったか?」

「まさか。もしそうなら、弓矢じゃなくて音楽の方が嬉しいかな」

「違いない。弓矢よりは金になるかもな」

 

 苦笑を返すクレスにグスタフは鼻を鳴らした。

 父と息子で乾いた笑いを響かせたあと、グスタフは皮水筒から水を一口、喉を潤す。

 それをクレスへと投げて渡しながら、

 

「若いうちは急な伸び代があるが……今日のお前はそうじゃない。狩りもどれくらい前だ……?」

「前に行ったのが三回前の安息日」

「そうだ。結構時間が経ってるし、その間、弓の練習をしていた訳じゃない」

「うん……自分でも驚いてる」


 クレスは水筒の蓋を締めながら、弓を引いた右手を見つめる。

 いつもと代わり映えしな、農耕作業のせいで出来た豆が多い手だ。

 働く男の手は素敵ね、とネリがよく褒めてくれるのを思い出し、咳払いをする。


「父さん……」

「ん?」

「声が……聞こえたことってある?」

「声だぁ?」

「そう、声。森に入ってからさ、囁き? みたいなのがたまに聞こえる。あっちだよ、とか、今だよ、とかさ」

「お前……本当に大丈夫か? 頭打ってないか?」

「まだ今朝の話引きずるの?」


 そうじゃない、とグスタフは苦虫を噛み潰した様な表情をして、しかし、溜め息をついた。

 

「俺も魔術関係は明るくないからな……自然の声を聞くのは精霊術とかそう言う類だろ。『ギリアの静閑』に住む長寿族に使い手が多いらしいけどな。確かにお前の両親は流れ者だったが、長寿族じゃなくて普通の人間だったぞ」

「突然、精霊術に目覚められても困るよ」

「別に声が聞こえたからって、それが精霊術とは限らないだろ。死霊術だって声は聞こえるって話だしな」

「もっと嫌じゃん……」


 違いない、とグスタフは笑った。

 

「加護だろうが呪詛だろうが、良くして貰ってるうちは大切にしとけ、恵を与えてくれるなら尚更だ。ことが悪くなったら……まぁ、その時考えろ」

「もうちょっと言い方ってものがあるんじゃない?」

「あのなぁ……分からんものは分からん。神様も気紛れだから、人間に加護やら祝福やら恩寵やらを与える訳だ。もがけ苦しめ考えろってな」

「理不尽だなぁ」

 

 グスタフの身も蓋もないセリフにげんなりとしながら、クレスは串の肉の動かして焼き目の加減を見やる。

 少し焦げ付いた部分が多いので、偉大な父に渡そう、と息子は心の中で決める。


「だから神様なんだよ。あと、そうやって理不尽とか無茶に振り回されてた方が、人間、土壇場で超強くなるから安心しろ。騎士時代、口説いてた女達が行きつけの店に集結した時は本当に焦ったなぁ——切り抜けたが」

「参考程度にどう切り抜けたか聞いても良いかな馬鹿親父?」

「教えるかよ馬鹿息子。ただ手掛かりはやろう、その時もっとも印象に残った女の言葉だ——《鉄の猟犬》はお座りも上手なのね。あとは自分で考えろ」

「土下座かよ見上げた騎士道だな」

「ちなみにそれ言ったのは母ちゃんだからな」


 言いそうだ、とクレスは焼けた兎をグスタフへ渡す。

 やや焦げ目が多いが気にする性格でもないだろう。

 案の定、良く焼けてんな、と笑って大口でかぶりつく。

 

「良く一緒になったね、母さん」

「毎回、傷だらけなのが放って置けなかったんだと」

「情? まさか情に訴えたの?」

「ちげーよ。練兵時代からファンナに惚れ込んでてな……練兵時代も、兵士時代も、騎士時代もそこで飯食って、どんだけ怪我しても遠征から帝都に帰る度に、必ず母ちゃんのとこで飯食ってたんだよ」 

「情に殴り込みじゃねーか」


 野盗の襲撃と大差ない、と言うとグフタスは笑った。


「ローガンの奴にもそう言われたから、怪我治るまで騎士宿舎で過ごしてたらファンナの方が訪ねてきてなぁ」

「意外。面倒見いいけど、父さんみたいなタイプって片手であしらいそうだから」

「俺も当時はそう思ってた。で、のこのこ顔出したらいきなりぶん殴られた」

「意外でもない」

「そうかよ。まぁ、そのあとすぐに泣き出しちまって……理由を聞いたら物凄い心配してたとか、なんとか」

「大方、怪我してでも尻尾振って飯食いに来る『犬』が来なかったからだろ」

「ご明察。ちなみに殴られた理由はローガンの悪ふざけが原因だ」

「なんでさ?」

「ファンナが宿舎に来る前に、ローガンが一人で飯を食いに言ってたらしい。遠征後は連れ立って飯を食いに行く暗黙の了解があってな……もっとも、ローガンが負傷して動けない時は俺一人だったが」


 怪我する体を引きずってでもファンナのいる店に向かう父親の姿は容易に想像がついた。

 

「騎士の遠征って大方、帝都の民衆に知られるもんでな。遠征が終わっても俺は顔は出さないし、来たのはローガン一人だし……仕舞いにはあの野郎、『グスタフも来たがってたんだがな……』なんてファンナに抜かしやがる」

「なるほどね……もうこれ以上はいいや、想像つくから」

「ローガンの誤算は一つ。ファンナが想像以上に俺に惚れてたこと。仕事ほっぽり出して、俺の兵舎まで走ってきたって訳だな」

「ご馳走様。お熱いことで」

「なんだ兎いらんのか。勿体無い」

「そういう意味じゃない!」


 クレスの目の前の兎肉を攫って行こうと、遠慮もなしに伸びてきたグスタフの手を叩き落とす。

 文句を言う父親に取られる前にクレスは兎肉を頬張る。


「狩りにまで来て惚気話をありがとう」

「どういたしまして。あれだ……土下座かまして許しを乞ったこともあったが、惚れた女と一緒に過ごすのは悪くない」

「締め方が最悪すぎて全く良い話に聞こえない」

「まぁ、あれだ。神様は理不尽とか、俺とファンナが未だに仲良いのは別になんだって良いんだよ」


 ただな、とグスタフは肩をすくめた。


「ネリとは仲良くしとけ。良い女だぞ……俺の女の娘だからな」

「そこ、俺の娘って言わないんだ」

「あたり前だろ。俺はタネ仕込んだだけで、産んで育てたのはファンナだぞ」


 俺も手伝ったが、と言う父へクレスは苦笑しかできない。


「だからそう、息子に言うのも変な話だが——」

「——クレスが良いならネリを嫁に貰えって話? 母さんから聞いた」

「なんだ。聞いてたのか」

「今朝だけど。似たもの夫婦って初めて感じた」

「ありがとよ。まぁ父親の目からしても、ネリが変な男のもとに嫁入りするくらいなら、お前が貰ってくれ」

「時期が早い。成人してすぐに結婚なんて、考えられないよ」

「騎士ならまだしも、農夫だろ。だったらちゃっちゃと子供仕込んで、デカい畑もらえよ」


 夫婦揃って同じことを、と眉を寄せると、グスタフは大声をあげて笑った。

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