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鉄血勇者の忘却録  作者: 鹿嶋臣治
第一章 森閑の賢者と汚穢の主
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第十九話 長寿族(エルフ)の少女

 自由市場まで後少しと言うところで、クレスは小さく溜め息をついた。

 つけられているか、と雑踏を歩きながら肩越しに振り返る。

 市場を行き交う人の賑わいとは別にクレスの耳に入ってくる騒がしさ。

 ひっきりなしと言う頻度ではないが、先ほどから何かと姿の見えない隣人達が囁きかけてくるのだ。

 危険を訴えている様なものではないのだが、見られている、後を追ってきている、とずっとクレスに教えている。

 誰かの恨みを買った覚えはないぞ、とクレスはこちらの腕に両手を回すレベッカに視線を向けた。

 服の裾を掴んで人混みに踏み入ったものの、瞬く間に人に揉まれ流され逸れそうになった彼女は大人しくクレスの腕に自身の腕を絡めていた。もっとも絡めると言うほど色っぽいものではなく、半分しがみ付いている様な感じだ。 

 もし人に狙われるのであればこの子だよな、とクレスは市場を楽しそうに歩く同級生を見て思う。立場的にも身分的にも理由としては十分だ。


「レベッカ」

「クレス? 何——」

 

 名を呼んで耳元に顔を近づけると、彼女は小さく声を上げて身を固めた。

 突然腕を離して足を止めたのでクレスが慌てて腰を抱いて引き寄せ、無理やりに歩かせる。

 ん、と小さく身を震わせてレベッカが抗議の声をあげた。


「い、いきなり何をする。突然腰に手を回されると、びっくりする。せめて確認をとれ」

「確認とったら良いのか」

「それは……き、君だから許そう。もちろん、友人として信頼しているからだぞ!」

「わかったからそのまま歩いてくれ」


 顔を赤くしてムッとした表情浮かべるレベッカを歩かせながら、クレスは続ける。 

 

「なんか、見られて追われてる感じがするんだ」

「追われてる? またいつもの()と言うやつか?」

「恐らく……誰かまでは分からないんだけど」


 レベッカと共に雑踏を振り返る。

 右も左も辺り一面、見渡す限り人の顔だ。年齢や性別、人種や種族、肌の色の違い等はあれど注意深く観察したところで、こちらを追っているのが誰かなど検討もつかない。

 わらの山から針を探すものか、とクレスは眉をひそめる。

 

「用心に越したことはないな。どうする?」


 レベッカの言葉にクレスは頷く。

 人波に注意を向けてクレスが警戒したことが伝わったのか、精霊達の囁きが多くなる。

 近い、小さい、懐かしいの、似てる、等の情報が次々ともたらされるが姿を特定する有力なものにはならない。

 

「いったん路地に入ってそれらしい人を炙り出そうと思う」

「危険じゃないのか?」

「敵意? は感じられない。なんだろ、探してるっ感じかな」

「よく分からないが……君が大丈夫だと言うなら、大丈夫なんだろう。クレスの勘はよく当たるからな」

「信じてもらえて光栄だよ」


 苦笑を浮かべるレベッカにクレスは頷きを見せた。

 近づいてる、もうすぐ、見てる、と精霊達が騒ぎ出す。

 

「あの白い建物見えるか? 黄色い布がぶら下がってるやつ」

「あぁ」

「あそこを左に曲がってすぐ、細い路地に飛び込む。多分、釣られると思う。何もなかったらそれで良い」

「了解した」


 やや足早に人波を進む。

 精霊達の声がだんだんと大きくなり、追ってきてる、と口々に騒ぎ立てる。

 こちらの緊張がレベッカに伝わったのか、彼女はこちらが腰に回した腕に手を重ねた。


「どうしたのレベッカ?」

「いや、少々緊張してな」

 

 疑問の声にレベッカは苦笑気味に口を開く。

 鉄剣が無骨な音を立てて揺れた。

 もしかしたら使う様なことになるのか、と小さく喉を鳴らして目的の建物を曲がる。


「あの赤い飾り布の露店を左! 人間二人分くらいの路地があるから」

「わかった」


 レベッカの背中を押して先に路地へと先に入らせる。

 人波を一瞬振り返ると、不自然に足を早めたフードを目深に被った深緑色のローブ姿が視界の端に映る。

 あいつか、とクレスが色を覚えて路地に飛び込むと、レベッカが積み上げら得た木箱の影から顔を出していた。


「こっちだ!」

「助かる」


 手を引かれて木箱の影へ身を隠す。


「ちょっと狭くて……悪いな」

「別に気にしなくていい。緊急事態だ」


 建物の壁へとレベッカを押し付ける様な体勢にクレスが謝罪を述べると、彼女は胸の中で小さくなりながら首を横にふった。

 やけに雑踏の音が遠く響き互いの呼吸だけが耳に残る。剣の柄に手を添えていつでも抜ける様に身構えると、胸の中のレベッカが微かに緊張を露わにする。 

 空いている手で肩を摩ってやると、彼女は少しだけ緊張を和らげて息を殺す。

 こちらを見失ったか、とクレスが眉をひそめた時、路地に軽い小さな足音が生まれた。

 息を飲んだレベッカを背中側に隠し、いつでも木箱の影から飛び出せる様に構える。

 精霊達が静かにクレスへと囁き、こちらを追っている人物が路地の入り口すぐに立っていることを知らせてくる。


「あのー隠れているなら出てきてもらっても良いですか? 大切なものなので、返して貰えると大変ありがたいんです」


 恐る恐ると言う調子で話しかけてくるのは、随分とはっきりした可愛らしい女の声。

 布擦れの音と共にゆっくりと慎重に歩みを進める調子が伝わってくる。 

 言葉の真意を探る様にクレスとレベッカは顔を見合わせ、しかし無言で次の言葉を待つ。


「あの……危害は加えないです。精霊達もあなた達に敵意はないって言ってますし……」

 

 その、と女声は躊躇いがちに言葉を続ける。


「木箱の裏側にいるのも()()()()()()()。あの、私、魔術も使えるので……」


 出てこないとズドンだぞ、と女声が言外に告げる。

 とんでもないやつだな、とクレスは内心で吐息した。

 精霊達は問題ないと騒いでいる。


「わかった。敵意がないことを信用しよう。怪我だけはごめんだ」


 クレスが両手をあげて木箱から姿を表すと、フードを目深に被り背丈ほどの杖を手に持った深緑色のローブ姿が立っていた。

 こちらの姿を確認してローブ姿は緊張の雰囲気を滲ませるが、次いでレベッカも同じ様にゆっくりと木箱の影から姿を見せると、ローブ姿は明らかに申し訳なさそうな様子で口を開いた。


「あ……ごめんなさい。お邪魔でしたね」

「構わない。俺たちに何か用だったか? できればフードは外してもらいたい」


 躊躇う様な沈黙の後、しかし深緑色のローブはゆっくりとフードを取った。

 薄暗い路地に銀色の光が溢れる。

 星屑を閉じ込めた様な輝きの長い銀色の髪、子猫の様なあどけなさと愛らしさを持つ顔立ちに、大粒のエメラルドの様な輝く碧い瞳。柔らかそうな白磁の様な肌は滑らかで傷ひとつない。小柄な背丈も相まって随分と幼い雰囲気を持っている少女だが、クレスとレベッカは彼女の耳を見て小さく吐息した。

 耳飾りが付けられた両耳は、随分と長く尖った形をしている。


長寿族(エルフ)……」


 レベッカが感嘆の声を漏らすと、深緑色のローブの少女の耳が垂れる。

 珍しいな、とクレスが小さく呟くと、少女は苦笑を浮かべた。


「滅多に北の森林地帯から出てきませんからね、私たちは」


 人目を気にしてか、少女は雑踏をちらりと一瞥してから路地に入ってくるとなるべく耳が隠れる様に髪を整える。


「すいません突然追いかけてしまって……許していただけると嬉しいです」


 申し訳なさそうに告げる彼女の声に覇気はない。

 そのまま萎んで消えて無くなってしまうのではないだろうかと思えるほどで、力なく項垂れる長寿族の少女の姿を見てクレスとレベッカは顔を見合わせる。

 三人共声を発することなく路上に沈黙が降り立つ。やがてクレスは小さく溜め息をつくと、長寿族の少女の肩を叩いて優しく声をかけてやる。


「驚いただけだから大丈夫。それで、何があったんだ?」

「口ぶりからすると何かを探している様子だったけれど……私たちでは力になれないか?」

 

 二人の声に顔をあげた少女は力ない笑みを浮かべた。


「お話だけ聞いていただいてもよろしいですか?」

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