第十四話 夜明けまでの残り
唐突に意識が覚醒する。
薄暗い家でぼんやりと天井を見上げていた。
頭も頰も呻き声をあげることが困難なほど痛い。
割れた粗末なテーブルを見て、そういえばグスタフに殴り倒されたんだったな、と思い至る。
——みんな仲良くは大変だ。
言葉を思い起こし、長く、長く溜め息を吐く。
全部取りこぼさないように、全部守るのは難しい。
自分が欲しいもの全部を得ることはできないから、選ばなければならない。
記憶の中のグスタフはそう言っていた。
幼いあの頃に理解はできなかったが、選択を迫られている今なら理解る。
そしていつかの彼の理想はかつての己自身の言葉と全く一緒で、そしてグスタフは選択した。
限界を知り、天秤を迫られ、どうしても守りたいものだけを選択した。
——僕はどうだ? 何を選択する?
グスタフの言葉を思いだし、歯を食いしばり、しかし、ゆっくりと体を起こす。
言葉を投げかけられ口籠っていたとは思えないくらいに、答えはしっかりと心の中に浮かんでいた。
恐る恐る頰と顎に触れる。口を開けば顎が外れそうになる激痛で、口内には不味い鉄の味がこれでもかと広がる。
息子にする仕打ちか、と内心で文句を垂れるが、それも束の間で痛みは徐々に引いていき、疼痛と共に口内の傷が塞がっていくのが分かる。
疼きは左手の甲にも同様に生まれており、視線を落とせば『聖印』がぼんやりと光っていた。
——恩寵か。
枢機卿の言葉を思い出し、背筋が薄寒くなる。
魔術も祈祷も薬も無しに負わされた怪我が、一息の間に治っていくなど人の理から外れた所業だ。
痛みが引いていく体に得体の知れない恐怖を感じ苦笑を漏らすと、クレスはゆっくりと立ち上がる。
体に残った気怠さは、恐らく傷が癒えた名残だろうと理解する。
扉の外から少し離れた箇所からは、グスタフの苛立った声とネリの責め立てる声が響く。
ファンナが彼女のことを宥め賺しているが、どうにもネリの怒りは収まらない様子だ。
ローガンとディルニスが咎める様な言葉をグスタフに向けているが、彼は謝罪の言葉を述べるも、反省した様子は見られない。
それでいい、とクレスは父の言葉を聞きながら思う。
小さな吐息を一つ、痛みは引いたが気怠い体を引き摺るようにクレスは一歩進み、ドアを開けて家の外へ出る。
父も母も、そして騎士達もギョッとした顔でこちらを見遣り、ネリが駆け寄ろうと一歩踏み出したが、グスタフが片手でそれを制した。
こちらの頭の先から爪先までを値踏みする様に見遣り、グスタフは肩をすくめる。
「なんだ、起きたのか? 縛って連れていく手間が省けて助かった」
「僕も思う。ついでに領地から出ていく手間も省くよ」
グスタフとクレスが睨み合う。
クレスの古井戸の底の様な色の瞳と、グスタフの濃い鳶色の右の瞳がぶつかり合う。
相対した時は恐ろしいと感じた隻眼も今は不思議と恐ろしくはない。
「お前……あれだけ無様を晒してまだやるのか?」
「あれを無様だとは、僕は思わないよ」
グスタフの瞳が僅かに細められるが、クレスは構うことなく続けた。
「グスタフは選んだかも知れない。でも、僕は選ばない。アンタが小さい頃に教えてくれたこと、今さっき問い掛けてくれたことへの答えだよ」
「何寝ぼけたこと言ってやがる。天秤の話か?」
そうだ、とクレスは頷く。
「小さい頃に話してくれたよね、ぶん殴られて思い出した。全部欲しいって言った僕に、アンタは多分、姿を重ねたんだ。ちっこい僕に、いつかのアンタの姿を。だから嬉しそうに言ったんだろ——みんな仲良くは難しいが、本気なら後押ししてやるって」
「殴り合いで叶わないと実感したから、今度は思い出話で懐柔か? 随分と、帝国の勇者に憧れのご様子だ」
苛立たしげ、小馬鹿にした様な物言いのグスタフに、クレスは静かに言葉を続ける。
「勇者に興味はないし、どうだっていい。僕は家族を守りたいだけだ。息子一人のために、罪人の汚名を被って生きようとする家族を守りたいだけだよ」
「だからその話は終わっただろうがよ。お前みたいな腰抜けが戦場に出たところで、たかが知れてる。野垂れ死にして命を無駄にするなら、一生逃げて泥を啜って生きろ。その方がまだ未来に可能性があるだろうよ」
「でもそれじゃダメなんだ。グスタフ達が僕を守ってくれる様に、僕だってグスタフ達を守りたい。アンタ達が僕を野垂れ死にさせない様に、僕だってアンタ達を罪人にしたくない」
だから、とクレスは静かに告げた。
「ディルニスさんやローガンさんと共に帝都へ行って、勇者になる」
「だから無理だって言ってるだろうが。いいか? 自分の力を怖がって拳一個もまともに振るうことのできない臆病者が、どうやって生き残るんだって聞いてるんだよ」
「……必要だったら、ここでアンタの腕をへし折って、足を潰してでも頷かせる」
唸る様に呟くクレスに、グスタフは目を細める。
「僕はもう躊躇わないし迷わない。グスタフは言ったよな、大事なものを天秤にかけて選択を迫られるって。今まさにそうだと思ったよ。殴られて問い掛けられて、答えを出した。アンタはどちらか一つを選択したけど、僕は違う。全部持っていく。かつてアンタが掲げた理想、夢見た現実、取り零した未来を全部持っていく」
左手に淡く光る『聖印』を一瞥する。
「理想論だって、できやしないって鼻で笑えばいい。いつかのアンタが掲げた理想の様に、惚れた女も愛した家族も僕は全部守りたい……そのために勇者になる」
クレスは左手の甲をグスタフへ見せつけた。
「枢機卿は言った。膨大な神々の恩寵が宿る証だと……だったら利用してやる。神々や帝国が僕の——俺の事を魔王を討ち払うために道具として使うんだったら、俺も大いに利用してやる。帝国も、騎士団も、世界も、神々の恩寵さえも俺は利用する」
紡がれる言葉に呼応する様に、『聖印』からは白い輝きがこぼれ落ちてゆく。
「俺は全部手に入れる。かつてアンタが掲げた理想だと言う、愛した女も家族も平和に暮らせる世界を。笑うなら笑え、愛した女と家族の為に俺はついでに世界を救うんだ!」
暗闇にクレスの声が木霊する。
少しの沈黙の後、グスタフが小さく吐息した。
「……それが、お前の答えなのか?」
「何を言われても、何をされても変えない俺の選択。全部手に入れる。殴って蹴って止めようとしても無駄だよ……恩寵の力で傷を尽く治して耐えてやる。名前も顔も知らない国の人の為じゃない、俺が守りたいもの為に勇者になって世界を救う」
「しくじったら一生、戻って来れないかも知れないんだぞ」
「絶対に戻ってくる。枢機卿のせいで帝国とか教会が信じられないなら、黙ってアンタの息子を信じて待ってろ!」
そうか、とグスタフは力なく笑った。
クレスを見やる表情はどことなく寂しげで、眩しそうだった。
「分かったよ……だったらもう、何も言わなぇよ。好きにしろ」
肩を落として、グスタフはクレスへと背を向けた。
「大人だから、自分で考えろ。正しいとか、正しくないとか、な。俺は何も言わん……ガキだガキだと思っていたが、まぁ、少しはマシになってたな」
グスタフはディルニスとローガンから荷袋を受け取ると、クレスへと放り投げた。
四人分の袋を放り投げられ取り落としそうになるが、なんとか受け止め切ると、抗議の声をあげる。
「それ、家の中に入れておいてくれ」
「グスタフ達はどうすんだよ」
「お優しい領主様のうちに泊めてもらうよ、この後の話もあるしな」
ローガンが溜め息混じりに肩をすくめ、ディルニスが苦笑をこぼす。
仕方がない、と告げながらローガンが渋々頷くのを見ながら、グスタフは続ける。
「後、今のお前と一緒にいたら絶対に縛り付けて逃げ出すに決まってんだろ」
「好きにしろって言ったばっかだろ!」
「男としてお前の意見は分かったが、親としては反対に決まってんだろ。お前、子供作って一人前の親になってから文句言えよ」
「く……躾は殆ど母さん任せのボンクラの癖に……」
グスタフは歩みを止めると、ゆっくりと振り返った。
「テメェ……もういっぺん殴り合わんと分からん様だな」
「アンタの体に気を遣って話し合いで終わらせてやったんだよ……元気だからっていい気になるなよ」
「いい度胸だクソガキ……ちぃーっとばかり術が使える様になったからっていい気になるなよ」
「元から使えたけど使ってなかっただけだよクソオヤジ」
互いに両手に魔力の光を灯しながら歩を詰めて睨み合う。
まぁまぁ、とディルニスとファンナがグスタフを止め、ローガンとネリがクレスを止める。
「もういいわ……取り敢えず父親としては納得してないんだよ。お前が寝静まった頃を襲わんように、領主様の家に避難すんだよ。ファンナ、それでいいな」
「そうね。貴方が逃げ出さないように、見張っておくわ」
そう言う事だ、とグスタフは告げると、右足を引き摺りながら歩いてゆく。
「明朝、迎えに来よう。勇気ある決断に感謝する」
「また明日、ゆっくり休んでくれクレス」
ディルニスとローガンが騎士式の礼をクレスにして、グスタフの後を追うように歩き出す。
ファンナは小さくため息をつくと、ネリに力なく笑いかけた。
「ネリは……好きにしなさい。お父さんの方は、任せてね」
彼女はそれだ告げると、小走りに男三人を追いかけてゆく。
敷地を抜け、一塊で歩き去ってゆく揺れる洋燈の淡い光を見つめながら、残されたクレスとネリは小さくため息をついた。
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「体……痛くない?」
「大丈夫。軽い傷なら治ってるから」
ネリの私室で二人はベッドに並んで腰掛けている。
上着を剥ぎ取られたクレスは、ベッドの隣に置かれた燭台の火を頼りに、ネリに傷の具合を入念に調べられていた。
もっともクレスにあるのは倦怠感だけで、打撲や擦過等の傷は既に『聖印』の力によって癒えてしまっている。
腕を、胸を、背中を、腹をと遠慮なく見られ触られ、クレスは苦笑をこぼしていた。
「『聖印』の恩寵が随分と優秀みたいで……擦り傷もないんだよ」
「その印の話はしないで、お願い」
「……ごめん」
目を伏せて首を振るネリに、クレスは小さく謝罪する。
上着を着込むと、小さく吐息。
右隣にネリの身動ぎを感じ、
「ごめんな。グスタフと喧嘩して」
「いいのよ……ちょっとびっくりしたけど」
ただ、とネリは悲しそうに笑った。
「やっぱり……行っちゃうのね?」
「うん。ネリ達が罪人として追われるのは嫌だから……後悔しない様に選んだ結果」
苦笑してクレスが告げると、言葉を返さず、ネリは体を静かに寄せた。
少しお互いに黙ったまま体の温もりを感じあう。
「ネリ……今更なんだけどさ、いいかな?」
「なぁに?」
クレスが身を話すと、ネリは小首を傾げながら言う。
身をよじり、クレスが枕元に置かれていた花束を手に取り、逡巡し、花束の中の小箱を取り出す。
「小箱の汚れはごめん。乾いて……取れなくてさ。これ、その……日頃の感謝を込めて、ネリへの贈り物」
「嬉しい。ありがとう、クレス。開けてもいいかしら?」
破顔して小箱を受け取るネリに、クレスは小さく頷いた。
布の敷かれた小箱には琥珀色の首飾り。大地の神の加護を示す一文字が彫られた、そそっかしいネリへのお守り。
ぼんやりと燭台の火に手されれる琥珀の輝きに目を細め、彼女は感嘆の吐息をこぼす。
「綺麗ね……これ琥珀よね? 珍しいものなのに、いいの?」
「ネリに似合うと思ったし、俺はネリに持ってて欲しい」
「本当に嬉しい……素敵な贈り物をありがとう」
ネリは目を細め、胸に琥珀の首飾りを抱きしめる。
小さく吐息した後、悪戯を楽しむ少女の様に、ネリはクレスを見返した。
「そっちの花束は違うの?」
「君のだけれど……血に汚れてるから」
「それでも渡して欲しいわ」
クレスは諦めたかの様に小さく吐息すると、花束をネリに差し出す。
赤黒い血で汚れてしまった元気のない無様な黄色い花束だ。
「包んでもらった時は、可憐な黄色い花だったんだ……君にそっくりだった」
「ありがとう。そんな風に思ってくれていたの?」
「あぁ……俺にとっての君は、春そのものだったよ」
じんわりと頰を赤くしたネリは俯いて、小さな咳払いをすると花束を一度抱きしめる。
ずるい、だの、弟分のくせに等の文句を蚊の鳴くような声で呟いた後、立ち上がって机の上に大事そうにそれを置く。
ベッドに戻ったネリは、片手に持っていた小箱をクレスへと差し出した。
「つけてくれる?」
「もちろん」
ネリから小箱を受け取り、目を閉じて首を晒す彼女にの首筋へ飾りをかけてやる。
細い銀鎖で薄明かり故に少し手間取ったが、綺麗な琥珀色の結晶が細い首筋に淡く輝くのを見てクレスは思う。
——あぁ、確かに。妙な満足感があるな。
遠い昔の様に感じるが、夕方頃に父親から聞いた言葉を思い出し、妙に納得する。
ネリは嬉しそうに琥珀を指先で転がしてクレスに微笑みかけた。
「大切にするわ。ずっと……ずっと」
「ありがとう。お守りの意味もあるから、きっとネリを守ってくれる筈だよ」
同様に淡い笑みを返すと、視線がぶつかる。
クレスは瞳の端にわずかな涙を浮かべた濃い鳶色の瞳を見返した。
薄らぼんやりとした燭台の火は柔らかくネリの輪郭を映し出す。クレスは首筋に光る琥珀の結晶に触れ、ゆっくりと彼女の首筋を撫で付ける。
淡く体を震わせた彼女は、しかし抵抗することなく一度小さく熱っぽい吐息を漏らして瞳を閉じる。目蓋の閉じる動きに合わせて涙が一雫、頰をこぼれ落ちたのでクレスは指先でそれを拭ってやる。
くすぐったそうに身動ぎをしたネリに、淡い笑みを浮かべて静かにクレスは顔を寄せた。
彼女の桜色の唇は想像上に柔らかく、瑞々しい弾力と甘い香りと味に頭が痺れる様な感覚をクレスは得る。
緊張で身を固めたネリを解きほぐす様に、左手を背中に回し、ゆっくりと撫でつけると、こちらの服を掴むネリの両手から力が抜ける。
二度、三度と唇を合わ小さな水音を立てて離れる。
薄暗い部屋でもネリは頰を林檎の様に染めており、それが愛おしくてクレスはもう一度顔を寄せた。
抵抗なく受け入れられ、再度唇が触れ合う。
最後に唇を挟んで舌で舐めあげてやると、彼女は悲鳴とも喘ぎともつかない声を漏らし、恥ずかしそうにクレスを見やる。
「それは……だめ。ちょっと、だめ」
「どうして?」
「だって……その」
恥ずかしそうに俯くネリの言葉を遮る様に、クレスは再度唇を塞いだ。
羞恥に頰を染めるネリが見たくなり、再度唇を舌で舐めあげる。体を震わせた彼女が小さく口を開けたので、その隙間に舌をねじ込んだ。
滑った舌同士が触れ合う筆舌しがたい感触に脳が痺れ、背筋が震える。それは彼女も同じ様で、舌を触れ合わせ絡み合わせるたびに、力なく口が開き、声が漏れ、体を震わせてクレスの舌を受け入れる。
声を漏らすネリを抱き寄せ、髪を梳き、腰を撫で回す。抵抗する様に一瞬身を硬くしたネリだが、再度腰を撫で付けてやると、声を漏らし、グッと力を入れてこちらへ腰を密着させてくる。
息が苦しくなったので口を離すと、濃厚な舌の絡みの証だと言わんばかりに、口元から唾液の細い橋がかかった。
ネリが顔を紅潮させてそれを見つめ、俯く。
表情と仕草にどうしようもなく男を掻き立てられたクレスは、無言で彼女の腰を強く抱き寄せ、無理やり膝の上に乗せる。
「——あっ」
膝に半分跨がる様に腰を持ち上げられた彼女は羞恥に声をあげ、しかし抵抗虚しくクレスのなすがままにされた。
離れることを惜しむ様にクレスに抱き寄せられ、ネリの腰がクレスの腰にぶつかる。
同時、彼女は鼻にかかった様な甘ったるい声を出して身を震わせた。口元を手でおおい、羞恥に首筋まで赤く染めながら、しかし、腰は弱々しい力でクレスの腰を押している。
瞳の端に涙を浮かばせ、恥ずかしさに頰を赤く染め、呼吸荒くクレスを見つめる。
どうしようもない焦燥感がクレスの背を走り抜け、腰を抱き寄せながら唇を合わせた。
震える身を逃さぬ様にきつく抱きしめると、ひん、と甘ったるい声が耳朶を震わす。
「これ……だめ。変、なる……から」
そうなってしまえ、とクレスは再度舌を絡める。響く水音と感触に脳髄が痺れる感覚。
苦しそうに喘ぎ、しかし惚けた表情を見せるネリをクレスは思い切り胸に抱く。
ふ、と彼女から満足そうな吐息が漏れて体が弛緩するのが分かる。
「離れたくない……な」
「私も……同じ」
花の香りともつかない甘い香りがクレスの鼻腔に充満する。
首筋に顔を埋めると、彼女は仕方なさそうに笑った。
「どうしよう、困ったね?」
「あぁ……本当に困った」
顔を見合わせると、彼女は小首を傾げて涙した。
淡い儚い笑みを浮かべて、瞳からボロボロと涙をこぼす。
ゆっくりと擦りあげないように、クレスは彼女の涙を丁寧に指先で掬ってゆく。
「行かないでって言ったのに……」
「ごめん」
「ずっと一緒にいるって言ったのに」
「ごめん」
「私のこと、愛してるのに……」
「愛してるよ、でも、ごめんね」
「いつ戻ってくるか分からないのに……」
「ごめんね」
「戻ってくるのが遅いと、私、誰かのものになっちゃうよ」
「それは……嫌だなぁ」
クレスが苦笑を漏らして頰を掻くと、ネリは破顔した。
「だったら……貴方のものにしてよ。一晩だけでもいい……私に貴方との思い出と、貴方のものだと言う証を頂戴?」
泣きながら腕を広げるネリを抱きしめる。
唇で目元の涙をすくい、最後に唇を重ねた。
水音と瑞々しい柔らかさの余韻を感じながら、クレスは膝上のネリをゆっくりとベッドに横たえる。
わずかに震えながら横たえらえるネリの頰をゆっくりと撫でる。
「ありがとうネリ……こんな俺を好きでいてくれて」
「貴方は違うの? 言葉はくれないの?」
クレスはわずかな躊躇いを見せた後、泣きそうな顔で口を開く。
「好きだよネリ。一緒に居れなくて……ごめんね」
クレスはゆっくりと、静かに涙するネリへ唇を重ねた。