序章
夢を見ていた。
微睡に漂う意識に広がるのは淡い夢。
ゆっくりと水の底に沈む様に、穏やかな安らぎに包まれる様な、永遠に醒めることを拒む甘い夢。
霧が晴れる様に、暗闇に光が差し込む様に意識へと広がるのは風景だ。
どこまでも続く高い空と、抜ける様な青空の下に広がる岩の山脈。
燃える様に輝く太陽と、焼けつく日差しを持つ広大な砂漠。
煌く銀色に染まり、凍て付く空気を孕んだ風が吹き荒ぶ雪の平野。
深い群青と共に命を抱き抱える、揺籠の様な荒々しい大海。
鬱蒼としながらも生命を受け入れ、芽吹きの胎動を見せる深い森。
夕暮れの穏やかな朱色の輝きの中、黄金色に輝き風に揺れる稲穂の群れ。
移ろう風景の数々と共に、ゆっくりと波紋の様に広がる暖かさと愛しさを知っている。
それは懐かしさだ。
揺蕩う意識の中に風景が滲む。
煌々とした淡い月の下、星に見守られながら焚き火を囲む色褪せた景色。
人の息遣いと焚き木が燃え爆ぜる音の中に響く、踊る様な乾いた小さな音。
夢の中に広がるのは文字と書物。
日記だ、と意識に波紋が広がった時、夢の中に不意に音が生まれた。
ゆっくりと泡の様に消える意識の中、音は連なり声となり、闇の底で小さく鳴り響く。
「大切な……忘れられない記録だからね」