Mission-09 『覚悟と自戒と平手打ち』
「その耳の穴を全開にして私のありがたい話を聞くといい」
えぇー、話しなげぇな。
と、最初はそう思ったのだが直ぐに思い直す。何故ならその話を長くさせてしまっているのは先程の俺の愚行によるもの。ここは甘んじてそのアドバイスを受けようじゃねぇか。
…まぁ、何となくだが言われることは予想つくけど――、
「油断はないだとか、覚悟を決めたとか、色々とほざいていたが結局のところ今の貴様は全く男の娘になれていない」
「…いやぁ、まあ、まずその男の娘ってのが未だにピンときていないんだが…」
「なら私が教えてやる。いいか、今の貴様は長髪のウィッグを被りセーラー服を着た女顔の男――ただそれだけの存在だ」
「うん、まぁ…そりゃそうだろ。実際にそうだからな」
「断言してもいいがあの人間の女に出会わずとも、今日中に貴様の正体は露呈してループしていたはずだ。運が悪い、と貴様は言ったが万全の準備を整えればそうはならなかっただろう。少なくとも違和感は感じられるかもしれんが、その場ではバレずに済んだ」
「それってもしかして…」
「ああ、まず第一に貴様は私が用意したものを使え。何故パッドを使わなかった、何故下着を身につけなかった、何故――と色々言い出せばキリがない程だ」
「……いや、まぁ…俺だってそれを使った方がバレにくくなることはわかってるんだがよ。なんつーか、理性とか俺が今まで培ってきた常識とか倫理とかが…それはさすがに…ってな感じに…」
「――それは生き返ることよりも重要で大切なことなのか? 恥を忍んでも我を曲げてでも生き返りたいと決めたのではなかったのか?」
「………」
その神様の言葉に思わず押し黙る。
きっとその時点で俺は言い負かされてしまったということなんだろう。
というか、本当は心の中ではわかっていた。
神様が用意した色んなアイテムを自分の中で勝手に解釈して、予防線を張って、言い訳して、結局のとこを俺は自分から進んで女子の格好をしたくなかっただけだ。
覚悟を決めただの、油断はないだの、言ってたけど結局のところは神様の言う様に俺の考えは甘かったのかもしれない。
~したくないという我儘、~でいいかという妥協。それを突き通して生き返れるなんて甘い話は無いに決まってるじゃねぇか。
「ふぅー。――そうだよな、生き返るなんて人智を超えたことをやろうとしてんだ、全力になってやれることは全部やらねぇとな」
呟くようにそう言うと、「よしっ」と自分に活を入れるように立ち上がる。
そしてテレビに映る神様に向かい、
「あんたの言うとおりだよ。俺は自分ではセーラー服を着た時点で覚悟を決めたつもりだったけど、まだまだ色んな甘えがあった。まだその男の娘ってやつになる覚悟が十分じゃなかったんだ」
「――ほう、殊勝だな。だが、自分の過ちを素早く素直に認め、自戒できる点は素晴らしい。その若さなら尚更だ、褒めてやろう」
「どうも。それであんたこっちに基本的に干渉できないって言ってたけど、会話できるんだからやる気になればこの部屋の中くらいには何か干渉できないか?」
「? 何故だ?」
その言葉に俺はクイッと少しだけ左の頬を差し出す。
「少しばかり抜けた気合いと根性を入れ直す。平手打ちしてくれ」
「……ヤンキーなのか、貴様?」
「ちっげぇよ!! 別にヤンキーじゃなくたってこれくらいやるだろ! 男が気合い入れるときの恒例行事だよ!」
「…本当か? ふむっ、人間とは変わった生き物だな。…まあ、良いだろう。では、望み通り歯を食いしばれ」
そのままテレビから出ることなく、別に何か体を動かそうともすることなくそう言う。
? あれかな、体をこっちに送るの準備が必要とか?
…というか、軽く言ったけど冷静に考えたら神様の平手打ちってヤバくね? いやぁ、流石に手加減はしてくれると思うけど…、いやでもこの神様アホっぽいから全力でしてくるかもしれない。…うん、考えたらそんな気がしてきた。
これは、一応言っておいたほうがいいな。
「あの一応言っておくけど、本気ではや―――ブハッ!?」
が、そう言おうとした瞬間だった。
何もない左手の空間から不意に殴られる様な衝撃が俺の左頬に走った。と同時に俺の身体が最初に寝ていた布団へと少し吹っ飛ぶ。
そして、そんな俺の頭上から「ん? 何か言ったか?」と全く悪びれていない神様の声が聞こえてきた。
こっ、こいつ…、遠隔で攻撃できるのかよ。…まぁ、神だからそれくらいできるか。
「…いや、なんでもない。そこそこ痛かったけど気合いは入ったぜ、ありがとな」
といっても、平手打ちしてくれって言ったのは俺だしそこに文句を付けるつもりもない。
むしろ、いきなり来た衝撃でキッチリ気合いが入った。
そして、ジンジンと痛む頬の感覚を感じながら俺は立ち上がると、
「よし、まずは胸パッドをつけようじゃねぇか! 生き返るために!!」
そう自分に強く言い聞かせるように後半を強調しながら、押入れへと足を向けた。