Mission-63 『勝負と結果とスーパーアドバイザー』
「ほぉ」
俺が指差したそれを見て、読が意外そうな声を出す。
実はそれは今日すでに一回買ったもの。昼の作戦会議のときに彰にも渡したカフェオレである。
「正気ですか、葦山先輩。もちろん僕は先程のいちごミルクですが、そのカフェオレでは糖度は遠く及びませんよ」
「とりあえずその女子は甘いものが好き=糖度が高いものが一番いいという長単純理論をどうにかしろ」
まぁ、口では何を言っても無駄というのは解りきっているため呆れながらそれだけ言うと、俺はさっさと財布から小銭を取り出して、カフェオレを二つ躊躇なく購入した。
そして、俺が作業を終えると読も同じく躊躇なく『糖度最高潮――いちごミルク』を購入した。
「一応聞いておきましょう。何故、そのカフェオレを選んだのですか?」
受け取り口から取り出しながら、読がそう聞いてくる。
それに対して俺は、
「俺の人生経験によれば体質上受け付けない人以外はカフェオレが嫌いな十代はいないからだ」
そう彰に言ったのと同じことを言ってやった。
いや、だってマジでカフェオレ嫌いなやつとか会ったことないからな。それに男子より女子の方がカフェオレ好きだろうし。まー、間違いなく負けることはないだろ。
しかしそんな俺の意見に読は全く納得いっていないようで、
「何を言い出すかと思えば、ただの若者一人の二十年にも満たない人生経験が無数の賢人の数多の年月に勝てるわけないじゃありませんか」
こちらも自信満々で勝利を確信している風である。
…というか待てよ。
そういやこいつ、前にも何回か飲み物買いに行かされてるって言ってたよな?
「ちなみに買いに行くときは、二人の分はいつもこれなのか?」
「はい、そうですよ」
「買っていったとき、あいつらはどんなリアクションするんだ?」
気になってそう尋ねてみると、
「会長は、『あはは…』と笑った後にゆっくりお飲みになりますね」
「…それ苦笑して、嫌々飲んでるんじゃねぇの?」
「大代は、『ハァー』と感嘆の息を吐いた後に凄く冷やして飲みたいのかいつも生徒会室の冷蔵庫に入れてますね」
「…それため息ついて、その上もはや飲んですらいないんじゃねぇのか?」
俺のツッコミガン無視で読はまたもや自信満々に答えた。
あれ? もしやこいつ――馬鹿なのか?
何故、そこで自分の選んだ選択肢が間違っていることに気づかないんだ?
という訳で、これ以上話しても無駄なので半ば勝利を確信しつつ「じゃあ帰るか」と俺は読と共に生徒会室に向かって歩き出した。
「つーことがありまして、二種類買ってきた。緋音、大代。どっちがいい?」
「あっ、カフェオレだ~。ちょうど飲みたかったんだよね~」
「頂きます、葦山先輩」
「ええっ!?」
そして、何の波乱もなくこの飲み物選び勝負の決着はついた。
いや~、マジで何の波乱もなかったな。そよ風一つ吹かなかったぞ。
さてと、あとに残った問題は――、
「なっ、なぜ…!?」
と心から状況が理解できていない様な声で呟き、三つの『糖度最高潮――いちごミルク』を腕に抱えたまま膝から崩れ落ちたアホである。
憐れなり、高柳読。
このまま放っておいてもいいが、流石に少し可哀そうでもあるのでフォロー入れといてやるか。
「――まぁ、女の人が甘いもの好きってのは間違ってないと思うぞ。ただその好き度と糖度は比例しないし、人間だから少なからず好みもあるって話だ。それに口に合うシュチュエーションっていうのもある」
「あっ」
そう言って、読の抱えた『糖度最高潮――いちごミルク』を一つ手に取り、ストローを差して飲んだ。
むっ、なるほど。流石糖度最高潮と謳うだけあるな。中々の甘さだ。
だが、それが今の俺の身体には合う。
「うん、美味い。今日は色々あったし、さっきはお前とかなり喋ったからな。脳も体も疲れてたから、こういう時はこんな感じのメチャクチャ甘いやつが一番良かったりするんだ。ま、知識は臨機応変に使い分けろってことだな」
そして俺は一応先輩としての教育も兼ねて、読に向けて最後に笑いながらそう伝えた。
…のだが。
俺の話を聞き終えると、読は難しそうな顔をして顎に手を当てながら何故か「うーん」と唸り出した。
なんだ、この考えのよめないリアクションは。
俺的には「なっ、なるほど!」と爽やかに理解を示してくれるのが理想だったんだが…。
そんなことを思っていると、そこで急にバッと読が顔を上げる。
「――なるほど。確かに僕の脳内の最適化された本の知識、それが完璧ではないことは理解しました」
「! そっ、そうか」
よし、少しヒヤッとしたが理想通りに――、
「はい、どうやら精度は百パーセントには少し届いていなかったようです」
――ん?
が、続く言葉が俺を一気に不安にさせる。
いや、百パーセントとかそういう話じゃなくない? なんか言い方的には九十パー後半は精度が当然の様にあるって言ってるように聞こえるんだけど…。
「というわけで、葦山先輩。貴女にはこれから僕の本の知識が間違っていたときに指摘できる『スーパーアドバイザー』としての資格を差し上げます」
「…いやいやいや」
その上、続けて更に予想外の言葉が飛んできた。
「もちろん、これから葦山先輩には敬意を表して貴女のことを『師匠』と呼ばせて頂きます」
「…いやいやいやいやいや」
その上その上、何故か師匠になった覚えなぞ無いのに急に弟子ができた。
「――おい、読」
「なんですか、師匠」
「…はぁー」
もうすでに師匠呼びである。
その順応の早さに思わずため息を吐きながら俺はとりあえず読のことは諦めて、言い様によっては諸悪の根源とも言える会長&書記へとジト目を向けた。
二人ともまるで猛獣を飼い慣らした調教師を見る様な感心した様な目で俺を見ながら美味そうにカフェオレを飲んでいる。
そんな二人に俺は問いかけた。
「おい。というか今まで読に指摘する機会なんていくらでもあっただろ。お前らがなんか言ってれば俺が師匠にならずに済んだんだが…。なんでこうなるまで放置してたんだよ?」
その俺の問いに、
「面白いから♪」
「めんどくさかったからです」
と一拍も置くことなく全く悪びれていない様な二人の声が返ってきた。
「…あぁ、そうね」
あれだな。
読もそうだが、なんやかんやで三人ともやべー奴だなこいつら。
そんな訳で俺の二度目の学生生活二日目も非常に充実?した一日となったのだった。




