Mission-62 『本と知識と真なる正解』
なるほどなるほど。
ここにきてようやく俺はこの少年の正体にようやく気付くことができた。
要は何故か本に書いてある知識はまず間違いなく正しいと認識していて、そこに一切の疑いを持ってない様だ。控えめに言って中々にヤバい。
つーか、『正しい知識を修めるためにたくさんの書を読み学んでほしい』という思いを込めて名付けられた名前なのに、『たくさん書を読み過ぎた結果、書こそすべて正しい知識と認識する』っていうほぼ反転したみたいなやつに育ってるじゃねぇか。
これさっき言ってたお祖父さんとか親御さんはどう思ってんだよ…!?
「えーと、まぁなんだ、読くん。キミの考えはちょっと極端だな」
「――えっ…!? ちょっと待ってください!」
「どうした?」
「男性をいきなり下の名前で呼び慣れている女性は裏があるか好色で異常に遊び慣れていていると、僕が読んだ本に書いてありました」
「うん、まずそれ止めろ。『本に書いてありました』とか『本で読みました』ってやつ! なんか決め台詞にしてるみたいで段々ムカついてきた!」
あと、いきなり男を下の名前で呼ぶ世の全ての女性に謝れ。中には裏表なくて初見でも他意なく距離感の近いそういう女性だっているだろうが。
知識っていうかほぼ偏見だぞ、それ。
そしてこいつが中々にキャラが強いやばいやつとわかったことで、俺も考えを改めて先程までとは違い遠慮なしの全力ツッコミスタイルでいくことにした。
そんな俺の指摘に読は「いや、決め台詞のつもりはないのですが…」と納得いっていない様子だ。
――よし、いい機会だ。ここで俺がこいつの本至上主義をちょっとどうにかしてやろう。
つーか、良く考えればもしかしたら緋音の狙いもこれだったのかもしれないな。
…いや、というか自分でやれよ! どう考えても会長の仕事だろ。
――むぅ。その思い通りになるのは癪だが、…まぁ乗りかかった船だ。できることはやってやろう。
「いいか、まずお前はそのいき過ぎた本至上主義をちょっと緩和しろ!」
とりあえず最初に核心をついてみる。
すると、読は「はぁ~」とまるでわがままな子どもを相手にしているように呆れ全開のため息を吐くと、
「ときに葦山先輩。あなたは本を何だと思っています?」
そんな問いを投げかけてきた。
「本は本だろ。勉学にも娯楽にも使える文明の利器だ」
「間違ってはいませんが正解とも言い難いですね。簡潔に言えば、本とは知識溢れる先人たちが残した学びの宝庫です。人は本を一冊読むだけで多くの知識を得、あらゆる経験を追体験することができます」
「だからそこで得たものは全て正しいと」
「まさか、誰もそんなことは言っていませんよ」
そこで「ふん」と読が小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「自慢じゃありませんが僕は今までの人生で人が一生に読むよりも遥かに多数の本を読んできました。そして、これも自慢じゃありませんが僕は人よりも圧倒的に記憶力が優れている」
「二回『自慢じゃないが』を続けると自慢にしか聞こえないぞ」
「よって僕は、その本で吸収した莫大な知識を天性の記憶力で脳内に保存している。そして、膨大な知識から多数意見少数意見に分けて取捨選択し、多数のものを正しい知識として研鑽しているのです。いいですか、葦山先輩。教養に満ちた先人が本に残した知識、その中の多数意見。これが正しくない訳がないんですよ」
「いやだからっ…! まぁ考え方はわからんでもないが、お前の場合それが極端すぎるって言ってんの!」
「ふぅー、まったく…。わかんない人だなぁ…」
「そっくりそのまま返すよ」
まぁ、これまでの人生で積み上げてきたその価値観をいきなり会ったばかりの俺に「あーだこうだ」と言われてもすぐ変えるなんて無理な話だとは思うがな。
――あっ、そうだ!
が、そこで俺の頭に名案が閃いた。
「よし、じゃあ一勝負するか」
「勝負?」
「俺とお前であの二人が喜ぶであろう飲み物をそれぞれ買っていく。判定は二人のリアクションだ。これでお前の間違いを証明してやる。――どうだやるか?」
口で言っても伝わらないなら、実際にわからせるのが一番ってわけだ。
そして、そんな俺の提案に「いいですよ」と読は自信満々で乗ってきた。負けることなど微塵も考えていない様な表情だ。
よっし、完膚なきまでに凹ましてやるぜ。
「あっ、でも会長に頂いたのは五百円だけですね。割り勘にしますか?」
「いや、言いだしっぺは俺だからな。余分な分は俺が奢るよ」
そして、準備は整った。
…と思ったのだが、そこで読は「くっ、ふはは」と口を抑えて笑い出した。
――…え? なにこいつ? 本関係以外でもヤバいやつなの? それは流石に俺の手には負えないぞ…。
いきなりのその読の反応に若干引く俺だったが、そんな俺に向かい、
「後輩と先輩が学校の自販機で何を買うときは、必ず先輩がサラリと奢ると言い出す。これも本で何度も読みました。――つまり葦山先輩。何と言おうと、あなた自身も本の知識通りに動いているのですよっ! あーはっはっはっはっは!」
「……しゃあ!」
「――って、痛い!? なにするんですか!?」
「普通にムカついたから、脇腹に手刀を入れただけだが?」
「暴力反対です! ですが、学校の体育会系の先輩がスキンシップの意味も込めて後輩に暴力を振るうというのもよく本で――」
「もう一発、しゃあ! そしてこれは暴力じゃなくてツッコミだ!」
「だから、痛いっ…あれ? あんまり痛くない…? ――あっ、本当は優しい人のツッコミは見た目だけ派手で実際は手加減している、というのも本で読んだことありますよ!」
「…………うん、もういいや」
三度目で心が折れた。
もうやだ、こいつ…。今まで会ったことが無いタイプの人を苛立たせる人間だ。
というか、いい齢した男二人が放課後の校舎の自販機前で何をやってるんだか…。
っと、だめだ。冷静になるな俺。こういうのは冷静になると途端に虚しくなっちまうものだ。
「――いいか、この場合の正解はこれだ」
そして、俺は少し冷静になった頭で読に見せ付ける様に自販機の中にある一つの飲み物を指差した。




