Mission-58 『蒼と緋音と一歩前進』
本当のことは勿論言えない。
『実は俺は男だから男子と自然と距離が近いんだよ。そんで普通の男子と同じように女子を下の名前でいきなり呼ぶのは抵抗があるわけさ。てへへ』
そんなことを馬鹿正直に言った日には、即座にREBORN-METERが起動してループになるのは目に見えている。
かといって、明確な嘘を吐くのもあれだ。
女子であるという大嘘を生き返るために最初に吐いてしまっているとはいえ、ここで更に友人に対して嘘を重ね続けるのにも違うだろう。それに何より、この学校には人間ウソ発見器がいるのだ。しかも、伏見とは結構仲良さそうだしな。つまり、ここで伏見に吐いた嘘が巡り巡ってあの先生に伝わって先生が俺にその真偽を軽い感じに聞いてきて、それにより嘘がばれる的な展開になることもあり得なくはない。
それ故に俺の出せる答えは、言い方を変えた本当のこと。
なんとなくニュアンスを誤魔化して答える。それしかない。
「えっとな…」
覚悟を決めて口を開く。
「俺ってさ、まぁなんというか小っちゃい子どもの頃から男子とばっか遊んでたんだよ。ほら、こんな性格だろ。だから男子の方が遊びの趣味とか性格とかが合ってたっていうかな」
嘘は言っていない。
実際、俺は顔と声が女子なだけで趣味嗜好は完全に男子のそれ。だから昔から多分に漏れることなく男子とばかり遊んでいた。
しかし、この発言。俺のことを女子だと思っている伏見が聞けば、一般の女子に馴染めずに男子とばかり遊んでいた活発な女子の話に聞こえるってわけだ。
即席にしては中々に上手い対応ではなかろうか。
「むぅー…、なるほどぉ…」
それを証明するかのように、伏見が顎に手を当てて難しそうに唸りながらそう口にする。だが、まだ完全に納得しているわけではないこともまたその様子から明らかだった。
しかし、俺としてもここで引くわけにはいかない。
「だからさ、別に伏見とか女友達よりもあっちの男友達の方が仲良いってわけじゃないんだ。なんつーか…、女子とこう…すぐに距離を詰めるのに慣れてないっていうかさ」
そう追撃を加えるように苦笑しながら言葉を補足する。
――しかし、これが自分の首を絞める言葉になるとは言った瞬間には全く予想できなかった。
「――なるほどぉ」
再びの「なるほどぉ」。しかし、今度はどこかその言葉には鋭さが宿っている。その上、それを言った伏見の目がキランと輝いたのがハッキリと見えた。
あっ、やべぇ~…。何故かその反応が俺に何らかの不利益を生むだろうことを直ぐに本能が理解した。背中に冷や汗がポツンと浮かぶ。
「なら、それを私で慣れてみなさいな」
そして、そんな俺に向かって予想通り伏見からの提案が飛んできた。
「…はい?」
「いやいやだから、いい機会だから私で女子を下の名前で呼ぶことにも慣れなさいなって」
「いや、そんな急に言われてもだな…」
「人生に置いて、試練とは急に来るものなのよ」
「お前いくつだよ…」
「蒼と同い年に決まってるでしょ~。ほれほれ~、緋音って言ってみそ言ってみそ♪」
完全に場の流れを掴んだ伏見が、グッと顔を近づけて促してくる。
心なしかテンションも高い。
「あー、もう! 近い近い!」
そんな近づいてくる伏見の肩を両手でなんとか押し留めながら、俺が声を上げる。
つーかこいつ、なんでそんな積極的なんだよ! いま俺らって仕事しに生徒会室に向かってる途中じゃなかったっけ!?
が、ずっとこのままにしているわけにはない。
誰か来たら「なにやってんだ、こいつら…」てなるのは必定だ。
名前を呼ばせたい伏見と名前を呼びたくない俺。どちらかが折れなければ先に進まない。そして、このノリノリの様子を見る限り伏見は折れなそう。
ならば、
「…はぁー、わかったよ」
俺が折れるしかあるまい。
…まぁ、上向きに考えればこれから一年間でたくさんの女子と絡む機会が多そうだし、そんときに不審がられないための対策ができるって考えればあり…なのか?
「お、ということは――!」
「呼ぶよ。伏見じゃなくてその…下の名前で」
「よろしい♪」
ニコリと笑う伏見を前に俺は「ふぅーっ」と呼吸を整えるように息を吐く。
「――よし、じゃあいくぞ」
「えっ、ちょっと待って。そんなキリッと顔で宣言してから言うの? …なんかこっちも緊張してくるんだけど」
「しろしろ、俺だけ慣れないことして緊張すんじゃ不公平だしな」
「うん、まぁそれもそっか。――よし、ドンと来なさいな」
「じゃあ、えっと…緋音」
「あっ、えっと…はい」
「……………」
「……………」
……………なにこれ? なんかメッチャ変な空気になったんだけど?
「うん、えーっと…思った以上に恥ずかしいんだが…。俺、顔赤くなってない?」
「うんっとね~、桜色くらいかな。そう言う私も何故かちょびっと恥ずかしいんだけど…顔赤くなってない?」
「桜色くらいだな」
「うわー、やっぱり? うーん、この私が女の子から下の名前を呼ばれただけで紅潮してしまうとは…やるね、蒼」
「褒められてる気が微塵もしないな。でも、まぁこれで満足だろ。さっさと生徒会室行くぞ、緋音」
が、話の流れからか不思議と二度目は結構すんなり言えた。
そんな俺の言葉に緋音は満足そうにニッと笑みを浮かべながら、
「よっし、じゃあ今度こそ生徒会室に行きましょう! あ、ちなみに緋って呼んでもいいよ」
「そりゃまた今度な」
「も~、蒼のいけず~」
俺と一緒に今度こそ生徒会室に向かい歩き出した。