Mission-56 『5人と会議と現状維持』
「いやぁ、参加するって言われてもなぁ」
まさに堂々と言った表現がピッタリ合う感じに階段を上り、俺と彰のいる踊り場までやってきた伏見。
そんな彼女の何故かやる気満々の様子に俺は若干困惑しながらそう首を傾げ呟いた。
…いや、というかそもそも、
「どこから話を聞いてたんだ?」
「ほぼ最初からね」
「ほぼ最初からかよ」
まったく間を置くことのない伏見の回答。
やはり堂々とし過ぎており更にそこに伏見の人柄も加わってか、盗み聞きと言っても差し支えないような先程の行為でさえも咎める気など一切起きない程だ。
「あー、まぁ別にいいか。聞かれちまったものはしょうがねぇしな」
「そそっ、しょうがないしょうがない。あ、でも一応弁解しておくと最初から盗み聞きする気なんてなかったからね。な~んか、ご飯食べてる時の蒼の様子がおかしいなぁって思ってさ。二人誘って後をつけてみたらあらビックリ、まさかの御門くんとの逢瀬だったわけよ」
「その言い方やめろ、なんか心底気色悪い」
「いやね、私もそれを見た瞬間は『嘘でしょ、趣味わるっ!?』ってビックリしたんだけど」
「ちょっと~、なんか流れ弾がなんも悪くない俺に二発きたんだけど~」
俺の後ろでは、会話中の間接的な批判を受けて彰がショックを受けている。まぁ普通にいつもの声のトーンだから口だけで実際は全然ダメージなど受けていないだろうがな。
「でもそこで『邪魔しちゃ悪いよ』と牡丹から軽く叱責を受けて、『それもそっか』と納得して帰ろうとしたんだけど――」
「そこで話の内容が聞こえてきたと」
「そそっ。それで知らぬ存ぜぬを決め込むのも違うじゃん、友達だしさ」
「――まぁ、そりゃそうだな」
実際、俺が伏見の立場だったら同じように首をツッコむだろうしな。
だから、このお節介ともとれる介入を拒むわけにはいかないのだ。同じお節介焼きとしてな。だから俺は、
「サンキュな」
と、代わりにお礼の言葉だけを短く告げた。
それに「うんうん」と満足そうな表情を浮かべる伏見。そして、伏見を受け入れるということは伏見と一緒に来て同じく先程の会話を聞いてしまったであろう委員長と渡辺も受け入れることを意味している。
という訳で、彰と俺で始めた対策会議も瞬く間に参加人数が二人から五人になってしまったという訳だ。
…って、そうだ。
問題はもう一つある。そう今回の差出人と浅からぬ関係にあった彼女だ。
「…あーっと、渡辺」
「はっ、はい!」
現状彼女がどういった思いを持っているのかはわからない。
ので、直接そう声をかけると渡辺は少し驚いた様に肩をビクッと跳ねさせながら返事をする。が、呼んだはいいが、俺は何を言えばいいんだ?
少し悩み、そして決めた。
――よし、ここは無難に、
「昨日のお前のアドバイスのおかげで素早く送り主に気付けたよ。助かった」
そうまずはお礼だけを伝える。
すると、渡辺は「あっ、いえいえ」と両手を振って謙遜する。
まぁ、ちょっとぎこちないけど今はこれで十分だろう。前に親しい友人だった日下部と昨日友人になったばかりの俺がゴタゴタやってるのだ、渡辺としても気まずくない訳がないだろう。
そして再び会話の中心は伏見へと戻る。
「まったく、杏ちゃんに加えて蒼にまでちょっかい出すなんていい度胸ね。ここは私が生徒会長としての権力を行使して――」
「いや、やめなさい。そんな大々的にする様なことじゃないっての。というか、生徒会長にそんな権力があるのか!?」
「普通はありませんけど、緋音ちゃんはちょっと特殊ですしね。できなくもないでしょうね」
「マジで…?」
苦笑しながらの委員長の補足に思わずそんな声を漏らす。
まぁ、こんだけでかい学校の生徒会長ならある程度の権限はあるのかもしてないが…、普通生徒会の権限が強いのとかって漫画とか限定の話じゃねぇの。やはり俺の最初の友人は中々に侮れんな。
だが、伏見には悪いが今回はその権力とやらに頼るつもりは毛頭ないのだ。
「まぁ、俺としては今後の対策はもう決めてあっから大丈夫だよ」
「そうなの?」
「そうそう。あっ、あと今回のこの件はとりあえずみんな他言無用で頼むな。大事にしたくないし」
とりあえず最初にそれだけ言って、俺はチラリと彰に視線を移し、
「彰、昼休みあと何分だ?」
「ん。えーっと、あとちょうど一分だね」
残り時間を聞くと、彰はポケットからスマホを取り出しそう告げる。
一分か、それだけありゃ全然余裕だな。
「よし、じゃあ簡単に俺の今後のこの手紙に対するスタンスを発表するな」
そう言うと四人は頷き俺の続く声を待つように口を噤いだ。
「――とりあえず現状維持でいこうと思うわ」
「は?」
「「え?」」
のだが、俺が口にしたその対策になっていない方法に三人から驚きの声があがる。
ちなみに「は?」が伏見で「「え?」」が委員長と渡辺。彰は少し間を置き「へぇ~」とどこか意外そうに息を吐いた。
「なにそれ? やられっぱなしってこと」
「まぁ、見方によっちゃそうだな。現状俺に明確な実害はないし、これくらいなら放っておいても別にいいだろ」
「じゃあ仮に蒼があんまりにも取り合わずにあっちが業を煮やして嫌がらせがエスカレートしてきたときはどうするの?」
どこか心配の色を含んだ伏見の声。
しかし、そんな心配を根底から打ち消す様に俺は笑うと、
「まぁ、そんときは正々堂々真正面から蹴散らすことにするさ。だから心配はいらねぇよ」
そう宣言した。
今度は「「「「お~」」」」というどこか感心した様な声で四人の反応が一致し、その瞬間昼休み終了を告げるチャイムが校舎内に鳴り響いた。




