Mission-54 『二人と談話と彼の幼馴染』
その後、今日の授業は嘘の様にすんなりと進行していった。
まぁ、これが普通オブ普通なんだろうけどな。何と言っても昨日が色々とあり過ぎたもんだからそう感じるんだろう。
そんな訳であっという間に四元まで終わり、お昼休みに突入。
そして、俺は今日も昨日と同じように伏見と委員長と渡辺の三人で昼食をとっていた。
その昼食中も穏やかな時間が過ぎ、
「うっし、ごちそうさま」
俺は結構早めに今日のお昼ご飯であるチャーシューメンを食べ終えると、それだけ言って一足先に立ち上がると、
「わりぃ。今からちょっと用があるんだわ」
そう三人に対して断りをいれる。
そうここから先が忙しいんだわ。
「ありゃ、そうなん? 転校二日目から昼に用事とはやるね、蒼」
「なにがやるかのはわからんが…。ま、そういう訳だ」
「――ふぅ~ん」
「じゃあいくな。あっ、連絡先交換サンキュね」
「いえいえ、お礼を言うことじゃないですよ」
「そうですよ、お気をつけて」
「うい、じゃあちょっくら行ってくるわ」
そう三人に別れを告げるとちょいと急ぎ足の昼食を終えて、俺は食堂を後にした。
用事の相手は当然あいつだ。
そして、偶然にも待ち合わせの場所は昨日不良教師の煙草を見張っていた屋上へと続く扉の前の踊り場だった。
「わり、こっちの用事なのに待たせちまったな」
「なんのなんの。女の子待つのは男の特権さ」
そんな歯の浮くようなセリフと共に階段を上る俺を彰が踊り場から迎える。
これは仮に俺が本当に女子だったらキュンとくるものなのだろうか? 男だから「何を言ってんだこいつ…」としか思えないのだが。
「アホか」
とりあえずキュンとして照れる演技をするのはないな、とすぐさま却下し軽く笑いながら手に持っていたある物を彰にヒョイっと投げる。
「ん?」、と不思議そうにしながらそれを受け止めた彰は、
「カフェオレじゃん」
と俺が投げ渡したここに来る途中で買った自販機のカフェオレを眼にしてそう言った。
「ああ、俺の人生経験によれば体質上受け付けない人以外はカフェオレ嫌いな十代はいないからな。貴重な昼休み半分貰ったのと朝頼みごとしたほんの礼だ」
「ハハッ、お気づかいどうも。ありがたく頂くよ、確かにカフェオレ嫌いな人少ないよね~」
そう言うと、すぐに缶をあけて彰がカフェオレに口をつける。
その間に俺は階段を上り、そんな彰の隣に並ぶように立つと「ふぅー」と息を吐いた。
「――で、さっそくで悪いけど聞いていいか。俺に熱い視線を送っていたやつについてな」
「そだね、時間はそんなにあるわけじゃないしね。単刀直入に言おっか」
あくまで軽い口調を崩さずに彰が缶から口を離し、そしてニコリと笑うと、
「葦山ちゃんを見ていたのは――日下部愛姫ちゃんだよ」
そう本当に気軽な様子で特に勿体ぶることもなくそう口にした。
「――やっぱりか~」
俺もまた気軽な感じで恐らく手紙の送り主であろうその名前を受け入れた。
しかしその反応は予想外だったらしく、
「あれ? あんまり驚いてない?」
と彰がキョトンとした表情を浮かべる。
「いやぁ、実はなぁ昨日ちょっと別の友達からも言われてたんだよ。なんか俺のことすっごい見てるってさ」
「おー、そうなの?」
「そうそう。…ん、あれ? いや、待てよ。それ聞いたの昨日だし、もしかして今朝の件と日下部は別件なのか?」
話している途中でそのことに気付き、首を傾げる。
仮に昨日の時点で俺に何らかの悪感情を抱いていたのなら、今日の朝の隼平の件と同一視するのは少し早計な気がしないでもない。
しかし、
「う~ん、それはないかと思うな~」
「? なんでだ?」
「いや、そもそも詳しくは知らされてないけどその今朝の件って隼ちゃん関係なんでしょ?」
「そうだが。…あっ、そういや確かにまだ詳しくは説明してなかったな」
その彰の言葉に、俺は「教室に入ったら隼平に話しかけるから、その時に俺を睨んでたりするやつがいないか見ててくれないか?」としか言ってないことを今さらながら思い出した。
自分の説明の少なさに呆れつつ、「わりぃわりぃ」とポケットから下駄箱に入っていたあの脅迫状?を取り出して彰に手渡す。
「これが今日の朝に下駄箱に入ってたんだわ」
「んーと、なになに…。うわぁ、こりゃまた古いしベタだね」
その定規で書かれた『渚隼平に近づくな』の文字に彰が苦笑する。
そしてそれを踏まえた上で、
「うん、十中八九これも日下部さんで間違いないと思うな。個人的には百パーでもいいくらいだよ」
彰はそう断言した。
郷に入れば郷に従え。この学校の人間関係なんて俺よりも彰の方が当然詳しい。同じサッカー部で隼平と仲が良さそうだし尚更だろう。
だから、俺は彰が断言したことによりほぼこの手紙の送り主があのキャピキャピ感強めの女子である日下部愛姫だと確信した。
つーか、日下部って渡辺とも色々とあったわけだろ…。結構問題多そうなやつだよなー。
「で、なんでその日下部さんは俺を隼平に近づけたくないんだ? 付き合ってる彼女ってわけじゃねぇんだろ、昨日お前隼平にはそういう浮いた話無いって言ってたもんな」
「そそ。隼ちゃんだけ重力十倍くらいかかってんじゃないかってくらい浮いてないよ。まったく全国のサッカー部の風上にも置けないよね」
「その発言は全国のサッカー部に対する深刻な風評被害だろ…」
まぁ、確かにサッカー部って凄いモテて女子と仲良いってイメージあるけどだな。
実際に目の前のこいつは、それの具現化みたいな感じだし。
「で、どうなんだ? あれか、ベタに一方的に好きって感じか。それで他に近づく女子を威圧してると」
「おしい、半分正解だね。一方的に好きってのは合ってるよ。でももうちょい関係性としては深いのよ。実はね――日下部さんはさ、隼ちゃんの幼馴染なんだよ。ちなみに家もお隣さんなのね」
俺の疑問に対し、そう二人の関係性と共に彰が答える。それにより全ての点と点が繋がった。
そして現状を理解した俺は、
「うわー、なんか凄いややこしそう…」
そう心の一切の偽りなく思ったままの感想を口にした。