Mission-43 『彼らと彼と裏の目的』
「すぐいくよ」、迎えに来た涼宮に隼平がそう伝えると、彼女は「わかりました」とだけ言って練習へと戻っていった。
三人と一緒にいた女子生徒のことが多少気になっていた様子ではあったが、実際には何も聞こうとはしなかった。
「いやぁ~、しっかし葦山ちゃんも大胆なことをするよね。言い方がこれで良いのかわからないけど、男らしいというかなんというか」
「そうだな、メチャクチャなやり方だ。――まぁだが、他人のためにその行動がとれるんだから…なんやかんやで大したもんだ」
「あら? さっきまでのしかめ面が嘘のよう。もしかしかして聖ちゃん、葦山ちゃんに惚れちゃった?」
「ほざけ。俺は休日は図書館とか自分の家で静かに読書をしたりして過ごしてるような大人しい子がタイプなんだ。あいつ絶対その対極にいるようなやつだろ」
そして、そんな涼宮の後を追うようにすぐに三人はゆっくりと話しながら歩き始めた。
話題は当然ながら、先程別れた葦山蒼葦についてだ。
「そういうお前こそどうなんだよ? 女子なら誰でもいいの節操なしスタンスだろ」
「言い方よ…。それに俺は女子なら誰でもいいんじゃなくて可愛い女子ならついついアクションかけちゃうだけ」
「大して違わんだろ」
「…そっかなぁ。――でも、まぁ自分でも不思議なんだけど葦山ちゃんには全くそんな感情湧かなかったんだよ、これが」
「? そうなのか?」
「うん。葦山ちゃんってスタイルいいし美人だし可愛いし性格も良さげじゃん。普段なら余裕でストライクゾーンど真ん中なはずなのに、何故か全く…こう、そういう目で見る気になれなかった的な。なんでだろ?」
「俺が知るかよ」
呆れた様な声で、そう聖也が彰の疑問を受け流す。
――その彰の疑問が天性の女好きであるが故の本能が下した直感だということを知る由もなく。
「いやぁ~、今まで男女の完全な友情の成立には否定派だったんだけど…。これはもしや、考えを覆さざるをえないかもね」
そして、彰もまたそんな自身の直感の根源にある彼の秘密になど気づくはずもなくそう呑気に言うだけだった。
「――俺が触ったのは布越しの人工物…布越しの人工物…」
そんな中で異質なのが一人。
まるで自己暗示でもかけているかの様に、自分にそう言い聞かせながら呟く隼平だった。
ここで葦山蒼葦の計画に一つの誤算が発生していた。
そうガチガチの生真面目であるが故に、あのクイズを終えても隼平はまだ先程のハプニングをそこそこ気にしていたのだ。
そして、そんな彼の性格を知っている二人からすればこの状況はなんら驚くことではなかった。
「まー、すぐにパッと切り換えってのはムズいよな。さっきの葦山の前でだけ取り繕っただけでも偉いだろ」
「そそっ、まぁ何日かすりゃ普通に戻るんじゃない」
聖也と彰がそうフォローを入れる。
しかし隼平はというと、
「いや、それじゃダメだ。女子である葦山さんがあれだけ気を利かせてくれたんだから。明日の朝会うときには、ホント一切合切なんにもなかったかのように挨拶できるような精神状態にならないと」
そう自分を戒める様にそう断言した。
「真面目すぎるのも如何なもんかね」、そんな隼平に苦笑しつつも聖也は何かを考える様に顎に手を当てる。
そして、
「そうだ」
と何かを思いついた様に呟いた。
「少し責任転嫁してみるってのはどうだ」
「責任転嫁? 葦山さんにってこと? いや、それは――」
その聖也の提案に少し眉を顰める隼平だったが、
「いや、葦山にじゃないぞ」
その言葉の途中で聖也が否定する。
「じゃあ、誰に?」
「そうだなぁ。やっぱ一番ありなのは、お前らがスッ転ぶ前に葦山にあっさり抜かれたヘボDFとかだな。あいつが抜かれなきゃそもそも葦山は転ばなかったわけだしな」
「それ俺じゃん!?」
聖也の言葉に、瞬時に彰がツッコミを入れる。
しかし、そのツッコミに動じるどころか聖也は責める様な冷ややかな目で彰を見つめた。
「――そもそもあの後にすぐ葦山がコケたから有耶無耶になったけど、冷静に振り返れば実際あれは大問題だろ。一度ならず二度まで女子に一対一で抜かれるとか…」
「いや、だって…! あんときの葦山ちゃん見た!? シザースで左右に振ってからマルセイユルーレットで左側抜いてきたんだよ、そんなの予想できるわけなくない!? ドリブルのキレも女子のキレじゃなかったよ!」
「言い訳は聞きたくないな」
「そんなー…」
そう自分の話題なのにいつの間にやら二人の会話になっている様子を見て、「はぁー」と隼平が小さくため息を吐く。
そして、
――まぁ、葦山さんのためにも気づかってくれる二人のためにも俺がうじうじ悩んでてもしょうがないね。とりあえずどっと疲れるくらい練習して忘れるように努力しよう。
「うん、グチグチと考えるのはもう止めることにするよ。よし、じゃあ一先ず練習再開としよっか。みんなも待たせてることだしね」
三人は再び部活の時間へと戻っていったのだった。
***―――――
「ふっふっふっ」
そして、そんな三人の会話内容など当然知る由もなく俺は一人上機嫌に校門までの道を歩いていた。
もちろん、パッドはすでに戻し済みだ。
そんでなんで笑みを隠せない程の上機嫌なのかというと、俺は賭けに勝ったからだ。
一度のループも無く、目的の達成に成功した。これはぶっちゃけかなり大きい。
――隼平の気まずい感情を取り除くのとは別の、俺の生き返りミッションを有利に進めるための楔を打ち込むことができたのだ。
「ふぅ」
歩きながら軽く自分の胸部に右手で触れる。当然あるのは布越しの胸パッドの感触。
こいつには感謝するしかない。
もし神様のアドバイスを聞かずに最初のループ後もこれを入れなかったら、さっきの隼平との接触でアウトだったわけだしな。それにプラスαの収穫も俺に与えてくれたのだから。
あの間違い探しクイズの隠れた目的。
それは俺が胸パッドをしている超貧乳の女子であることをあの三人の脳に深く刻み込むこと。俺が女子であるという確信を与えることだ。よっぽどのことが無い限り男の娘だと疑う気すら起きない程に。
つまり、俺が女子であるという認識を99.9パーセントを100%に底上げする。
一見意味が無いように見えるが、命がかかってるんだ、やれることはやるさ。こういう積み重ねがいつか俺を救うこともあるかもしれないしな。
そして、胸パッドを常時身に着けていることをそこそこ自然に知らせられたのもよかった。
これも、もしかしたらいつか役に立つかもしれない。
つまり胸パッド関係で何かが起っときに助けを要請できる人間が3人もできたということだ。意外と心強い。
「うん、中々に上々の結果ではあるまいかな」
その新たに得た優位を噛みしめ満足すると、俺は登校初日の学校を後にしたのだった。
新規メモ:渚隼平について
この物語の主要人物その④。年齢は17歳、身長は178センチ程。
風寺学院高校三年のサッカー部部長。
端正なルックスに加え、性格運動神経共に文句の付けどころが無いため当然モテる。しかし、現在進行形で同級生、後輩、元先輩、幼馴染、etc…から思いを寄せられているが本人にはその自覚はあまり無い。その上、直接告白されても断っている。その結果、現状はサッカーが恋人である。
サッカー歴は長くその上かなり本気で取り組んでいるため、現在複数の大学から推薦の話が来ている。ポジションはMF。
本人としては、将来は大学で4年間鍛えてから大学経由でプロ入りをするつもりである。
現状、葦山蒼葦ループさせ回数同率最下位(0回)