Mission-03 『数字とループと勝利宣言』
「んんっ…」
最初に感じたのは眩しさだった。瞑った目の上から太陽の光が降りかかり、俺を眠りから呼び戻す。
そして、それを皮切りに意識がフッと覚醒する。
「はぁー、なんだやっぱり夢……――じゃねぇなこれ」
眠りから普通に覚めたという事実に、つい先程のおそらく一生の中で一番珍妙な体験を一瞬だけ夢と認識したのだが、目の前に広がる見慣れない部屋によって現実に引き戻される。
はぁ~、マジであのふざけたミッションをやらされんのかよ。あ~、だりぃ。
と少しだけゴロゴロしてみる。が、こうしていてもしょうがないのはわかっていた。
「まっ、覚悟決めたし今さら愚痴ってもしゃあねぇんだけどっ!」
というわけで、自分に活を入れる意味も込めて声を出しながら布団を弾き飛ばす様に豪快に起き上ってみる。
って、こんな一昔前の旅館の敷布団みたいなので寝てたのかよ、俺。さっきまでいた空間にも言えることだけど、神様のセンスが微妙に古いな。…うん、嫌いではないけど。
「さてと、まずはどうしたもんかね?」
何はともあれ、現状を把握しないとな。
起き上がったままに部屋の中を軽く見渡す。
うーん、ベタな風呂トイレ付の1LDKって感じか。軽く見渡しただけだが、テレビやら時計やらの基本的な家具は揃ってるみたいだな。
「って、まだ6時前じゃねぇか。ずいぶんはえぇな」
ふと時計の時刻を見て現在時刻に気付く。まだ普通なら寝てる時間だな。
こんな時間に自然と目が覚めるなんて珍しいな。…いや、それとも初日も初日だしちょい早めに起こされたってことか?
う~む、わからん。
とりあえず考えてもわからんことは考えるだけ無駄だし、今できることをやるか。
まずは部屋全体を見てみて―――ん?
「なんだありゃ?」
そこで俺が気づいたのはテレビの横に置かれた見慣れない機械の存在。
それだけがごく一般的なものが置かれているこの部屋内の物の中で異質を放っている。電子時計にも見えるがその液晶には100の文字が変化なく投影されており、
「英語? RE…REBORN-METER。リボーンメーター?」
その上部にはその機械の名称なのか、そう綴られていた。
直訳すると再生の計器。どういう意味だ?
「おはよう、良い朝だな」
「うおおおおおっ!?」
しかし、その疑問の答えを考える前にテレビの電源がいきなり入ったかと思うとそんな声と共に懐かしさを感じない程に見たばかりのお面野郎が液晶に映し出された。
…マジでびびったんだけど!
「うるさいぞ、近所迷惑だろう」
「誰のせいだと思ってんだ!? 出てくるなら何らかの合図をしろよっ!!
「何故、私が貴様に気を使わなければならんのだ」
やれやれと言いたげにお面野郎が首を振る。ちなみにもう俺の中では神様の呼称はお面野郎で固まりつつあった。理由は単純、敬う心がもうすでにないからだ。
「…で、何の用だよ?」
ただ言い合いをするのも不毛なので話を強引に進めることにした。
そしてその思いはお面野郎も同じなようで、
「なぁに、始める前に二つ三つ説明することがあっただけだ。だから余裕を持って起きてもらった」
そう俺の話に乗っかってきた。
また、その言葉で先程の俺の疑問の答えもわかった。どうやら後者が正解だったらしい。やっぱ意図的に早く起こされたわけね。
「じゃあさっそく、その説明ってやつを聞かせてもらおうか」
「ふむっ、話が早くて助かる。まず一つ、衣類や食材といった生活に必要な用品はタンスと冷蔵庫に入っている。といっても食料は数日分だがな。生活するにあたり必要な金銭は貴様の口座をつくっておいたからそこから引き出せ。通帳はタンスの一番上の棚の中だ」
「そらまた至れり尽くせりだな」
「これくらいの支援はするさ」
「それで二つ目は貴様の学校の登校時間だ。基本的に八時から八時半の間までに学校についておく必要がある。ここから学校まで徒歩で十五分程だ。経路を書いた紙をテーブルの上に置いておいたから遅刻しない様に確認しておくように」
「りょーかい」
ツラツラと滞りなく説明が進む。今のところ、引っ掛かりるところはない。予想よりも充実した環境に少し驚きがあるくらいだ。
「最後に貴様が気づいたリボーンメーターについてだ」
「これな」
「そうだ、そこに100という数が浮かんでいるだろう」
「ああ。で、これって何の数字なんだよ?」
「それは貴様がループできる回数だ」
「………は?」
その突然の思いもよらぬ言葉に思わずそんな声が漏れる。
ループ? ループってあれだよな、過去に戻って繰り返すみたいな?
…ちょっと待て。つまりそれって、
「なんとなく察しはついたか? 私が貴様に出した指令は『誰にもバレることなく男の娘として学生生活を送れ』というもの。つまり、それが失敗した瞬間にそのループが起こり数字が一つ減る。それと学校をズル休みしても一つ減る。単純な仕組みだ」
「つまり、その数字が0になった瞬間に――」
「ああ、ミッションは失敗。貴様の生き返りはなくなるということだ」
「――ふっ、ははっ」
「…どうした?」
その言葉を聞き、思わずそんな笑みがこぼれてしまった。
0になった瞬間に生き返りが潰えて俺が完全に死亡することを想像しての恐怖による笑み――などではない。それは歓喜の笑みだった。
リボーンメーター、それは思いもよらない幸福のギフトだ。
「それは裏を返せば100回も失敗できるってことだよな」
「ああ、ミッションの難易度的には適切な回数だと思うが?」
「そうかもしれない、――普通のやつならそうかもしれないよなっ。だけど俺相手にその数字は正直言って不適切この上ないぜ」
「――ほう」
俺の言葉にお面野郎が興味深そうに吐息を漏らす。
だが、俺のこの発言は慢心から出たものではない。微かな経験則に裏打ちされた自信だった。
なぜなら、
「マジでまっっっっったくもって自慢じゃないが、俺が生まれてこのかた何百回何千回と女子に間違えられてきたと思ってやがる。それにその間違えられの頻度は成長しても一向に減ってない、というか死ぬ前日も間違えられた」
「なるほど、貴様はまるで男の娘になるために生まれてきたような存在だな」
「ぶっ飛ばすぞ!! そんなふざけた存在があってたまるか!!」
サラリととんでもないことを言うなこいつは!!
だが、まだ話の途中だから「ゴホン」と一つ咳払いをして軌道修正をすると、
「要は非常に不本意だがあんたが最初に言ってた様に俺にとってこのミッションは相性がいい。だからこそ、最初は一ミスでもすれば即アウトと思っていただけにまさか100回もチャンスがあるとはな」
「ほう、始まる前から余裕か」
「ああ、油断はしねぇが余裕が生まれた。最初は不安だったが今は確信に変わったぜ。このミッション、俺なら必ずクリアできる」
そう始まってもいないのに俺は生き返りミッションに対して勝利宣言をした。
しかしこの後、俺は思い知ることになる。
このミッションの難しさを。男の娘だとバレないことの大変さを。