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Mission-01 『神と死人とセーラー服』


「神の慈悲に感謝しろ、葦山あしやま蒼葦あおい。お前に生き返らせるチャンスをやろう」


「……は?」


 目を開けると、俺は並べて敷かれた四つの畳の上で足を投げ出し座っていた。

 そんな俺の目の前にあるのは昔の漫画やアニメに出てきそうな小さな茶色のちゃぶ台。その上には菓子とみかんの入った皿が一枚置かれている。

 そして、俺に投げかけられた言葉はそのちゃぶ台を挟んで対面に座っているお面にセーラー服姿の怪しさ満点のやつが発したものだ。


 当然、意味がわからない。

 神? 慈悲? それに生き返らせる?

 こいつは一体何を…?


「おい、返事もできんのか? もう一度言うぞ、葦山蒼葦。貴様に生き返るチャンスをやる」


「生き…返るだと…?」


「はぁー、やっとまともな言葉を返したと思えば復唱か…。まったく、知識に乏しい生命体との会話は思ったよりも難儀だな。その様子だと自分が死んだことにも気づいてなかったのだろう?」


「死んだ…!?」


 ハッとして思わず胸に手を当てながら、全身を見回す。

 軽く見ただけだとどこにも外傷はない。しかし、外傷はないのだが同時に本来ある筈のものもなかった。手に伝わる鼓動が無かったのだ。


「心臓が…止まってる……?」


「そうだ、つまりお前は死んでいる。死んだときの記憶はあるか?」


「え…っと、確か……卒業式に…あれ? 思い出せねぇ…!」


「なるほどな、死亡時の記憶は消えてる訳か。まあそれでもいいだろう、特にこれから行われることに関係はないしな」


 あっけらかんとした口調でお面セーラー服が言う。

 …つーか、こいつ誰だよっ!? なんで訳知り顔でずっと当たり前みたいにいるんだっ!?


「あんたっ、誰なんだよ…?」


 知りたいことは山ほどあるし、当然わからないことも山ほどある。この状況の一切合切が正直俺の理解の範疇を超えているからだ。

 だから、とりあえずまず一番に気になったそれを聞いてみる。

 するとお面セーラー服は呆れた様に「はぁー」と大きく息を吐くと、


「何でもすぐ聞かずにまずは現状から推察してみろ」


「いやっ、推察っつったて…」


 起きたら俺はここにいた。

 畳やちゃぶ台など見慣れたものはあるが、それが異物感を醸し出すほどにその周囲はどこか現実離れした空間。そして、その俺の心臓は止まっている。こいつの言い分から考えて俺は…死んだってことになる。

 つまりここは死後の世界?

 ならこいつは―――。


「閻魔様ってか?」


「ふむっ、四十点やろう。赤点ギリギリ回避だ、神の慈悲に感謝するといい」


「…神だって?」


「ああ、私が人外の者であることを理解しただけで大サービスでその点数だ。まあ最初に神の慈悲と言っているのだからその時点で気づいてもらいたかったのだがな。全く自分の甘さが嫌になるな」


 そう首を振りながらお面セーラー服がちゃぶ台に肘をつく。

 

「ハハッ、驚いたぜ…。まさか神様がこんなコスプレ野郎だったなんてな」


「フッ、軽口を叩ける余裕が出てきたのはいいことだ。だが、その発言は見当違いだ。神というものは世にある概念の数だけ存在する。私はその中の一柱にすぎん、貴様の想像するような神らしい神もいるにはいるさ」


「役に立たなそうな知識をどうも。そんでそんな神様が死んだ俺に何のようだよ?」


「貴様はあれだな、人間の癖にずいぶんと鳥頭だな。私は同じ説明を二度も三度もするのが嫌いだ」


「…そうだな、最初に生き返らせるチャンスって言ってたっけか」


 うん、なんかこいつ怖ぇんだけど…。

 無言の圧力が凄い。神だからだろうか、というか俺はこいつを神と認識していいのだろうか?


「そうだ、今からお前にはとあるミッションに挑戦してもらう。それを達成すれば晴れてお前は生き返る、千載一遇の好機だぞ」


「はぁ…」


 そんな俺の心情を知らずか自称神は話をスラスラと進めてしまう。

 

「どうした? 二度目の人生のチャンスがあると知れば狂喜乱舞しそうなものだが、浮かない反応だな」


「ん、ああ…。正直言ってまだ頭が追い付いていないのかもな。死んだときの記憶が無いし、死んだ自覚もほぼほぼ無い」


「なるほど、そういうものか。だが取り乱すよりかはましかもしれぬな」


「で、俺は何をすればいいんだ?」


 まあ難しいことはわかんねぇし、考えても仕方ねぇ。

 郷に入れば郷に従え、とりあえずこの神様の言うことを聞いてみることにするか。

 俺のその言葉に神は「ほう」と今までにない反応を見せる。どこか感心している風だ。


「前向きだな、いいことだ。やはり死んだ実感はなくとも生き返るという餌には当然食い付くか」


「まあな。夢とかそういうのがあったわけじゃねぇけど、妹二人が嫁にいくのは見たいし親より先に死ぬ親不孝者にもなりたかねぇ。もし俺が本当に死んでて、その上で生き返れるんなら当然その話に食い付くだろ」


「そうか」


「ああ」


 そう言えば少し不思議に思っていた。

 数分前から始まったこの不可思議な空間での荒唐無稽な話。

 これら全てを簡単に解決する一つの回答があった。それは夢。当然だ、こんな状況になったらまず始めに夢を疑う。俺の意識がハッキリしてるから明晰夢ってやつだな。

 しかし、俺は何故だがこの自称神もその神が話す話も全て実際に起こっていることと自然と認識していた。これも神の御業というやつだろうか。

 

 なんにせよ、俺は今目の前でされている話は嘘や虚構であるとは思えなかった。

 この神が言っていることは全てが事実だと心とか魂とかそんな漠然としたものが俺にそう告げている。つまり、俺はもう本当に死んでいるのだろう。

 

「そっか…、死んだんだな、俺」

 

 思わず話の途中であるが、そんな言葉が自然と口から出てしまった。

 ここでようやく俺は自分の死を実感した。

 そして、


 ―――ああ、まだ死にたくねぇな…。


 心の底からそう思った。

 そして、そう思ったときにはもう気持ちは固まっていた。


「俺は生き返りたい。教えてくれ神様、俺は何をすれば生き返れるんだ?」


 さっきよりも少し強い口調と強い気持ちでそう問いかける。

 気のせいだろうか。その瞬間に、お面の表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。


「よし、ならば葦山蒼葦――貴様にミッションを与える」


「おう」


「貴様を今から私が指定したとある時間軸のとある場所に黄泉がえり(仮)として送り出す。名前や容姿はそのまま、当然お前の意識もそのままだ。戸籍や住居などはこちらで手配する」


「なるほどなるほど」


「そこでお前は転校してきた高校三年生として始業式から卒業式の一年を過ごしてもらう。これが大まかな流れだ」


「………それだけか?」


 思わずそんな拍子抜けした声が出る。

 なんだそりゃ? それがミッション?

 が、生き返りをかけたミッションがそんな簡単なもののはずはもちろんなかった。


「もちろん、それだけではないさ。お前にはこれを着てその学校に一年間通ってもらう」


 そう言いながら神が指差したのは、実際に今の自分が着ている衣服だった。

 つまりセーラー服だ。

 

 ………は?


「お前が生き返るための条件を発表する。一年間、貴様は誰にもバレることなく男の娘として学生生活を送れ」


「はぁっ!?」


「それを完了した時に貴様を生き返らせると神の名のもとにここに誓おうではないか」


 お面で見えないが、神の口元がニヤリと今日初めての笑みを浮かべた気がした。


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