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第94話 ヤイファ・ヴィンセント

「いらっしゃいませ」


 一番大きな建物の入り口を通り抜けるとすぐ側に控えていた男性店員から声がかかった。

 前世のお店と同等の接客マナーだ。しかも抑揚のない声ではあるが、女の子一人で入ってきたというのに大店独特の上から目線も無く単純に「一人のお客様」として扱っていることがありありと見える。

 ここに入ってきた理由はさっきからひっきりなしに人が出入りしていて一番入りやすそうだったからだ。

 さすがに平民はほとんど見かけないが、それでも高ランクの冒険者と見られる人が数人いる。

 中はかなり広いフロアになっており、見本品が見辛くならない程度に所狭しと並んでいる。この陳列もそれこそデパートのようだけど、一つ違う点は在庫の数を見せていないこと。

 そう考えるとどちらかといえばブランドショップの陳列に近いだろうか?前世の友だちの付き添いで一回行ったっきりだけど。

 キョロキョロと店内を見回していると私に「いらっしゃいませ」と言った男性店員が近付いてきて恭しく一礼した後に話し掛けてきた。


「お客様、何をお探しでいらっしゃいますか?」


 よく見るとなかなか渋いお歳の男性店員で、どことなくナージュさんに似た雰囲気がある。

 違う点は髪を短く刈り揃え、決してこちらに目を合わせないことだね。あの人はこちらの目をじっと見て話すから威圧感が凄い。


「探してるわけではないのですが、カボスさんからこちらのお店を紹介していただきまして」


 そう言って腰ベルトからミルルに預けられた箱を取り出そうとはせずに男性店員に微笑みを浮かべる。


「番頭に確認して参ります。少々お時間を頂きたいので奥の部屋でお待ちいただけますか?」

「えぇ、わかりました」

「恐れ入ります。ではこちらへ」


 そして彼に通された部屋は店内から奥に入り、階段を上がった先に用意された豪華な一室。

 調度品の数々もリードやミルルのいるAクラス近辺のものと遜色ない。となると、一つ一つが呆れるくらいの金額になっているだろうことは想像に難くない。

 ソファーに腰掛けて少し経つと女性店員…格好はほとんどメイド…が紅茶を持ってきて私の前で淹れてくれる。そしてカップを目の前に置くと彼女は扉のすぐ脇に控えるように立った。

 ますますもってメイドよね?

 こんなことはベオファウムの屋敷でも散々見てきたので今更気にしないけどなんか落ち着かない。どちらかと言えば私の前に座ってお喋りしながら一緒に待っててくれる方が助かるのに。

 とは言え、彼女に話しかけても逆に迷惑になりかねないので黙って紅茶を啜りながら待つことにしよう。

 なかなか香りの良い紅茶だし、抽出された色もとても綺麗。少し濃いめに淹れてあるのだろう暗赤色の液体はまるで水に溶けたガーネットのよう。

 一口飲むと鼻腔から抜ける芳香で部屋の中全体が紅茶の香りで包まれているかのような錯覚すら覚える。

 …これ、一杯だけでいくらするんだろ…?


ガチャ


「失礼、大変お待たせした」


 ノックもなく入ってきたのは先程まで店頭にいた男性店員を引き連れた強面の青年だった。

 厳ついというよりは「何を怒っているの?」と聞きたくなるような表情で、正直接客業にはあまり向かないかもしれない。

 勿論部屋に入るときのマナーの悪さも気になる。

 実際のところは知らないが、声の感じからしてもあまり歓迎されていないように思える。


「君がカボスから紹介されたという者か?…まだ子どもじゃないか」


 むー…初対面でこれって、客商売としてどうなの?

 確かに今の私はまだ子どもだけど、一人のお客さんなんだけどなぁ?


「はじめましてセシルです。カボスさんからはいつも良い石を買わせていただいてます。そのカボスさんからこちらのお店ならもっと良いものが見られると聞いたのでお伺いしました」


 立ち上がって一礼した後、自己紹介して相手の反応を見ることにする。

 これでもダメそうなら仕方ない。ミルルから預かった紋章付きの箱でも出してみよう。


「そうか、カボスがな。私はヴィンセント商会本店で番頭をしているヤイファ・ヴィンセントだ。まぁ…カボスの紹介だ、少し話をしてやろう」


 そう言ってドカッとソファーに腰掛けると扉の側で控えていた女性店員に手を振り自分の分の紅茶を用意させた。


「さて…カボスに取り扱わせていたものは宝石類だったか?」


 紅茶を一口飲むと彼は徐に隣に立つ男性店員へと話を振る。

 客である私のことは見てもいない。


「間違いないかと。セシル様も『石』を買っていたと申しておりましたので」

「ふん…こんな子どもに『様』などつける必要あるまい。おや…会長の言うことをいちいち聞いていたら本当の金持ちに逃げられるわ」


 …ダメだ。この人客商売ナメてるわ。

 相手の懐具合で態度を変えるような人が責任ある立場に就いてるようじゃこの商会も先が知れるね。


「さて、『石』だったな。カボスが取り扱うようなクズのような石とは違う、本物の石を見せてやろう。おい、デカい宝石の入った箱があっただろ。あれを持って来い」


 ヤイファが隣に立つ男性店員に指示すると彼は優雅な動きで部屋を退室していった。

 ちなみにこの部屋を出た後すぐに走り出していったのを私の気配察知で確認済みだ。彼のような本物の接客ができる人こそ目の前で大きな態度をしている親の七光り馬鹿の代わりに責任ある立場に就くべきだ。


「まったく…カボスも目が曇ったものだな…」


 小声で呟いても私には全部聞こえてるからね?

 下手に親がお金持ちなせいでそれを全部自分のものだと勘違いしてるんじゃなかろうか?

 そんなことを目の前で言われたり、考えたりしている間も私は作り笑顔を顔に貼り付かせたまま静かに待つことにする。

 ここで怒ったところで何かが変わるわけでもない。クレームとは言われた方がためになるので、本来は何も言わないサイレントクレームこそが最も恐ろしい。知らない内に、指摘されることもないままにお店の悪評だけが広まっているなんて考えたくないと思わないのかな?

 この世界ではそんなこと起こり得ないかもしれないけどね。

 しばらく無言の状態が続いていたが私は気にしないし、ヤイファも私に無言で退屈、気まずいとか思わせないようにしないとなんて気が回るはずもなく私とヤイファ、そして扉脇に控える女性店員の三人は呆けて男性店員が戻ってくるのを待っている。

 そういえば午後になってるのにお昼ご飯まだ食べてなかったっけ。寮で食べることはできるけど折角町に出ているというのにわざわざお昼ご飯のために戻るのはなんか癪だ。

 そうしてさっき通った露店通りの食べ物を思い出していると扉が開いて男性店員が戻ってきた。


「番頭、お待たせしました」

「遅いぞ!いつまで待たせるんだ!」


 目の前に客がいるのに部下を怒鳴る上司とか有り得ない。

 前世の日本ならパワハラで訴えられるよ?

 男性店員は手に持っていた箱をヤイファに差し出すと彼はそれを奪い取るかのように取り上げテーブルの上に置いた。

 それにしてもこの男性店員もさっきからいろいろとやられているのにされるがままなんだよね?ある意味ちょっと不気味だ。


「さて、それじゃこれで目の保養をしたらとっととお帰りいただこうか」


 そう言って箱をあけると中にはいくつもの宝石が入っていた。

 どれも母岩からは取り外されていて、大きさも私の親指の第一関節くらいある。種類も豊富でサファイア、ルビー、ダイヤモンド、ガーネットにアクアマリンなどどれもこれも見たことのある著名な宝石の数々がその箱の中に入っていた。

 そう、乱雑に詰め込まれて入っていた。


「…素晴らしいですね」

「そうだろう?君のような平民の子どもでは手に入れることもままならない宝石だ。これほどの宝石を一堂に見ることなど今度まず有り得ないだろうな」


 ヤイファは箱の中から一つのサファイアを取り出し手の中で転がすように眺めた後、箱の中へと放り投げた。次はルビー、トパーズと同じように少し眺めては箱へと放り投げていく。

 …あとでアンタも同じように空からこの屋敷(はこ)に投げ飛ばしてやりたいよ。

 だいたい私の腰ベルトの中には既にこの箱に入ってるよりも沢山、大きなものも種類も豊富に揃ってるよっ!

 ほんっとに雑な扱いして……宝石が泣いてるようだよ。

 こんな箱に適当に入れられてさ。

 私の腰ベルトのような魔法の鞄なら中で干渉し合うことはないので、どうせならそういうものに保管してほしい。

 でも喧嘩を売るつもりもないので驚いたような顔くらいはしておく。


「すごいですね。ちなみにこれはおいくらほどなんでしょうか?」

「そうだな……おい、これはいくらだ?」


 ヤイファは金額を把握していないようで、これまた控えていた男性店員に尋ねた。

 彼はヤイファに耳打ちして金額を伝えているが、さっきから表情が全然変わらないので何か企んでいたとしても読み取れそうにない。


「ふむ、だいたいこの箱に入ってるもの全て合わせて白金貨二枚だそうだ。尤も…君のような平民では白金貨を見かけることもあるま…」

「じゃあそれ全部いただきますね」


 そう言って私は腰ベルトから白金貨二枚をそのまま出した。

 今私の資産は冒険者として稼いだものとリードの家庭教師をしていた分でだいたい白金貨換算で百五十枚くらいある。

 白金貨が一枚だいたい百万円程度の価値があるので私の資金は現在一億五千万円ほど。

 前世でもそのくらいあったなら遠慮せずいろんな宝石を買っていただろう。

 そして私の出した白金貨を男性店員が受け取ると擦り合わせたり、互いにぶつけたりして確認している。


「問題ありません、本物です」

「…カボスさんからの紹介で来ているのにそんなことするわけありません。それで?その箱の中身は全て譲っていただけるので?」


 私が問いかけると男性店員はヤイファの方を伺い、彼が頷くと丁寧に腰を折ってお辞儀した。


「ありがとうございますセシル様。ではこちらはセシル様にお譲り致します」


 箱を閉じそのまま私の方へと差し出してきたので私もそれを受け取り腰ベルトへと収納した。

 さて、これでようやくまともな取引ができるかな?

今日もありがとうございました。

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