第93話 ヴィンセント商会
絶対やってやる!
と、意気込んでみてはいるけども。
今のところまだ見通しは立っていない。
順調に宝石は集めているものの、肝心の加工職人が見つかっていない。
一から教育しようにも私にはその知識がないので、一緒になって試行錯誤してくれる人材が必要になる。
そんな人に心当たりなんかないからね。
こうして宝石のことを考えてるときだけは頭の中に響く「転生ポイントを貯めろ」もいう声も気にならない。
これも本当にどういうものなのか、何かしらヒントくらいあってもいいと思わない?
王都の露店通りを一人歩きながらそんなことを考えているうちにお目当ての店が見つかった。
店先にはいくつもの原石が並んでおり、一番手前には極小粒なものが何種類も並べられている。ベオファウムでは見かけなかったようなものもあるのでこれはかなり期待できるかもしれない。
色とりどりの宝石たちに目を輝かせながらも展示されている他の原石を見てみると、大きな琥珀が飾られている。しかし、金額はイマイチ高くない。これの価値をわかっていないのかもしれないね。
そして店を構えているのはいつものおじさん。
…ん?
「あれ?おじさん?」
「…ん?セシルちゃんじゃねぇかっ!」
ベオファウムでいつも原石を買っていたお店のおじさんと感動的(?)な再会を果たした私は彼の隣に椅子を出してもらって一緒に店番をしていた。
彼曰わく「セシルちゃんは俺の常連だけど娘みたいなものだからな!」だそうだ。
悪い気はしないけど、いいんだろうか…。
「それにしてもまさか王都でセシルちゃんに会うとは思わなかったな。ここでの商売が終わったらベオファウムに行く予定だったのによ」
「驚いたのは私もだよ。やっと王都で原石のお店見つけたと思ったらどこかで見たことがある顔だー!って」
「へへっ、セシルちゃんに顔覚えられてるのは嬉しいねぇ。しかもその服、貴族院の制服じゃねえか?」
おじさんは私の着ている服を指差すと「貴族?いやでもこの色は…」と言っている。
さすが商人だけあってなかなか良いところまで見ている。
「私はリードルディ次期クアバーデス侯爵様の従者として貴族院に入ったんだよ。元々ベオファウムでも彼の家庭教師をしてたんだからね」
「あぁ、そういや前にそんなこと言ってたな…。嘘じゃなかったのか…」
「ええぇぇっ?!ちょっと?!疑ってたの?酷いよぉ」
私が顔を寄せて詰め寄るとおじさんは後ろ頭をボリボリ掻きながら苦笑いを浮かべている。
「ははっ、面目ねぇ。普通はこんな小さなお嬢さんが貴族様の家庭教師になることなんてねえだろ?」
「むー…そうかもしれないけどぉ…」
その後機嫌を悪くした振りをした私をおじさんが必死に宥めてくれ、その姿が面白くて大笑いしたところで彼もようやく私の演技だと気付いたようで今度は私が彼を宥めるのだった。
しかし、さっきからここにいるけどお客さん来ないなぁ。
こんなのでやっていけるのかな?
「セシルちゃん、今『こんなに暇でお店は大丈夫だろうか』とか思っただろう?」
「…おじさん、私の考えてること当てるの禁止だよ」
「おいおい…セシルちゃんは考えてることがすぐ顔に出るからな。わかりやすいし可愛いんだが、あんまり商売には向かねえな」
「…いいもん。私冒険者だから商人になるつもりはないもん」
でも実際問題、おじさんのこのお店が無くなるのはとても困る。私の宝石はかなりの数をこのおじさんから購入したものだからだ。
万が一を考えて別の宝石商もそろそろ当てを付けてもいいかもしれない。
「確かに暇なんだが、ここの露店で商売するのはあくまでも副業……いやどっちも宝石を取り扱ってはいるんだが、ここでこういう品質の良くないものを売るのはあくまでもついでなんだ」
「うん?そうなの?」
「あぁ。一番大きな仕事は王都に来てからすぐに終わらせて、残りの時間をここで売って、小銭を稼いでるのさ」
「へぇ…じゃあ本当はもっとお金持ってる人に高く売りつけるのが仕事なんだね?」
ニコニコと黒い笑顔を浮かべればおじさんのようなベテラン商人といえどタジタジ。上半身が私から離れようとぱっと後ろに動いたのを見逃してないからね?
「勘弁してくれよセシルちゃん…。かなり自由にさせてもらってるけどおじさんだって大店の雇われ行商なんだからよ」
「へぇぇ、初めて聞いたよ。それじゃあ是非ともその取り扱ってる商品を見てみたいね!」
「……まぁセシルちゃんならいいか。北通りの王城近くにあるヴィンセント商会ってとこで『カボスからの紹介』って言えば、いろいろ見せてくれる」
……ヴィンセント商会?
確かミルルの実家のベルギリウス公爵家御用商人じゃなかったっけ?先日リードとミルルのお茶会(という名目の私とミルルのお茶会)のときに教えてもらった商会だ。
入学試験のときにカイザックと戦ったご褒美としてミルルからベルギリウス公爵家の紋章が入った箱を渡されている。
思わぬところで繋がるものだね。
「私の友だちもそこを贔屓にしてるって言ってたから、この後その子の名前とおじさんの名前でお店に行ってみるね」
「…その友だちってのが誰なのかは聞かねぇぞ。絶対だ」
あらら。
おじさんは耳を塞いでそっぽを向いてしまった。
まぁいい。とりあえずこの後で行ってみよっと。
「それはそうと、おじさん。前にお願いしてた紫色の宝石のこと聞いてみてくれた?」
「ん?あぁ、アレが。アレは『セイシャライト』って宝石らしいぞ。東の国からたまに入ってくる珍しい宝石ってことだ。だいたい貴族様のところへ流れちまうんだが、前回みたいに売れ残ったりするとあぁやって平民にまで行き渡るみたいだぜ」
ふむふむ。
やっぱりそっくりだったけどタンザナイトではなかったか。
そりゃそうだよね。
タンザナイトはタンザニアで産出されたのがキッカケでその名前がついたんだから、世界が違えば名前が違うことだってある。
宝石の名前や動物、野菜の名前は案外同じものが多いけど。
セイシャライトは濃い青紫色の宝石でとても綺麗だったからもっとたくさん欲しいと思ってたんだけど、ほとんど貴族へ渡ってしまうなら私が手に入れるのは難しいかもしれないね。
さて。
そろそろ物色しようかなと思い、店頭に並べられている原石を見やる。
相変わらずどこから集めてくるのか大量のアメジスト、シトリン。今日はそれ以外にも色とりどりの宝石が並ぶ。
だいたいこのおじさんは宝石を色分けして並べているのでわかりやすいが、たまに他の石が混じっていることがあるのでそのあたりは注意している。
前もシトリンの中にトパーズが混じっていたしね。
しかし…ここまで色とりどりだと何が入っているかわからない。
「おじさん、ここにある小さいの全部貰うね」
「おっ?やっぱセシルちゃんはそうじゃなきゃな!他にはどうする?」
「うーん…あとはこっちの大きな赤いのと青いのも。それとそっちの水晶のクラスターをあるだけもらおうかな」
私が指差す先からおじさんは麻袋に詰めていく。
一応小さなクズ石も全て色分けされたまま入れてくれているのであとで取り出すときもわかりやすい。
大分買い込んでしまったので露店の表はちょっと寂しくなってしまったけど、私にとってはいつものことだ。
「じゃあ今日は全部で…」
「はいこれ」
私はおじさんの手に金貨を一枚乗せた。多分全部で小金五~六枚というところだろうけど、次回以降もまた心躍るような仕入れをしてもらいたいのでこれも一つの先行投資だ。
「…なぁセシルちゃん、おじさんこれでも真っ当な商人やってるんだがなぁ?」
「うん、知ってるよ。だから次も私が満足するような宝石をお願いね」
「はぁ…敵わねぇなぁ」
そしてまたおじさんは後ろ頭を掻きながら苦笑いを浮かべるのだった。
おじさんのお店から離れると先ほど話に出ていたヴィンセント商会へと向かうことにする。どのみち帰り道から少し足を伸ばせば済むような場所。
折角なので早いうちに足を運んでおかないと私に対する情報の鮮度が落ちてしまう。
今日冒険者ギルドで依頼を受けなくてよかったよ。でもまさか露店のおじさんもその商会と繋がってるとは思いもよらなかったけどね。
王都中央の建国記念碑から北通りへ入るとすぐに他の通りとの違いがわかる。
まずは歩いてる人が減り、馬車の往来が増える。
一つ一つの店が馬車を着けられるほど広く、明らかに一見さんお断りな雰囲気を出してるお店もあるほどだ。
そして何よりも石畳の舗装がしっかりしていて凸凹がほとんどない。そのため馬車もあまり揺れないのか貴族様達はほとんど馬車で着けて買い物していくようだ。
しばらく歩いていくと更に街並みに変化が現れる。
このあたりからは高位貴族の屋敷も並ぶ超一等地。
伯爵以上の法衣貴族の屋敷が並ぶ中にクアバーデス侯爵の王都別邸もあるのだが、屋敷を維持するための使用人がいるだけで領主様自身もほとんどこの屋敷を使うことはないのだとか。
実際貴族院が完全寮制でなければリードにこの屋敷を任せたはずだ。
領主様はどこに人の目があるかわからないような王都の生活はさぞかし狭苦しく感じてしまうかもしれないから、滅多に滞在することはないんだとか。
あの人、フリーダム過ぎるんだよね。とても好感持てるけど領主様としてはどうなの?って思うわけだ。
さて。
目の前にそびえ立つヴィンセント商会。
北通りを挟んで反対側に建つゴルドオード侯爵家の屋敷と同じくらいの敷地があるのに庭園は最低限としながら三階建の建物が四つ建ち並ぶ。
コの字形をしつつ奥にもう一棟。生活スペースなのだろうか、そちらへ向かう通路が一本だけで外から向かおうにもその外周部には立ち入り禁止として警備員が配置されている。
これはなかなかのセキュリティーだねぇ。
現代日本なら施錠と防犯カメラ、防犯ベルなどの対策をするだけなのだろうけど、ここは異世界。
そういうデジタルな部分は全て人の手や目が入っていると。
安心なんだか賄賂などで懐柔されたりしないか不安なんだかよくわからないけど、とにかく維持するだけでも毎日相応のお金が動いていることはわかった。
庭園に立ち尽くしていても不穏な目で見られるかもしれない。
そう思った私はやっと足を前に進め、そのデパートのような大店に入っていくのだった。
今日もありがとうございました。
 




