第88話 クラス分け
貴族側の教室に比べたら簡素な作りではあるものの、十分に立派な扉を開けると中には既に座って待機している従者達がいる。
大学の講義室のようなすり鉢状の部屋で大きな黒板もある。
私の記憶にあるような前世の講義室と比べても全く遜色ない、ともすれば作りが立派な分上等かもしれない。
私は空いてる席を探して室内を見渡すと見知った顔を見つけ、彼女の隣へと足を進めた。
「こんにちは、ミオラ殿。貴女も上級クラスでしたのね」
「こんにちは、セシル殿。…ってこっちはそこまで堅苦しくしなくていいのだし、以前のように話さない?」
「…それもそうね。元気だった?」
私が頷いてすぐに砕けた話し方にすると彼女もほっとしたように微笑んだ。
「えぇ。主人の身の回りのお世話が大変だったくらいかしら?」
「確か…ジンライル伯爵のご子息のリュージュ卿…だったっけ」
「そうよ。まだ十歳なのに…ませてるというかなんというか」
そう言って溜め息をつく彼女はかなりお疲れの様子。
ミオラはスタイルもいいし何より雰囲気が妖艶だから男の子ならいろんな意味で惑わされてしまうのかもしれないね。私も深堀りして変なことを聞いてしまっても嫌なので同情の意を示すだけに留めておいた。
「お互い異性の主人だと何かと大変じゃない?セシルもそういう愚痴があったら聞いてあげるわよ?」
「異性?愚痴?……あるにはあるけど…ミオラには相談しにくいというか…」
「えぇ?どうしてよぉ?」
貴女にはわかるまい。持たざる者の悩みなど……いいなぁ、あれだけ胸があったらなぁ…。そしたらリードだって…。
って?!
いやいやいや!今私何考えてたんだろ。無い無い!あんなお子様とか駄目に決まってるって。それはもう事案よ?前世なら明らかに通報されちゃいます。
「とりあえず今のところはそこまでストレス感じるようなことではないかな」
「そう?それなら話したくなったらいつでも言ってね?私は多分つい愚痴っちゃうと思うわ」
ニコニコと笑いながらそんな話をしているけど、周りに聞かれたらあまり良くないと思って無理矢理にでも話題を変えていくことにした。
ミオラと話し始めてしばらくすると再び見知った顔が入ってくる。
彼もまた私の姿を確認すると私の隣へやってきたのでミオラに詰めてもらって彼の席を確保する。
「私はミオラよ。ジンライル伯爵令息リュージュ様の従者として貴族院に入ることになりました」
「私はカイザック。ベルギリウス公爵令嬢ミルリファーナ様に仕える騎士だ。よろしく頼む」
「元々冒険者だからあまり丁寧な言葉遣いは慣れてないの。そのあたりは大目に見てね」
「あぁ、問題ない。私とて普段から貴族社会にいてうんざりしていたところだ」
美女とイケメンはお互いに笑い合うと私を挟んで話を盛り上げていく。というか二人がそんなに仲良くなるとは思わなかったなぁ…でも私を挟んでそんなに意気投合されるとさすがに私も居たたまれないんだけど?
そんな状況が長く続くこともなく、しばらくすると担任の教師が扉を開けて入ってきた。
「全員揃っているか?俺はこの従者上級クラスの担任になるゾブヌアス・レグルスだ。よろしくな」
…ん?レグルス?
もしかして…ゼグディナスさんの家族なのかな?
そういえばやたらと早く、まるでそそくさと王都からクアバーデス領に帰ったなぁって思ってたけど、こういうことかっ。
しかし世間は狭いものだね。
「えー…このクラスは数いる従者達の中で学ぶことを選び、更にその能力を高く評価された者達だ。この中には既に高位の貴族に仕えている者もいるが、場合によってはより上位の貴族から声が掛かることもある。ここ貴族院とはそういう場所だ。下級クラスの者達もより研鑽を積むことで上級クラスとメンバーとの入れ替えを行うこともあるので心するように」
前世であったプロサッカーチームみたいなものかな?
上級クラスの下位何番目までは下級クラス上位何番目までと入れ替えるというような。
それでも下級クラスの上位者が上級クラスに相応しい成績を修めることが条件。逆に上級クラスの者が上級らしからぬ成績であったならば入れ替えを待たずに即日下級クラス入りになることもあると説明された。
実際のところ今の順位ってどうなんだろうね?
私の偽装してあるステータスで判定されてるのか、それとも先日の試験結果なのか…どのみち私としては上の下くらいの順位を維持していればリードが恥をかくこともなく、目立ちすぎることもないだろう。
…試験の時、盛大にやらかしてしまってる気がしなくもないけどとりあえず考えないでおこう。
私が考え事をしてる間にゾブヌアス先生の話は進んでいて、貴族院での生活についての話をしている。
私達は従者なので基本的に全ての権限は主人が持っていること。そして貴族院内での私闘は禁止するが、決闘に関してはその限りではない。正直どこが違うのか全くわからないけどいきなり決闘を申し込まれても困ると思うんだけど?
当たり前のことだけど、自分の主人以外の貴族への接触は貴族側から求められない限りはこちらからは行わないこと。余計なトラブルに巻き込まれることもあるので私としてもそんなことをするつもりはない。
休日の行動は自由で町に出ても構わないが六の鐘までに寮に戻らないと罰を受ける。長期休暇以外の外泊は原則として認めない。
とまぁ、だいだいどこかで聞いたことがあるような規則をつらつらと読み上げている。他の生徒からは見えないかもしれないけど私達からは教壇に置いたカンペを見て話しているのが丸見えだ。
無論彼の名誉のために誰かに告げるようなことはしないが、目線の動きが気になって仕方ない。
これが前世の学生であったなら隣の席の人とクスクス笑いながら見る人もいるのだろうけど、さすがに貴族院。従者でもそのあたりの礼儀はしっかりしている。
…ユーニャの行った学校ならこうはなってないのかな。
「以上がこの貴族院での注意事項だ。尚、詳細は先日入寮に当たって渡された資料に記載されているので各々で目を通すように。何か質問は?」
ゾブヌアス先生がクラス内を見回すが誰も挙手する人はいないようで、私も今の話でだいたいわかった。
しかし私のすぐ隣にいたカイザックが挙手もせずに立ち上がった。
「ゾブヌアス殿、よろしいか?」
「うむ。…それと私を含め教師に対しては『先生』と呼ぶように。貴族院内ではどの高位貴族よりも立場は上だと思ってもらいたい」
「はっ、失礼しました。では、お伺いしたい。私闘は禁止するが、決闘は許可すると仰いましたが生徒同士での自主訓練の場合はどうなのでしょう?」
「許可する。但し訓練とわかるように必ず訓練場…諸君らが試験を受けた場所だな。あそこで行うことが条件となる。他の場所で行った際は私闘と見なし処分する。決闘の場合は必ず届け出が必要となるので詳細は配布した資料を読むように」
あの闘技場って訓練場だったんだね。
確かにかなりの広さがあったし、よほど手加減なく暴れない限りは私でもそれなりの訓練はできると思う。
あまり使うつもりはないけど、多分両隣にいる彼等からの誘いは多そうだ。
「もう一つ。ゾブヌアス先生はどの高位貴族よりも立場が上とのことですが、我々から話し掛けることは控えた方がよろしいのでしょうか」
「それはあくまでも立場の話だけだ。講義内容に関する質問、個人的な訓練、その他の相談までいつでも声を掛けていい。無論、教師に対する訓練時以外の暴力行為、礼を失する行為をしたものは処分があるので覚えておくように。決闘の申し込みも不可となっている」
なんかいろいろ説明されたけど、とりあえず先生には普通に貴族様相手に話すのと同じ感覚で話し掛けて良いことと、失礼なことや暴力は駄目ということ。
これだけわかれば十分だね。
ゾブヌアス先生は「他にある者は?」とクラス内に声を掛けたが特に無かったため、その時点で一息ついていた。
こういう説明したり講義したりするのが苦手なのだろうか。ゼグディナスさんもそうだったけど、頭や口が動くよりも身体を動かす方が早いタイプ。
私もゼグディナスさんに教えてもらおうとしたことが何度があるけど「こうして、こうだ!」と実際に身体を動かして見せてくれるだけで「こう」の中身を説明されたことはなかった。
この一族はひょっとしたらそういうものなのかもしれない。
「さて、それでは自己紹介でもしてもらおうか。各々名前と主人、貴族院に入ろうと思った理由など…まぁ何でもいいから話せ」
何でもいいって…随分適当な…。
でも多分これが素なのかもしれない。
窓際から順次に自己紹介されていくが、正直覚えられる気がしない。このクラスだけで三十人程度だけど元々人を覚えるのは苦手だし、前世での学生生活からあまり学校というものに良い思い出がない。
クラスメートを覚えるよりも自分の糧になることをした方がよほど建設的だと思って、極力関わる人を限定していたものだ。
中には私の態度とは関係なく絡んできてはどうでもいい話をしてきて、休日も一緒に遊ぶようになった子もいたけど。あの子元気かなぁ。
でも今回は折角の二度目の人生なんだし、少しくらいはクラスメートと関わってみたいけどなかなか自分の性質というのは変えられないようで、名前と顔を覚えるのに苦労しそうだ。
「私はミオラです。ジンライム伯爵家リュージュ様に仕えています。貴族院にはジンライム伯爵家よりお話をいただいて入学しました。今年で十七歳になります」
ん、気付いたら隣のミオラまで順番が回っていた。次は私だね。
「皆様こんにちは。クアバーデス侯爵家リードルディ様に仕えています、セシルと言います。侯爵様より冒険者としての依頼を受けこちらへ主人と共に参りました。今年で十歳です。どうぞよろしくお願いします」
うん、無難。
これなら周りも私を子どもだと思って見て…くれないよね、うん。試験のときに散々大暴れしたし、知ってたよ。
今も私と目を合わせないように顔を伏せる人がたくさんいるもんね。
「次は私だな。ベルギリウス公爵の令嬢ミルリファーナ様に仕えし騎士カイザックだ。私自身貴族の身分ではあるが四男という立場上貴族院へは初めて来た。今年でちょうど成人した十五歳だ。以後よろしく頼む」
おぉ?カイザックって実は貴族だったんだ?
でも四男だから貴族院には入れなかったってそんな規則あったっけ?私の知らない暗黙のルールでもあるのかもしれないし、このことはリードかミルルにでも聞いてみよう。
あと見た目がとても老けているというか…二十歳くらいだと思ったら成人したての十五歳だったのはちょっとびっくりした。
まさかミオラより年下だったなんてね。
そもそも話し方とか落ち着きすぎなんだよ。
あのラッキースケベ体質も実はわざとやってるムッツリスケベなだけなんじゃないの?!
そんな感じで自己紹介は進んでいき、私が覚えるのを諦めてからもしばらくは続いていくのだった。
今日もありがとうございました。




