第85話 セシルの決着、そしてお仕置き
「万が一のときにはごめんね。新奇魔法 精霊の舞踏会」
私が集中した魔力が顕現してカイザック殿を中心に魔力を帯びた光の球が浮かぶ。
この魔法は火、水、風、地、光、闇の六属性全ての魔力弾を無数に発射する。込める魔力によって威力は際限無く高まるのでケツァルコアトル擬きを倒す時のように大量の魔力弾を発射しなければならない時のために使う魔法。
本来光と闇の魔法には攻撃性のものはほぼないが私の今までの訓練やアドロノトス先生の教えを受けることでそれを覆すことができた。
光魔法は超高温高速のレーザーに、闇魔法は人体に凶悪な影響を及ぼす状態異常を引き起こす煙に、それぞれ編み出すことが出来た。
それらがカイザック殿の周りに約五百。
自重は止めた。威力だけは手加減する。本来魔王種に使うような魔法だから本気でやったら多分殺してしまう。
「こんな、ことが…。そんな…こんなの、最早魔王……」
「一つ一つはさっきと同じくらいだから、ちゃんと見切って防いでね?……くらえ」
突き出した両手の平を握る。
彼の周りに浮いていた魔力弾がその動きに反応して標的へと襲い掛かっていく。
「くっそぉぉぉっ!」
カイザック殿は盾を振り回しながら一つ一つの魔力弾に対処していく。目で見てから襲い掛かる魔力弾の属性を判断してそれに対応する盾を展開、消滅させると次の魔力弾に対応。
しかしそれが出来たのは最初の十発くらいで、右手の武器を手放しそちらにも盾を作り出す。
なかなか器用なことをするね。
ただ、私の魔力弾は死角からでも容赦なく襲い掛かる。それは真上からでも、下方からでも。
結果両手でも防ぎきれない数の魔力弾に対処しきれなくなった彼はようやくここにきて初めて被弾することになる。
一度被弾してしまえばそれを食い止めることができなくなり、次々と彼の体に魔力弾が降り注ぐ。
「もう止めて!止めてーーーーーっ!」
後ろから誰かの声が聞こえたけど関係ない。
これは私と彼の勝負。
私はやる気がなかったのに無理矢理やらせた。
ご褒美までチラつかせてやる気を引き出した。
この世界に身分が上の人には逆らえない理不尽さがあることはわかるけど、それだけではどうにもならない理不尽な暴力があることもあの子は知るべきだ。
かつて、前世で実の両親から振るわれ続けた無意味な暴力への反抗なのかもしれない。ただの八つ当たりかもしれない。
それでも私は絶対に許さない。
私みたいな悲惨な思いをする人はいなくならないといけない。
そうじゃないと私は……。
理不尽に暴力に晒され、理不尽に殺された前世の私だからこそ理不尽なことは絶対許さない。
だから他者にとって私は理不尽でいい。
「シャイニングシールドォォォォッ!!」
魔力弾に貫かれ続けていた彼が残った魔力を振り絞って叫ぶと、彼を中心に光の盾が四枚現れて私の魔力弾を全て防いでいく。
さっきまでのシールドと違い消滅ではなくただ防いでいる。
かなりの防御力がある盾みたいだけど…その残り少ない魔力でどこまで維持できるか…。
しかし私の思惑通りには行かず、彼の作り出した光の盾は最初に作り出した五百発の魔力弾を全て防ぎきった。
宙に浮かんだ光の球が全て無くなると同時に彼の盾も消え失せ、魔力を使い果たしたのかガックリと両膝をついて座り込んでしまった。
「見事、だね。でもその状態でこれは防げないよね?」
それはほとんど私の独り言にしかなっていないだろう。
彼は倒れてはいないものの魔渇昏睡の状態と思われる。多分、私の声は聞こえていない。
再び同じだけの光の球を宙に浮かべると闘技場の観客席から悲鳴のような声がいくつも聞こえてきた。
「もうやめて……カイザックを殺さないで……」
「セシル!!もうやめろ!」
…リードまで何か言っている。
私の実力が見たいって言ってたくせにね?これでも私のMPはまだ半分も減っていないのに。
私は魔法を維持したままカイザック殿の近くまで歩いていく。
すぐ目の前に立っているにも拘わらず、彼は顔を上げることもなく座り込んで動かない。
「カイザック殿、もう止めたらどうですか?貴方では私に勝てないのはわかったと思います」
「……わた、しは……。あ、意識を失っていたのか」
私が声を掛けると何とか気がつき、ようやく重そうに顔を上げた。
その顔は絶望の色に染められており、既に勝負はついていると思えた。
「どうしますか?まだ、続けるおつもりですか?」
浮かんだ光の球の一つを近くに寄せて彼に見せつけると、彼もまた頭を振って周囲を見渡す。
そして、絶望で染められた表情を凍らせて視線だけを私に送ってきた。
無理もない。
多分彼の完全な奥の手であるあの光の盾で全て防いだはずの光の球の群れが襲い掛かってくる前と同じ状態で変わらずに包囲されているのだから。
「もしまだ続けるのであれば今度は威力、数も倍にします」
そう言うと私は魔力を更に注いで魔力弾の数を増やしていく。
既に私達の姿は観客席からは光の球に遮られて見えなくなっているだろう。
それだけ密度の濃い空間になってしまっている。
「無理だ…。私ではこの攻撃を防ぎきることなどできない……降参だ」
「いいのですね?」
「いいも何も無い。無理だ。魔力も残っていないし、あの威力の魔法をあと千発?そんなことをされたら死んでしまう」
さすがにわかりやすい脅しをしたので彼も盾を手放して両手を上げた。
完全に降参してくれたようだ。
その言葉を聞いてすぐ私も魔法を解除して浮いていた魔力弾を全て消した。
光に溢れていた空間も落ち着いて、観客席からも私達が見えるようになっただろう。そして彼が両手を上げて降参しているのも見えるはず。
視線を動かすとリードとミルリファーナ嬢が観客席から立ち上がってこちらに向かってこようとしている。
どうやらこれで本当に終わりで良いらしい。
「とんでもない、強さだった…。私の盾があればどんな攻撃も防げる、護れると思っていたが思い上がりだったようだ」
カイザック殿はかすれ気味の声で絞り出すように話すとなんとか立ち上がろうと力を込めているがうまくいかないようだ。
さすがに試験が終われば私ももう思うところはない。ノーサイドとはラグビーの言葉だったとは思うが、彼の健闘は称えてあげたい。
私は彼に手を差し出して微笑みかけた。
「…君は素晴らしい人格者だな。化け物などと呼んだことを謝罪させてもらいたい…」
「はい、謝罪を受け入れます。カイザック殿もとてもよく戦われたと思います」
彼は私の手を取り、再び立ち上がろうとしていたので手を引いてあげる。
「ありがとう…っとと」
しかし魔力も切れ、体力の限界まで戦った彼はバランスを崩して私の方へと倒れかかって…
ふにゅん
「いひゃっ?!」
倒れかかって、私の胸に顔を埋めることになった。
「む…済まない…。ん?なんだこの固い板は…?」
……かたい………板?
そう言いながら彼は尚も立ち上がろうとして力を入れるが、その動きが私の胸に顔を擦り付けるような動きになる。
「い、い、いぃ…」
「ん?いいい?」
「いぃぃやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
胸触られた!
しかも顔ぐりぐりされた!
まだ誰にも触られたことなかったのに!!
彼を突き飛ばして両手で胸を庇う仕草をしてしゃがみこんだ。
「うぉっ?!…非道いじゃないか手を貸してくれたり突き飛ばしたり…」
「む、胸触ったの貴方じゃないですかっ?!!?!」
「…胸?…あれは君の胸だったのか?…てっきり何かの板だとばかり。あまりに固かったのでな」
ま、また固いって。また板って言われた…。
「おい貴様…。僕のセシルに何をした…?」
気付くとリードがカイザック殿に自分の剣を突きつけていた。
しかも刃を潰してない剣で。
「カイザック!大丈夫!?」
こっちはこっちでカイザック殿にべったりの銀髪公爵令嬢。
何このカオスな状況…。
「すみませんお嬢様、負けてしまいました…」
「いいのよ、貴方が無事でよかったわ…それで何故貴方は倒れているの?さっき彼女に助け起こされていたのではなくて?」
「えぇ…起きた時によろけてしまって彼女に寄りかかってしまいまして…。どうやらそのときに彼女の胸に触れてしまったようなのです」
「…む、胸に…?」
「えぇ。ですがご安心ください。彼女の胸はお嬢様よりももっと平らでまるで板のようでしたから」
「…貴様……僕のセシルを愚弄するか?彼女はまだ成長過程だ!あの板のような胸だってきっとこれから大きくなってくれるに違いないっ!そうだ、ミルリファーナよりも大きくなってくれるさっ!」
…ダメだこいつら。
私が怒りの炎を燃やしていると隣の公爵令嬢も銀髪をゆらゆらと靡かせている。溢れている魔力を抑えることもなく表情がどんどん暗くなっていく。
私も怒りで頭が沸騰しそうだ。
先ほど魔法を解除して魔力を体内に戻したが、それを再び右手に集中させる。
そして私と彼女は顔を向かい合わせると大きく頷いた。
「ねぇ、貴方達?」
「レディに対してデリカシーってものを持っていないのかしら?」
私達が表情を消して彼等に語り掛けると二人はきょとんとした顔でこちらを向いた。リードもとりあえずカイザック殿に向けていた剣先を下に下げている。
「レディ?セシルはまだまだ子どもじゃないか」
「お嬢様もまだこれから立派なレディになるための勉強中ですよ」
自覚無し。
これは教育の必要があるようです。
そして私達は再び顔を向かい合わせて頷くと集中した魔力を解き放った。
「ちょっと反省しなさいっ!」
「女の子に失礼なのよ馬鹿ーーーー!」
手加減はしたものの、私達の放った魔法は二人を闘技場の壁まで吹き飛ばして彼等はそこに叩きつけられて地面に落ちた。
ふん。回復魔法使ってあげようかと思ったけど、しばらくそのままでいなさい。
「はぁ…ちょっとはスッキリしたわ。申し遅れました、私ベルギリウス公爵の娘、ミルリファーナと申します。貴女の主人のリードルディ卿は小さい頃から存じておりますわ」
スッキリしたと思ったら突然自己紹介を始めた彼女に対して私は反射的に跪いた。
「はっ、私はクアバーデス侯爵ご子息リードルディ様に仕えて…」
「いいのよ、立ってくださいな。セシル殿、私達とてもよく似ていると思いますの。今後はお友だちとしてお付き合いしていただきたいと思っておりますの」
彼女は私の手を取って立ち上がらせるとしっかりと目を見ながら微笑みかけてきた。
どうやらこのお嬢様も一筋縄ではいかなそうだ。
最後の最後でもう一度礼儀作法の試験とは…ちょっと意地悪すぎない?
今日もありがとうございました。




