第9話 ハンカチ
ちょっとだけ残酷と思えるシーンがあるかも。
7/27 題名追加
ブーボウという大きな獲物が狩れたことでみんな嬉しさも一入だった。
体長約1メテル。
今いるメンバーの身長とほとんど変わらないということになる。これを全員で分けても十分以上の成果だろう。なので。
「さて、嬉しいのはわかるけど早めにここから立ち去るよ。止めと解体は森を出てから。じゃないと…」
「じゃないと、なんだよ?」
「セシル?」
ハウルとコールが言葉の途中で固まった私を見て首を傾げた。
みんなからは見えない後方にいるものに私が目を奪われてしまったからだ。
しかも悪いことに私と目が合っている。目の前にはブーボウの子ども。多分、アレは…親だ。
自分の子どもが怪我をして倒れている。そしてその回りには人間の子ども。
えぇ、そりゃもう大興奮でしょうよ。
「ぶふーーーーーっ!ふーーーーーーーっ!」
あ、ですよね。とても怒ってるようです。ワカリマス。
突然後ろから聞こえてきた声に私以外のメンバーもビクっとして体を強張らせた。
無理もない。
その声は自分たちよりも遥かに上から聞こえてきたのだから。
私は左手で全員を左右にゆっくり動いて離れるように指示した。
私が左手で動きを指示するときはゆっくり動けの合図。これは全員で森へ狩りに行くと決めたときからのルールで、ワガママなハウルにも絶対遵守させているものだ。
ブーボウの幅よりも全員が移動したことを確認したところで私はさっきハウルが投げた石を拾って投げつけた。
ハウルが投げたときと違って私の投げた石はもっと早い速度で飛んでいく。
狩人のタレントの恩恵もあって命中率に補正もあるので、ブーボウの額に寸分違わずに命中した。
「ぶぶぉーーーーーーーっ!」
「き、きたーーーーーーっ!!」
石を投げるまではこっちをけん制してるだけだったのに、当たった直後から私目掛けて猛突進してきた!
思ったより速い!つか、デカイ!
ブーボウはその体格に似合わないスピードで迫ってくる。その体格、まさしくさっきハウルが話していた通りの4メテルはある。体高でさえ2メテルはある。
つまり。
すっごいド迫力ってこと!
「うっひゃーーーー!」
迫り来る巨体を躱して跳び上がり木の枝に掴まってやりすごす。ブーボウはその巨体からか突進したあとすぐに止まれず私の後ろの木に激突して薙ぎ倒していた。
メキメキと音を立てて倒れていく木。
というか、そんなに勢いよくぶつかったんだから脳震盪くらい起こしてくれた方が可愛げがあるのにっ。
体をこちらに向けて更に突進してくる構えを見せる。
枝から飛び降りてブーボウの前に立つと短剣を逆手に持ち腰を落として首の高さくらいに構えた。
「セシル!どど、どうすんだよ」
「うっさい!いいから黙ってて!」
茂みの向こうからコールがビクビクしながら声を荒げる。無理もないが標的になりたくなければ黙っててほしい。
ハウルやキャリーの方へブーボウが向かっていっても多分避けることはできると思う。でも他の子たちは無理だ。だからこそ、標的が私から逸れることだけは避けないければいけない。
しかし、困ったな。あんなに興奮してたらさっきみたいに眠らせることもできない。土魔法で拘束しようにもあれだけの巨体を拘束するほどの力はまだない。
私が引き付けてる間に子どもたちに大人を呼んできてもらうのもありだろう。実際既にミックとアネットの姿が見えないので既にそう動いてるか、普通に逃げたか。
実際どっちでも助かる。
私が脳内を小賢しく回してる間にもブーボウは再び突っ込んできた。
が、当然私も避ける。ちゃんと冷静になっていれば動きは単純なので上でなくても左右でも大丈夫だ。
ブーボウは再度方向を変えるともう一度私に突進してきた。
今度はすれ違い様に短剣で切りつけてやる。
「シッ」
「ぶ、ふーーーーー…」
切りつけた短剣を見ると先の方には血や脂がついているもののあまり深く切り込めていない。
多分筋肉も脂肪もそれなりに蓄えてるであろうあの巨体から察するに、相応の長さの剣がなければ内臓等には届かないだろう。
すれ違い様にカウンターで致命傷を与えるにはこれでは無理だ。
傷つけられたことで更に興奮したのか、ブーボウは息がどんどん荒くなっていく。
子どもたちも静かにしてくれているので助かるけどあまり心配させるとキャリーあたりが矢を撃ってきそうだ。そうなると今度はみんなが危なくなる。
ということで、早速だけど午前中にやった特訓の成果をいきなり試させてもらおう。
短剣を鞘に納めて右手を突き出す。
孤児院にいたときに近所のおじいさんが院内の雑草を刈ってくれたことがあり、そのときに見た草刈り機。丸い刃がついていて高速で回転して草を刈っていく機械。
イメージするのはその丸い刃。それとウォータージェットだ。
突き出した手の前方へ水魔法で水の塊を作り出し、高い圧力をかけて圧縮して更に薄く延ばす。直径0.5メテルくらい。
水圧の方向を一部変えて回転させる。
更に土魔法を使って土中にある細かな石英を集めて水の刃に混ぜる。
なんとか目の前に高速で回転する石英混じりの水の刃が出来上がる。
この練習をしていて水魔法と土魔法のスキルレベルが7まで上がってしまったというわけだ。
でもそのおかげで作り出すまでの時間をかなり短縮できるようになった。その証拠に実際これを作るのに掛かった時間は3秒程度。
ブーボウが再度方向転換してる間に作り出せた。よほど刹那の時間を切り取るような戦闘でもしない限りは作り出す時間は取れると思う。
「さて、そろそろ闘牛士ゴッコも飽きてきたし、終わらせてもらうよ」
ブーボウが突進してくるのと同時にわずかに体をずらして私も飛び出した。
すれ違い様に水の刃をブーボウの側面に走らせてその体を切りつける。
水の刃を維持したまま私が振り返ったのに対し、止まることもできずに崩れ落ち滑るように茂みに突っ込むブーボウ。
まだ息はあるようだけど、さっき言った通り。
私が倒れて荒く息をしているブーボウに近付くとなんとか反撃しようとするのか体に力を入れる。でも残念ながらビクンと体が跳ねただけだ。
「これ以上は…ごめんね」
水の刃をそのまま首に落として胴体と切り離し、さっとその場から飛び退いた。
ブシュウゥゥゥゥゥと音を立てて血が噴き出して辺り一面を真っ赤に染め上げた。
うぇ、思った以上に勢いある!?
「って、わわっ!」
私が返り血を浴びないように避けているところへ子どもたちが茂みから飛び出してきた。
「す、すげーーーっ!セシル、おまっ、こんなでっかいブーボウを一人でかよっ!?」
「セシルちゃん、すっごいよーーーーー!」
ハウルとキャリーが興奮冷めやらぬ、といった感じで後ろから近寄ってくる。
パチパチと拍手が聞こえるのはコールかユーニャかな。
その声に応えようと振り返った。
「う」
「ひゃっ!?」
「うぶっ」
ハウル、キャリー、コールが同時に呻き声を上げた。
「え?…あ、返り血…」
さっきブーボウから噴き出した血が思った以上の勢いだったとは言え、私の体はまさに血塗れだった。ちゃんと避けたと思っていたけどしっかりかかっていたようだ。
見下ろす自身の服や手、足から靴までも血がついている。
さすがに…引くよね。私だって血塗れの友だちなんか見たらそうなるかもしれないし。
血塗れ…か。
ふと前世の、それも死の直前のことを、和美ちゃんのことを思い出した。
前世で私が死ぬ直前にとても怖い思いをした。そのとき一緒にいた和美ちゃんも巻き込まれたはず。私自身は恐らく血塗れで地面に伏していたと思う。
なのに。何故か。和美ちゃんは無事だったと、確信している。理由はわからない。でもわかる。和美ちゃんは大丈夫だったと。
ひょっとしたら、それも転生の特典だったりしてね。なんて
「セシル、お疲れ様でした。ホラ、顔が汚れてるよ」
みんなに引かれてちょっと落ち込んで顔を俯かせていると、ユーニャが近寄ってきて綺麗な白いハンカチで私の顔を拭き始めた。
「ダ、ダメだよユーニャ。ハンカチが汚れちゃうって」
「ふふ、ハンカチは汚すためのものよ。ホラ、動かないでじっとして」
「えぇ…だ、大丈夫だってば」
「ダーメ。…それに、血塗れのままじゃ皆が怖がっちゃうでしょ?」
最後の方は小さ目の声で諭すように囁いてきた。
普通はお母さんみたいな、って思うのかもしれないけど…私の前世の母親はアレだったので、とてもじゃないけどそんな風には思えない。
今世のイルーナは優しくて包容力があって温かくて。若いけど一生懸命お母さんになろうとしてる、とても尊敬できる人だけどね。
とは言え、このままユーニャにいいようにされるのはさすがにちょっと恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ自分でできるから」
「それもダーメ。いいからお姉さんに任せなさいっ」
「お姉さんって…同い年じゃんか」
「セシルを見てるとついお世話をしたくなっちゃうんだよ」
なんなのよそれはっ。
すっかりユーニャは私のお姉さん気取りだ…。恥ずかしいけど、悪い気はしないからいっか。
諦めて大人しくしてるとユーニャは手際良く顔を拭いてくれる。
「はい、おしまい。…うん、ちゃんとかわいいセシルに戻ったよ」
拭き終わったユーニャは後ろの3人に振り返った。
血塗れの顔からいつもの状態になった私を見て皆も少し安心したように体から力が抜けたのがわかった。
とりあえず鞄から手拭いを出して顔以外のところも拭こう。それにしても、全身ちょっと錆びた鉄のような、獣臭いような生臭いような…。あとでしっかり水浴びしよう。
「あ、ユーニャ。ハンカチ貸して。洗って返すから」
「え?…うーん。ううん、いいよ」
「ダ、ダメだよ。ちゃんと綺麗に…って洗剤とかないからそこまで綺麗にはできないかもしれないけど汚いから」
「せんざい?…洗わなくてもいいの。これは私とセシルが友だちになった記念にするんだから」
「え、えぇぇ…」
それを記念にするっていうのはどうなの?
言っても聞きそうにないので諦めてユーニャに「ありがとう」とだけ伝えると満足そうに頷いて「これからもよろしくね」と微笑んでくれた。
順調にセシルはチート気味に育っています。