第82話 男の友情なの?
「届け…届いてぇっ!」
ギィィィィン
私の叫び声と共にぶつかり合ったリードの剣とババンゴーア卿の大剣。
金属同士がぶつかったにしては嫌な音がした。
ドッ
そして、中程から叩き斬られた剣が地面に落ちた。
私の背丈ほどもあるババンゴーア卿の大剣がリードの火魔法を纏わせた剣によってその姿を痛ましいものに変えてしまった。
恐らくは高熱によって大剣が熱疲労を起こして強度も弱くなっていたからこそできたことなんだと思う。同じように魔闘術で武器を強化できる相手には通じないだろうけど。
でも、よくやったと思う。これでババンゴーア卿の武器はなくなったし、後はリードが畳み掛けるだけ……?
そう考えたときには既にババンゴーア卿は更に一歩踏み込んでリードの腹部にその右拳を突き出していた。
リードは魔力を使い果たして恐らくは魔渇卒倒を起こしている。だから動けない。まだかろうじて立っているものの直ぐに倒れてもおかしくない状態だ。
「駄目!リードはもうそれ以上戦えない!」
そして私が観客席から飛び出そうとした瞬間、ババンゴーア卿の拳がリードの腹部に突き刺さったかのように見えた。
しかしリードは後ろに吹き飛ばされるのではなく、前のめりに、ババンゴーア卿の拳に支えられるように倒れた。
どうやら寸止めしてくれたようで、リードにはほとんど衝撃は伝わっていないと思う。
「勝者、ババンゴーア卿!」
試験官がそう告げるのを聞き届けると私はすぐに飛び出してリードの元へ向かった。
ババンゴーア卿は片腕でリードの体を支えてくれており、私が近寄るとそっと私にリードの体を預けてくれた。
預けられたリードは体はボロボロで何度かババンゴーア卿の攻撃を受けたこともあって痣だけでなく、服も擦り切れ砂埃にまみれている。
負けてしまったとは言え、よく戦ったと褒めてあげたい。
私が周囲から見えないように回復魔法を使ってリードの体を癒やしていくと、痛みから解放されたのと少しばかり魔力が回復したことでリードは意識を取り戻した。
「あ…セシル…?僕は…」
「うん、頑張ったね。リードの戦い、ちゃんと見てたから」
「…そうか…僕は、負けたのか…」
それだけ言うとリードは力が抜けてしまい私にもたれかかってきた。
今だけは仕方ない、かなぁ?普段こんなことされたら引っぱたいちゃうかもしれない。
まだまだ鍛えなきゃいけないし、私の婚約者になるっていうならもっともっと強くなってもらわないと困るけど…今だけはお疲れ様。
「リードルディ卿」
「…ババンゴーア卿…」
ババンゴーア卿に声をかけられなんとか振り向こうとするが、顔を起こすだけで精一杯で自力で立つこともままならない。
私が身体の向きを変えてあげて、なんとか正面にババンゴーア卿が見えるようにしてあげると、彼は右手を差し出してきた。
「…とても強かった。俺が勝てたのはこの恵まれた身体があったからこそだと知った。卿はその小さな身体に素晴らしい技術や魔法を駆使して戦った。その姿勢を俺は尊いと思う。今朝の非礼を詫びると共に、またこうして戦ってもらえると嬉しいがどうだろうか?」
困ったような苦笑いを浮かべながらもババンゴーア卿はリードに対してかなり評価を上げたようだ。
もしまた何か嫌味でも言ってこようものなら私がぶっ飛ばしていたところだったけど。
リードは差し出された右手を取って強く握手した。
こういうのよく漫画にあったけど、男同士の友情ってやつなのかな?私には理解できないけど。
「あぁ。今度こそ僕が勝つからな!僕はもっともっと強くなってみせる」
「ふ…。ではそれを楽しみにしよう。それと…セシル殿、だったか」
「…はっ」
突然話がこっちに飛んできたので少し驚いたが、なんとか問題なく対応できてよかった。
「貴女にも非道いことを言ったな、それは詫びよう。よくリードルディ卿をここまで鍛えたものだ、素直に感心する」
「はっ、ありがとうございます。今後もババンゴーア卿に負けぬよう鍛えて差し上げる所存にございます」
そして、彼は「ではな」と言って立ち去っていった。
後ろ向きのまま右手を立てており、それがなかなか様になっている。
ちょっといけ好かない感じだったけど、強い人には敬意を払う戦闘狂みたいな人なんだね。私はあんまり関わりたくないけど。
だって暑苦しいでしょ?
その後リードを救護班に任せると私も席に戻るよう促されたので気にはなりつつも自席に戻った。
私と同じように主人が怪我をしたり倒れたりすると従者も何人かは飛び出していく。みんな気が気じゃないもんね。
それでもしばらくすると貴族側の試験は全て終了となり、今度は従者側の試験が始まろうとしている。
先程怪我等で一時的に退場していた貴族側の受験者も全員戻ってきて席に着いている。リードも戻ってきており、私も一安心だ。
「さて、では従者の皆様の試験を始めます。名前を呼ばれた方から控え室に移動していただき、その後控え室で試験を行う順に呼びますのでそのつもりで。では」
試験官が従者の座っている席の前で説明をすると順に名前が呼ばれていく。最初に八組十六人が呼ばれて控え室へ移動した。
それだけでも大体従者全体の四分の一なので、かなり席が空いたように見える。そして私の魔力感知で感じる人の中にはそれなりの強さの人はみんな残っているので、恐らくはさっきの石盤で調べられた強さの順に呼んでいくのだろう。
隠蔽スキルで割と弱めのステータスに偽造してるはずなんだけど、ちゃんと調べることができてるのか不安だったけど…最初に呼ばれなかったってたことはなかなか優秀な石盤だったみたいだ。
試験が始まってそれなりの時間が経過した。
既に半分以上の受験者が呼ばれ試験に臨んでいるが、さすがに貴族の試験よりもかなり見応えがある。
剣や槍、肉弾戦など、多様な使い手がいるのが特徴かな?貴族はほとんどの人が剣を持っていた上に使い手のレベルがあまり高くないこともあって正直まったりとした空気があった。
そう考えるとリードとババンゴーア卿の試験は緊張感もあったし、レベルもそこまで低くなかったと思う。もちろん従者側からするとせいぜいが普通レベル。
彼等はより良い主人から声をかけられようと自分をアピールする場でもあるようだ。
私?私は関係ないよ。クアバーデス侯爵との約束で貴族院を卒業したらAランク冒険者になれるから、そのためだけにここにいる。
でも、今のところはそれほど極端に強い人は見掛けない。
そうこうしてる間に残りはもう八人。
やっぱりあの石盤には隠蔽が効かなかったみたいで、私が呼ばれたのも最後のグループになった。
「うーん…結局私の相手って誰になるのかなぁ?」
控え室にいるのは従者側受験者最後の八人。
その中で私は口に出してそう呟く。全員が全員お互いの実力を測っているようで、かなりピリピリとした緊張感が走っている。
「こんにちは、可愛らしいお嬢さん」
一人の女性が近寄ってきて私に声をかけてくれた。
薄いピンクの髪を肩で束ねていてその髪を前に垂らしている。かなり丁寧に手入れしているみたいで艶があって控え室の照明が当たってキラキラと光っている。
「こんにちは、綺麗なお姉さん。お姉さんも従者なの?」
私が返事をするとその女性は髪に近い色をした薄いピンクの瞳を輝かせて頷くと私の隣に座ってこちらを覗き込んでくる。
ピンクトルマリンのように綺麗な瞳だけど、少し妖艶な感じもする不思議な人だ。ピンクトルマリンは若い女性によく合う宝石なのでこの女性の瞳についていると少しだけ違和感を感じるが、妖艶さよりも優しさを見て取れるのでこれはこれで純粋に綺麗だと思った。
「私はミオラ。ジンライル伯爵のご子息、リュージュ様の従者として貴族院に入ることになりました」
「私はセシルです。クアバーデス侯爵のご子息、リードルディ様の従者としてこちらに。よろしくお願いします、ミオラ殿」
そう言って私は彼女に右手を差し出すと彼女も戸惑うことなくその手を取ってくれた。
その手はかなり鍛錬を積んだのが荒れていて固いものだったけど、彼女自身は柔らかく穏やかに微笑んでいたので私もニッコリと微笑みを返した。
「…私は今まで冒険者として生活していたのであまり丁寧な言葉は慣れていません。ですので…話しやすい言葉で話せると助かります」
「私もリードルディ様に仕えてはいますが冒険者もしていますのでそういったことはあまり気にしません。だからお互い気楽に話そうよ、ねっ?」
「ふふ、ありがとうセシル。これからよろしくね?…それにしても私達の試験はまだかしらね?」
そう言ってミオラさんは胸の下で支えるように腕を組み試験官が入ってくると思われる扉を睨み付けている。
…そうですか、支えるんですか。
私なんてまだうっすら膨らんできたかも?くらいなのに?ようやく触るとちょっと痛いかな?って思えるくらいなのに…くそぅ。
それでもファムさんみたいに凶悪な果実をぶら下げているわけではないけど、十分大きい方だろう。
私があまりにじっと見ていたからかミオラさんははっと気付いてこちらに振り返った。胸を見ていたのは気付いていないらしい。
「どうしたの、セシル?」
「あ、ううん、何でもないよ。それよりミオラさんは…」
「ミオラでいいわよ?冒険者に敬語なんてこそばゆいわ」
「…でも年上だし?」
「いいったらいいの。私達はお互いに従者として対等でしょう?」
「そう、だね。じゃあミオラは武器を持ってないけど格闘で戦うの?」
さっきから気になっていたけど、ミオラは手ぶらだ。
格闘かとも思ったけど、グローブなどもしていないけど他の受験者のように鎧を着込んでいるわけでもない。
「ふふっ、秘密よ?だってこれから私とセシルで戦うかもしれないじゃない?」
…なかなか食えないお姉さんだったらしい。
でも、髪型と髪の色で思い出したけどさっき試験会場で鑑定したときに見た槍スキルがレベル八だった人だ。
今手ぶらなのはひょっとすると魔法の鞄を持っているのかもしれない。冒険者なら手に入れていてもおかしくはない。…かなり運が良ければだけど。
そう考えると私はわかりやすく短剣をぶら下げているから他の受験者は既に対策を考えているのかな?勿論ちょっと対策したくらいで私の攻撃をどうにかできるとは思わないでもらいたいけどね!
腰ベルトの中には他の武器も入っているけど刃を潰していないため今回は使えない。それにまともな対人戦は初めてみたいなものだし、どんな対策をされるか興味もある。
私がそう考えていると遂に試験官が扉を開けて入ってきた。
そして組み合わせを告げていく中、私はちょっとだけ期待に胸を膨らませるのだった。
今日もありがとうございました。




