第81話 リードvsババンゴーア
戦闘試験が始まってしばらく。
目の前の闘技場では今も試験は続いている。
さすがに野球場ほどもあるこの闘技場で受験者同士の戦い一つで使うのは無駄が多すぎるからか四つに分けて行われている。
先ほど試験開始前に測定用と言われる石盤を触らせられたのだがあれで強さがわかるのだろうか?もし普通に人物鑑定した程度の精度なら私の場合は隠蔽スキルでかなり弱く見せてしまうことになる。
それならそれで試験が楽になっていいんだけどね。
礼儀作法の試験前よりもかなり落ち着いていられたのだが、実は今は少しソワソワしている。
というのもついさっきリードが呼ばれていて、控え室へ向かったからだ。従者の試験は貴族のものが終わってからになるようで、私はまだウォーミングアップすら行っていないけどリードがこれから試験となるとちょっと走り込みくらい始めてみようかなと思ってみたり…。これはあれか?我が子を試験に送り出す親の気持ちというものなのかな?我が子じゃなくて教え子だけど。
「お!リードが出てきた!相手は……ババンゴーア卿…?」
ということはリードとババンゴーア卿は実力的に近しいレベルということだろうか?以前は手も足も出なかったとリードは言っていたけど、私の訓練を受けたリードなら必ず勝てる。
「頑張って、リード」
「ふん、まさか俺の相手がリードルディ卿とはな。あの石盤壊れているのだろうな」
「壊れていたのかどうかは関係ない。これはただ自分達の実力を見せる試験なのだからな。どうやらセシルの言う通り、数年の間に僕は卿と同じくらい強くなっていたようだ」
「ははっ!口先だけでは俺を倒すことはできんぞ!」
「…口先だけかどうかは、今から証明しよう」
リードは話すことはもうないと言わんばかりに剣を抜き、その切っ先をババンゴーア卿に向ける。私との模擬戦でもよく使っていた正眼の構えで、攻撃にも防御にも入りやすい一番慣れたスタイルで行くようだ。
対するババンゴーア卿も背中から大剣を抜き放ち、両手で持って霞の構えを取る。あの大剣をまともに受けてはリードの剣なら簡単に叩き折られてしまうだろう。それをどう捌いていくのか、ちょっと楽しみだ。
ちなみに折角なので二人をざっと鑑定してみる。
リードルディ・クアバーデス
年齢:10歳
種族:人間/男
LV:18
HP:168
MP:130
スキル
言語理解 4
魔力感知 3
身体操作 6
片手剣 7
格闘 3
魔闘術 1
火魔法 2
空魔法 4
馬術 3
礼儀作法 6
タレント
剣士
騎士
蛮勇
ババンゴーア・ゴルドオード
年齢:10歳
種族:人間/男
LV:8
HP:264
MP:21
スキル
言語理解 3
身体操作 5
片手剣 2
大剣 4
格闘 5
馬術 4
礼儀作法 3
タレント
戦士
騎士
あれ?思ったよりババンゴーア卿がそこまで強くない。
レベルの割にHPは高めだし身体操作や格闘スキルの高さは目を引くものの今手にしているのは大剣だ。
大方、剣の格好良さに引かれて手にしたのだと思う。リードも似たようなものだし。
かと言って正面からぶつかればリードは体格、武器の重量ともに勝ち目はない。さて、どういう勝負を見せてくれるのかな?
「ではこれより試験を開始する。双方必要以上に相手を傷付けないように。はじめっ!」
ドンッ
審判役の試験官が開始の合図をすると同時にババンゴーア卿が力強く踏み込んで大剣を右上から振り下ろしてきた。
その踏み込みの強さは地面にめり込んだ彼の足が物語っている。いきなりあれを受けてしまえばその時点で勝負有りだ。
「ぬうぅぅぅぅぅんっ!」
気合いと共に振り下ろされる大剣に対し、リードはまだ正眼に構えたままだ。そしてそのまま僅かに左に動いてババンゴーア卿の大剣を避けた。
あの大振りの一撃なら受けるまでも無く避けた方が確実なのは間違いない。以前のリードなら正面から受け止めることを考えていたかもしれないけど、私との訓練の過程で受けてはいけない攻撃の見極めもできるようになってきていた。
「どうした、怖くて剣を受けることもできないのか?!」
「そんな大振りの一撃、わざわざ受けるまでもないだろう。当たらなければ受けようが避けようが同じことだ。バカ正直にバカの剣を受けるバカなどいない」
その言葉にババンゴーア卿のこめかみがピクリと動いた。
以前のリードやオスカーロもそうだったけど、貴族は基本的に煽り耐性がないので、たったこれだけの言葉でも激昂してしまう人もいる。
まぁでもさすがに同じ貴族同士だし、これだけのことでそんなに怒るなんてことないよね?
「きっさまぁぁぁぁ!」
前言撤回。
沸点低すぎるわこの人。
リードに避けられた大剣を再び振り回して攻撃を始めるが、リードは既に大剣の動きも間合いも見切っているようだ。
最初の正眼の構えのまま足だけを動かしてその攻撃の全てを回避している。
と、ようやくここでリードが攻撃に転じた。
大きく振りかぶって大上段からの振り下ろしをしようとしたババンゴーア卿の懐に入り込むと、剣の柄で彼の鳩尾に強めの一撃を入れた。
その一撃で怯んだババンゴーア卿に対し追い討ちで刃を潰した模擬刀で左肩、右脇腹、左脇腹へと次々に攻撃していく。
「あがっ…ぐぅ」
「どうした、ババンゴーア卿?さっきのように勢いよく斬りかかってこないのか?」
「ぬ、ぬかせぇぇっ」
リードが煽るとババンゴーア卿も痛みを押して更に斬りかかってくる。
しかし、既に見切られている大剣の攻撃ではリードに一撃たりとも入れることはできない。と、
「ごぉっ?!」
いきなりリードに攻撃が入った。
ババンゴーア卿が繰り出した右回し蹴りがリードの脇腹に入って大きく蹴り飛ばされてしまった。
確かに大剣だけでなく格闘スキルもレベルが高かったので気にしていたけど、ここにきてそれを使い始めるとは思わなかった。
「はぁはぁ。どうだリードルディ卿、その貧弱な身体では俺の蹴りは堪えるだろう?」
「ごっ、あ…」
リードは蹴り飛ばされた衝撃が強かったからかまだ地面に転がったまま立ち上がることができないでいる。
審判役の試験官も気にして様子を窺っているが、このままもうしばらくして立ち上がることができなければその時点で試験は終了となる。
「大人しく寝ていろ。卿にはまだ俺と戦うには鍛錬が足りなかったというだけのこと」
うずくまるリードに対し、ババンゴーア卿は試験だからか追い討ちを掛けることもなく様子を見ている。
でもね?
ウチのリードはそんなに柔じゃないよ?
試験官が近寄ろうとするとリードは剣を杖代わりにして足を震わせながらも立ち上がった。
その目の闘志はまだ微塵も薄れていない。
「大人しく寝ていれば楽だったものを…」
「そうは、いかない。僕を鍛えてくれて、今も応援してくれているセシルのためにも…僕はここで負けるわけにはいかないんだ」
…格好良いこと言っちゃって…バカなんだから。
でも、いつも私にもっと手酷くやられているリードからしてみればこのくらいの攻撃でいつまでも寝てるわけにはいかないよね?
でももし寝たままだったら、鍛え方が足りなかったと見て攻撃を受ける訓練を倍にしなきゃいけなかったよ。
私がそんなことを本気で考えているとリードがビクリとして私がいる場所に目を向けてきた。さっきの闘志に溢れた眼差しではなく、どこか怯えた小動物のようなので私はニッコリと微笑んで手を振ってあげたら更に顔色を青くしていた。解せぬ。
「さぁ、再開しよう。今度は僕も本気でいく」
「ぬかせ!今度こそ俺の方が強いことをその身体にわからせてやる!」
両者が再び剣を取り構えると試験官も二人の邪魔にならないよう距離を取った。
「たあぁぁっ!」
「ぬぅんっ!」
拙いながらもリードは魔闘術で剣を強化して斬りかかったが、その一撃はババンゴーア卿にあっさり防がれた。
しかし、防いだはずのババンゴーア卿の顔色の方が悪い。
その顔からどんどん汗が噴き出しているようだ。あれは…リードの火魔法?
「くっ!なんだこの熱さは」
「だぁぁっ!」
ガイィィィィン
横薙ぎにしたリードの剣をババンゴーア卿の大剣が受け止める。しかし火魔法を剣から出しているリードはその熱さを感じないで済むがババンゴーア卿はどんどん体力を奪われていく。
あの火魔法に攻撃力はないが、剣に纏わせて相手の武器破壊を狙ったり火に弱い魔物との戦闘では非常に有効なので私とアドロノトス先生の二人がかりで何とか使えるレベルまで教えることができた。それを対人戦でこんな風に使うなんてね。
それも一年半くらいの間にそこまで使えるようになったリードの努力には素直に感心する。
「おおおぉぉぉっ!」
ババンゴーア卿が大きく吠えながら大剣を力任せに払うとリードはその身体ごと吹き飛ばされた。更にそこへ追い討ちで走り寄ってきたババンゴーア卿に蹴り飛ばされてしまった。
あんな攻撃でポンポン飛ばされてたら勝負にならないね。今後はやっぱり攻撃を受ける訓練をもっと増やそう。
「これで終わりだぁぁぁぁっ!」
闘技場をその大きな体で疾走しながらババンゴーア卿が大剣を振りかぶるが、リードはまだ体勢を崩したままだ。あのままその攻撃を受ければ勝負は決まって…いや、それ以前に怪我では済まないことになる。
試験官が慌てて近寄ろうとするも、それよりもババンゴーア卿の方が早い。
私も観客席から飛び出そうとして体に力を込めたが、思い直して力を抜く。
彼を、リードを信じてあげなきゃいけないよね。
迫る巨体と大剣、崩された自身の体と細い剣。絶体絶命の状況でもリードは諦めていない。その目はまだ勝つと信じている。
だからここで私が出て行ったら駄目だ。
「うあああぁぁぁぁぁっ!」
リードが自分の魔力の全てを剣に込めて崩れた体勢から何とか剣を振るう。そこまで力は入っていないものの、悪くない剣筋。
「届け…届いてぇっ!」
ギィィィィン
私の叫び声と二人の剣がぶつかり合ったのは同時だった。
今日もありがとうございました。




