第80話 試験じゃなくない?
なんだろうね。
これが前世のままだったら私はベンチで紅茶でも飲みながら一息ついていたと思う。
今は午前中の試験が終わって午後からの試験までの休憩時間…なんだけど、いかんせん早く終わりすぎた。最初に終わり次第退出していいかと確認したので、行為自体は問題ない。
しかし端的に言ってしまえば、中学生のテストにみっちり受験勉強した受験直後の高校生が間違えて来てしまったような…そんな場違い感がすごかった。
いや、算術なんてひどいもので小学生レベルの問題。小数点すら出てこないし、分数なんてあるわけもない。
文章問題の数は多かったものの内容は簡単だった。
歴史も歴代の王様の名前や主な政策を書けるだけ書き出せというひどく曖昧な問題だったため、時系列順に並べて年表として提出した。
地理も王国内の領土名と領都、主な生産物などを書き出す問題で一覧表にしてみた。あとは王国に隣接する国の名前を書くくらい。
まともに苦労したとすれば語学だろうけど、それもよく読まれる詩を書き出す問題や小学生の国語レベルの問題。
本当にこれが試験だったのかと疑う内容だった。
リードはどうしてるかなぁ?ちゃんとできたかな?
ティオニン先生の講義を受けていれば余裕のはずだし、私からも試験対策として語呂合わせなど教えたからかなりいい点数は取れるはずなんだけど。
ただこの四教科を休憩無しで受け続けるのはリードにはきついと思う。
一教科ずつ休憩を挟むような子どもに優しい教育はしてくれないようだけど、なんとか耐えてほしいものだね。
さて、午後からは礼儀作法の実技と戦闘試験。
戦闘試験はどんなスタイルであれ、特に何も気にしていない。
礼儀作法は私のスキルで多分問題なくクリアできるだろうけど、念のため復習だけはしておこう。
領主館に来ていた礼儀作法の先生から聞いた話を書き留め、まとめたものを手帳にしたものだ。
これがなかなかに好評でナージュさんにも一冊渡してあって、他の貴族に会うときなどはかなり参考にしているようだ。実際、あの先生すっごく細かかったんだよね…。おばあちゃんみたいな年齢の先生だったけど、リードが最終的な合格を貰えたのは割と最近だったと思う。
まぁそんなことはいいか。さ、勉強しておこう。
お昼を知らせる四の鐘が鳴り響き、しばらくすると人の気配が濃厚になってきた。
私の気配察知と魔力感知がリードのものを感じ取ったので、開いていた手帳を閉じて腰ベルトに収納して彼が近付いてくるのを待った。
「待たせたか?」
「試験が早く終わりすぎたので待ち時間というものはございません。とりあえずお昼に致しましょう」
リードと合流すると敷地内の芝生に広めの布を広げ、そこへ今朝宿で用意してもらったお弁当を並べる。貴族や大商人向けのお弁当なので見た目も綺麗だしとても美味しそうなおかずがたくさん入っている。
これなら主食が普通のパンでも十分だけど、そこは私もちょっと気合いを入れたよ?
宿の厨房を借りてパンを細かく千切って炒りパン粉を作るところから、村に戻ったときに狩っておいたブーボウの肉を使いトンカツを作ってみた。
それからトンカツソースまでは作れなかったものの野菜や塩、ハーブを使ってあっさりとしたドレッシングを作った上でパンに挟んだトンカツにそれをかけておいた。
私特製カツサンドは朝リードが起きるよりも早く作って宿のお弁当に一緒に忍ばせておいたのだ。
余談だけど今回私が作った料理のレシピを買わせてほしいと宿の料理長に言われたのだが、それは今日の試験の結果次第とさせてもらっている。
これで成績悪かったら「トンカツ食べて試験に勝つ!」なんて迷信を誰も信じないんじゃないかなと思ったからだ。
「お…この肉が挟んであるパンは美味しいな」
「それは私が宿の厨房を借りて作った『サンドイッチ』という料理で、中に挟んであるのは『トンカツ』といいます」
「食べ応えもあって、味もいい。やはり流石セシルが作っただけのことはあるな」
「ありがとうございます。そのトンカツには謂われがありまして…実はそれを食べると勝負に勝つことができるのだそうです」
私が説明してる間もリードはガツガツとカツサンドを食べていく。そろそろ成長期の男の子だけあって最近は食事の量もかなり増えてきている。
ちゃんとバランスの取れた食事をすることで頑丈で健康な身体を作ってほしいよね。
「うん、美味いな。それで勝負…つまりは試験に勝つと、このトンカツを合わせたわけか。うまいことを考えたものだ」
「ありがとうございます」
リードから褒められたところで私も自分のお弁当を広げ野菜サンドを手に取る。
若い身体ではあるけどさすがにカツサンドをリードのようにガツガツと食べたら胃がもたれてしまいそうだ。
二人でサンドイッチを食べつつおかずにも手をつけ、気が付けばあっという間に平らげてしまっていた。
満腹感からかお腹を無意識にさすっているリードに腰ベルトからカップを二つと紅茶を取り出して魔法を使ってお茶を入れる。
ファムさんにも合格をもらった私のいつもの方法で入れたものだけど、リードは香りにも満足してくれたようで美味しそうに飲んでくれている。
「お弁当の出来には満足いただけたようで幸いです。ところで…試験の出来はいかがでしたか?」
「…まぁまぁだ」
「リードルディ様?ぐ・た・い・て・き・にっ!お願いしますね」
「……語学は問題ない。算術もセシルの問題に比べれば簡単すぎるほどだった。歴史はところどころ政策に不安なところはあるが王の名前は全て書けた。地理も生産物以外は全部書けた」
おぉ?なかなか頑張ったんじゃないかな?
暗記の苦手なリードにしてはこの内容はかなり優秀なものだと思う。
「セシルはどうだったんだ?」
「九割方正解してるはずですよ」
「ぐっ……やはりセシルは別格か…」
違います。ちゃんと興味を持って勉強したかどうかです。
なんでもかんでも私を理不尽だと言うのはおかしいよ?ちゃんとやるべき努力は私だってしてるんだからね?
「そういえば午後の試験。礼儀作法は貴族と従者で別だが戦闘試験は合同でやるそうだ」
「はい。ちゃんと試験案内に書いてありましたね」
「……セシルが忘れていないかどうかの確認をしただけだ」
そうやって誤魔化そうとしてもダメだよ?完全に目が泳いでるし、落ち着かずにソワソワしてる。
戦闘試験は受験者同士で実力が同じような人とやることになるそうだけど、私と同じくらいの人っているのかな?
そんな話をしながら食後のティータイムを楽しみ、私はリードと別れて礼儀作法の試験会場へ向かった。
試験会場に入ると既に集まっている従者達が用意されている椅子に座っており、私も試験票に記載されている番号と同じ番号が書かれた椅子を探して腰掛けた。
時間を確認するともう間もなく始まるようで、受験者は全て集まっている。中にはギリギリまで確認しようとしているのかブツブツと何かを喋っている人もいるし、緊張でガチガチになっている人もいる。
別に基準に達しなかったら入学できないわけでもないのにそこまで緊張しなくていいと思うんだけど。
しばらく人間観察をしていると試験会場のドアが開いて試験官が入ってきた。リードの礼儀作法の先生と同じようなおばあちゃん先生だが、一つ違うのは眼鏡を掛けている点だろう。というかよく似てるけど姉妹なのかな?
「では、これより従者方の試験を行います。筆記試験は基準に達していなくとも入学は可能ですが、礼儀作法と戦闘試験は基準に達していない従者の方の入学はお断りさせていただいておりますのでそのつもりで」
…なん、ですと?ちょっと待って、聞いてないんだけど!
そんなことは試験案内にも書いてなかったし、領主様やナージュさんからの説明にもなかった。
ひょっとしたらあえて記載しないようにしているのだろうか?もしそうなら試験担当者はなかなかいい性格をしてるだろうね。
若干慌てたものの、よくよく考えればいつもの礼儀作法の先生からは合格を貰っていたし「陛下の御前に出られても大丈夫です」とまで言ってもらえている。もしダメならダメでその時はその時だよね。
思い直して気が楽になった私は順番が来るまでゆったりと過ごすことにした。
周囲は青褪めた人や妙に慌てている人もいるけど、気にしないようにしておこう。
結局礼儀作法の試験は主人がより上位の貴族、または王族と会うときを想定した内容であった。
というかそんな場面にいたら基本は控えているのが正解だと思う。それでも何かとトラブルを用意されてその解決をするための立ち回りを見られていた。後は言葉遣いと一つ一つの所作だろうか。
接客のロールプレイングをしてるようなものだ。
前世で短大の時にしていたバイトでも売り場に出る前のトレーニングとしてこんなことをさせられたことがある私にしてみれば、相手がとても身分の高い人ということ以外は日本人らしくおもてなしの心で対応したにすぎない。
一つの動作をするごとに試験官が紙に何か記入していたので間違いないだろうけど、あんなに近くであからさまにしてくれるものだから逆に最後まで気を抜かずに試験をすることができた。
それなりの人数がいたため、そろそろ五の鐘が鳴ろうかという時間。
つまり最後の試験が行われる時間ということになる。
私を含めた従者の受験生は試験官に連れられて貴族院の中にある運動場のような場所へ連れてこられた。
運動場というより闘技場だろうか。野球場のように広いスペースとすり鉢状に作られた客席があり、順番が来るまでその客席で待機することになるようだ。
そしてそこには既に礼儀作法の試験を終えた貴族側の受験生も待っており、更に別の場所には上級生が数人、加えて講師のような人も何人か見に来ているようだった。
ナージュさんに聞いた話だと座学の試験とこの戦闘試験で成績をかなり落としてしまう人が毎年いるそうなので、リードには是非とも油断せず取り組んでもらいたいものだね。
今日もありがとうございました。




