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第77話 さぁ出発!

 新しい門出の朝は普通だった。

 ここ一年以上リードは何も言わなくても毎朝早く起きて体力トレーニングや素振りをしていたので今日も早く起きていたし、私も朝ベッドからファムさんが抜け出す気配で目が覚めた。


 そして出発はベオファウムの町の門まで領主様と奥様二人とも自ら見送りに出てこられた。

 時間はまだ二の鐘が鳴ったところ。街の人はほとんどが活動を始めているとは言え早朝だ。

 新しい門出に相応しいよく晴れた日で、瞼に突き刺さる朝日の強い光がこれからの未来を暗示してくれていることを切に願うばかりだ。


「リードルディ、しっかりと学び跡継ぎとして相応しい貴族となって帰ってこい」

「はい、父様のように立派な領主となれるよう勉学に励み、心身を鍛え、共に進む友を得て戻って参ります」

「リード、貴方は次期領主である前に一人の男、そして貴族です。その事を忘れてはいけませんよ?」

「はい、挫けそうな時は母様にいただいた今の言葉を胸に頑張ります」


 と用意されていたセリフを民衆の前でお互いに語っていた。

 勿論これを用意したのがナージュさんなのは言うまでもない。

 ここには領主館の使用人や下位文官三人組、モースさんも来ているし、冒険者ギルドの面々も見送りに来ている。


「セシル、リードルディを頼むぞ」

「はい、お任せ下さい」

「ゼグディナス、道中は任せる」

「はっ!」

「セシルさん、リードを…私の息子をよろしくお願いします」

「かしこまりました。リードルディ様は私が必ずお守り致します」


 領主様達は一緒に出発する私と、王都まで護衛をするゼグディナスさんに声を掛けると後ろの方へ下がっていった。

 ここからは使用人達や町の人からの激励となる。


「セシル様、どうかお体には気をつけてください。またお戻りになるのを心よりお待ち申し上げます」

「ファムさん、そういうのはリードに言うべきだと思うよ」


 ファムさんは目に涙を浮かべて私の手を取った。昨日の夜もずっと一緒だったのにまだ私との別れを惜しんでくれているのはくすぐったいくらい嬉しいけど、逆にちょっと申し訳ない。

 そういえば昨夜ベッドで寝転びながら話していた際に「結局私のことを呼び捨ててくれなかった」とちょっと拗ねていたのでディックや両親と同じような御守りを渡しておいた。

 小さなトパーズに「幸運」だけ付けて。トパーズはチャンスを掴み取る力があると言われている。その力を少しでも強くできたらいいなと思って幸運を。いつかちゃんとナージュさんと結ばれるといいね。

 本当は私の特異魔法でも付与しようかと思ったけど、彼女はMPが無さ過ぎて一つも使えそうになかったのでやめておいた。代わりに石鹸類をたくさんあげたけど。


「セシルちゃん、王都に行っても元気でね」

「セシルちゃんなら王都のギルドでもすぐ人気者になれるわよ」


 リコリスさんとヴァリーさんも見送りに来てくれて私の頭を代わる代わる撫でていった。あっさりしたものだったけど、次に出てきたブルーノさんは私の頭を下ろし金で擦るかのようにごりごりと撫で(?)てから手紙を一通渡してくれた。


「これは王都のギルドへの俺からの紹介状だ。なるべく便宜を図ってくれるよう頼む内容が書かれてる」

「いいの?私にそんなの渡して?」

「『いいの?』じゃねぇ!お前はもう冒険者としては一流なんだぞ?いい加減自覚してくれ…。とにかく、何か面倒な依頼があったら頼ってみろと書いておいたからな」


 この人は何をそんな余計なことを書いてくれてるんだ?


「…出さないでおこうかな…」

「はっはっはっ!もう遅いぞ!セシルという名の子どもの冒険者が来たらすぐ話をするようにもう言ってある。こいつはただその取次を簡単にするためだけのもんだ!」


 …このおっさん…もう一回徹底的にしばき倒しておくんだった…。

 王都に行ってギルドに顔を出さないということは有り得ないので、後はこのおっさんのように面倒事を私に押し付けてくるようなマスターでないことを祈ろう。

 しばらく町の人達と別れを惜しんでいたが、再度領主様が前に出てきて場を締めにかかる。


パンパンッ


 強く柏手を打つと周りも静かになり、私達二人から離れていく。ゼグディナスさんは既に馬車の横で待機しており、御者さんもいつでも出発できるよう準備はできているようだ。


「さぁ、名残惜しいがこのクアバーデス領の次期領主の門出だ。あまり引き止めずに行かせてやろう」


 領主様が頷くとゼグディナスさんは馬に跨がって馬車の前に歩み出る。

 それを見て私とリードも馬車に乗り込み、窓を開けて外に顔だけ出した。そこで手を振っていると馬車が動き出してみんなとの距離が徐々に開いていく。ファムさんはまだ涙を止められていないけど、それでも笑顔で送り出してくれた。

 私にとって彼女はお姉さんも同然だった。私だって寂しいよ。

 そしてベオファウムから遠く離れてもう人の姿もよく見えなくなったところで私の知覚限界で強化された聴覚は彼女の、ファムさんの大きな泣き声を聞いて…気付けば私の目からも大粒の涙が零れ落ちていた。

 そんな私の様子にリードは困った顔をしながらもそっとハンカチを渡して、後は見ない振りをずっと続けてくれていたのだった。




 さて、出発してしばらくすれば私とていい加減落ち着く。

 馬車から見るこの世界というのもなかなか良いもので、以前ベオファウムに来た時とは流れる景色も違っていて新鮮。

 リードはかなり退屈そうではあるけど本来この世界の旅とはこういうものだし、私みたいに「飛んでいけばいいや」なんて考える方が異端であることは間違いない。決して異常ではないと思いたい。


「暇だな。セシル、何かないか?」

「試験のための予習をすればいいよ」

「…ここまで来て焦っても仕方あるまい…」

「地力はそうだけど、勘違いして覚えていたこととかちゃんと覚えられていないこととかあるんじゃない?」


 正直私も歴代国王様の名前を全て完全に覚えるのはかなり苦労した。この国自体がまだ歴史が浅いこともあって覚えること自体は問題なかったけど、主に行った政策や当時の社会情勢なども含めると完全に覚えたとは言い難いけど政策程度なら頭に入れた。尤も、ティオニン先生が嬉々として話すから試験に出るかと思っていたのに何の関係もない趣味の話と言われた際にはさすがに頭に来たけど。

 つまり試験自体は国王様の名前さえ覚えていればいい。年表なんてものがないので本当に順番に並べる程度。一応ティオニン先生から話を聞きながら簡単な年表は作ってみたけど彼女には見せていない。

 そんなものを見せたらどれだけあの眠たくなる話に付き合わされるかわかったものじゃない。


「一応セシルから言われた語呂合わせというもので覚えたのだがな」

「地理や礼儀作法も大丈夫?」

「仮に成績が悪くても貴族院に入れないわけではないのだし、そこまでやる必要もないだろう」

「あのねぇ…。そういうのよくないよ。成績の良いクラスに入れば周りも優秀な人に囲まれる。優秀な友人が出来る可能性が高くなるし、そうなればリードの将来の人脈にすごく有利になるんだよ」

「…言いたいことはわかる。しかし今自分がどのくらいの力があるかわからないのだ。僕の隣にはいつも僕より遥かに優秀な人物がいたおかげでな」


 さて、それは誰のことかわからないな。


「そんなわけで、僕は今の僕の力で試験に臨む」

「はいはい、じゃあ私からは何も言わないよ。でもそれじゃあとは寝るか外を見るか考え事するかくらいしかないよ」

「…魔力量を上げる訓練でもしておくか」

「馬鹿言わないの。そんなことして本番で魔力が切れてたら何もならないよ。暇でも何でも、リードはもっと我慢することを覚えなさい」


 私がそう言うと彼も渋々引いてくれ、馬車の窓枠に肘をついて外を睨んでいる。最初からそうやって大人しくしていてくれればいいのにいつまで経っても子どもなんだから。


「仕方ないね…しりとりでもしよっか」

「…子どもの遊びではないか」

「あぁ…リードはあんまり言葉知らないからね。そうよねー、私としりとりしたら負けるのが目に見えてるもんね」

「なっ?!…面白い、受けて立ってやろうではないか」


 単純。

 まぁでもそれもリードのいいところの一つだよね。

 そんな感じで馬車の旅は過ぎていく。

 このクアバーデス領と王都とを結ぶ街道は非常に治安が良く、盗賊はおろかゴブリンやウルフすら見掛けない。

 馬車の外で護衛をしてくれているゼグディナスさんもかなり退屈だったらしい。

 安全なのはいいことなのに彼もなかなかの脳筋ということだろう。

 そして王都とベオファウムとの間にある町で一泊する。明日の朝出発すれば夕方前には王都に着くと聞いている。

 明日はいよいよ王都だ。

 聞いた話ではベオファウムより大きくお店もいろいろあるし、たくさんの人が住んでるとのこと。また冒険者ギルドも国内最大規模を誇り、多種多様な冒険者が毎日依頼をこなしている。つまりそれだけ仕事があるってことだ。

 ブルーノさんが既に連絡をしておいたと言っていたから、ギルドに顔を出してすぐに変な依頼を頼まれる可能性もある。

 でも普通十歳の女の子に無茶な依頼を押し付けたりしない…と思いたい。

 気にしても仕方ない。

 それよりも王都に行くのならあの原石売りのおじさんが言っていた通り、いろんな物が集まる都市なんだからまだ見たことのない宝石もあるかもしれない。

 見たことあるものでも今私が持っていないものなら全部欲しい。

 あとはモンド商会に顔を出していろんなジュエリーも見せてもらいたいし、宝石の加工ができる職人もいるかもしれない。

 原石は原石で石そのものの顔が見えてとても好きだけど美しくカットされた宝石はまた別の顔を見せる。

 それは真昼のお姫様のように。

 それは宵闇の貴婦人のように。

 または猛々しく雄々しい勇者のように。

 想像するだけで期待で震えてしまう。それだけで夢が膨らむ。

 もっと言えば……いや自重しよう。思い込むと現実になるかもしれないし、変態の域に達してしまう。

 私は宝石好きの女の子だからね!…よね?


 そして何よりも、そんな期待を抱かせてくれるような腕の良い職人には是非とも出会いたいね!

今日もありがとうございました。

ですが書きためが無くなりました…。

しばらくストックが溜まるまで数日に一度の更新になると思います。

楽しんでいただいてる方々には申し訳ありませんが、頑張って書きためてまた毎日更新に戻れるよう頑張ります!

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