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第72話 久しぶりの故郷

 体を浮かせて空の旅を楽しんでいると大地を歩く人を見掛けることもままある。

 彼等はその営みのために自分達の目的地を目指している。

 もうすぐ着くのだろうか、それともまだ始まったばかりなのか。未来の為なのか、過去から逃げる為なのか。

 別に優越感に浸るわけではない。

 ただ飛んでるだけだと暇、そんな理由でこんな詩人のような思考に陥っていることをちゃんと自覚している。

 飛び始めて数時間、そろそろゴブリンの集落があった村近くの森上空に辿り着く。その森に着けば村まではあと少しだ。

 ベオファウムの方角に太陽が沈んでいくのが見える。もう間もなく日没となるので森の中もかなり危険になるのだが、私にとってしたら今更だ。

 かなり上空を飛行していたが、かつてのゴブリン集落跡地を見つけると隠蔽スキルを使いつつその場に降り立った。

 私が壊滅させた後、村でも何かしら動いたのだろう。崩れた建物の残骸だけが残っている。魔力感知にも反応がないし再びゴブリンが集まってきている様子もない。

 そのまま歩いて森を抜けて村への入り口へと進むと、木でできた簡素な門とその入り口に立つ自衛団が見えてきた。


「止まれ!」


 と、自衛団の一人がこちらに手を突き出しながら大きな声で私に制止を求めてきた。というより、明らかに怪しいと思っていることが容易にわかるほど怪訝な顔と命令口調ではあったが。


「この村に来るような旅人や冒険者などそういないはずだ。何用か!」

「お、おい。相手は子どもだぞ?ひょっとしたら迷子や捨て子かもしれないだろ」

「こんな小綺麗な格好した捨て子や迷子なんていませんよ」


 こそこそ喋ってるけど全部聞こえてるからね?

 確かに今の私は領主様から貰った綺麗な服を着ているものの、それ自体は冒険者としても活動できる動きやすい服だ。この村の標準からすれば高価な服であることは間違いないのだが、そこまで不審者扱いされるのは困る。


「私はセシル。二年前に村を出てベオファウムに行っていたんだけど、お休みが貰えたから帰ってきたんだよ」

「セシル…?ってあのセシル?!ランドール副団長の?!」


 うわぁぉ…ランドールってば自衛団の副団長になったの?


「どのセシルかは置いておくとしてランドールは確かに父さんの名前だよ」

「うわマジか…。あの子どもが…」

「えっと…村に入ってもいいかな?」

「あ、あぁ。問題ない」


 そう言われたので私は止めていた足を動かして村の門をくぐり中に入った。夕方になってきているため人が少ないように感じるがこの村は元々そこまで人口も多くないのでこれが普通の光景だったようにも思える。

 村の中に入ってキョロキョロしていると後ろから「セシル」と門番の二人に再び名前を呼ばれ振り返った。


「「おかえり」」

「…うん!ただいま!」




 夕暮れの村を歩いていてもあまり人は見かけない。

 農作業帰りの人とすれ違うことはあったけど、私もあまり知らない人だったし今も隠蔽スキルは使っているのでその人に私という人のことは印象に残らないだろう。

 とにかく、まずは家に帰ろう。

 村の中央にある広場を抜けて懐かしい家路につく。ゆっくり景色を見るのは明日以降にするとして、私はとにかく早く家に帰ろうと思い急ぎ足、駆け足、そして普通に走り出していた。

 家の前に着くとふといつもお世話をしていた家庭菜園のハーブが目に入った。あれから全然変わってない。今もイルーナはこのハーブを大切に育てているのだと思う。

 そして玄関のドアを開けようとして思いとどまった。さて、なんと言ってドアを開ければいいんだろう?

 「ただいま」?

 それとも「ご無沙汰していました」?

 はたまた「ごめんください」?いや、これは余りに他人行儀よね?

 こういう経験が全くないので仕方なくそのままドアをノックして相手の反応を見ることにするのが一番という結論に至った。


コンコンコン


 ドアをノックすると家の中でドタドタと歩く音がしたが、何となく音が軽い。ランドールやイルーナのものとは違う。ということは…?


ガチャ


「はーい。……ん?だぁれ?」


 ドアを開けて顔を出したのは二年前から少し子どもらしい顔立ちになったディックだった。ところどころランドールに似たパーツが顔についているのでイルーナではないが、将来はランドールそっくりになるだろう。


「ただいまディック。おっきくなったね」

「…うん?お姉ちゃん僕のこと知ってるの?」


 そのままディックの問いに答えることなく弟の顔を見ていた。

 うん、かなり可愛い。前世で園にいた子たちも可愛い子ばっかりだったけど、この子は別格だ。

 なんで昔の私はこんなに可愛いディックに嫉妬して、何も悪くなかったのに全部ディックのせいにしてしまっていたんだろう?


「ディック?誰が来たん……セシル…?」

「…ただいま父さん」

「ほ、本当にセシルか?!おいイルーナ!セシルだ!セシルが帰ってきたぞ!」


 ディックの後ろから顔を覗かせたランドールは私の顔を見るや否やイルーナを大声で呼びつけた。その間のディックはよくわからないということを顔の前面に出していたのだが、ランドールもイルーナもそれどころではなかったらしい。


「セシルちゃん!」


 イルーナは急いで駆け寄ってくるとそのまま止まることなく私に抱きついてきた。

 今はまだイルーナの方が背は高いけど、それでも随分身長が近くなったなぁ…。

 ところで、駆け寄ってくる前に家の中でガチャンゴトン音がしてたんだけど…それは気にしない方がいいのかな…。

 私を力いっぱい抱き締めて震えている彼女を引き剥がすこともせず、ただ満足するまでそのままでいてあげた。




 イルーナが倒した食器や椅子を片付けて、夕飯を食べ終わるといつものようにお茶の時間になる。

 以前からハーブティーを入れているので私も自分のカップを腰ベルトから出して入れてもらった。


「やっぱり母さんに入れてもらうと自分のよりおいしい気がするよ」

「ふふん、まだまだセシルちゃんには負けないよー」

「うーん…俺はセシルが入れてくれたお茶もおいしかったと思うんだけどな」

「もー!ランドくんの意地悪っ!」


 相変わらずこの夫婦はいつまでも新婚気分の仲良し夫婦のようだ。

 私の隣にいるディックはイチャイチャしている両親を気にする様子もないのだが、私のことをチラチラ見たりぼーっと見つめてきたりしている。

 それに合わせて視線を送るとさっと顔を伏せる。反応がいちいち可愛らしい生き物だ。


「それでセシルちゃんはなんで突然帰ってきたの?パパとママに会いたかった?」

「まさかザイオンの息子に愛想を尽かして飛び出してきたわけではないよな」


 二人がどういう目で私を見てるかよくわかるようなことを言ってる。


「リードが今月から貴族院に入学することになってて、私も従者として一緒に入学しろって言われてるの。それで入学する前に一度故郷に顔を出してこいって」

「あー…そうか十歳か」

「そういえばそうだね。…でもあそこって貴族様しかいない学校でしょう?大丈夫なのかな?」


 イルーナが不安そうな顔をしているが私とて不安は不安だ。出しゃばらずにいればそうそうトラブルに巻き込まれることはないと思うけど、貴族様ってなんか沸点低そうな印象が強いんだよね。主にオスカーロのせいだけど。


「うーん…わかんないけど、多分大丈夫だよ。何とでもする」


 そうは言ってもわざわざ家族を不安にさせる必要もない。「帰ってこい」なんて言われたらまた説得するのが面倒だしね。

 私がハーブティーを飲みながら微笑んでみせればイルーナもランドールも苦笑いではあるが安心した様子を見せた。


「あ、そうだ。遅くなったけど仕送りとしてこれ渡しておくね」

「しおくり?…って金か?」

「うん。私ももう働いてるし、実家にお金渡すくらいはしなきゃと思って。ただ次はいつ渡せるかわからないからひとまずこれだけ」

「…これだけって……セシルちゃん、こんな大金…」

「ひょっとしてザイオンに無理な仕事をさせられてるんじゃないのか?」


 小袋に入れたのは金貨二十枚。この村ではあまりお金を使うことはないからこれだけあれば当分は大丈夫だと思う。

 しかし無理な仕事かぁ…ただリードの武術関係の家庭教師ってことだったけど、アドロノトス先生と一緒になって魔法も組み込んだ戦闘、しかも決闘から一対多、対魔物戦。他にも追撃、逃走、遅延、奇襲戦闘等々…あらゆる戦闘を想定して教え込んでいるので無理があるとすればリードの方だろう。私やアドロノトス先生、ゼグディナスさんや他の騎士の方々も面白がって教えているし、リードもそれをよく吸収するものだからどんどん高度になっていく。

 他にもティオニン先生の講義に口を出したり、モースさんに新しいレシピを教えたり、下位文官たちに仕事のアドバイスをしたり。

 あれ?私ってやっぱりかなり働いてる?


「無理な仕事はしてないけど、思ったより働いてるみたい…だね」

「ランドくん、セシルちゃんのことだから自分でできることをやってるうちにやり過ぎたって思っちゃってるんだよ。それで気付いたら引くに引けないことになってるのよ多分」


 はい、イルーナ正解です。

 自重してないせいだろうけど口を出し過ぎた結果が今の私の状況となれば自業自得。特に苦に思ってるわけでもないので構わないけどね。


「でもそのお金はお給金だけじゃなくて冒険者として稼いだお金も入ってるよ」

「あぁ…そういえば冒険者に興味を持ってたな。これだけ稼ぐってことはかなり頑張って依頼こなしてるな?どうだ?『鉄』くらいにはなったのか?」


 ランドールはお茶を飲み干した後、いつものお酒を取り出しカップに注いだ。

 カップを嬉しそうに傾けると上半身を乗り出して私に顔を近付ける。ちょっとお酒臭い。

 そんな父親の目の前に自分のギルドカードを取り出してあげた。


「ん…へぇ『銀』か。やるじゃないか」

「いやいや…ちゃんと見てよ。似てるけど違うでしょ」

「…まさか……『ミスリル』かっ?!」

「うわぁ…セシルちゃんだから『銀』くらいにはなってるかもと思ったけどそれ以上だったねぇ」


 以前聞いた話だとイルーナがBランクだったみたいだし、それを自分の娘が一年ちょっとで追いついたとあれば驚くのも無理はない。

 ちなみにランドールはCランクだったそうだね?つまりカードは「金」ということだ。


「でもま、セシルが元気で楽しそうにしてるならそれでいい。だが魔物と戦う時はとにかく注意するようにっ!」


 かつてこの村にいたときもランドールから何度も聞いてきた忠告を懐かしく思いながら初帰省の夜は更けていった。

今日もありがとうございました。

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