第68話 魔法の鞄、欲しいの?
二週間振りに見るおじさんの露店には以前は見かけなかった原石がいくつも置いてあった。
またクズ石でもいつもある水晶やアメジストの他にアクアマリンやガーネット、トパーズも仕入れてあるようだ。
「ふむふむ…。とりあえずおじさん、この水色と赤とこっちの白いの全部ちょうだい」
「あぃよ!他はどうだい?」
「んー……ん?これ…」
原石の中に一際目立つ濃い緑色。母岩についたままでもその存在感は一線を画する。間違いなくエメラルドだ。
また大きく欠けて尖っているように見えた黒水晶かと思ったがこれは黒曜石?
それと…濃い紫色に近い青紫の原石。大きなアメジストかとも思ったがそうではなさそう。前世ではタンザニアでしか採れなかったというタンザナイトに近いものじゃないかな?
「おじさん、この青紫の原石は何か知ってる?」
「あぁ…それな。王都で仕入れてきたものなんだがミミット子爵領から流れてきた品みたいだな。名前は交易の途中でわからなくなったらしい」
「んー、そっかぁ…残念だね」
でもいい話が聞けた。ミミット子爵領からは聞いたことのない宝石が流れてくる。確かティオニン先生の授業でも聞いたけど、あそこには港があるって話だ。ひょっとしたら海を渡った先の他の国から入ってきた可能性がある。そうだとしたら尚更夢が広がっていく…きっとまだ見ぬ宝石、前世になかったものやファンタジーだからこその宝石なんかもあるかもしれない。
そういうものを一つ一つこの目で見て手に入れてみたいよね!というか絶対手に入れてみせるから!
一通り原石を見た後、めぼしいところを指差して購入していく。そしていつも通り表に出さない物も見せてもらってそちらも大半を購入する。
全部合わせて金貨四小金二…約四十二万円。前世での給料では買うことも出来なかったが、今の私にはこのくらい何ともない。
そういえばさっき貰った依頼料はいくらだったかな?
私は腰ベルトからさっき放り込んだお金入りの小袋を取り出して中身を確認してみた。中には金貨八枚が入っていたのでそこから金貨五枚をおじさんに渡す。
「…なぁセシルちゃん」
「いつも通り、お釣りはいいからまた期待させてもらうよ?」
「あぁ、それは任せてくれ。…そういえば王都に行ったときに面白い話を聞いたぜ?」
「面白い話?」
おじさんは私が指定した原石を小袋に入れながら話を続ける。
「セシルちゃんはいつもうちで買ってくれてるけど加工や仕上げなんかはどうしてるんだ?」
「あはは、さすがに自分でカットしたり加工したりはできないから今も原石のままだよ」
「やっぱりな…。まぁおじさんもそうだからなぁ。それでな、ここからが本題だ」
おじさんは原石をまとめて籠一つに入れて渡してくれると座った格好のまま膝を叩いた。
周囲にあまり聞かれないための配慮か私の方に顔を寄せてきて人差し指で「耳を貸せ」と合図してきたので私も顔を寄せて小声で話し始めた。
「王都のな、裏通りにある薬屋に凄腕の細工師がいるって話だ。なんでもそいつは鍛冶もできるらしいんだが…とにかく仕事の好みがうるさい上に納期も気分次第ってぇ奴だ」
「うん?よくある職人気質ってやつじゃないの?」
「そうでもないらしい。金のいい仕事も受けるし、相方の薬師に言われりゃなんでもするって聞いたぜ?」
「うーん…よくわかんない人なんだね」
「まぁでも腕は間違いないみたいだし、セシルちゃんも機会があったら行ってみたらどうだい」
「…そうだね。いつになるかわかんないけど、私のコレクションもだいぶ溜まってきたからね」
私は寄せていた顔を離すと受け取った籠をその場で腰ベルトに収納した。何度も来ているうちにどうやって持ち帰っているか怪しまれて仕方なく暴露したわけだ。
ちなみにアドロノトス先生にも相談して収納量も確認してある。これには私も驚いたんだけど…領主館くらいなら入ってしまう、とのことだった。リードの持ってる魔法の鞄がだいたい今私が使わせてもらっている部屋くらいということなんだけど、それと比べれば私が自作したものの異常さがよくわかる。耐用年数も鞄さえ無事なら五十年から百年は使えるってさ。
そんなこともあって最近ではアドロノトス先生から魔法以外にも錬金術や魔道具作りについても教えてもらっているところだ。やっぱりいろんなことができるに越したことないしね。
「やっぱいいよなぁその『魔法の鞄』」
「うっふふー。欲しいなら売ってあげてもいいけど…高いよ?」
「…やめとく。もし買ったらしばらくセシルちゃんにただで原石卸すことになる」
「あー、それもいいね?」
「勘弁してくれ…」
いやでも案外有りなんじゃないだろうか?
格安で売る代わりに私の要望を色濃く反映した仕入れをしてもらうっていう条件を付けるってことで。
私にとっては魔法の鞄自体作ることはそんなに難しいことではない。付与魔法と空間魔法で作った魔石を蓋がある鞄に仕込むだけでいい。多少の手順はあるものの既に何度か作ったことのあるものだし複雑でもなんでもない。
ここに来るまでに見掛けた革製品の露店にあった鞄、それとこの店にある原石を使うだけなのでせいぜい原価は小金一枚。安くしようと思えば銀貨一枚程度まで抑えられるだろう。
但し、一般的にはまず魔石だけで白金貨五枚から。魔法の鞄に使えるものとなると五十枚程度の物。後は空間魔法を付与できる人を探す伝手と金。となれば小さな領地の年間予算くらいの金額がしてもおかしくはないのだ。領主様に聞いた話だとリードにプレゼントした魔法の鞄は白金貨二百枚したとのこと。私の自作したものならば収納量はその百倍以上なので金額もそれに比例して……ってそんなの払える人いないでしょうよ。
さて、それならそれで私も準備しておくとしよう。
おじさんは突然考え事をし始めた私を訝しげに見ていたが、気にするでもなく売れて空いたスペースに別の商品を陳列していた。
「さてと、それじゃ私そろそろ行くね」
「おぅよ、毎度ありぃ!」
「それとさ、今度王都に行く時にでもさっきの紫色の原石の情報を仕入れておいてくれると嬉しいなぁ」
「あぁわかってるさ。どうせ聞かれるんだろうなと思って、向こう出るときに仲間達に調べるように言っておいたさっ」
半ば吐き捨てるようにおじさんは言っているが、これでなかなか喜んでいる。その証拠に顔はニヤニヤと悪戯っぽく笑っているのだ。予想通りとでも言いたいのだろう。
分かり易くて申し訳ないが、こと宝石に関しては直情的なところがあるからそれはわかってるでしょうに。そんなわけで追加でチップを出そうかと思ったけど、それは生きた情報が手に入ったときとさせてもらうことにする。
そのまま片手を上げておじさんの店から離れることにした。
「おかえりなさいませセシル様」
「ただいまファムさん」
領主館に着くとそろそろ四の鐘が鳴ろうかという時間だった。週末はいつも冒険者として活動しているため、この時間にいることは珍しいかもしれない。
私はファムさんと一緒に部屋に戻ると腰ベルトを外してソファに倒れ込んだ。後ろからファムさんの息を飲む声が耳に入ったがそれどころではない。
…テンション上がりすぎてて忘れてたけど昨夜は寝てないんだった……眠い。
「…セシル様?お疲れなのでしょうか?」
「ちょっと昨日大変なことがあってさ。疲れたのもだけど寝てなくて…」
ファムさんにそれだけ伝えると私は早速意識を手放しにかかった。ソファとは言え、実家のベッドよりも柔らかい。
「食事はきちんと摂られていますか?」
「あぁ…そういや昨夜から何も食べてなかったっけ…。でも今は寝させてぇ…」
すっかりおやすみモードになった私に彼女は心底呆れた顔をしていたが、それを見ることもなく私は完全に眠りに落ちたのだった。
目が覚めると辺りはすっかり闇に包まれていて昼間はどこからか聞こえる使用人達の声も全く聞こえない。
時刻を確認すると七の鐘が鳴る頃。普段ならファムさんと一緒に入浴も終わらせてそろそろ寝ようかという時間だった。
思っていたよりも私の体は疲れていて大量の睡眠を欲していたらしい。それでもまだ少し眠いのだが、いかんせんお腹が空いた。
私はベッドから体を起こすと寝間着から普段着に着替え……あれ?私帰ってきてそのままの格好でソファで寝なかったっけ?
頭に疑問符をたくさん浮かべながら着替えていると扉をノックする音がして静かに誰か入ってきた。
「あ、セシル様お目覚めになられたのですね」
「うん…ひょっとしてファムさん、私の着替えとベッドまで運んでくれた?」
「はい、あのままではお風邪を召されてしまうかもしれませんでしたし、お疲れのようでしたのでベッドでお休みいただくのが一番かと思いまして」
「そっか…ありがとう。重くなかった?」
「うふふ、セシル様も女性であられますものね?ですがとても軽くて羨ましくなりましたわ」
そりゃまぁ九歳児ですしね?発育がいい訳ではないので平均くらいだとは思うけど、前世でいうところの米袋くらいはあると思う。
彼女も屋敷の中で重い物を持つこともあるだろうしそれなりに力はあるってことなのかな?
着替えさせられたのは…結構恥ずかしいけど、いつも一緒にお風呂入って裸も見られているからそこまで気にすることもない…かな?
私が着替え終わるとファムさんは手に持っていたものをテーブルに置いてお茶を入れてくれたところだった。
「モースさんに軽食を作っていただきました。夕食はもう残っておりませんでしたので簡単なものではございますが」
「うわぁ…ありがとうファムさん!実はすっごくお腹空いてたんだよね!」
「ふふ、それは良うございました」
ファムさんにお礼を言って早速ご飯を食べることにする。温かいスープと薫製ベーコン、目玉焼き、それとパン。
用意してもらって文句言うのも悪いけど…こういうときはサンドイッチにしてもらえると助かるよねぇ。明日にでもモースさんに聞いてみようかな。
「ふぅ、御馳走様。美味しかったぁ」
久し振りに膨らんだお腹を撫でながらソファの背もたれに寄りかかっているとファムさんがクスクスと笑う。お行儀悪いかな?
「それではこのあと入浴もされますか?」
「え?でももうお湯抜かれちゃってるんじゃないの?」
「先ほど当番の者に湯を抜くのは明朝にしてほしいと伝えておきました。セシル様が入浴されるかもしれないと」
「私が起きないかもしれないのに?」
「起きるかもしれませんでしたから。ですので私も入浴せずにお待ちしておりました」
むー…確かにファムさんはお風呂好きだし、私がいれば温かい湯にも浸かれる。それにしてもここまでするかね…。でもその思いやりには頭が下がるね。
「ありがとうファムさん。じゃあ支度して一緒に入ろっか」
「はい!昨日はセシル様がいらっしゃらなくてとても残念でしたので今日こそはと待ちわびておりました!急いで支度してきます」
そう言うとファムさんは軽食の乗っていた皿を持って退室していった。
私もお風呂に入る前にポットとカップを洗っておき、着替えを持って浴場へ向かうとファムさんもいつもの入浴セットを持って現れたところだった。
今日もありがとうございました。




