第67話 宝石の女王
今いるのは廃坑の一番奥にあると思われるドーム状の部屋で、バラバラになったケツァルコアトルは収納済み。廃坑内に他の魔物や人の気配はないが小さな生命反応はある。多分鼠か何かだろう。
廃坑とは言え、まだ細かい鉱石は残っている可能性はあるのでまずはそれを探っていく。
問題は鉱物知識のスキルだけではピンポイントに鉱石を探せないことだよね。それっぽい何かがあれば鉱物操作で引き寄せたり取り出したりは簡単にできるものの、なかなか効率はよくない。
無い物ねだりしても仕方ないので近くにある鉱物を手当たり次第に引き寄せることにする。
まずは鉄。確かにほとんど採り尽くされているが細かいものはまだまだ残っているので砂鉄状にして私の目の前に山となっていく。鉱物操作で楽なのはそれだけを取り出すことが容易なことよね。他のただの岩と混じっている状態ではとてもじゃないけど扱いにくいし、そこからまた鉄だけを取り出す作業が必要になるのでお金も時間もかかる。
次に取り出せたのはミスリル。稀に採掘されていたとは聞いていたけど今のドームの更に地下数十メテル先に大きな塊が残っていたようだ。魔力がとても通りやすいので鉱物操作で簡単に形も変えられるのでインゴットにして回収しておく。
ここで採れる金属はこんなものかな?他にもアルミや錫なんかもあったけど使い道を思いつかないので岩の中に戻しておいた。
「さて!お楽しみはこれからだよ!」
次は本命の宝石!!
さぁ、何が出てくるかなぁ…。
鉄が採掘されると聞いてたし、実際私も回収したから期待はしてたよ?でもまさか、ね?
「ダイヤモンド…。すごい綺麗。それにこの大きさ!天然でこのサイズってなかなか見つからないよ!」
見つかったのはまさかのダイヤモンド!
宝石の女王だよ!いつかは出会えると思っていたけど、こんなに早くお目にかかれるなんて!
しかもかなりの量が見つかり、私の目の前には母岩から離れた原石の状態で山と積まれている。
「これは危険よね…私このままここにずっと居られる。むしろこのダイヤモンドに埋もれたい、埋めてほしいよ!」
そして素晴らしいのは大きさだけでなく、色。
ほとんどの人が想像するダイヤモンドは無色透明なもので美しくブリリアントカットされた煌めく宝石をイメージするだろう。カットする前のダイヤモンドは確かに色もくすんでいるし煌めく様子はないが…これはこれでとても美しい。
話が逸れた。
また有名なホープダイヤのようなブルーダイヤを知っている人もいるとは思うけど、ダイヤモンドの色はもっと様々なのだ。
ブラック、ブラウン、イエロー、クリア、グリーン、パープル、ピンク、バイオレット、ブルー、レッドと実は内包される元素によって様々な色が生まれる。ホワイトダイヤという無色透明ではない白いダイヤモンドもある。また内包されるのがルチルだった場合は希少性が高まる。一般的な無色透明のダイヤモンドは本当に素晴らしい輝きを放つが他のカラーダイヤモンドは更に希少性があったり、ダイヤモンド独特の輝きを放ちながらも美しい色を含むそれは別格の宝石と言える。
「そ!れ!が!正に今目の前に!!!」
一人洞窟の中で叫び声を上げているから誰に聞かれることもないけど、私の声が反響して響き渡っている。しかし興奮している私はそのことを全く気にしない、いや気付いていない。
目の前に積まれたダイヤモンドの山は無色透明、レッド、ブルー、バイオレット、イエロー、ブラック、ピンクと鼻血が出そうなくらい興奮するような美しい輝き達だ。一つ一つに名前を付けたいくらい。
しかしまさか前世では世界に数十個しか見つかっていないレッドダイヤモンドや百万個に一個の割合でしか見つからないブルーダイヤモンドまでいくつもある。ブルーダイヤモンドに至ってはサファイアかと見紛うほどの深い海のような青。これの価値に魅了されて人生を誤ってしまったとしても納得の輝きだ。
「あぁぁ…本当に綺麗。最高。絶対最高の状態に、いえ究極の輝きを放つルースに加工してみせるからね!」
ダイヤモンドの興奮がやっと落ち着いてきたのは外が深い闇に包まれた深夜になってから。
私は泣く泣く腰ベルトに全てのダイヤモンドを収納して、ようやく他の宝石を探索し始め、全てが終わって廃坑を出たのは朝日が昇ってしばらくしてからだった。
「そろそろ三の鐘かぁ…まさかこんなに遅くなるなんて思わなかったね。魔王種とかいうわけわかんないのもいたけど、最っ高のダイヤモンド達に出会えたんだから全然お釣りがきちゃうよね!」
それでももう二度とあんな化け物とは戦いたくはないものだけど。
ただ気になるのはeggというスキル。自分の欲望を叶えるためだけのスキルって何が生まれるんだろう?それはとても気になることなのは事実。
でも魔王種とはもう戦いたくはないし…今は気にしないことにしよう。うん、そうしよう。
だいたいそもそも魔王種と戦うだけでeggってスキルを獲得するのなら世界中にいっぱいいるんじゃないの?
私は自分の疑問を消化しきれないままベオファウムに向かって自分の体を宙に浮かせたのだった。
「…なぁセシルの嬢ちゃん。こいつは買い取れねぇよ」
冒険者ギルドに着いてヴァリーさんとブルーノさんの二人にケツァルコアトルのバラバラにした体を差し出したのだが、ブルーノさんから出た言葉は私の期待を大きく損なわせるものだった。
「やっぱりバラバラにしすぎたから?」
「そんなことないわよ。大きな体をした魔物の一部だけを持ち帰って買い取ってくれって話は多いのよ?」
「じゃあ買い取れない理由ってなんなの?」
バラバラになっていることは問題ではないのに買い取りができないことが納得できない私は純粋な興味もあって二人に聞いてみることにした。
「単純に価値がわからん」
「これを流通させるのはちょっと…いえ、かなり恐ろしいことの引き金になりそうなのよね」
うーん。やっぱり魔王種って魔物は素材だけでも何かすごいポテンシャルを秘めているのかもしれないね?
私はこれ以上無理を言う気にもなれなかったため出した素材をもう一度回収して二人に向き直った。
「とりあえずあそこの廃坑は確認した限りもう魔物はいなかったよ。だからもう調査の必要はないね」
「ふむ…まぁ奥にあんな化け物までいたんだ。セシルの嬢ちゃんを向かわせといて本当によかったぜ」
ブルーノさんは一人腕を組んでうんうんと大きく頷いている。
「…それだと私なら殺しても死なないみたいな言われ方な気がするんだけど…」
「あん?正にその通りじゃねぇかっ!うっははははっ!はぶぅっ?!」
馬鹿笑いするブルーノさんの脇腹を軽く小突いて(ゴブリンを一撃で屠る程度)黙らせるとヴァリーさんに片手で挨拶してその場から立ち去った。
その足でリコリスさんのカウンターに来るとカードを出していつも通り依頼完了の手続きをする。
最近はすっかり馴染みになったこの手続き。週末しか冒険者稼業をしないとはいえ、私の実績はそう悪いものではないらしい。それこそ護衛依頼をいくつか受ければランクAまで上げることもできるんだとか。
今は現状で不満は無いし、リードの教育もまだまだかかるだろうからそれは成人してからになると思うけどね。
リコリスさんから依頼料とカードを受け取ると腰ベルトにそのまま放り込む。最近はかなりお金に余裕が出てきたし、以前のようにヴァリーさんから騙されることもないので特に確認もしないようにしている。
「じゃあね」と軽く挨拶をすると他の依頼も確認することなくそのまま冒険者ギルドから出て行くのだった。
冒険者ギルドを出た私はそのまま領主館に戻ることなくブラブラと街を歩き露天商が並ぶ区画にやってきた。
初めて来たときに原石を売っていたおじさんとはあれからも何度も取引をさせてもらっていて、なかなかにおいしい思いをさせてもらっている。
もちろん冒険者として稼いだお金のうちここでかなりの額を使わせてもらっている。最初はお金がないと困る、と思っていたけど今では逆にこれと言った使い道がないのだ。使い道が出来たときのために貯金はしているけど、今のところ予定はない。
「おっ!セシルちゃん!いらっしゃい」
「こんにちはおじさん。よかった、先週はいなかったからもう来ないのかと思ったよ」
「ははは、面目ねぇ。セシルちゃんがいっつも買ってくれるからおじさんも頑張っていろいろ仕入れてきたんだ」
「えぇ?!私のため?」
「おぅよ。おじさんも商人の端くれだからな!お得意さんのためには頑張るってもんよ!」
うぉぅ…この人めっちゃいい人…。
そりゃ確かにお金に糸目も付けず、相場より少し高い金額でごっそり買っていくからかなりの上得意様なんだろうけどさ。
それでも私のためにといろいろ仕入れてきてくれたというこのおじさんの心意気には頭が下がるね!
「じゃあその頑張って仕入れてきたものを見せてもらうね」
「おじさんがあちこちで仕入れてきた上物から細かいくず石までいろいろあるからな!今日もいっぱい買ってってくれよ?」
「買うかどうかはモノ次第だよ?どれどれ…?」
おじさんが広げている布の売り場スペースには様々な原石が並んでいる。いつものように匙で一杯いくらのくず石から母岩のついたままの原石まで。今まで何度も見たものもあれば、今回初めて見るものまである。
なるほど、これは確かに期待以上かもしれない。
キラキラと輝く、とは言い難いまだくすんだ色をした原石達を前に私の財布の紐はどんどんと緩くなっていく。
この原石達が美しく輝く姿を思い浮かべるだけでも心が満たされていくが、それでは足りない。いつか本当に綺麗に加工してくれる職人さんと出会って究極のルースを作り上げてみせるよ!
今日もありがとうございました。




