閑話 カイト達との依頼 後編
昨日の続きです。
私が氷の道を作って走り始めた頃、カイトはというと。
「よっしゃよっしゃ…これだけあれば依頼分なんか余裕だぜ。俺だけで依頼に必要な数は確保できたんじゃないか?」
そんな独り言を言いながらズブズブと湿地帯の泥に足を捕られながら歩いていた。
仲間との合流地点まであと千メテルくらい。
目の前にある林を横切れば彼等の姿も見えてくるはず。
泥だらけの袋を引きずりながら、彼も急いで合流しようと疲れた身体を更に酷使して前に進んでいた。
この時カイトに気配察知でもあれば近付いてくる魔物の気配に気付いて身を隠すなり出来ていたのかもしれないが、彼がそのスキルを手にするのはまだまだ先の話。
今はただ自分よりも早くお互いの存在を気付いた魔物に襲われるのを待つだけだった。
ずじゅ ずびゅるるるる
「な、何の音だ……まさか…」
音がした方向を見た時、彼は既に魔物にその姿を捉えられていて逃げようにも足が泥に捕らわれて満足に走ることすらできない。
湿地帯の泥の上に尻餅をついたとき、生きたまま食われることを覚悟した。
涙を浮かべた彼の目に映ったのは、こちらへ勢いよく迫る巨大な蛇だった。
「岩弾砲!」
バガッ
後少しで飛びかかられるところを突然横から高速で飛んできた岩の塊で魔物はその頭を大きく弾かれて泥の上に叩きつけられた。
「なんとか間に合ったね」
カイトはいつもギルドで会う年下の女の子の声を聞いて今まで恐怖のあまり自分が息をするのも忘れていたことをようやく思い出し、大きく息を吸い込んだ。
「セ、セシル…。た、たす、た…」
「お礼は後。まだ倒してないよ」
少女は自分で作り出した氷のステージの上に立ち、今し方魔法で頭を弾き飛ばした蛇の魔物から視線を逸らさない。
そして再度右手を突き出して魔力を込めると同時に左手で腰に挿した短剣を逆手で引き抜いていた。
彼女と蛇の距離は二十メテル強。お互いの間合いには入っていないものの、彼女には魔法がある。
カイトはセシルがどんな魔法を使おうとしているかはわからないが、それが十分に蛇の命を絶つことができるほどの威力を込められたものだと察した。
「なんだっけ……なんとかサーペントって沼地にいる大型の蛇の魔物だよ。脅威度C相当の魔物だからこのあたりでは確かにあんまり見かけないはずなのにね」
そう言うと右手の魔法を一度解除して、また別の魔法を用意し始めた。
カイト自身セシルが戦っているところを見るのははじめてなのだが、そのあまりに早い魔法の展開に驚いていた。
いつも身近にいる魔法を操る幼なじみではここまで早く魔法を使うことはできない。
「それじゃとっとと終わらせるよ。氷獄閃!」
セシルが魔法を使うと右手から青白い光が泥でぬかるんだ地面に放たれた。
その光が当たった地面はあっという間に凍りついていき、ビキビキと音を立てて広がっていく。その氷の地面はすぐに蛇の魔物の足下まで範囲を広げ、かの魔物はその様子に驚いたのか持ち上げていた鎌首を若干引かせた。
しかしその時には既にセシルは動き始めていて左手に持った短剣に魔力が込められ魔物に襲い掛かっている。
「たっ!」
ザンッ
軽々と飛び上がり、蛇の魔物へと短剣を走らせると簡単にその首を落とし自身は再び凍らせた地面へと音もなく着地した。
カイトは今まで高いレベルの冒険者と何度か一緒に依頼をしたことはあったが、ここまで圧倒的に魔物を屠る冒険者を見たことがない。そもそもセシル自身も気付いていないのだが、彼女は既にこの国でトップクラスの実力を持っているので無理もない。
「セシル…すげぇ…」
「うん、私それなりに強いからね。この蛇はどうする?」
「…それはセシルが一人で倒したんだから、セシルのものだろ。でも持って帰れなくないか?」
「大丈夫」
そういうと彼女は既に息絶えている蛇の魔物の頭へと近付いて右手で触る。その瞬間彼女の腰につけている小さな鞄に吸い込まれていった。
「こっちも」
胴体の方も同様で、セシルが触ると吸い込まれるように鞄に入ってしまった。
「それ魔法の鞄か?よくそんな高いの持ってるな…しかも今の魔物入れられるってとんでもない容量じゃないか?」
「うん、まぁ私も領主様のところにいるくらいだからね」
少し慌てた様子で両手を振りながら誤魔化すように話を終えるとセシルはカイトの持っていた袋を一つ手に取った。
「ほら、私も運んであげるから早く合流しよ?」
何事もなかったかのように袋を引きずりながら、自分が走ってきた氷の道の上を歩き始めた。
カイトがその氷の道の上で何度も足を滑らせて転んだのは言うまでもない。
「ただいま」
「おかえりセシルちゃん。カイトもおかえり」
無事に他のパーティーメンバーと合流するとリリアが用意してくれていた真水が入った桶にマッドスライムをボチャボチャと無造作に放り込んでいく。
その様子をブランとキスティは訝しげに見ている。
慌てて飛び出して行った割にはセシルは怪我どころか泥で汚れてもいない。対照的にカイトは泥だらけになっているというのに。一体彼女はカイトのところへ行って何をしてきたのだろうか、そう思っても不思議ではない。
「結局あの子は何しにお前のところへ行ったんだ?」
「…でかい蛇の魔物が出て、襲われそうになっていたところを助けてもらったんだよ」
「でかい蛇?よくそんなのをお前たち二人で倒せたな?」
ブランが疑いの眼差しでカイトとセシルを交互に見やる。
しかしカイトの答えはブランやキスティの思ったものとは違っていた。
「まさか。俺は何もしていないよ。セシル一人で倒したんだ…あっという間にさ」
「…嘘だろ…?」
「そう言いたくなるのはわかるけどさ。まったく…なんであんなちっちゃいのにあんなに強いんだよ…理不尽にも程がある」
「…俺はこの目で見るまで信じないぞ」
「別にいいさ。俺だって信じられないんだ」
ぼやく二人の男性冒険者をよそに、女性達はマッドスライムの核を取り出し終わり、袋に詰め終わったところだった。
これで依頼は達成。あとは帰るだけとなり、セシルも強力な魔物を狩れたので言うことはないと言わんばかりのホクホク顔だ。
「でも私達が出会った魔物が出てこなくてよかったよね」
「…あれ?リリア達が出会った魔物っておっきい蛇の魔物じゃないの?」
「ううん、違うよ。私達が見たのは…」
とリリアが言葉を続けようとしたところでセシルは一人上空を見上げて右手を突き出した。
「岩弾砲!!」
セシルの魔法は先端を尖らせた岩の塊を高速で回転させながら放ったものだった。
当然普段彼女が魔物と戦うときに使用する石射の巨大化版なので、その威力たるや。
「うひぃゃぅわぁっ?!!?!」
突然頭上から降ってきた肉塊に驚き口の形が定まらないままに悲鳴を上げるリリア。
パーティーメンバーに当たることはなかったとはいえ、降り注ぐ血の雨に皆唖然としている。
セシルがたった今仕留めた魔物は全長二メテル以上もある巨大な蛙。その驚異的な筋力でずっと遠くからジャンプしてこちらに襲い掛かってきたのだが、セシルの魔力感知にはずっと引っかかっていたために急に近寄ってきたせいで正に狙い撃ちされてしまった。
「…な、なぁ?これって俺達が見たあの魔物じゃないか…?」
「そ、そうよ。この大きさの蛙、間違いないわ」
「これを一撃か…まじか…」
ブランとキスティはセシルの屠った魔物の正体に気付いて、更に驚きを隠せない様子だが、当のセシルはというと。
「しまったなぁ…こんなにぐちゃぐちゃにしちゃったら買取してくれないよねぇ…。折角の大物だと思ったのに、こんなに貧弱とは思わなかったよ」
などとぼやくものだから、最早リリアやカイトは引きつった笑いを浮かべるのみだった。
ベオファウムへと戻り、草原の疾駆者一同はギルドで依頼達成の報告、セシルは大蛇の素材買取を済ませ近くの酒場へとやってきていた。
ちなみにセシルは大物の魔物を仕留めたため草原の疾駆者よりも多くの金額をその懐へと納めている。もちろん、それを彼等に教えたらまたいつもの言葉を投げかけられると思っているので内緒にしたままだ。
「今日はセシルのおかげで助かったよ。おかげでメンバーが誰一人怪我もせずに依頼を達成することができた」
「気にしないで。私も私で収入はあったし、何より大勢で依頼をするの初めてだったから楽しかったよ」
「でもセシルちゃん、ほんとにすごく強かったんだね。私さっきの蛙を倒すまでちょっと信じられなかったもん」
「ホントホント。まさかあの魔物を一撃とは参ったぜ」
「できればうちのメンバーに入ってほしいくらいよね」
草原の疾駆者一同は皆それぞれ好きなようにセシルを誉める。それを聞いているセシルも満更ではないようだが、メンバー入りだけは彼女の望むところではない。
「ありがとう。でもたまにはこうしてパーティーでやるのも楽しいけど、やっぱり私はまだ一人でやっていたいかな」
「そう、だよな。そんだけ強かったら俺達と同じ依頼なんかしてても儲からないしな」
「…ふふ、そういうことにしておくよ。もっと強くなったらまた一緒にやろうね」
そうやって笑って誤魔化すセシルだが、本音はもちろん宝石の採集に自由に出られないというのが一番の理由だということは言えないでいる。
完全に趣味に走りまくった採集に誰かを付き合わせるのは流石に気が引けるのだ。
いつかは誰かとそんな趣味に走った採集に出られたらいいなと、心のどこかで思いながらも今日のところは作り笑いで誤魔化しておくのだった。
「とりあえず無事に依頼達成したんだし、今日は好きなだけ食ってくれよ!」
「うん、ありがとうカイト。また困ったことがあったら声を掛けてね!」
その日はセシルも彼等に付き合い、夜遅くまで酒場で語り合い、杯を交わすのだった。
自分は飲んでいないのに服に染み付いてしまった酒の匂いにファムからたっぷりとお説教されたのは彼女にとって一番の災難であり、笑い話になったという。
今日もありがとうございました。




