第59話 初めてのお買い物はやっぱり
宝石出てきますよー。
一応言っておきますが、セシルは自重しませんが普通の女の子だと自分では思ってます。
ギルドを出た私はブルーノさんに言われた店を探してベオファウムの一角を歩いていた。
彼が言うには「店」とは名ばかりの露店のようなものだと言う。何のことかわからないのでとにかく言われた一角を見て回ることにしたのだ。
異世界に来て八年。こうやっていろんな店を見て回るのは初めてなのでちょっと興奮している。
見たことのない果物や野菜もあれば、前世にもあったようなものもある。レモンのような黄色いぶどうやスイカほども大きさがあるライチなど、どこか違うものまで様々だ。
他にもアクセサリーを売っていたり、モチーフが何かわからないお面を取り扱っているお店。焼き肉串、焼きトウモロコシのような縁日にある食べ物を売る店。
お昼を食べ損なった私としてはつい手が出そうになるが、恐らく買い物を終わらせて領主館に帰ったらすぐ夕飯になりそうなので我慢することに、えぇもう涙を飲んで我慢することにしたよっ!
明日リードの訓練が終わったらちょっと出てみてもいいかもしれない。
すると今度はどこから持ってきたかわからないような武器を扱う店が並ぶ区画に入った。盗品…ではないかもしれないが、質の悪そうな感じがする。野草知識、鉱物知識とともに道具知識は手に入れているので危ない道具、魔道具などは見ただけで色分けされていてすぐわかるんだけど、もっとちゃんとした『鑑定』ってスキルであってほしい。人物鑑定とかスキル鑑定はあるのにねぇ?
ひとまずこの区画にも居なさそうだ。
その人は薬の店をしているって言ってたしね。
武器の区画を抜けたところでようやく薬を売る露店の区画に入った。
そして目に入る、どこから見ても前世にあった簡単に設置できるテント。ワンタッチで組み立て、畳むときも曲げていくだけで折り畳めるもの。学生時代の友だちの彼氏がアウトドアに凝っていて一緒に連れて行ってもらったことがあるけど、その時に使っていたのと同じようなものだと思う。
明らかに浮いている。この世界のテントは木の棒で骨組みを作って布を被せただけの簡易なものがほとんどだからね。なのにこれは通気性を考慮した穴もあるし、何よりポリエステル…?布ではない変わった生地を使っている。
ここが正解かどうかはわからないがとても興味が湧いてきたので私はテントの入り口をくぐって中に入った。
中は見た目通りの広さで人が四人くらい寝られるスペースがあり、その真ん中に簡易なテーブルを置いただけのお店だった。
テントの端にいくつか薬のようなものやその素材となるであろう植物などが置いてあるものの、それが何なのかは全くわからない。
「いらっしゃい。よくこん中入ってこれたのー」
「あ、うん…。ちょっと気になったから寄ってみたの」
「さよかー。ここはちょっとばかし変わった薬を扱う店やさかい、お嬢さんのような女の子が来る場所あらへんで?」
中にいた店員さん?はテレビで見たことのあるような関西弁を喋っており、黒いフードを深く被っているため顔は見えないものの声は若い女性のものだ。座ったままの姿勢だから体型も身長もわからないけど、あのなんとかの暴風雨ってチームの人達よりよほど腕は立つと思う。
私はテーブルを挟んで店員さんとは反対側に座って話してみることにした。
「ここの薬に興味はないんだけどね。ギルドにノーラルアムエの花の採集を依頼した人を探してるの」
「ほぉ…?なんやお嬢さんギルドのパシリでもしとんかいな?」
「いやパシリじゃないよ。私が取ってきたんだけどギルドマスターがその人に会いに行けって言うから探してるの」
「ふぅん…お嬢さんがなぁ…。そんならお嬢さん、あの花取ろうとして大蛇に襲われたやろ?花取って命からがら逃げてきたんとちゃうんか?」
「むー…違うよ。ちゃんと倒したし、素材はギルドに買い取ってもらったよ」
何か結構失礼なこと言う人だね!
ちょっとイライラしてきた。
すこしばかり頬を膨らませるように不機嫌さを表情に出してみるけど、相変わらず目の前の店員さんは座ったままで時折面白いのか体全体を揺らしながら笑っている。
「あー、アカンアカン。お嬢さん、短気は損気言いますやん?そないなことで怒ったらアカンて」
「むー……で、貴方がその依頼を出した人なの?」
「せやで。ウチじゃなんぼ言うてもあそこの魔物を相手にするんは骨が折れるしな」
「私も大変な思いはしたんだけど…」
「その分素材売った金がガッポリ入ってきたんやろ?ならオッケーやないか」
「いやまぁそうだけど…」
なんだろ?この人と話してるとすごい違和感を感じる。
それが何なのか全くわからないけど、イライラするものの嫌な感じは全くしない。
なんだろ?昔からの付き合いがある古い友だちと話してるような…私で言うところのずっと前に園を卒業していった兄や姉と再会して話してるような感覚なんだけど…。
「それでこの店に来てって何の用事だったの?」
「用事はもう済んだで」
「は?」
私は自分の耳を疑った。言うに事欠いて店に来ただけで用事は済んだ?しかも説明も無し?
あぁぁぁ…さっきよりもっとイライラしてきた。
「だから短気はアカン言うとるやろ。せや、そんならこれやるわ。ホレ」
そう言うと店員さんは私に一本の短剣と何かが書かれた紙を渡してきた。
短剣の方は…なんと魔道具だ!
びっくりして前を向くも店員さんは初期位置から全く動いていないし動揺している素振りもない。間違って渡したということも無さそうだ。
「こんな高そうな物貰うわけにはいかないよ」
「構わんで。それな、ウチのツレが作ったんやけど失敗作や言うてんねや。普通に業物やってウチは言うてんのやけどメッチャ頑固やねん、ちぃぃっともウチの話聞かんのや。お嬢さん短剣使うみたいやしそれやるわ」
「いや…今普通に自分でも業物だって言ったじゃん…」
「せやかてくど……せやかてな、売ったらアカンって聞かんのやから売らずにくれてしまうのが一番や思わん?」
一体今何を言いかけたんだ…。
それにしても何なんだろうこの感じ?
「むー…じゃあありがたく貰っておくよ?後で返してって言われても嫌だからね」
「言わへん言わへん。それとな、その紙には王都にあるウチの店の場所が書いてあんのや。普段はそっちにおってベオファウムに来るんは半年に一回くらいなんや。お嬢さんが王都に来ることがあったら是非寄ったってな」
「…うん、いつになるかわからないけどいつかは行ってみたいと思ってるから。その時にはお姉さんの薬買わせてもらうね」
「おおきに。ウチも花が手に入ったんなら明日にも王都に戻るさかい、お嬢さんが来るんをメッチャ楽しみにしてんでー?」
「うん、私もまたお姉さんとお話できるのを楽しみにするよ」
「あんがとな。ほなもうちょい話したいとこなんやけど、お嬢さんが取ってきた花受け取りにいかなあかんからこれでもう店仕舞いにすんでー」
そう言うとお姉さんは立ち上がり店の中のものを一つの鞄に放り込むように収納していく。魔法の鞄だ、リード以外に持ってる人初めて見た。
そしてこの店員さん、途中から私がお姉さんって言ってたの何も気にしてないね。
私は立ち上がり片付けに夢中になっているお姉さんの後ろにこっそり回り込み、鑑定してみることにした。
ぱちっ
…あれ?
スキル失敗した?
今までにない感じがしたので少し慌てたものの、自分を鑑定すると特に問題なく鑑定はされるので、再度お姉さんに鑑定を試みた。
ぱちっ
…やっぱり駄目?!なんなのこの人?!
私が驚いて後ずさったせいかテントの屋根に頭が擦れてせいで彼女はこちらを振り返った。その拍子にずっと被っていたフードが捲れて少しだけ顔を見ることができた。
真っ黒な髪と茶色い瞳、まるで日本人のような組み合わせなのでこの世界では珍しい。珍しいもののいないわけではない。実際村にも一人だけいたしね。
ただ印象的なのは笑った際、口に見えた明らかに目立つ犬歯。所謂八重歯というものだろう。だが長すぎだと思う。
そして肌はとても白く綺麗ではあるものの不健康そのものだ。まるっきり血の気がないのではと勘違いしてしまいそうになるほどに。
容姿を観察していた私をお姉さんはニヤリと顔を歪ませて笑うと
「みぃたぁなぁ…?」
「…あ、ごめんなさい。あんまり見られたくなかったのかな…?でもすごく綺麗だと思うよ?」
「……なんやノリの悪いやっちゃなぁ…。ホレ、もう片したからここ出るで」
お姉さんは私の肩を掴んで後ろから押して二人ともテントから出るとくるりと振り返り簡単にテントを畳んで収納してしまった。物凄い手慣れているね。
「ほなウチは行くで?お嬢さんも気ぃ付けて帰るんやで」
そう言うと彼女はあっと言う間に人混みに紛れていってしまい、私はすぐに姿を見失ってしまった。
「なんだったんだろ?鑑定もできないし変に優しいし…でもこの魔道具は危ない物じゃ無さそうなのよね」
考えてもわからないことは考えないようにしよう。
私は結局来た道をそのまま戻り、食べ物の露店が並ぶ区画でさっきのスイカのようなライチを購入することにした。一つ銀貨二枚するそれと美味しそうな洋梨を四個、それと乾燥させたものと生のハーブを数種類買って小金一枚だった。物価自体はそこまで高いわけではなさそう。
本当はお世話になっているファムさんに何か形に残るお土産でもと思ったが、彼女の好みがわからないので甘い果物にした。これなら女の子はみんな大好きだろうからね。ハーブは完全に私の趣味だけど。
購入した後、路地に入ってこっそり腰ベルトに収納すると再び露店に戻ってまたブラブラと歩き始めた。
食べ物の区画にいると誘惑に負けて買い食いしてしまいそうなので早々に立ち去ることにし、アクセサリーの区画に移ることにする。あの匂いは危険だ…。
さっきは流して見ただけだったが、ここは案外いろんなものがある。既に加工された貴金属もあれば原石のようなものも溢れていて思わず涎が…もとい、鼻血…でもなく、興奮が高まってくる。
やばいです。食べ物よりも我慢ができそうにないです。
うん?別に我慢することないんだっけ?
あとはほとんど役に立たないであろう極々小さな宝石の原石も一掬いいくらの単位で売っているようだ。
「ねぇおじさん。この小さい原石ってどんな人が買うの?」
「あぁ、こいつはな細工師が小さな石をつけたい時に買うことがあるな。あとはお嬢ちゃんみたいな小さい子が綺麗な石を欲しがったりな。どうだい?買ってくかい?」
よく見るとなかなかいろんな種類が売っている。アメジストやガーネット、トパーズやエメラルド…いや、これはシトリンとペリドットだね。他にはフローライトなんかもある。
「これってどこらへんで採れるものなの?」
「あぁ?なんだぁ?自分で採りに行きたいのか?やめときな、もっと大きくなって冒険者にでもならんと無理だ」
「まぁそう言わずにさ、将来のために教えてよ。あ、この紫と黄色、緑の石をまとめてちょうだい。あとそっちに置いてある原石のあれとあれ、こっちのも」
「おいおい…金はあるのかよ?」
「今のでどのくらい?」
「そうだな…まとめて小金四枚ってとこだな」
「じゃあこのちっちゃいの全部貰うからまとめてこれでいい?」
「…って金貨じゃねぇかっ。おいおい、そんなに釣りを用意してないんだよ」
「お釣りはいいからさ、さっきの話。教えてくれない?」
私はおじさんに有無を言わさぬよう手に金貨を握らせた。おじさんも渋々といった表情で今私が指定したものを纏めて籠に入れてくれている。
「…ローヤヨック伯爵領にある廃坑とその近くの川は昔いろんな宝石が取れたんだが、最近はクズみたいな石しかなくて商売にはならんからそこならどれだけ採ってもお咎めはないんじゃないか?あぁぁ、でも魔物も結構いるからお嬢ちゃんじゃ危ないからな」
少し小さな声ではあったものの近くにいた私にだけはよく聞こえた。廃坑か…確かに日本でも廃坑でフローライトの欠片が見つかるところがあったはず。他にも川でそういう宝石が採れたりするのもたまに聞く話だ。村の近くの川でもほんの砂粒みたいな宝石はあったんだしね。
「はいよ、お嬢ちゃん。毎度あり!」
「ありがとおじさん。変わった原石が手には入ったらまた買いたいから、ちょくちょく寄らせてもらうね!」
「おぅありがとな。お嬢ちゃんみたいな金払いのいいお客ならいつでも待ってるぜぇ。また今度仕入れてくるわ」
「今度はね、透明で中にキラキラした虹みたいなのが見えるのが欲しいな。水晶みたいにトゲトゲじゃないやつだよ」
「…お嬢ちゃんどこでそんなこと覚えたんだ…」
「ふふっ、秘密だよぉ」
そう言って私はおじさんから渡された原石が大量に入った籠を抱えて領主館に戻ることにしたのだった。
ちなみに綺麗でも石は石。とても重いのでこれまた路地に入って収納したのは言わずもがな。レベルが上がって力がついてるけどこんな小さな子が原石が大量に入った籠を持って歩いているのもおかしいからね。
今日もありがとうございました。
普通ってなんだったっけ…?




