第565話 戦後のミーリニアス
完結まで一気にいきます。
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ドサッ
酷く、身体が重い。
そう、これは疲れだ。
「あぁ……疲れたな……」
広い玉座の間で独りごちる。
ここには許された者以外の立ち入りを禁じているため、自分が独りにしろと言えば誰も来ることなどない。
「お疲れのようですね、ミーリニアス殿」
どうやら他人の心情を推し量れない愚か者はどこにでもいるようだ。
名を呼ばれた余は部屋の隅へと威圧を籠めた視線を向けると、闇の中から目が開くように空間が裂けて一人の男が現れた。
似合いもしない白いマントを身に着けた男は紐のような服を身に纏い、鍛えられた褐色の肌を鼓舞するかのように露出している。
「何用か、ロッペリオン」
「ふふ、気炎を上げて出掛けていかれたのに意気消沈されてるようなので心配になったのですよ」
「良くも言いおったな、と言いたいところだが……まさにその通りよ……。余の完敗である」
それこそ力の差は歴然、どころではない。天と地ほども差があったであろう。
「あれほどいた帝国軍も壊滅状態。今もし神聖国に攻め込まれでもすればひとたまりもないでしょう」
「貴様、余に喧嘩を売りに来たのか?」
「違いますって。本当に心配したのですよ」
この男はジェーキス魔国の魔王、ロッペリオン•
ジェーキス。胡散臭いことこの上ない。
以前はもう少し威厳のある男だったはずなのだがな。
しかしいつの頃からか、まるで三下のような魔王に成り下がってしまった気がする。尤も、余の部下のように扱って文句一つ言わぬので役に立つことは間違いないのだが。
「だが、セシーリア•ジュエルエースは貴様が言うような者ではなかったがな」
余が怒気を込めて威圧を放つと、さすがに分が悪いと感じたのか言葉を詰まらせた。
「それについては、申し訳ございません。まさかミーリニアス殿をも上回る力を持っていようとは計算外でした」
「もう良い。貴様に謝罪されるまでもない。あの者を取り込もうと決めたのは余自身なのだからな」
ロッペリオンの進言を持って決めたことは事実であるが、最終判断を下したのは余だ。
自分が決めた判断を他人のせいにするなど、皇帝のすることではない。
「だが、これからやらねばならぬことは山ほどある。貴様の話に付き合う時間は持ち合わせておらん」
「……承知しました。ではここで去ることとしましょう。また耳寄りな話がございましたら伺うこととします」
あぁ、と余が手を振るとロッペリオンは現れた時と同じように闇に開いた口に飲み込まれてその場から消えた。
シンと音の消えた部屋にはもう何の気配もない。
しかし、考えなければならないことはいくらでもある。
まずは帝国軍の再編だ。
余のオリジンスキル『アレキサンダー』であれば、ある程度の強者は作れる。
経験を持たぬ張りぼてのようなものだが、神聖国との小競り合いくらいならばどうとでもなろう。
「それから……なんだ。あとは何をすれば……」
今ひとつ頭が回らぬ。
どうにも先の戦いの後からこのようなことが多い。それほどセシーリア•ジュエルエースとの戦いは余の心に尾を引くものがあったのだろう。
「誠に口惜しい……だが心躍るほど、強かった……」
カツン
その時玉座の間に突然一つの足音が響いた。
またロッペリオンあたりがやってきたのか? ジェーキス魔国がいかに安定した国だとしても頻繁に帝国へ訪れられるほど時間を持て余しているわけではなかろうに。
「どうしたロッペリオン。貴様暇なのか?」
余の投げかけた言葉に反応することなく足音は尚もこちらへ近付いてくる。
「……何とか言ったらどうなのだ」
軽い苛立ちを覚えつつ更に続ける。
こちらはそれほど暇なわけではないというのに。
「そもそもロッペリオンじゃありませんので」
だが返ってきたのは若い女の声だった。
このような声は余の配下どもにはおらぬ。
咄嗟に光魔法で玉座の間を明るく照らし上げると、そこには声から想像した通りの若い娘が立っていた。
「何者だ」
女はセシーリア•ジュエルエースが経営するデルポイで売られている服を身に着けていた。
女が着飾ると言えばドレスが当たり前の世の中だというのに、まるで執事のような服を纏っている。魔王である余もヒマリも細身のドレスをよく好むし、男どももこのような姿を好むと聞く。
これではまるで女の魅力を投げ捨ててしまっているかのようだ。
「今一度問おう。何者か」
「貴女のよく知る者だよ」
女は余の前であるというのに頭を下げるでもなく、ただニコリと微笑んだ。
この不遜な態度。
本来ならば今すぐにでも消し炭にしてやるのだが……。
「ミーリニアスが欲しいっていうから来てあげたのに、その態度は酷いんじゃない?」
「貴様……いや、そちはもしや……?」
余の知る姿ではない。
だが聴き心地の良い声。対等であるかのような話し方。その力は本来のものからすれば高嶺の石ころ程度でしかないものの、あの目の奥に宿る光に変わりはないだろう。
「セシーリア•ジュエルエース、か?」
「さすがにこの姿でその名は名乗れないよ」
違う、とは言わなかった。
確かに余を地に伏せさせたあの者とは似ても似つかぬ姿だが、間違うはずがない。何としても手に入れたかったあの者だ。
驚愕と歓喜にこの身が震える。
「何か別の名前をくれる?」
「それは……そういう意味と受け取って構わぬ、ということか?」
「勿論条件はあるけどね」
「聞こう。そなたの望みであれば余に出来ることは全て叶えてみせようぞ」
姿が違うからなんだ。
あの圧倒的なまでの力がないからなんだ。
余が欲したのはそんなものではない。
「まぁ、相変わらずなんでそこまで私を気に入ってくれてるのか知らないけど助かるよ」
「それはおいおい話そうぞ。だが、まずはゆるりと話を聞かせてもらおうか」
玉座から立ち上がるとセシーリア•ジュエルエースに近付いて手を取って早速奥に用意してある自分専用の宮殿へと向かった。
そこは余が気に入ったものだけが入れる寝所でもあり、聖域と言っても過言ではない。
「陛下、おかえりなさいませ」
「うむ。茶室を用意せよ。余らが到着するまでに準備を済ませておけ」
後宮とも取れるここにいるのは皆見目麗しい者ばかり。それは男も女も関係ない。加えて中には一芸に秀でた者もおり、彼等には特別に部屋を与えて仕事をさせていた。
「なかなか良い趣味してるね?」
「ふっ、それは褒め言葉として受け取ろうぞ」
「私も他人のこと言えないからね」
彼女を引き連れたまま茶室に到着すると既に準備は済んでおり、見晴らしの良いテラスにティーテーブルが用意され、菓子の類も並べられていた。
「皆の者下がれ」
使用人たちを全員部屋から追い出すとテーブルに置かれたティーポットに手を伸ばした。
だがその手は空を切り、ティーポットはセシーリア•ジュエルエースが持っていた。
「おい。余に恥をかかす気か?」
「普段自分で入れたりしないくせに、慣れないことしなくて良いよ」
「それはそちも……いや、元はクアバーデス次期侯爵の従者であったか」
平民、それも侯爵領とはいえかなり辺境であったであろう彼女の出身地は豊かとは言えない名もなき村であったという。
そこから侯爵家跡取りの家庭教師となり、時を同じくして冒険者として名を馳せ始める。おそらくこの頃には既にいくつかのeggを持っていたのだろう。
そしてアルマリノ王国貴族院に入学する跡取りの従者として取り立てられた。
彼女は宙に浮かべた湯の玉をティーポットに注ぎ入れるとそっと蓋を閉めた。
「手慣れたものだな」
「まぁね。昔はよく入れてあげてたものだよ」
貴族院従者コースに入った彼女はそこでも頭角を現した。
主人を立てつつも自身を高め、常に優秀な成績を収める。それだけでなく王都に拠点を移したことで、冒険者ギルドでの活動も活発化した。休みの日にしか活動出来ないというのに短時間で依頼を済ませ、ギルドマスターからの指名依頼を尽く熟していったと。
この頃には既に脅威度Sの魔物を討伐して回っていたのだろう。
そして卒業間際に起きた大規模連鎖襲撃を殲滅して冒険者ランクSへ。同時に貴族の地位を得た。
更に王位継承問題に関与して、内乱を未然に防いだこともあり王国内での信頼を勝ち取り今の地位に納まった。
「……立身出世を夢見る者どもからすれば、そちはさぞ理不尽な女であろうな」
「強さ以外でそんなこと言われたのは久し振りかも」
コポポと小気味良い音を立ててポットの紅茶をカップに注ぐと、余の前にそっと置く。立ち昇る香りは彼女は並みの使用人より紅茶の淹れ方がうまいことを如実に表していた。
「他の者が長い時を使って血を吐く思いで努力したものを軽く追い抜いていくのだ。そう思えねばやっておられまい。無論、余もその一人だがな」
ふふ、と自分の口からつい乾いた笑いが零れてしまった。
彼女が入れてくれたお茶に口をつけるとわずかな渋みとほんの少しの甘みが広がる。
たったそれだけで己が感じていた劣等感が解けてしまいそうだった。
「まぁ……いろいろあったからね」
「それもおいおい聞いてみたいが……今は本題といこうではないか」
何故、姿を変えてここに、余の前に現れたのか。
欲していたのは余だが、それを手放しで喜べるほど腑抜けてはおらぬ。余に出来ることならば全て叶えてみせるがセシーリア•ジュエルエースの条件をまだ何も聞いてはおらぬ以上油断は出来まい。
「とりあえず、今の私はこの前戦場で戦った私と同じ人形だってことは理解してるよね?」
「そうであろうな。『本体』と言っていたそちは余やヒマリ、アグラヴェインさえも軽く凌ぐほどの力を持っておったからな」
魔王全員で相手をしたところでこの者に一矢報いることさえ叶わぬ。だというのに彼女に侍る七人の奥方よ。この世界でセシーリア•ジュエルエースに刃向かえる者などおるまいよ。
「この私で良ければミーリニアスの気が済むまで相手してあげるよ。あんまり戦いには向かないからそのあたりは察してほしいけどね」
「……余は他の魔王たちのように戦うことが好きなわけではない」
「知ってるよ。だからギリギリまで攻めて来なかったんだろうしね。それで、ここからが私の出す条件なんだけどね?」
彼女の言う条件は……余が思っていたより些細なものであった。
帝国の上に立つ者として本来ならば怒り心頭なものかもしれぬが、この者が手に入る条件としては破格。
余はその場で即答し、以来長き時を共に過ごすことになる。




